作品
第2話:想いと惑い
「や、お勤めごくろーサマ」
「あ、救世主様。お疲れ様です」
「お疲れ。ねぇ、君たちの隊長は?」
「今日は非番でいらっしゃいます」
「へぇ。でもいないんだね」
珍しいといえば珍しい。
あの仕事馬鹿は非番の時でも、
『こういう時だからこそ処理できるものもある』
とか何とか言って、仕事場にいることが多いのに。
「最近は、非番になると大抵こちらにはいらっしゃいません。
……あの。救世主様のお耳に入れても良いものかどうか……とは思うんですが」
「ん? 何」
「最近、隊長は……その…………」
***
「えっと……こう?」
「いや、ダメだ。そう動かしたら……ほら。
こうなった後にこう……で駒をとられる」
「あ……そっか。難しいんだね。チェスって」
「ああ。でも玄冬は覚えがいいな。きっと直ぐに上手くなる」
「ホント!?」
目を輝かせた子どもの頭を撫でてやると嬉しそうに笑った。
つられて微笑ましい気分になる。
……まったく。歳の離れた弟でも出来た気分だ。
「一段落ついたのなら、お茶にしないかね?」
「飲む!」
「……頂こう」
黒の鳥が3人分のお茶と菓子を載せたトレイを持ってきたので、チェス台と駒を片付ける。
「どうだい? 今日は勝てたかね?」
「ううん。でも僕、覚えがいいって。お兄ちゃんがそう言ってくれたの」
「そうか、それは楽しみだな。上手くなったら私とも対戦してくれるかい?」
「うん!」
片付けをしながら耳に届く会話。
つい、足を運ぶ原因になる優しい空気。
本当に黒の鳥が玄冬を可愛がって育てているのがわかる。
時折、自分がここにいて良いのかと思う反面、離れがたいと思うのだ。
本当に、滅びを運ぶ者たちなのだろうか?
『玄冬』『黒の鳥』……知れば知るほど迷いがある。
己の役職を忘れたわけではない。
だが、殺され続けることを選択したといういつかの玄冬と、それを受け入れた黒の鳥が気になって仕方なかった。
***
「いつもすまないね。君も忙しいだろうに」
「……いえ。俺の方こそ邪魔になっていなければいいのですが」
「あの子が君の来ていない時でも、よく君の話をしていてね。
楽しそうに笑ってくれる。来るのを楽しみにしているみたいだ。
……邪魔になどとは思ってはいないよ、今はね」
「今は、ですか」
玄冬の部屋からの帰り道。
黒の鳥が途中まで送るという言葉に話があるのだと察して、二人で並んで、そんな話をしながら歩いていた。
黒の鳥とも大分軽口を叩くようになった自分に少し驚く。
「……私はね、できるだけあの子に笑っていて欲しいだけなんだ。
楽しい想い出、嬉しい記憶を持たせてあげたい。
また逝ってしまうそのときまでは、ね。
穏やかに日々を過ごしていて貰いたいんだ」
「あ…………」
忘れていたわけではない。
いつか、玄冬は必ず殺されるのだということを。
「もう幾度も繰り返してきた。
あの子が生まれては育て、時が来るまでは愛して……殺すことを。
その流れの中で、把握したことがある。
微妙な法則とでもいうのかな。
救世主と玄冬が生まれる時、大抵その生年にはずれが生じるんだけどね」
ふいに黒の鳥が足を止めて、俺に向き直る。
「……救世主が先に生まれて10年以上経ってから、玄冬が生まれた時。
あの子の時は成人までもたない」
「…………っ!」
黒の鳥の口から出たのは、衝撃の言葉だった。
残り少ないというのだろうか。
あの穏やかな時間は。
あの子どもが笑っていられる時間はそう残されてはいないと?
「もうあまり余裕はないはずだ。
……だから、見届けるのが辛いのなら今のうちに離れるといい。
君の仕事に迷いを生じさせるのは、申し訳ないからね」
「……迷ってるように見える、と?」
「あの人も苦い顔をしていた。
直接どうしろとは言ったりはしないけどね」
白梟殿、か。……あの方もな。
黒の鳥のようにあいつに接してやればいいものを。
小さい頃、幼馴染みである『救世主』である彼がどこか寂しそうな目であの方をよく見ていたことを思い出す。
玄冬は黒の鳥をそんな目では絶対に見ない。
「……自分の立場はわかっているつもりですよ。これでも」
「そうか。…………なら、いいんだが」
再び歩き出した黒の鳥を追う。
しかし、それ以上何と言ったらいいものか。
互いに無言のまま、彩の王城へ直接向かう道まで来た。
あまり黒の鳥の帰りが遅くなると、玄冬が不安がるだろう。
歩みを止め、軽く頭を下げた。
「どうか、ここまでで。
……今月はもう時間の余裕がありませんが、来月にまた」
「……そうか。では、また」
踵を返して、黒の鳥が立ち去る。
「……そのうち、私ともチェスで手合わせを頼むよ」
道の先から聞こえた小さな声が、まるで照れ隠しのように聞こえた。
***
「……そこにいるのは誰だ?」
王城まであと少し、というところで人影が見えて声をかける。
この道に人がいることはほとんどない。
いや、そもそもこの道を知っている人間は限られている。
不法侵入者だったら、と身構えると小さい笑い声が聞こえた。
……この笑いは……。
「そんな構えなくたっていいジャン。俺だよ」
「……何だ。脅かすな」
桜色の髪が仄かな灯りに照らされる。
その姿に警戒を解くと幼馴染みはこちらに近寄ってきた。
「何でこんなところにいるんだ、お前」
「お前を待ってたんだよ。
……いやぁ、俺お前を生まれた時から知ってるけどさ」
「うん?」
「まさか、稚児趣味があるとは思わなかったね。さすがに意外」
「待て。誰が、何の趣味だ。……お前じゃあるまいし」
「何ソレ。お前、俺をどういう目で見ているのさ」
「実際、老若男女問わずだろう、貴様は!」
「酷。博愛主義とか言ってくれない?
……でも。お前が玄冬のとこに通ってるのは本当なんだね」
「だから、なんだ?」
「……いずれ、殺されるんだよ、あの子」
声のトーンが落ちた。
「そして、殺すのは俺。……肩入れなんかすると辛いのはお前だよ」
「……お前」
「いいよね、あの子。
何にも知らないで自分だけ平和で。可愛がられて愛されて。
その世界を壊してみたらどうなるかとか思うとぞくぞくす……」
「よせ! 玄冬に手を出すんじゃない!
……まだ時間はあるだろう!?」
思わず声を荒げて、胸倉を掴み、壁に身体を押し付ける。
……さして残されていないだろう時間をどうして踏みにじるようなことをいうのか、こいつがわからなかった。
「……黒鷹サンもそういったよ。
時が来るまで玄冬には一切手出しさせないって。
玄冬を犯すぐらいなら、自分を犯せって」
「お前…………」
「皆、あの子が大事なんだね。……俺、いっそ『玄冬』に生まれたかったよ」
「おい!」
身体を押しのけて、走り去ったあいつ。
――いっそ『玄冬』に生まれたかったよ。
あいつが『救世主』という立場を疎んじているのは知っていた。
だが、気付かないうちにそこまで思いつめていたのだろうか。
……何も知らない、いずれ殺される子ども。
全て知りながら、殺させることを続ける黒の鳥。
知っているから、知らない玄冬を羨む救世主。
誰が悪いわけでもない。
望んだ立場でもない。
世界のからくりに縛られた彼ら。
そこまでのものに縛られてない俺に何が言えるだろうか。
「……どう、したらいいんだ、俺は……」
脳裏に浮かんだ、無邪気な玄冬の笑顔。
あの部屋で玄冬と接している時だけ穏やかな顔をする黒の鳥。
明るい、だけど寂しさを潜めた幼馴染みの影のある笑顔。
俺は彼らを追い詰めはしないだろうか。
少しでも、安らぐ存在になれないだろうか。
俺は……。
- 2008/01/01 (火) 00:01
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