昔、サイトで残暑見舞い作品として書いたものです。
オチに困って前半のシリアスをつい後半で崩しましたw
初出:2001年か2002年の夏
文字数:2905文字
「なぁ、セレスト。人の魂というのは、死んだらどうなると思う?」
「は?」
それは夏も終わりに近づいたある昼下がり。
俺とカナンさまは、近々行われる祭事の資料を図書室で片っ端から探していた。
それまでは静かに色々な本を読んでいらしたカナン様が、唐突にそんなことをおっしゃったので、我ながら気の抜けた声で返答してしまったと思う。
「どうされたんですか? いきなり」
「……ロイはずうっと、六百年もの間、あのダンジョンで魂だけの状態で在った。多分これからも居続けるんだろう。でも、僕はロイ以外にそういう――何というか、魂だとか残留思念だとかに出会ったこともなければ、話を聞いた例もない。あれはどういうことなんだろうな。思いの強さが彼をあそこにとどめているのか」
「あの……カナン様?」
正直なところ、何をおっしゃりたいのか意図がつかめない。
なぜ、今このような話をされるのだ?
「セレスト。もしも……もしも僕がお前よりも先に死んだとしたら、お前はどうするんだ?」
「…………!?」
ドサドサドサッ
「ちょ……何やっているんだ! 本が傷むだろう!」
カナン様の声で我に返ったときは、手にしていた数冊の本を床にばらまいてしまっていたところだった。
……本が傷むとかそう言う問題ではない。
なんてことをおっしゃるのだ、この方は!
「なんてことをおっしゃるんです! 死んだら……なんて、そんな簡単に口にすることは止めてください!」
この方が死ぬところなど想像できない。いや、したくない。
改めて『死』を考えると心臓が凍りつく思いがした。
たまらずに、カナン様を背中から抱きしめる。
……うん、夢や幻ではない。ここに確かにいらっしゃるのを、体温や鼓動、髪の香りなどが現実であることを告げている。
わかってはいるが……一度芽生えてしまった不安感が消えてはくれない。
なんてことだ。たった一言なのに。例え話でしかないというのに。
「おいっ、セレストっ」
「すみません……少しだけこのままで」
自分でもただ一言で、これだけ動揺しているのは意外だった。
「……すまなかった。言い方が悪かった。少し変える。もしも、僕がお前を残して死んだとしたら、お前は僕の魂が傍にずっと、残っていて欲しいと思うか?」
「魂が……傍に……?」
「逆でもいい。お前が僕より先に死んだとしたら、お前は魂のままで僕の傍に……もしもいられるなら、ずっといようと思うか?」
「カナン様」
抱きしめている腕に、カナン様の手がそっと添えられる。
そして、差し出された一枚の紙切れ。
「これを……見つけた」
「これは……」
――もうじき、この命は潰えるだろう。俺が行くところに、お前はいるのだろうか。あのころの姿と同じままで。お前は俺を迎えてくれるだろうか? 俺はお前の人生の倍以上生きていた。この姿はどうなるのだろうか? 約束は守ったつもりだ。また……冒険ができるのだろうか。なぁ、ロイ。魂とはどこにいくんだろうな。お前はどこにいる?――
書いた本人の署名はない。メモのような走り書き。
紙は痛んでぼろぼろ。とりとめのない文章。
だが、誰が書いたのか……俺たちにはわかってしまった。
「きっとルーシャス様はロイの魂には会えなかったんだろうな」
「…………」
「会う事を願いつつ、叶えられない思いはどこへ行ったんだろう」
俺のほうからは、うつむいたカナンさまの表情は見えなかったが、きっとおつらそうな顔をされている。
何よりお声が沈んでいらっしゃるのだ。
「ロイがルーシャスさまの残したものを守ろうとした事はわかっている。だが僕は嫌だ。大事な相手が自分を思ってくれるがばかりに、縛ってしまうような……会えなくなってしまうようなことは。僕はとどまらない。僕はとどまらずに先のほうでお前を待つ。もっとも。僕も死後の世界なんてどうなっているのかわからないけどな。きっと誰にも……ロイにでも正確な事はわからないんだろうと思うが」
微かに添えられた手に力が込められる。
「……そう、ですね」
不安に思われたのは、この方もなのだろう。
重ねられたカナン様の手を口元に持っていき、その指先に唇を触れさせる。
柔らかく滑らかな肌は勿論、桜色の爪の少し硬い感触さえ心地よく愛おしい。
「セレスト」
「私は……そのときにならないとなんとも言えないと思いますが……命潰えたときのことを思うよりも、今。生きている限りは貴方のお傍にいたいと思っています。生きている限りはお守りして、死んだあとのことは……そのときに考えます」
「……そうか」
確かにカナン様のおっしゃることもわかる。
だけど、俺はロイさんの気持ちも少しわかるような気がした。
ロイさんはただ守りたかっただけなんだろう。大事な人を。
そして大事な人が残したものを。
「確かに、死んだ後の事を考えるのは建設的ではなかったな。すまない、変な話題を持ち出して」
カナンさまが俺の腕をほどいて、くるりと俺の方に向いて、向かう合う形になった。
そして、コトンと俺の肩に頭を預けてこられる。
「……でも、何があっても。無下に命を投げ出すのは、例え僕の為でも絶対に許さないからな。それだけは覚えておけ」
「はい、カナンさま」
「さて! 資料も見つかったしそろそろ部屋に戻ってお茶にするとしよう」
「はい。……お待ちを。ところで、手にしていらっしゃるご本は……」
なんとなく嫌な予感がする。
困った事にこういうときの勘は、余り外れた試しがない。
カナンさまはすばやく俺から離れると、早くも戸口の方に向かってしまう。
「なんだっていいだろう。セレスト。本を拾って早く部屋に来い。先に行ってるぞ」
「……何のご本ですかっ! それはっ!」
「セレスト。人生知ってて悪い事なんて何もないぞ」
「おおありですっ! 知らなくていいことだってあるんですよ!」
「いーや、人生なにごとも経験だ。じゃ先に行ってるからな。知りたければ、早く部屋に来るんだな」
「ちょ……カナンさまっ」
バタンと扉が閉まる音がして、先に行ってしまわれた。
……やれやれ。先ほどの沈んだ様子が嘘のようだ。
まぁ、いいか。カナンさまは笑っていらっしゃるのが一番いい。
さて、一度カナンさまのお部屋に本を置いてから、おやつをひきとりにいくとしよう。
ちょうどいい時間だ。
***
余談。
セレストが本を片付けているその頃。
カナンは部屋で先ほど手にしていた本を読んでいた。
「うーん、まさか城の図書室でこういうのが見つかるとはなぁ。なかなかあなどれないものがある」
カナンが読んでいる本の表紙にはささやかな字で『四十八手&裏四十八手』などと書かれていた。
「こういうのも、色々種類があるんだなぁ。身体がやわらかくないと難しそうなのもある。うーん……」
後ほど、セレストに本が見つかって、色々と実地で試され、さすがのごむたい王子も少し後悔することになったのは、数日後の話であった。
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