作品
13:Last Episode
「……上手くいったようだな」
遠見でかつての黒の鳥と玄冬だったものの様子を見ると、研究者の表情がふっと綻んだ。
「よろしかったのですか?」
それを見て、白梟がそっと伺うように声をかける。
管理者の塔には今や二人だけ。
白の鳥と黒の鳥の代行たる研究者の影。
「あれがあんな顔をしているのはどうにもしんどい。
……我がしてやれるのは、もうこれぐらいだしな」
僅かに柔らかい眼差しになった、研究者の目に白梟は『親』を見た気がした。
「……どうして」
「?」
「あんなことが起きたのでしょう……?」
「さあな。我にも分からぬ。
あれは本当に最後まで我の意にならぬ鳥だったな」
予想外だった。
まさか、存在があるままに黒の鳥と玄冬としての力が失せてしまうとは。
強い思いが願いを叶えたとしか言いようがない。
薬はあくまで薬。
きっかけでしか、なかったはずの代物なのだから。
だが、その願いが残酷な形で叶えられて。
日に日に沈み、絶望していく黒鷹を見ているのが耐えられずに、ついに力を貸したのだった。
再び二人が分かれるように。
それは、おそらくもう鳥としての力の残っていない黒鷹にも、玄冬にもわからない事実でしかないのだが。
「意のままにならぬ鳥……ですのに」
白梟の声が心なしか沈む。
「いわば、主を裏切ったも同然ですのに……何故、お力を使われたのです?」
最初に望んだのは黒鷹だった。
黒の鳥として、この箱庭の楔の鳥として、自分を使うように申し出たのは。
なのに、結局はその役目を放棄したも同然なのだ。
……それなのに、と白梟が微かな不服を言葉に含める。
「……我が箱庭を作り、それを壊していくことを繰り返すのを、あれが快く思っていないことは知っていた」
研究者の顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「それでも、表立って咎める事はしなかった。
あれも本当の意味ではずっと何かに執着するということのできぬものだったからだろうな」
「執着……」
「それが存在をかけてまで、執着したのだ。
長い年月、あれには手を焼かされたが、最後の手向けとして、このくらいよかろう。
……出来損ないめ」
親しみを込めた言葉に、白梟の表情が複雑なものになる。
長い年月の絆には敵わないのだろうかと。
同じ鳥ではあるけれど、そもそもあった形は違うものだから。
「お前こそよいのか」
「何がでしょうか?」
「おそらく、『玄冬』はもう生まれることはない。
お前の役目らしきものもなくなる。
それでもここに在り続けてよいのか?」
「私には……ここしかありませんから。
……主。お傍にいることを許しては頂けませんでしょうか?」
「我は我であって、我でないものだ。
影でしかないものの、傍にいると?」
「お許しを……頂けるのでしたら」
「お前も酔狂だな」
「……そのようにできておりますから」
「ふん……妙なところで似ているな」
誰に、何にとは言わず。
それきり会話が途絶えて、白の鳥と研究者は窓から見える風に乗った桜の花びらをただ眺めていた。
かつての同胞にそれぞれ想いを寄せながら。
END
- 2013/09/14 (土) 01:35
- 本編
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