作品
第03話:絆の上に
――時が来るまで、ここを出る……ですか?
――構わないだろう? 器が満ちる時には戻る。
……場所も教えておくよ。逃げはしない。
――黒鷹。
――愚かだと笑うなら笑いたまえ。
――…………。
――あの子が以前の記憶を持っているのなら、できるだけ同じように日々を過ごしたい。
救世主が生まれてまだ数年だ。当分余裕はあるのだから。
――……かえって……辛くなるのではありませんか。
――何か、言ったかい?
――いいえ。何でも。……構いませんよ。
そもそもこの小城で育てるようにしていたのも貴方です。
――白梟。
――……時が来るまでは、どうぞお好きに。
***
「……ここは」
「残しておいたんだ。どうにも無くしてしまうには忍びなくてね」
かつて、二人目の玄冬と私が共に暮らしていた家。
力で風化を防いでいた為に、かなりの年月が経ったというのに、家はあの時とほとんど変わらない。
玄冬が生まれていない時、私は気紛れにここで時を過ごすくらいで、特に手入れもしてはいなかったから、家畜の類こそいないけれど、揃えようと思えば直ぐに、あの時の状態に出来る。
玄冬がかつての家を懐かしそうに見上げて笑う。
「……お前のことだ。どうせ家の中を散らかしているんだろう」
「ノン! 決め付けはよくないよ。
……まぁ、散らかってないこともないといえばないかも知れないが」
「決め付けじゃない。
単に経験上から当然と思われることを言っただけだ。事実だろう?」
「……む」
「ほら。まずは掃除。そして果実酒を久しぶりに作ろう。
腸詰肉や燻製もな。酒は何が飲みたい?」
「君の作ってくれるものならなんでも」
扉を開けて、部屋の状態を確認して玄冬が早速掃除の為に腕まくりをする。
……やれやれ。変わらないね。違うのは抱き心地くらいだな。
掃除道具を取りにいこうとした、玄冬を後ろから抱きしめて、髪を撫でた。
回した腕を拒むこともなく、玄冬も腕を重ねてきた。
「……黒鷹」
「うん?」
「有り難う、な」
「……何に対して?」
「いい。……気にしなくていい。俺が言いたかっただけだから。……ん」
首を傾げて、振り向いた玄冬を抱き上げてキスをした。
唇の味は変わらないな、と思いながら。
***
「うーん、久しぶりだなぁ。君の作ってくれるご飯も。
相変わらず美味しく作ってくれるね」
「お前も相変わらずだな。
皿の隅にさりげなく避けた野菜、食わないと明日は野菜しか出さないからな」
「ノン! 久しぶりだというのにあんまりな仕打ちじゃないか!
お父さんは悲しいよ!」
「どっちが……!
作ってる人間に対しての仕打ちはどうなんだと言いたいぞ、俺は」
***
「……いいなぁ、やっぱり君の作ってくれるお酒が最高だよ」
「……もしかして」
「うん?」
「ずっと……酔えていなかったか?
お前、俺以外の前では酒を飲んでも酔えないだろう?」
「……どうだろうね。
酔えていなかった、と言ったら甘やかしてくれるかい?」
「いつだって、甘えてくる癖に」
「ふふふ、膝枕が欲しいなぁ。貸してくれるかね?」
「……少しだけだからな」
***
「この……栞」
「ん? ああ、昔君が落ちていた紅葉で作ってくれたものだね、懐かしいなぁ」
「……よくこんなものまで取っておいたな」
「出来る限りのものを取っておきたいさ。君に関するものならね」
***
「少し……気持ち悪い。腹も痛む……」
「……女性は大変だね。
今日は大人しくしていたまえ。腰を擦ってあげようか」
「……皆、こんななのか」
「多分ね。個人差はあるだろうけど。
とはいえ、あれこれ言ったところで私は女性だったことはないからわからないが。
……でもこれで君も大人の仲間入りだね」
「え……あ……」
「心配しなくても、抱くのはもう少し君が成長してからにするよ。
どうせなら、もっと大きい胸を揉んだ方が楽し……痛!
親に手をあげるなんてしちゃいけないよ!?
ちょっとだけ、欲望に正直に言ってみただけじゃないか!」
「…………お前が悪い!」
***
「さて、今日で十五歳だね。誕生日おめでとう、玄冬」
「ありがとう。……その、黒た……」
目元を紅く染めて、何かを言いよどんでいる玄冬の唇を自分のそれで塞ぐ。
ずっと軽くでしか重ねなかった唇を、舌で割って絡め取る。
僅かに緊張した様子は伝わったけど、触れ合う唇も、抱く腕も。
この子は拒まなかった。
「……そろそろ、我慢がききそうにないのだけどね」
「あ…………」
一層強く身体を引き寄せて、腰を密着させる。
服越しに状態は伝わったんだろう。
玄冬の顔が耳まで赤くなった。
ここ一年ほどは本当に理性を抑えるのが大変だったのを思い出す。
触れたくて触れたくてたまらなかった。
綺麗に成長した私の……玄冬。
「……昔」
「うん?」
「最初に……お前が抱いてくれたのも十五の時だったな」
「……覚えていたのかい」
「忘れるわけが……ない」
玄冬の腕も私の身体に回された。
それがこれからしようとしていることへの肯定の意味でもあることは明確で。
「……だけど、女の身体は俺も良く分からない……から、その……」
「大丈夫だよ。優しくするから」
「ん…………」
額に口付けを落として、玄冬の身体を横抱きに抱えた。
やっぱり遠い昔の記憶にあるよりも軽い。
「……不思議な気分だ」
「……うん?」
「君であることは変わらないのに。
……まるで初めてするみたいな錯角を覚えるよ」
「俺も、だ。変に緊張してる」
「……なら、お互い様だね」
「ああ……」
首に巻きつけられた腕。
君の感じるところは変わっていないだろうか。それとも。
性別の違う分、何かが違うだろうか。
ゆっくり時間をかけて確かめさせて貰おうか。
- 2008/01/01 (火) 00:02
- 第一部:本編
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