作品
09:Sympathy
「……やぁ。きっと来ると思っていたよ」
『私達』は来訪者である、白の鳥と救世主に笑いかけた。
かつての、同胞であり、対であり、切っても切れぬ対極の存在の彼ら。
彼らがこの異変に気が付かないわけはないからね。
『私達』が腕に抱えている『玄冬』だったものの抜け殻をしばらく交互に見ていたが、先に口火を切ったのは白梟だった。
「貴方達は……一体、何をしたの……ですか」
信じられない。と。
かの君はらしくもなく、動揺をそのまま表層に含めて。
震えた声で問いかける。
「……さぁ? 何をしたと思う?」
愉快な気分で、そう問いかけを返す。
意地が悪い。向こうは本気で聞いてるのに。
このくらい、いいじゃないか。種明かしはゆっくりやるものだよ。
まぁ、いいけどな。どうせ、事態に変わりはない。
ああ、そういうことだ。慌てなくたっていいだろう?
好きにしろ。……まかせる。
「お前……っ。玄冬に何をしたんだよっ……!」
「花白」
花白が勢いよく、『私達』の前に出てきて、玄冬だったものを『私達』の腕から引き剥がした。
見た目によらず、随分力があるね、ちびっこ。
「ねぇ! 玄冬!! 玄冬ってば!! どうしたんだよ!」
引き剥がした玄冬の抜け殻を揺さぶって、花白が問い詰める。
無駄なことを。
それはもう玄冬じゃないのに。
それに話しかけたところで、返事なぞ返って来ないよ。ちびっこ。
「よしなさい、ちびっこ。それはもう玄冬ではないのだよ」
「訳のわからないこと言うな!
じゃあ、玄冬じゃなければ、何だっていうんだよ!?」
「力を感じないだろう? 『私達』からも、それからも」
「わたし、たち…………?」
「そうだよ。
それがもう玄冬ではないように、私、いや『私達』はもう、黒の鳥ではない。
『私達』は玄冬と黒の鳥だったもの、と言ったら良いだろうかね?」
「……バカな!」
否定の声は白梟。
貴方こそわかるだろうに。
「かつて、片翼だった貴方にならわかるはずだ。白梟。
今の『私達』に黒の鳥としての力が備わっていないことくらい」
「どうして……どうして、そんな」
「願っただけだよ。別の存在になってしまいたいと。
世界を滅ぼす存在でなくなりたいと。
二人で溶けてしまえればいいと。
そうしたら、玄冬の意識が私の中に溶けてしまえた。力もなくなった」
「嘘だ!!」
蒼白な顔でちびっこが叫ぶ。
……やれやれ、詳細を言わないと納得しないかね、お前は。
「『蕩果』という薬があってね」
「何、それ」
「それを使って交わると感覚や悦楽を共有できるという媚薬だ。
試したけどね、凄かったよ。
感覚や悦楽どころか、そのうち心まで繋がるようになってね。
二人で溶ける様な感覚に願ったんだよ、繋がったままで、このまま本当に身体ごと溶けてしまったら」
ちびっこの顔が朱に染まっていくのを優越感に浸りながら、確認して言葉を続ける。
「別の存在になれるか、とね。……結果がこれだよ。
玄冬の心だけが私の中に溶け込んで、お互い、身体は別の存在に変わった。
だから、それは玄冬の抜け殻なんだよ。
身体は生きてはいるけれど、玄冬の心はここにあるのだから」
「そんなこと……っ、信じない!」
再び花白が玄冬だったものの身体をがくがくと揺さぶる。
手荒に扱わないで欲しいな。
抜け殻といったって、この歳まで私が育ててきた身体なのだから。
代われ。……俺が言う。
おや? まかせるんじゃなかったのかね?
平行線だろう。このままじゃ。……今更嫉妬なんかするなよ。
ふふ……君だって白梟が現れた時に、一瞬動揺したくせに。
少しはな。だけど、もうお互い以上に敵う相手なんていない。だろう?
そうだね。いいよ、君にまかせようじゃないか。
「やめろ、花白。その中に『俺』はいやしない。
そんなことをしても無駄だ」
「っつ……悪い冗談はよせよ、トリ!」
「わからない、か?」
「だって、玄冬がそんな性質の悪いことを望むはずがない!!」
「望んだんだ、確かに。
だから、お前と一緒に逃げることはできなかった」
それを口にした途端、花白の目が大きく見開かれた。
「もしかしたら、黒鷹と溶けて……別の存在になれるかも知れないと思ったから。
お前と逃げても、どうなるものでもないのもわかっていたからな。
存在が変わらない限り、俺達の立場はどこまで行っても平行線でしかない。
お前がそれを望んでいないとしてもな」
「……本当、に君……なの……?」
「何より、黒鷹と離れたくなんてなかった。
溶けたいと思った。
人としての摂理を外れてしまっても、黒鷹の存在が欲しいと思った」
ふわりと心がほんのり温かくなった気がした。……照れているのか。
君が人に惚気てくれるなんて、思わなかったからだよ。
じゃあ、これはお前の方からの影響なんだろう。
「……そん……な」
「随分と予想外の事態になっているようだな」
花白でも、白梟でもない。
その声のした方をみると、銀色の長い髪をした男がいた。
主……なのか、こいつが。
お前を。白の鳥を。
そしてこの世界を作った……。
残留思念のようなものだけどね。
ここにいるこの方は。本人のようで本人じゃない。
「主……!? ……いえ、貴方……は」
「久しいな、鳥達よ。
もっとも、ここにいる私は正確には鳥の機能がどちらか一方働かなくなったときの、保険のようなものだから、本体とは違うがな。
黒の鳥の機能が働かなくなったと思ったら。
お前は本当に我の予想のつかぬことをしてくれる」
主が苦笑を漏らしながら、『俺達』の方向に歩いてくる。
「まさか、ぬしらが一つになってしまうとは、な」
「『私達』も驚いてはいるんですけどね」
「……満足、か」
「ええ。……感謝しておりますよ、主」
黒の鳥の役目を与えてくださって、この箱庭を残してくださって。
おかげで、大事な愛しい子に会えた。
そして、これからはずっと一緒だから。
「黒の鳥としては失格だな」
「もう、黒の鳥ではありませんからね。構わないでしょう」
「……出来損ないが」
言葉の裏にある、親愛の響きに玄冬の方は面白くないらしい。
仕方ないだろう。
私はこの方に作られたのだからね。妬かないでくれ給え。
「転移装置はそのまま持っていて構わぬ。どこへなりと行ってしまえ」
「はい。そうさせて頂きます。
さて……じゃあ、それも連れて行かせてもらうよ。
身体は生きているからね。置いていくわけには行かない」
「え……あ!」
玄冬だったそれの手を取って、立ち上がらせた。
玄冬の意識は私の中にあるからか、触れるとこちらの意思のままに動く。
俺としては、人形のようで些か奇妙な気分だがな。
私もだよ。まぁ追々慣れていこうじゃないか。
かつて玄冬だったものの身体を抱き寄せて、支えた。
「じゃあ、失礼させてもらおう。……とぅ!」
空間を飛びながら、思ったことはただ、至福の時。
――さあ、玄冬。どう過ごしていこうか? これから。
――お前の望むままに。それが俺の希望でもあるのだから。
- 2013/09/14 (土) 00:53
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