作品
第06話:訪れたのは……
なんとなく、ぼうっとしていたような気がする。
村に行くまでの道も、村で産婆に看て貰い、自分の腹に子どもが宿ってることを告げられても。
その子どもが、来年の春くらいに生まれてくるだろうことを言われても。
それをきいた黒鷹が満面の笑みで抱きしめてくれたのも。
どこかで自分のことではない、別世界のように感じていた。
帰り道、黒鷹に手を引かれて歩いていたのが、急に立ち止まるまでずっと。
「…………どうしたんだい?」
「……え?」
「さっきからずっとうわの空じゃないか。大丈夫かい?」
「……あ。悪い……。何か、信じられなく、て」
「……嬉しくないかね?」
「え?」
「君、笑ってないから。朝からずっと」
「違……そうじゃない! そうじゃない……けど」
「……どうしたね?」
黒鷹が手を解いて、優しく抱きしめてくれる。
もう慣れているはずの温もりに、泣きたくなってしまうのはどうしてだろう。
髪を撫でてくれる手に、全身で縋ってしまいたい。
「……本当に…………いいんだろうか」
「……玄冬?」
「『玄冬』が……子どもを持って許されるんだろうか」
「玄……」
「世界を滅ぼす存在、というだけじゃない。
……親であるお前に殺し続けてくれ、と願った」
「玄冬。君は……」
「お前がどんな思いをするかわかっていながら、ずっとお前を世界に残したままで……残酷な約束で縛り付けておいて、俺は……!」
世界を滅ぼさないためとはいえ、親に子を殺せと約束させて。
何度も育てさせ、殺させた。
その選択が間違いだったとは今でも思っていない。
俺は繰り返し黒鷹に会えることが出来、この世界も滞り無く続いていく。
だけど。
黒鷹に何より辛いことを強いているのも間違いない。
俺の願いだからと、黒鷹はずっと約束を守り続けてくれている。
本当にごく稀に零れる、寂しく辛いという黒鷹の本音。
逆の立場だったら、俺は恐らく耐えられない。
終わりの見えない、残酷な繰り返し。
なのに、そんなことを俺は黒鷹にやらせている。
自分勝手もいいところだ。
そんな存在が新しい命を編み出すなんてことは……黒鷹の子どもを持つことは果たして許されるんだろうか。
「……宿った全ての命には意味がある。私はそう思っているよ」
黒鷹が抱きしめてくれる力がほんの少し強くなる。
「ねぇ、覚えているかい?
何時だったか、健康な人間の男女なら、通常、行為を重ねると二年のうちに九割は子どもが出来るという話をしたのを」
「……ああ」
「残りの一割はどうだと思う?」
「どう…………?」
声が真面目な響きを帯びる。
「五年、十年経って思いがけず授かることもある。
……だけど、死ぬまで子どもを授からないままに終わる夫婦も確かにいるんだよ。
様々な事情で子どもを最初から望まない夫婦もいる。
だが、欲しくてたまらないのに、望んでも得られないということだってあるんだ」
「黒鷹……」
「何もかもを宿命だと決めつける気はない。
時の流れに納得出来ることもあれば、不条理だと感じることだってあるだろう。
……君が『玄冬』で生まれて、死なせて。
いつまで繰り返さなければならないのかと、思わないといったら嘘になる。
その点では確かに不条理を感じてはいるのだけどね」
黒鷹が腕をほどいて、両手で俺の頬を包んで、まっすぐに見つめてくる。
「今、私は嬉しいよ。本当に嬉しくてたまらない。
数え切れない年月を生きているけど、自分の血を引いた子どもが授かるなんて、これが初めてなんだからね。
『玄冬』が子どもを持って許されるのかと君は言ったが、それは『黒の鳥
』である私も同じ事だと思わないかい?」
「それ、は……」
「あえて言うなら、私の心配事はだね」
こつん、と額同士が軽くぶつかる。
「誰より何より愛しい君との子ども。
男の子が生まれるのか、女の子が生まれるのか。
君に似るのか、私に似るのか。
それを考えるだけで、可愛くてどうしようもなくなりそうだよ。
どこまでも甘く育ててしまいそうだ。
君にでさえこんなに甘くなってしまうのに」
「…………お前」
「今の君が女の子で生まれたことも、子どもを授かったことも絶対に何かの意味がある。
……だから、罪の意識を持ってしまうことはない。
素直に喜んでいいんだ。
宿った命の存在を嬉しいと思っていいんだよ」
「……でも……その子どもだって、きっとお前を置いていくんだぞ?」
声が震えてしまう。
不死ではなくとも、不老の存在である黒鷹はまた残されていく。
失った時の嘆きを考えたが、黒鷹の口から出たのは予想外の言葉だった。
「そうかも知れないね。
でもその時は、きっとさらにその子どもがいるだろうさ。
初代救世主の子孫が、今に至ってもなお連なっていっているようにね」
「あ…………」
「……君がまた生まれてくるまでの間、その子たちを見守っていけるなら悪くない」
「黒……」
「……生んでくれるね?
大変な思いをするのは君だけれども、出来る限り協力するから。
大丈夫だよ。君一人で育てるわけじゃない。
長年、君の親をやってきた私がいるんだから」
「……っ!」
黒鷹の腕の中で子どものように泣いて、あやされて。
俺の鳥がこいつだったことに何度目になるかもわからない感謝をし。
初めて、今の自分が女で生まれてきたことにも感謝して。
俺たちを選んで宿ってくれた小さな命に感謝し……この世界に感謝した。
- 2008/01/01 (火) 00:06
- 第一部:本編
タグ:[第一部:本編]