男の純情とAVがテーマ、とか書くとコメディっぽいけど、途中で意外に重苦しい展開になりつつ、最終的にはラブ&エロ。
※二人が社会人で同棲している前提での話になっております。
時間軸は『黒と白』のちょっと後ですが、読まずとも支障はありません。
初出:2014/10/05 同人誌収録:2016/04/10(一緒に歩く先は。掲載分に多少の修正等あり)
文字数:17646文字
[堀Side]
「せんぱーい。緑茶に紅茶にコーヒー、何にしますー?」
「コーヒー」
「はいはーい」
キッチンから飛んできた鹿島の声に答えつつ、俺はリビングに置いてあるノートパソコンで、仕事用のメールチェックをしていた。
キッチンの方からは、夕食の後片付けの音に紛れて、鹿島が何か口ずさんでいるのが聞こえる。
相変わらずの調子っぱずれなので、何の歌なのかはさっぱり分からないが、何となく機嫌は良さそうだ。
一緒に暮らすようになって以来、夕食は俺より少し早めに帰ってくることが多い鹿島がほとんど支度してくれている。
でもって、食後にこうやって鹿島がお茶とかを淹れてくれるのも、今やすっかり習慣となっていた。
こういう何気ない一時が、まるで夫婦のようだ、とは思うが鹿島には言わない。
言ったが最後、確実に調子に乗るのが目に見えている。
「はーい、どうぞ」
「おう、サンキュ」
コーヒー入りのマグカップを受け取って、パソコンデスクに置くと、鹿島が後ろから椅子越しに俺の肩に腕を回して抱きしめてきた。
「あのね、先輩」
「ん?」
「この前の大丈夫だった。今日、生理来たから」
「……そっか。良かった」
この前、ってのは、つい盛り上がってしまってゴムなしでセックスしてしまった時の話だ。
何とか外には出したものの、鹿島の身体の周期と挿れた時の感覚から、今回のは危なかったんじゃないかと、この数日気になっていた。
一緒に住んではいても、まだ籍を入れてるわけじゃないし、本来の順番ってのはやっぱり守りたいわけで。
「ほっとした?」
「まぁな。……悪い、おまえこそ不安だったよな」
何でもないように過ごしてはいたけど、この二、三日ちょっと落ち着かないような素振りを見せていた。
さっき機嫌が良さそうに思えたのは、心配事がなくなったからなんだろうな。
手を伸ばして、鹿島の頭を撫でるとちょっと拗ねたような声が返る。
「だから、そういうので謝るの止めて下さいってば。同意して続けちゃったのは私もなんですから」
「そうは言うけどな、何かあった場合に大変なのはそっちだろ。ちゃんと手順踏んでいきたいしな、俺としても」
その言葉に、鹿島が一瞬だけきょとんとした。
かと思うと、次の瞬間にはにやりと笑って、俺の頬に自分の頬をすりつけるようにじゃれてきた。
「? 何だよ?」
「いやー、堀ちゃん先輩はちゃんと手順を踏んでいってくれるつもりなんだなーって」
「ん? そりゃ…………………………あ」
ようやく、自分が口にしてしまったことの意味を把握して、思わず口ごもる。
くそ、不覚だ。
これじゃ、まるで遠回しの――。
「遠回しのプロポーズですよね、これって!」
返す言葉に詰まる。
……何で、人がわざわざ口にしないでいることを、さらっと言っちまうかな、こいつは。
ぽろっとこぼしてしまった俺が悪いんだが、正直、もうちょっとデリカシーってもんが欲しい。
「そっかー、ふふふー。で? いつ結……」
「ストップ。そこまで。その時が来たら、ちゃんと言いたいから、今言うな。……言わせろよ」
思えば、付き合い始めたきっかけも、最初のセックスのきっかけも、こうやって同棲するに至ったきっかけも、鹿島の方からだった。
結婚するときぐらいは俺が言いたい。
今のも出来れば聞かなかったことにして欲しいくらいだ。
「先輩、耳まで真っ赤」
「うるせぇよ。この話はもう終わりにするぞ。俺、仕事まだ残ってんだから向こういけ」
「はーい。じゃ、その時とやらを楽しみに待ってよーっと。あー、でも今回は流石に冷やっとしたかなぁ。やっちゃっておいて言うのも何ですけど」
「全くだ。挿れた時の感覚で前の時より危ねぇなと思ってたから、ホント良かった」
「? 挿れた時って??」
鹿島がどういうこと?と言いたげに小首をかしげる。
ホントに意味が分かってないって顔だ。
自分じゃ分かんねぇもんなのかな。
俺としても口にしやすい内容じゃないので、言っていいものかどうなのか迷ったが、照れ隠しも兼ねて、鹿島の顔を見ないようにし、コーヒーを飲みながら話すことにした。
「あー……その、な。時期によって少し位置が変わるんだよ」
「? 何の?」
「子宮……ってか子宮口になんのか。排卵日前や生理直前、何か位置が近くなって挿れた時に当たりやす……」
「えええっ!! あの『だめぇ、子宮が降りてきちゃってるの!』とかって、謎のリップサービス的エロ台詞とかじゃなくて、マジなんですか!?」
「ぶっっ!!!!」
鹿島の言葉に、飲みかけていたコーヒーを盛大に吹いた。
目の前のノートパソコンに、無残に吹き出したコーヒーが飛び散る。
が、それはひとまず置いておいて、だ。
今の台詞には非常に嫌な心当たりがあった。
「鹿島……てめぇ」
椅子から立ち上がり、後ろに向き直る。
「また、俺がわざわざ隠している方のAV漁って見やがったな! そっちは見るなっつったろうが!!」
しまった、という顔の鹿島が飛び退いて後ずさりする。やっぱりか。
「そういえば、この土日。俺が野崎のとこに泊まりで行ってた時に、ここに瀬尾泊めたっつってたよな。……まさか、それで鑑賞会でもやってたのか?」
「えっと、その……」
鹿島の目が泳いでやがる。……図星かよ。
思わず、舌打ちしてしまうぐらいには腹立たしいことしやがって。
現在は高校時代のように定期的に野崎のところに行ってマンガの背景を描いているわけではない。
しかし、昨日、一昨日はいつもの背景担当のアシスタントが、急に倒れてしまったとかで、どうしてもと切羽詰まる様子で頼まれたため、休み返上で手伝いに行ってた。
一人で週末を過ごすのは寂しいから、とこいつが友人を呼ぶことに快諾はしたが。
「おまえな……簡単に隠してるだけの方は好きに観るなりなんなりしろっつってるのに、何で面倒くさい隠し方してる方をわざわざ選ぶ! 見られたくないから隠してる方には触るなって言ってあんだろが」
「だって、そういうのこそ気になるんですもん! 隠されると暴きたくなるのが人情ってものじゃないですか」
「だから、プライバシーの侵害だっての! 親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってんだろ!?」
今回のは正直、隠していた中でも一番鹿島に観られたくないものだった。
よりにもよって、あれなのかという苛立ちを抑えきれない。
「ごめんなさい、ごめんなさい! あっ、私体調あんま良くないからもう寝ますね。おやすみなさーい! お仕事頑張って-!」
「鹿島!」
そそくさと逃げるようにリビングを出て行った鹿島を追いかけなかったのは、吹き出してしまったコーヒーの後始末と、中途半端になっていた仕事のメールチェックをする必要があったのと。
さらに言うなら、あいつが生理中だからだ。
体調があまり良くないってのは、多分嘘ではない。
じゃなければ確実にぶっとばすぐらいはしていたが。
「……ったく、あいつは」
もう一度椅子に座って、ノートパソコンにかかったコーヒーを拭きながら、溜め息を吐く。
見られたくないのには、ちゃんと理由がある。
隠してるAVやらエロ本やらには、ある共通点があるのだ。
「いい加減、処分すりゃあ良かったんだろうけどなぁ……俺も」
独りごちる。
隠しているあれらは、鹿島と付き合うようになってから半年ほどの間。
手を出すに出せなかった時期に、身体のパーツのどこかしらが鹿島と似ているものを選んでしまって、使っていたものだ。
あるものは指先。あるものは髪型。またあるものは臑から踝にかけてのライン。
さっき鹿島が口走っていた台詞は、よりにもよって鹿島の声と似ている声の女優が出ていたAVで言ってた台詞だ。
当時、一番お世話になっていたAVである。
だからこそ、さっき鹿島が口走った台詞がそれとオーバーラップしてしまって、ぎょっとした。
ああ、くそ、あまり思い出したくなかったことを思い出させやがって。
あの頃、そういったAVを通して、鹿島の見えない部分を想像しては果てた。
ハッキリ言って俺の中では、黒歴史と言っていい苦い記憶。
今はもうそういうのを使ってオナニーすることもないが、その時の感情を思い出すと直視することも出来なくて、処分しようにも出来ないままだった。
そういうのも引っくるめて、自分の情けなさの象徴とも言える。
それをよりにもよって、人と一緒に観たとか、マジ頭痛ぇ。
瀬尾か……高校時代に鹿島の歌の特訓してたって言ってたな、確か。
何であれを選んだのか、というのが十中八九悟られてそうで憂鬱だ。
当分顔合わせたくねぇな。
「さて、どうしたもんかな」
考えようによっては、いい加減踏ん切りをつけるチャンスではあるかも知れない。
今日が月曜日だから、土曜日の夜には鹿島の生理は終わってる。
昨日、一昨日はセックス出来なかったし。
今週末はちょっとばかりお仕置きタイムだな。
いくら鹿島相手でも。いや、この場合は鹿島が相手だからこそだ。
触れられたくないものはある。
それを分からせてやることにしようと心に決めた。
***
――わざわざ漁ってまで観るって事は、よっぽど気になるんだよな? お望み通り、今日はガッツリ観せてやるよ。
土曜日の夜。
そう宣告して、寝室のテレビを使い、ただAVを流し続けて三本目。
隣に居る鹿島は意図をはかりかねているようで、困惑している様子が伝わる。
まぁ、そうなるよな。
特に何をするでもなく、話すでもなく、ひたすら流れている映像観てるだけじゃ、そりゃ、訳も分かんねぇだろう。
当初は興奮したら、それなりに動いて鹿島に当てつけるつもりではあったんだが、いざ久々に観てみたら、自分でもびっくりするほどに興奮しなかった。
かつては最も観ていたはずだった、今観ているAVもだ。
いや、寧ろ、声は似ていても喘ぎ方とか言葉が、改めて聞いてみると全然鹿島と違っていて、耳障りにさえ思えてきている。
『だめぇ、子宮が降りてきちゃってるの! 中に出しちゃ嫌ぁ!!』
たった今。画面から流れてきた先日の問題の台詞もしかり。
鹿島なら――遊なら、こんな台詞は言わねぇよなぁ。
――ダメ……せんぱ……っ……ダメ……っ!
初めて、ゴムなしでセックスしてしまった時のことを思い出す。
あの時はまだお互い学生で、ゴムを切らしていたのに気付かず、盛り上がって、後戻りが出来なくなってしまったからだったが、周期的にはともかく、学生という立場があったから、当時の焦りっぷりは先日のあれ以上だった気がする。
あれでゴムなしでする気持ちよさがヤバいのを知って、以降は気をつけてたんだよな。そんな風に反芻していたら、さっきまで全く反応なしだったモノに熱が集まりだしていた。
長時間見てるAVの喘ぎや視覚的な効果より、ほんの数分、遊を思い出して妄想する方がクるのかよ、と自分で自分に笑いそうになる。
もう、こいつ以外じゃ勃たねぇんじゃねえの、俺。
遊の方はといえば、これを観て何を考えているのか。
特に興奮しているわけでもなさそうだが、意外に夢中になっているところがあるようで、ちょっと様子を見てると表情が結構くるくると変わっている。
…………何だろう。何か面白くねぇな。
そんなことを思っていると、視線に気付いたのか遊がこっちを見た。
どう、反応したものか、と戸惑っているように思える。
「あの、せんぱ……」
もういいな。
切り出した遊の言葉を合図にするかのように、持っていたリモコンでモニターの電源を落とし、絶頂寸前だっただろう女優の鬱陶しい嬌声が、瞬く間に消えた。手を伸ばして、遊の耳にかかる髪を掻きあげ、現れた耳を軽く噛む。
「いい加減、耳障りになってきた。どうせなら、おまえの声が聞きたい」
声を聞いて、触って、体温感じて。
――遊をめちゃくちゃにしたかった。
***
「ん……あ、はぁっ……!」
「く……」
何となく後ろめたくて、自分の顔を見られたくないがために、後ろ向きに座り合った状態で重なり合う。
目の前にある背中にキスを繰り返すと、小さな喘ぎが断続的にこぼれ、繋がった部分も軽く収縮した。
こういう体位はあんまりやらない。俺のモノは付け根まで入んねぇし、自分の足の上に重なるように投げ出された足の眺めは悪くないが、手を伸ばしても膝ぐらいまでしか触れない。
そして、何より最中の遊の顔がほとんど見えないというのが最大のデメリットだからだ。
自分の顔を見られないようにしつつ、こいつの顔が見えてたらな、と思いながら、ベッドのスプリングを利用して弱い突き上げを繰り返す。
一方の腕で腰を支えつつ、空いてる手を使って恥丘を包むように触れ、時折クリトリスを緩く引っ掻く。
その都度、身を繋げた部分から滴る愛液が、袋を伝っていく感覚がもどかしい。
激しく突き上げてしまいたくなるのを堪えつつ、内部の熱を愉しんでいると、ふいに遊が俺を呼んだ。
「せ……んぱ……」
「んっ……何だ?」
「何で、ダメ、なの」
「…………あ?」
悦楽を貪るのに必死で、吐息混じりに言ったその言葉の意味を理解するのに、少しばかり時間がかかった。
「私、だって先輩の好み……っ、知りたい、のに。わざわざ……隠してたって……ことは、何か、あるん、でしょ……っ?」
好み、か。俺の好みと言えば、いまや目の前にいる女そのものなわけだが。
その本人にそういうことを聞かれるのは、良い気分がしない。
「ねぇよ、何、も」
「う……そっ……。疚しい、ことない、なら隠さなく……ってもいいじゃ、な……。さっきまで……っ、観てた、のと、観てもいいって……っ、置いていた分と何が……違う、のっ……」
その言葉に胸の奥にある痛い部分を抉られたような気がした。
熱を孕んだ興奮が、氷のナイフで冷ややかに切り裂かれていく。
何で、そこでおまえが傷ついたような声を出す?
恋人同士だったら、何もかも曝け出さなきゃ、ダメだっていうのか?
分かんねぇのか……分かんねぇよな。
自分の思いをストレートに出して、迷うことなく突き進み、それでいつだってどうにかなって来たようなやつには。
俺にとっては、それは遊の好きな部分の一つであるのと同時に、自分の弱さ、無力さを思い知らされる部分でもある。
「ねぇ……せん、ぱ……」
「何で、って聞いたよな。……教えてやる」
ドロドロになった暗い感情が渦を巻き始めた。
突き上げを止めて、遊の背骨に額を押し当てる。
「今さっき観てたのは声。その前は髪型。最初のは指だな。みんなどこかしらのパーツがおまえに似てるんだよ」
「……せん……ぱい?」
「やっぱり気付いてなかったのな」
まぁ、そんな気はしてたが。気付いてたら違う反応するよな、流石に。
「おまえと付き合い出して、まだ手を出せなかった時。こういうのから色々想像してた。乳首の色はどんなか、とか、性器がどんな風になってんのか、とか。……俺が触ったらどんな風に声上げてくれんのか、とか」
「せ、んぱ……」
恥丘に置いていた指を伸ばして、濡れて俺を包み込んでいるひだをゆっくりなぞる。
もう、直接見なくても色も形も味も匂いも覚えている。
勿論、ここだけじゃない。他の場所もだ。
今でこそ、自分の身体の次に馴染みのある遊の身体だが、そうして目にし、触れることが出来るようになるまで、どれほど焦がれたか。
初めてセックスして、遊の身体の隅々まで触れて、キスして。
ああ、愛しさが沸き上がるってこういうことかと、あの時実感した。
「ん……」
薄くてもこうやってそっと触れるだけで切なく声を上げる胸も、小さく膨れた形のいいクリトリスも、実際に目にしたときには想像していたよりも遙かに興奮を誘って、絶対誰にも渡したくないと思った。
「オナニー覚えたてのガキみたいに、繰り返し妄想してはイッた。けど、そんなのをぶつけたら流石に嫌われんじゃねぇかと。せっかくの居心地良い空間を壊してしまうことになるんじゃねぇかと。…………怖くて怖くて、たまらなかった」
「…………っ! あっ!!」
敏感な部分二箇所を同時に抓みあげると、泣きそうに聞こえる声が上がり、中がざわりと手前から奥にかけて蠢いた。
かつて似た声で妄想していた遊の嬌声も、実物の方が何百倍も良かった。
こんな声を上げるのだと。俺が上げさせているのだと。
いつもの姿からは想像出来ないような遊を、俺だけが知っている。
だが、そうやって満たされるまでがキツかった。
誰より優しくしてやりたいのに、誰よりも傷つけてしまいそうに暴走しかねない、自分の欲望が恐ろしかった。
付き合うことで近くなったはずなのに、遠くに感じながら、それに何でもないふりをした。
そう変わっていないから、警戒するなというように良い先輩面で、振る舞って、薄汚い情欲を押し殺した。
関係が変わることを誰よりも望んでいた癖に。
大学で鹿島と再会して、付き合うようになって、セックスするようになった、あの一年で恋の苦しさを知った。
大切にしたい一方で、めちゃくちゃに身体を貫いて、欲望を吐き出して汚したい。
他の男の手垢などつかないうちに。そんな本能の歯痒さを知った。
思慕の念と焦燥感と歪な欲望が絡まり合って、他の男と交わす些細な日常会話にさえ胸を焦がす。
そんな醜い嫉妬の感情を抱えた自分に気付いて驚いた。
ああいう思いは――正直二度としたくない。
「……だってのに、当の本人はこっちの気も知らずに、『私じゃ勃たないんですか』ってど直球で聞いてくるし。あれはあれで吹っ切れはしたけどな。けど、数年経ってもまだ処分に踏み切れないような、自分のみっともない部分だって自覚してるから、必死に隠してたものを漁って観るし。……なぁ、遊」
ホクロ一つない、綺麗な白い背中に噛みついて跡を付ける。
苛立ちを紛らわせるように。
今の俺はきっと酷い顔をしている。
鹿島の誘いに乗って、セックスしたことで色々吹っ切れたのは確かだけど、出来るのなら俺からきっかけを作りたかったと、あれから数年経った今でも未練がましく思う瞬間があった。
「おまえ、これらを観てどうした? 俺を想像しながら、オナニーしたりした? それとも――」
こういうので吐き出す男の性を嗤ったか?
「えっ、あっ、や、あああ!」
沸き上がる苦しい感情に任せ、足と腰を支えながら、抜かないままで一気にうつ伏せにした。
姿勢を変えた衝撃に、繋がっていた場所が締まる。
それに歯を食いしばって、奥に叩きつけるように動いた。
二人の肉のぶつかる音と得られる感触に肉体的な昂ぶりが増していく。
精神的にはどこか冷めたままなのに。
「せ、ん、ぱ……っ!」
愚かでちっぽけな男のプライドだ。そんなことは分かっている。
けど、大抵のことはさらっとこなせてしまうような遊に、俺は釣り合うような男であるのだろうかと。
こいつが直向きに向けてくれる好意に、ちゃんと応えられるだけの人間であるだろうかと。
そんな不安が消えてくれない。いつだって小さく燻っている。
一緒に居ることで満たされていると確かに感じる時も多いのに。
こんな拍子に無様な感情は、残酷な揺さぶりをかけてくる。
けど、せめて。
『王子様』ではない、鹿島遊を守れる男でありたい。
俺は王子様なんて器じゃないけど、たった一人の好きな女を守れる男でいたい。
だというのに、実際はどうだ。
「…………っ……ぅ」
「は……っ」
ゴム越しの遊の中に熱を吐き出しながら、早くも後悔が胸を締め付ける。
泣くのを堪えるかのように、遊の背中が小さく震えていた。
こんなの自分のプライドが傷ついたのを、誤魔化す為の八つ当たりと何も変わらない。
こんなんじゃない。
こんな酷い抱き方をしたかったわけではなかったのに。
***
「先輩」
「ん?」
「……ごめんね。………………無神経でごめんなさい」
遊の絞り出すような声が胸をついた。
行為が済んだ後にかけてやった毛布を頭からすっぽり被って、頭頂部だけが少しのぞいている。
毛布の下から伸ばされ、俺の指を掴んだ遊の指が少し震えて冷たい。
「もういい」
「……嫌いに、ならないで」
「遊、おまえ」
「なんないで……っ。お願……私」
先輩じゃなきゃダメだよぅ、と続いた言葉はもう涙声だ。
くそ、やっぱりやりすぎた。
「なんねぇよ。なるわけねぇだろ。っつーか……その、俺も悪かった。つい、カッとなっちまって。……遊。もう、本当に怒ってないから。泣くな」
「……っ。……ぅぇっ……」
掴まれてない方の手で、少しだけ出てた頭を撫でてやると堰を切ったように嗚咽が聞こえ始めた。まるで子どもみたいな泣き方だ。
俺も毛布の中に潜り込んで、遊の丸まった背に手を回すとぎゅっと抱きついてきた。
泣かせてしまった罪悪感はあるものの、やっぱり泣いてる顔も悪くねぇな、こいつ。
と思ってしまった自分は色々末期だという自覚はある。
今日はあえて唇にはしていなかった分のキスを、貪るように繰り返す。
キスをしながら、首筋、胸と手を滑らせていくと、乳首に触れたときに小さな呻きが聞こえた。
嫌な予感に手を退けて見てみると、恐らく先ほどの行為で俺が爪を立ててしまった時についたものだろう、小さな傷跡が乳首の直ぐ近くにあった。
「悪い。……痛かったよな。胸に爪痕残ってる」
「あ、今、ぴりって来たのそれなんだ。……大丈夫ですよ。それより先輩にもっと触られたい」
「遊」
「触って。だって、さっきのじゃ、その寂しいというか」
「……物足りないって?」
「う……」
意地悪く聞いてやると、また目元が泣きそうな形に歪む。
それが無性に可愛くて、つい笑った。
「心配すんな。物足りなかったのはこっちもだ」
「んっ」
遊の太股に触れて、乳首に軽く舌を這わせると、熱っぽい吐息がこぼれ落ちる。あー、やっぱ可愛いな、こいつ。
見上げた顔に再び欲情していくのを自覚する。
遊の顔を見ながらじっくりと抱きたい。
一緒に過ごす中で不安に苛まれることがあっても、結局のところ、俺はこいつじゃなきゃダメだし、多分、こいつも俺じゃなきゃダメなんだろう、と思う。
そう考えたら、かつての苦い思い出が途端にバカみたいに感じられた。
今、こうしてお互いがお互いを必要としているのに、過去の羞恥を曝け出されたからといって、何の不都合があるっていうんだ。
「そういえばな。こないだの子宮口の位置が時期によって変わるっつったアレ。排卵日前と生理前以外にも、もう一個条件あんだわ」
「ん……?」
早くも蕩けかけている表情にとどめを刺すべく、柔らかい腹に触れながら耳元でその条件を囁いてやった。
「おまえがめちゃくちゃ感じてくれた時」
「……な……!」
たちまち遊の顔が、ちょっと見ないくらいに真っ赤になった。
触れてる腹もびくりと震える。
きっと今、この触れている手の奥を意識せざるを得ないことになっているはずだ。
「と、いうわけで。今日はそれが確認出来るまではやめないから。覚悟しとけ」
「……もうっ、先輩のバ……んっ」
文句を言いかけた唇はさっさと塞ぐ。
俺の身体に絡められた足と腕に満たされていくのは幸福感。
極上の触り心地をしてる遊の足を撫でながら、あのAVはもう纏めて処分しようと決めた。
[鹿島Side]
「せんぱーい。緑茶に紅茶にコーヒー、何にしますー?」
「コーヒー」
「はいはーい」
先輩が何を飲むか確認して、予洗いした夕食の食器を食洗機に突っ込みつつ、電気ケトルのスイッチを入れる。
先輩は仕事を持ち帰ってきたらしく、リビングのノートパソコンで何かやってた。
昨日、一昨日は野崎のところで向こうの仕事手伝ってたはずだし、それでずれ込んだ仕事とかあるのかも知れない。
そういうことは絶対私には言わない人だけど。
先輩の仕事絡みの愚痴とか、私はほとんど聞いたことがない。
いくらでも愚痴ってくれたらなぁと思う時もあるけど、黙々と仕事こなしてる姿も好きだったりするのが悩ましいところだ。
電気ケトルでお湯が沸いたのを確認すると、二人分のコーヒーを淹れる。
先輩はブラック。私はちょっとミルクだけを足して。
すっかり覚えた相手の好みに、これって夫婦みたいだなーとニヤニヤしてしまう。
「はーい、どうぞ」
「おう、サンキュ」
先輩にコーヒー入りのマグカップを渡したところで、言わなきゃいけなかったことがあったことを思い出した。
先輩がパソコンデスクにマグカップを置いたところで、後ろから先輩の肩を抱きしめる。
「あのね、先輩」
「ん?」
「この前の大丈夫だった。今日、生理来たから」
「……そっか。良かった」
あれは数日前。
排卵日前の結構ヤバい時期に、つい盛り上がってしまってゴムなしでやってしまったのだった。
一応、外には出したけど、外出しって結局避妊じゃないし、デキてたらどうしようかとか、今持ってる仕事どうしたらとか、ちょっとここ数日は頭の中がぐるぐるしてた。
先輩は誠実な人だし、多分、デキてたらデキてたで、どうにかなったんだろうけど、生理が来たときの安心感を考えると、今はやっぱり時期じゃないんだろうなぁと思う。
「ほっとした?」
「まぁな。……悪い、おまえこそ不安だったよな」
ちょっとだけバツが悪そうな表情を見せた先輩が、私の頭に手を伸ばして、撫でてきた。
あれは先輩だけの所為じゃないのに。
「だから、そういうので謝るの止めて下さいってば。同意して続けちゃったのは私もなんですから」
「そうは言うけどな、何かあった場合に大変なのはそっちだろ。ちゃんと手順踏んでいきたいしな、俺としても」
手順って言葉が何に結びついているのかに思い当たって、嬉しくなる。
ちゃんと先のこと考えてくれてるんだなぁ、先輩。
ああ、もう、今仕事してるんじゃなきゃ、全身でぎゅーっと抱きつきたい。
せめて、と頬ずりしたら、まだ気付いてないのか、先輩が何だよ?と問いかけた。
「いやー、堀ちゃん先輩はちゃんと手順を踏んでいってくれるつもりなんだなーって」
「ん? そりゃ…………………………あ」
ふふふふふ。
ようやく意味を理解したらしい先輩がしまった、って顔になった。
ちょっと目を逸らして、赤くなり始めた先輩が頭ぐりぐりしたいほど可愛い。
「遠回しのプロポーズですよね、これって!」
「…………っ」
「そっかー、ふふふー。で? いつ結……」
「ストップ。そこまで。その時が来たら、ちゃんと言いたいから、今言うな。……言わせろよ」
畳みかけるように続けようと思った話の先は遮られる。
気にしなくていいのになー。
お互いその気なら、どっちがプロポーズしちゃっても別にいいと思うんだけど。
やっぱり男の人ってそういうの気にするのかなぁ。
「先輩ってば、耳まで真っ赤」
「うるせぇよ。この話はもう終わりにするぞ。俺、仕事まだ残ってんだから向こういけ」
「はーい。じゃ、その時とやらを楽しみに待ってよーっと。あー、でも今回は流石に冷やっとしたかなぁ。やっちゃっておいて言うのも何ですけど」
「全くだ。挿れた時の感覚で前の時より危ねぇなと思ってたから、ホント良かった」
「? 挿れた時って??」
意味が良く分からない。
ゴムがあるかないかで挿れた時の感触が変わるのは、こっちとしても分かるんだけど、話の流れ的にどうやらそれとはまた別の話っぽい。
「あー……その、な。時期によって少し位置が変わるんだよ」
「? 何の?」
「子宮……ってか子宮口になんのか。排卵日前や生理直前、何か位置が近くなって挿れた時に当たりやす……」
「えええっ!! あの『だめぇ、子宮が降りてきちゃってるの!』とかって、謎のリップサービス的エロ台詞とかじゃなくて、マジなんですか!?」
「ぶっっ!!!!」
一昨日、こっそりみた先輩のAVでちょうどそんな事言ってたけど、男性を喜ばせるためのリアリティにイマイチ欠けるアレな類のものかと思ってた!
びっくりしたのを、そのまま口に出したら、先輩がコーヒーをノートパソコンに向けて吹いてしまってた。
キーボードにもモニターにも水滴が飛び散る。
ノートパソコン大丈夫かな、これ。
一応、共用のものなのに――とか、思った時。
こっちを振り向いた先輩のこめかみに青筋が浮いてた。
あ、何か、嫌な予感がひしひしと。
「鹿島……てめぇ」
ドスのきいた声と共に、椅子から立ち上がった先輩の迫力に、思わず私も一歩引き下がってしまう。
「また、俺がわざわざ隠している方のAV漁って見やがったな! そっちは見るなっつったろうが!!」
ヤバい、バレた!
まさか、今のAVの台詞で!?
つか、台詞覚えるほど繰り返し見てたんですか、あれ、とは流石に聞けない。
というより、聞ける雰囲気じゃない。
これは結構本気で怒ってる声だ。
「そういえば、この土日。俺が野崎のとこに泊まりで行ってた時に、ここに瀬尾泊めたっつってたよな。……まさか、鑑賞会でもやってたのか?」
「えっと、その……」
鋭すぎです、先輩。
いや、平日だと家に居る時間帯ならほぼ一緒だし、休日も一緒に居ること多いから、そうじゃない時間って限られてくるから、想像ついちゃうのか。
この土日のように二人がそれぞれ別に過ごした休日も久々だったし。
一緒にいることに慣れすぎて、一人で家に居るのが寂しかったから、ちょうど予定が空いていた結月を泊めて一緒に観てました、はい。
「おまえな……簡単に隠してるだけの方は好きに観るなりなんなりしろっつってるのに、何で面倒くさい隠し方してる方をわざわざ選ぶ! 見られたくないから隠してる方には触るなって言ってあんだろが」
苛立ちを露わにした口調にカチンときて、思わず言い返してしまう。
「だって、そういうのこそ気になるんですもん! 隠されると暴きたくなるのが人情ってものじゃないですか」
「だから、プライバシーの侵害だっての! 親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってんだろ!?」
知ってる、知ってますよ!
でも、好きな人の好みに出来るだけ沿いたいから、ひっそりリサーチしたいってそんなにダメなの!?
――とは、口に出さない。
この状況で下手に言い訳したら、絶対、火に油を注ぐだけだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい! あっ、私体調あんま良くないからもう寝ますね。おやすみなさーい! お仕事頑張って-!」
「鹿島!」
よって、そんなことだけ言って、さっさとその場を離れる。
生理だって言ったし、仕事も残ってるならきっと先輩は来ない。
こういう時はうやむやにしてしまうに限る。
一緒に住むようになってから、先輩がAVを観ている様子は全然ないんだけど、どういうわけか隠してあるAVの場所とかは頻繁に確認しているらしく、結構こっそり観たのはバレている。
隠すというほど隠してない方のAVについては、すべすべの太股の間で擦るのがどうのとか、足とニーハイの間に挟むように突っ込んだアレがどうのとか、果てはハイヒールと素足での足コキの差がどうのとか、結構さらっと話すくせに、隠している方に手をつけられるのは凄く嫌みたいだ。
男心は分からない。
***
この状況は一体何だろう。
今日は、ちょうど生理が終わったところだし、週末だし、さらに先週は先輩もいなかったしで、久しぶりに思う存分いちゃつけるかなぁと思ったんだけど。
何で今。
私たちは一緒にベッドの上に並んで座って、AV鑑賞なんてしているのでしょうか。
――わざわざ漁ってまで観るって事は、よっぽど気になるんだよな? お望み通り、今日はガッツリ観せてやるよ。
それだけ言うと先輩はサイドテーブルに数本、いくつかは見覚えのあったAVを纏めて積み上げた。
まともに観ていったら、朝までには終わらないような数。
どうするつもりなのかと思いつつも、先輩がそれだけ言ってさっさとAVの再生を始めてしまったものだから、聞くに聞けなくなってしまった。
何となく、場の空気が冷ややかに思えるのも気のせいではない気がする。
何しろ、先輩はAVを流してはいるものの、全く反応していないのだ。
勿論、私に触っても来ない。話しかけもしない。
ただ、ひたすら画面では卑猥な映像が繰り返されているだけ。
女優さんの喘ぎ声とか、水音とか、肉のぶつかる音とかが、白々しく寝室に響いている。
端から見たら、さぞシュールな光景になっていることだろう。
……まだ、先週のアレ、怒ってるのかなぁ。
あの翌日以降は特にあの話題に触れることもなかったし、
AVを観始めた時にも特に怒っていそうではなかったんだけど。
画面に流れているAVは既に三本目。
これは正に、先週結月と観ていたDVDだった。
――これは何が先輩の好みのポイントに当たったのかなぁ。何か、足フェチ的な内容なのかと思ったら、別に普通のっぽいし。
――…………鹿島。これさぁ……。
――ん? 何、結月?
――あー……いや、いい。何でもない。おまえの彼氏、中々のむっつりだな。
そんな会話を思い出す。
結月は何か言いたげだったけど、それ以上は内容について何も言わなかった。
その代わり、彼女が言ったのは。
――これ観たこと、堀ちゃん先輩には言わない方がいいと思うぜ。
――何か、好みのポイントとか問題あるものなの?
――好みのポイントっつーか……まぁ、堀ちゃん先輩の名誉のためっつーか。
――???
結局、ふとした会話で先輩には早々にバレちゃったけれども。
どういうことだったのかな、あれって。
あ、確かそろそろあの台詞だ。
『だめぇ、子宮が降りてきちゃってるの! 中に出しちゃ嫌ぁ!!』
こないだ、先輩が言ってたのを考えると、これって排卵日前でそのまま出したら妊娠しかねないからってことかぁ。
医学的な観点で考えてみれば、確かに利にかなっているよね。
セックスって本来生殖行動なんだし。
生理前に子宮が降りるのは排出の為、なんだろう。
それにしても、こういう言葉で興奮とかするものなのかな。
さっき観たAVでは、逆に中にいっぱい出してってのがあったような。
シチュエーション的には逆になる。
……うーん、先輩の好みのポイントが、足と顔以外となると、イマイチよく分からない。
ちらっと分からないように先輩の様子を窺おうとして――失敗した。
先輩がいつの間にか、私の方を向いてじっと見ていたらしく、ばっちり目が合ってしまっていた。
いつから見てたの?
「あの、せんぱ……」
問いかけた瞬間、ぶつりといきなりモニターの電源が落ちて、AVの音がぱたっと止んだ。
見ると先輩が手元のリモコンで電源を落としてた。
微かな静寂の後、先輩が私に手を伸ばして、耳にかかっていた髪を避けると、かぷ、と軽めに噛んできた。
「いい加減、耳障りになってきた。どうせなら、おまえの声が聞きたい」
――何だろう。
言葉尻だけ捉えたら、甘く聞こえなくもないはずのその言葉が。
どうしてだか冷ややかに感じられた。
***
「ん……あ、はぁっ……!」
「く……」
やっぱり今日は何か先輩がおかしい。
あんまり後ろから抱かれたことはないのに、今日は座った状態で二人が重なるような体位になっている。
いわゆる、背面座位とか言われるアレ。
――後ろからってあんま好きじゃねぇんだよなー。
――最中のおまえの顔じっくり見られないとか、全然面白くねぇ。
そんな事を言っていたのに。
決して気持ち良くないとか、そんなんじゃないんだけど。
背中に当たる先輩の唇の感触は、強くはないけどさざ波のような気持ちよさをもたらしてくれているし、時折敏感な部分を刺激する指の力加減と、優しい突き上げは絶妙なバランスで私を感じさせてくれている。
なのに、何かがおかしい。
今なら、聞いたら答えてくれるかな。
「せ……んぱ……」
「んっ……何だ?」
「何で、ダメ、なの」
「…………あ?」
「私、だって先輩の好み……っ、知りたい、のに。わざわざ……隠してたって……ことは、何か、あるん、でしょ……っ?」
先輩が微かに動揺した気がした。
なのに、返ってきたのは否定の言葉。
「ねぇよ、何、も」
「う……そっ……。疚しい、ことない、なら隠さなく……ってもいいじゃ、な……。さっきまで……っ、観てた、のと、観てもいいって……っ、置いていた分と何が……違う、のっ……」
私ではダメな何かがあるんじゃないかと不安になる。
かつて、『学園の王子様』と言われて、女の子たちに慕われていた。
その事自体に不満はないし、今も職場で女性にはそこそこ人気がある。
けど、女性にしては高い身長、かなり薄っぺらな胸、そう努力しなくても、今までどうにかなってきた勉強や仕事。
そんな辺りはいわゆる『守りたくなる女の子』像とはハッキリ言って遠い。
だからなんだろうか。
――もうちょっと、男を立てるってことも知った方がいいんじゃねぇの?
それを言ったのは結月だった。
先日のAVを観た時、『堀ちゃん先輩の名誉のため』と、あのAVを観たことは黙っといた方がいいと言った、
彼女の真意が理解出来なくて問いかけたら、そう返された。
私ではきっと色々足りないものがあるのだろう。
それを知りたい。
先輩を満たしたい。
言ってしまえば、それだけなのに。
「ねぇ……せん、ぱ……」
「何で、って聞いたよな。……教えてやる」
ぴたりと、止まった突き上げと暗く沈んだような声。
場の空気が変わってしまったような気がした。
「今さっき観てたのは声。その前は髪型。最初のは指だな。みんなどこかしらのパーツがおまえに似てるんだよ」
「……せん……ぱい?」
やっぱり気付いてなかったのな、と自嘲するような呟きが聞こえた。
何? 私に似てるってどういうこと?
「おまえと付き合い出して、まだ手を出せなかった時。こういうのから色々想像してた。乳首の色はどんなか、とか、性器がどんな風になってんのか、とか。……俺が触ったらどんな風に声上げてくれんのか、とか」
「せ、んぱ……」
告げられた内容は、予想していたものと全く違っていて戸惑う。
つ、と先輩の指が繋がってる部分に触れる。
もう一方の手は胸に置いて、そっと形を確かめるように撫でてくれてた。
触れ方はどちらの手も優しいのに、耳に届く低い囁きはどこか冷たい。
「ん……」
「オナニー覚えたてのガキみたいに、繰り返し妄想してはイッた。けど、そんなのをぶつけたら流石に嫌われんじゃねぇかと。せっかくの居心地良い空間を壊してしまうことになるんじゃねぇかと。…………怖くて怖くて、たまらなかった」
「…………っ! あっ!!」
優しかった指が変貌した。
ぎゅっときつく抓まれた乳首と、一番弱い敏感な部分。
同時に与えられた刺激に、痛みと快感が鋭く全身を走る。
「……だってのに、当の本人はこっちの気も知らずに、『私じゃ勃たないんですか』ってど直球で聞いてくるし。あれはあれで吹っ切れはしたけどな」
ああ、そうだ。
付き合ってしばらく経つのに、手を出すどころかキス一つしてこない先輩に私が焦れて言ってしまったのだ。
私じゃ勃たないんですか、なんて。
随分と複雑そうな顔をした先輩がそんなわけあるかよと、キスを交わして、触り合って、セックスして。
一度、交わった後は箍が外れたかのように、抱き合っては快感に溺れた。
それで、随分我慢させていたのだとは思ったけれど。
「けど、数年経ってもまだ処分に踏み切れないような、自分のみっともない部分だって自覚してるから、必死に隠してたものを漁って観るし。……なぁ、遊」
そんな暗い感情を、あの時期抱え込んでいたなんて知らなかった。
胸が痛むのは、先輩が強く立てた爪のせいか、感情からなのか、
もうそれさえ分からない。
背中を先輩が噛むように歯を立てていく。
その事が何だか威嚇されているように思えた。
「おまえ、これらを観てどうした? 俺を想像しながら、オナニーしたりした? それとも――」
こういうので吐き出す男の性を嗤ったか?
「えっ、あっ、や、あああ!」
足と腰を支えられて、一気に体勢がうつ伏せに変えられる。
肩を押さえられて、腰を上げられて。
遠慮の感じられない強い律動が繰り返される。
「せ、ん、ぱ……っ!」
呼んだ言葉に返事はない。
触りたくて後ろ手に伸ばした手にも触れてくれない。
その事がどうしようもなく怖かった。
荒い呼吸も、強い衝撃も、身体を確かに貫いているのに、先輩が遠く感じる。
ああ、私は。
踏み込んではいけないところに踏み込んでしまったんだ。
先輩なら、最終的には何をしても許してくれるって甘えて。
先輩が触れられたくない部分にまで触れて傷つけてしまった。
怒らせてしまった。
先輩はきっと言いたくなかったことなのに。
「…………っ……ぅ」
「は……っ」
そんな自分の浅はかさがどうしようもなく恥ずかしくて、
先輩が達したのが分かっても、私は顔を上げることが出来なかった。
***
「先輩」
「ん?」
「……ごめんね。………………無神経でごめんなさい」
きっと、今までにも自分で気付かなかった部分で、私はこの人を傷つけてきた。
――おまえ、女心は分かっても、微妙な男心って分かってねぇよなぁ。男ってのは結構ナイーブな生き物なんだぞ。
先輩と付き合い始めた頃に、ふと御子柴に呟かれたことを思い出す。
恐らく、あれはこういうことを示してたんだろうな。
被った毛布の中から恐る恐る手を伸ばして、掴んだ指が拒まれなかったことに安心する。
「もういい」
「……嫌いに、ならないで」
怖い。
嫌われてしまったら、どうしたらいいのか分からない。
この人が居ない世界なんて想像出来ない。
「遊、おまえ」
「なんないで……っ。お願……」
大げさなのかも知れないけど。
先輩が居ない世界では、私はきっと生きていけない。
「私……先輩じゃなきゃダメだよぅ……」
「なんねぇよ。なるわけねぇだろ。っつーか……その、俺も悪かった。つい、カッとなっちまって。……遊。もう、本当に怒ってないから。泣くな」
「……っ。……ぅぇっ……」
ぽん、と頭に置かれた手とかけられた声はとても温かくて――我慢の限界だった。
泣くなって言われたばかりなのに、涙が止まってくれない。
毛布の中に先輩が潜り込んで来たのが分かった途端、抱きついた。
感じられた体温にこれほど安心出来たことってない。
重なって来た唇を離したくなくて、無我夢中で吸った。
キスしながら、先輩の手が私の身体を探り始めたのが嬉しい。
ただ、胸に触れたときに小さな痛みが走って、声を上げてしまい、それに気付いた先輩が手を離した。
鴇色の突起の近くにある小さな傷に、先輩が一瞬辛そうな表情をした。
そんな顔しなくていいのに。
「悪い。……痛かったよな。胸に爪痕残ってる」
「あ、今、ぴりって来たのそれなんだ。……大丈夫ですよ。それより先輩にもっと触られたい」
「遊」
「触って。だって、さっきのじゃ、その寂しいというか」
「……物足りないって?」
「う……」
ストレートに言ってしまえば、そういうことではあるんだけど。
浅ましいって思われてしまうだろうか。
でも、そんな不安は先輩が破顔したことで一気に吹き飛ぶ。
「心配すんな。物足りなかったのはこっちもだ」
「んっ」
傷口を癒やすかのように、舌がその場所に優しく触れる。
もう片方の手は私の太股に。
まだ、軽く撫でられただけなのに、足の間が潤み始めてしまった。
全身が心地よい快感に包まれかけた時、ふいに先輩が口を開く。
「そういえばな。こないだの子宮口の位置が時期によって変わるっつったアレ。排卵日前と生理前以外にももう一個条件あんだわ」
「ん……?」
いきなり、何の話をするつもりかと思ったら。
次の瞬間には爆弾を落とされた。
「おまえがめちゃくちゃ感じてくれた時」
「……な……!」
先輩の手が私のお腹に触りながら、耳元でそんなとんでもないことを告げる。
ちょっと待って。
それはこっちが感じた時に、先輩と繋がっていたらそれが筒抜けだってことで……えええええ!?
今、先輩が触っている手の奥にある器官を想像してしまうと、もう居たたまれない。
何てことを言ってくれるのだろうか、この人は!
今後、何かの折に思い出しちゃうじゃないですか!
いや、その。
……これって、もしかして仕返しなんですか、先輩。
「と、いうわけで。今日はそれが確認出来るまではやめないから。覚悟しとけ」
「……もうっ、先輩のバ……んっ」
それ以上言わせるつもりがないとばかりに、唇が塞がれてしまった。
仕方ないので、腕と足を先輩の身体に回して抗議したら、真っ先に足を嬉しそうに触られて、これでこそ先輩だなぁとか思いながら、幸せを噛みしめた。
黒と白とはまた違うタイプの、やや暗めの堀鹿を書いてみようと思って手懸けた話だったと思う。
でも、一番書いてて楽しかったのは謎のリップサービス的エロ台詞の流れだったw(暗くない部分じゃん!)
それはそうと、今ならノートパソコンじゃなくて、タブレットパソコンにしそうだな。(どうでもいい)
タグ:月刊少女野崎くん, 堀鹿, pixivUP済, 社会人同棲設定, R-18, 同人誌収録済, 15000~20000文字, 鹿島視点, 堀視点, 2014年