花帰葬-束の間の楽園に舞う花は

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第05話:小さな変化

「大丈夫かい?」
「え?」
 
部屋に入るなり、ベッドに腰掛けて本を読んでいた黒鷹がそう尋ねてくる。
何についてのことかと考えあぐねていると、黒鷹の方から切り出した。
 
「月の障り、だろう? 少し顔色が悪い」
「……どうして、すぐにわかるんだ。お前は」
「一緒に生活しているのに。
まして、君のことでどうして私がわからないと思うんだい? ……おいで」
 
手招きされて、黒鷹の脚の間に空けられたスペースに座る。
後ろから抱きしめられ、掌がそっと腹の上に重ねられた。
ぬくもりが心なしか腹の痛みを和らげる。
……不思議だ。
怪我というわけじゃないから治癒能力が働いてるわけでもないのに、こうされるだけで随分と楽になる。
 
「……案外出来ないものだね」
 
黒鷹がぽつりとそんなことを呟く。
女の身体で黒鷹と抱き合うようになってから三年。
子どもが出来ても構わない、というお互いの意思の元に妊娠を避けるような方法は取らずに抱き合っているけれど、一度も身籠ったような兆候を得られたことは無い。
 
「やっぱり無理なんじゃないか? 
『玄冬』が子どもを持つ、なんていうことは」
「うーん、そうなのかねぇ」
 
最初の一年こそ、黒鷹は「まぁ、君と二人でいる時間がもう少し欲しいからね」と子どもが出来ないことはかえって嬉しそうでもあったけど、二年、そして三年。
変化のないことに、どことなく残念そうな様子になることが多くなった。
  
――健康な人間の男女なら、通常、行為を重ねると二年のうちに九割には子どもが出来るそうだけどね。
――そう、なのか。
――……二年、経ってしまったな。
 
一年前にそんなことを行為の後に呟いたのを覚えている。
寂しそうに。
 
「黒鷹。……そんなに、子どもが欲しいか?」
 
今までは俺は男で生まれてきて、それが当たり前だった。
当然、男同士で抱き合ったところで子どもが出来るわけも無く。
ずっと子どもなんていなかった。
だから、性別が違って生まれたというだけで、子どもが出来ればいい、と普通の夫婦のように黒鷹が望むということが、意外といえば意外だった。
 
「…………だって、君はまた殺してくれと願うんだろう? 
時期が来てしまえば」
「え……」
「だったら、子どもがいてくれたら。
君が逝った後でもその子と過ごしていけるじゃないか。
例え、長い時間のうちのほんの僅かな間だとしても、愛した証が残る」
「黒……」
 
反射的に後ろを振り向こうとしたら、目を手で覆われた。
…………少し、黒鷹の手が震えて……いる?
 
「……今の顔を見られたくないんでね。
…………すまない、ほんの戯言だよ。忘れなさい」
「黒鷹」
 
残酷な約束をさせた、という自覚くらいはある。
黒鷹の優しさに甘えていると。
自分が逆の立場だったら、どれほどその願いが哀しいのかも。
それでも。どうしても……。
 
「……ごめん、な」
 
世界を……この世界に在る沢山の命と引き換えに、生きていくことを望むなんてできない。
 
「謝られても困るよ。どうせ今更意思を変えるつもりもないんだろう?」
「…………ああ」
「……私だって解っているんだ。君の望みはね。
繰り返し逢える事だって嬉しい。
ただ、時折……逢えることを待つ時間がたまらなく寂しくなる。
それだけだよ。
今の君が女の子で生まれてくれたものだから、少し期待を持ってしまったんだ。
何かが変わる兆候かも、知れないとね」
 
俺の目を翳していた手が外されて。
黒鷹の表情はいつものものになっていた。
それがかえって、申し訳なく思ったけど。
俺に何かを言う資格はない。
ただ、黙っていることしか出来なかった。
 
***
 
そんなことがあってから、一ヵ月と少し後のある日。
いつものように朝食の用意をしていたが、どうにも胸がむかむかする。
温めているミルクスープの甘い匂いがどうにも不快だ。
 
「何だ……? これ」
 
不快感はどんどん増してくる。
耐え切れずに火を一旦止めてその場に蹲った。
吐きそうなのに吐けない。
……くそ、何だこれ。
こんな風になったことなんてないのに。
ミルクやスープの具が傷んでいたはずはない。
ちゃんと確認している。それなのに。
 
「おはよう! 今日はミルクスープか…………玄冬? 
……っ玄冬!? どうしたんだい!?」
 
台所に入ってきたらしい黒鷹の声と、ばたばたと駆け寄る足音。
抱きかかえてくれた腕に身体の力を抜いて、預ける。
ふわ、と漂った黒鷹の匂いに少し気分が落ち着いた。
 
「……悪い。…………なんか、匂いが気持ち悪くて……」
「大丈夫かい? 少し横になるといい。抱きあげるから捕まりなさい」
「ん……」
 
ふ、と身体が抱きかかえられて、黒鷹が寝室まで連れて行ってくれる。
静かにベッドの上に下ろしてくれて、遠のいた不快感に軽く息をつく。
黒鷹もベッドに腰掛けて、俺の髪を撫でてくれた。
 
「……珍しいね。君がこんな風になるなんて」
「ん…………材料は傷んでないと思ったんだが……な」
「普通にいい匂いだったと思…………あ」
「どうかしたか?」
 
黒鷹の手の動きが止まったかと思うと、髪から手を離し、俺の手を握り締めてきた。
俺の顔を覗き込む顔が心なしか真剣だ。
 
「……黒鷹?」
「玄冬。……今月の月の障りは?」
「え?」
「…………いつもなら、もう来て、終わっているような時期だろう?」
「………………あ……」
「来ていない。……そうだね?」
 
記憶を辿ってみるが、黒鷹の言うとおりで。
そうだ、いつもならもう…………。
 
「……まさ……か」
「少し体調が落ち着いて、動けるようになったら村に行って診てもらおう。
空間転移装置……は使わないほうがいいな。
何かあったらまずいから。
時間はかかってしまうけれど、ゆっくり休みながら歩いていこう」
 
出来たんだろうか。
……本当に? 子どもが? 黒鷹と俺の?
実感は未だ湧かない。
現実だと思えないからだろうか。
握られた手と腹を優しくなでる黒鷹の手がやけに熱かった。

  • 2008/01/01 (火) 00:05
  • 第一部:本編

タグ:[第一部:本編]

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