花帰葬-束の間の楽園に舞う花は

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第02話:過去の残滓

女の子の玄冬を育て始めてから十年。
いつもと少し違うあの子を育てるのは、新鮮なようでいて、馴染んでいるような。
楽しい一方で少しだけ寂しい、そんな日々を過ごしていた。
少し髪を伸ばすようにさせてみたり、服を変えてみたりするのは中々面白いのだが、それゆえに、時折玄冬ではないような錯覚を覚えてしまうことがある。
その点だけは複雑な感情が絡んだかも知れないが、それでも日々楽しく過ごしていた。
このまま、然るべき時が来るまでは、穏やかに過ぎていくだろうかと思ったある日。
その変化は起きた。
 
「や……っ」
 
小さな叫びに続いて、大きく何かが倒れたような音。
 
「玄冬!?」
 
反射的に玄冬の元に駆けつけると、玄冬が頭をおさえて床に座り込んでいた。
辺りに散らばっている数冊の本と梯子。
それだけで大まかの察しはついてしまったが。
 
「何をしていたんだね、君は」
「…………棚の上の本を取ろうと梯子に上ったら……その、バランス崩して」
「そういう時は無理せずに私を呼びなさいと言ってるだろうに。
痛かっただろう?」
 
怪我をしたところで、それが救世主によるものでないのなら、傷は直ぐ治るのは確かだ。
だけど、その瞬間に感じる痛みがないわけじゃない。
頭を撫でてやると、玄冬が明らかにしゅん、と意気消沈した表情になる。申し訳ない、とその目が語っている。
私が日頃から「女の子なんだから、怪我なんてしちゃいけないよ」と言ってきかせてしまう所為もあるのだろうな。
 
「……ごめんなさい」
「まったく。そんな風に言われては怒れないよ。
……やれやれ、私は本当に君に甘いな」
「甘……い……?」
 
何気なく言った言葉だった。
いつかもこんなことを言ったような気がする、と。
だが、玄冬の方は。
表情が固まって、何かに意識を飛ばしているように見えた。
どうしたというのだろうか?
 
「玄冬? どうしたんだい?」
「え、……あ、ううん。なんでも……ない」
「それならいいんだが……。
痛みが取れたなら本を片付けよう。大丈夫かね?」
「うん……大丈夫」
 
そうは答えたものの。
玄冬は本を片付けながらもどこかぼんやりとしていて。
それは夕食後もずっと続いていた。
 
***
 
「黒鷹……」
「玄冬。まだ寝てなかったのかい。……どうしたね?」
 
深夜に差し掛かった頃。
眠っているだろうと思っていた玄冬が私のところに来て、膝の上に乗り、首に手を回してきた。
ぎゅっときつく抱きしめられて、何かあっただろうかと心配になった瞬間。
玄冬が小さくごめん、と呟いた。
 
「玄冬?」
「ごめん……ごめんな、黒鷹」
「……何のことだい?」
 
何か。
何か違和感を感じる。
いや、違う。違和感じゃない。
これは寧ろ……この子の今纏っている空気は。
心臓がどくりと大きく脈打つ。
まさか。そんなはずは。
 
「……約束」
「うん?」
「約束、ずっと守ってくれているんだな」
 
約束。
この子と交わした約束はたくさんある。
明日は一緒に眠ろう。
今夜はこの本を読んであげよう。
そんな些細な約束は数え切れない。
だけど。
今、玄冬が口にした「約束」の意味はまさか。
 
――俺が生まれてくる限り……
 
それは優しく残酷な。
遥か遠い昔に交わした『約束』。
 
――俺を殺し続けてくれ。
 
「玄……冬!?」
 
首に縋りついていた手を剥がして、顔を上げさせ表情を見る。
苦笑交じりの笑顔。
二人目の君がよくしていたあの……!
 
「覚えて……!? まさか、そんな……」
「腕にも、背にも。
……お前の身体にはたくさん傷をつけたよな、『俺』は」
「…………っ!」
 
――これは誇りだよ。
だって、それだけ君が私を求めてくれた証だろう? これは。
 
たまらず掻き抱いた。
あれを。
二人で過ごした優しい時間を。
触れて繋がり、お互いを求めあったあれを。
今の君は覚えていると言うのか……!?
 
「何時……思い出したね?」
「……色々繋がったのはさっき、だな。
前からどうにも覚えがあるようなことが、いくつもある気はしていたんだが」
 
女の子だから、と口調も少し変わるように教えていたのに。
もうすっかり過去に何度も育ててきた玄冬の口調に変わっている。
 
「どこまで覚えている?」
「多分ほとんど。二人目の俺のことは、一通り」
「抱き合っていたことも?」
「…………そこから聞くか? 普通」
 
目を逸らして赤くなった顔。
だが、それは確かに覚えているという証でもあって。
 
「信じられないね。まさかこんな……」
「……俺も自分で驚いたがな……っ……ん……!」
 
言葉を言いかけた唇を自分のそれで塞ぐ。
玄冬は私の服をぎゅっと掴んではいたが、抵抗はしてこなかった。
舌を入れてしまいそうになったのは、全力で止める。
記憶があるとはいえ、今の玄冬はまだ幼さの残る少女だ。
自分でも現状に混乱している今、深く踏み込んでしまったら、多分止められない。
 
「……流石に今の君はまだ抱けないからね。
でも、このくらいは先に貰っておいていいだろう?」
「…………ん」
 
小さくこくりと頷いた玄冬が可愛くて。
もう一度キスをした。

  • 2008/01/01 (火) 00:01
  • 第一部:本編

タグ:[第一部:本編]

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