花帰葬-束の間の楽園に舞う花は

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第09話:それでも求める情熱の形

踏み台に乗り、戸棚の上に手を伸ばすがもう少し、というところで目的の物は手に届かない。
昔なら容易く届いていたことを思うと、どうにも歯痒い。
本当にあと少しなのに。
仕方ないから少し背伸びをし、勢いをつけて手を伸ばすとそれは掴めたが、次の瞬間足元ががくりと揺れ、後ろ側に身体が大きく傾いた。
 
「しまっ…………」
 
床にぶつかる、と思った瞬間に背中が温かいもので受け止められる。
いつの間に来ていたのか、黒鷹が抱きとめてくれていた。
 
「私の心臓を止める気かい、君は」
「……すまない。ありがとう」
 
黒鷹の声に少し険が含まれている。
当然だろうな。俺も無用心だった。
腹の中からも驚かせるなという抗議のように蹴られて苦笑する。
誰がみても妊娠しているという状態がわかり始めた頃から、つわりが大分治まり、中で子どもが動くのが伝わるようになった。
誰に似たのか随分と落ち着きのない子どもらしく、しょっちゅうばたばたと動いている。
元気に育ってる証拠だ、と思えば嬉しいことだけれども、生まれた後に手を焼かされそうなのが少しだけ不安だ。
 
「こっちにも怒られた。ごめんな、驚かせて」
「そりゃ、そうだろうさ。
……まったく、何かあったらすぐに呼びなさいと言ってるのに。
今更、何を遠慮することがあるんだい。
ねぇ、そりゃ君だってびっくりするよね」
 
黒鷹が俺の腹を優しく擦りながら、そんな風に語りかける。
俺も結構子どもに話しかけているが、黒鷹も相当だ。
二人ではなく、三人になったということをこういう部分で確認させられる。
 
「本当に悪かった。……どうも昔の感覚がどこかで残っているんだな。
今はお前より背もずっと低いのに」
「そうだねぇ。
何時までも腕の中に抱きすくめることが出来て、私の方はいい感じなんだが。
ああ、でも敏感な場所は変わってないよね、君」
「ちょ……こら。お前どこ触って……!」
「いやぁ、やっぱり胸が大きくなったなぁと。
うん、触り心地が良くて気持ちいい」
 
黒鷹の手が俺の腹から胸へと場所を変えて、大きさを確認するように触る。
妊娠して、腹だけでなく胸も前より大きくなったことに気がついたのは、俺よりも黒鷹の方が早かった。
そして、本当に嬉しそうによく触ってくる。
少しばかり、複雑だ。
ただ、性的に感じさせるつもりはないらしく、あくまで軽く弄ぶようにするだけだけど、それが少しもどかしくもある。
しばらく前までは、本当に体調がすぐれずに辛かったからセックスどころではなかったが、最近はつわりが落ち着いて、安定してきているせいなのか時折したくなる瞬間があった。
だけど、自分の浅ましさに自己嫌悪に陥ってしまってたまらなくなる。
黒鷹はずっと俺の身体と子どもを気遣って我慢してくれているのに。
軽い口付けはしょっちゅうだけど、深い口付けはずっとしていない。
 
――もう、安定期に入っているからね。
無理しない程度なら夫婦生活は大丈夫だよ。
 
村の産婆もそうは言っていた。
子どもは順調に育っているから、無理さえしなければ構わないと。
それでも、何か禁忌を犯すように感じてしまう。
けど、本当は触れられたい。触れたい。
黒鷹が……欲しい。
 
「玄冬?」
「…………っ!?」
 
不意に顎を持ち上げられて、思考を中断させられる。
正面に回っていた黒鷹の顔が戸惑いの表情を見せていた。
 
「どうかしたかい? 呆然として」
「あ、いや何でも……」
 
ない。と言いかけた口を噤んだ。
そうして、さっきの黒鷹の言葉が脳裏に浮かぶ。
 
――今更、何を遠慮することがあるんだい。
 
…………言ったら、応じてくれるだろうか。
子どもが出来たことがわかった直後に行為に乗り気でなかったのは俺で、
一緒に寝ようと言われた言葉にさえ、少し警戒したくらいだったのに、今になって調子がいいと思われないだろうか。
どうも、自分から誘うことは昔から苦手だ。
羞恥心が邪魔をしてしまい、大抵先に察してくれる黒鷹に甘えがちになる。
でも……。
 
――セックスはコミュニケーションだからね。
……したいときにしたいと言ってくれればいい。
 
それこそ、本当に一番最初に肌を重ねた時に言われた、そんな言葉を思い出す。
そうだな、察してくれるのを待つのじゃなく、偶には自分からも言わないと。
まだ、胸に置かれたままの黒鷹の片手に自分の手を添えた。
それでも表情を見られるのは気恥ずかしいから、つい俯いてしまったが一呼吸置いてから言葉を紡ぐ。
 
「呆れる……なよ」
「うん?」
「久しぶりに……その……したい。…………ダメ、か?」
「玄…………」
「無理しているとかそういうんじゃ……なくて…………ただ、お前に触りた…………っ……ん……!」
 
言葉が言い終わらないうちに顔を上げられて、唇を塞がれる。
割り入ってきた舌につい身体がびくりと震えた。
久しくしてなかった深い口付け。
歯列を辿られ、舌で舌を巻き込まれて強く吸われるそれに、ぐらりと頭の芯が揺れる。
黒鷹の腕が俺の身体を支えてくれていなかったら、床の上に崩れこんでいただろう。
力が入らなくなってしまった指で黒鷹のシャツを掴む。
ややあって、唇が離れて。
交わした視線は熱を孕んでいた。
 
「……黒……た…………」
「さすがにそんな表情を見て、我慢が利くほど甲斐性はないね。
……罪だよ、そんな顔」
「え…………あ……」
「途中で体調がおかしくなったり、気分が悪くなったりしたら必ず言いなさい。
理性を総動員させて何が何でも中断するから。
君にも子どもにも何かあってからでは遅い」
「…………すまない」
「うん?」
「かえってきついことをさせる……な」
 
集中しきれない中途半端な状態での行為は辛いだろうに。
男だった期間の方がずっと長いから、身体の生理的な部分は今でも男の方がわかりやすい。
 
「それはお互いさまだろう。……大丈夫だよ」
 
少しだけ苦笑いした表情でこつんと黒鷹が額を合わせてくる。
 
「生まれた後にはその分加減無しに楽しませてもらうからね。
その時は覚悟しなさい。……それに」
「それに?」
「激しく繋がるやり方だけがセックスなわけじゃない。
……そうだろう?」
「…………ああ」
 
指を絡めて、もう一度唇を重ね合わせて。
それだけでも確かに感じはじめていた。

  • 2008/01/01 (火) 00:09
  • 第一部:本編

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