2014/11/7のフリーワンライ(第24回)から『甘ったるいの作り方』。
書いた当時はやや季節外れのバレンタインネタ。
本来のバレンタインデーに堀Sideを追加しました。
pixivではShort Stories 01に収録してあります。
※二人が社会人で同棲している前提での話になっております。
初出:2014/11/07 ※堀視点は2015/02/14
文字数:4299文字
[鹿島Side]
「当時、コンビニチョコにしては、レベル高いな……とは思ったんだよなー。おまえから貰ったチョコ。それにしても、おまえほんと器用だよな」
キッチンで私がバレンタイン用のブラウニーを作っているのを見ながら、先輩がそんなことを言った。
「ふふふー。先輩だって器用じゃないですか。いっそ、一緒に作ってみますか?」
「いや、いい。見てる方が面白そうだからな。俺姉妹いねぇし、母親はお菓子自作するタイプじゃなかったから、菓子作り見るのって、調理実習除けば初めてなんだよ」
じっと見てくるけど、作業の邪魔にならないような距離を保ってくれるので、私としても有り難い。
――なぁ、おまえ、チョコレート菓子の類って手作り出来るのか?
そう、先輩が言ってきたのはバレンタインの数日前。
――ええ、まぁ、レシピさえあれば大抵はどうにかなると思いますけど。
――それなら、今年のバレンタイン、おまえの手作りの食ってみたいんだけど。
手作りのお菓子類は苦手だと聞いていたので、付き合う前から渡しているチョコは、全部市販品のように見せかけた手作りのものだった。
だから、先輩が自分でそうやって言ってくるとは意外だったんだけど。
――おまえが作った食事は普通に食ってんのに、菓子類だけダメってならねぇよ。
――ああ! そういえばそうですね。
――おまえのだったら、下手な市販品より美味そうだし。ダメか?
――あー……その、先輩。実はですね……。
そうして、数年ひっそり続けていた内緒の手作りチョコの種明かしをすることになった。
こちらとしても、一緒に住み始めてしまった以上、先輩に見つからないように作るのは難しかったから、ネタをばらしてしまえたのは助かった部分もある。
種明かしした瞬間の先輩は、滅多にないくらいにびっくりしていた。
――マジかよ、ずっと!? 高校時代から!?
――まぁ、そうなります、ね。
――いや、何か妙に美味いのばっかり持ってくるなとは思ってたんだよ。そうか……悪い。気ぃ遣わせてたな。
――そんな謝るようなことじゃないですよー。
――自分でも何か損してた気分なんだよ。そりゃ結局食ってることに違いはねぇけど。
先輩が溜め息を吐きながら言った言葉には、私の方がびっくりすることになった。
――高校時代でも、おまえの手作りだったら、食ってたと思うわ、俺。
――え!?
「砂糖やバターって結構な量入れるのな。作る過程見てると、店先に並んでるケーキとかのカロリー考えるのが怖ぇ」
「あはは、そうですねー。でも、お菓子の類って基本の分量に忠実に従うのが失敗しないコツなんですよね」
話をしながらも手は休めない。
ココアに溶かしたバター、お砂糖、卵と入れていくと、早くも甘いチョコの香りがしてくる。
「……良い匂いだなぁ」
「まだですよー。焼いている最中が一番来ますから!」
「へぇ」
生地を纏めて、焼いて刻んだ胡桃も入れる。
型にそれを流し込んで、あとはオーブンで焼き上がるのを待つだけとなった。
しばらくして、生地に火が通り始めると部屋中にココアとバターの甘い香りが漂う。
これは完成品では体験出来ない、手作りならではの醍醐味だ。
「なるほど、こりゃ来るな」
「でしょう? じゃ、焼き上がるまで何かテレビでも見ましょうか」
一通り片付けも済ませたしと、リビングに向かおうとしたところで先輩に腕を掴んで止められる。
「はい? どうかしたんで……わっ」
「まだ、指先にちょっと甘さが残ってるな」
先輩が私の指に舌を這わせて舐める。
さっき、ハンドソープで洗ってはいるのだけど、意外に手に香りが残っていたりすることもあるから、その所為だろうか。
「焼き上がるまで何分って言ってたっけ?」
「あと、三十分くらいはあるかなーと思い、ますが。……先輩」
「ん?」
「ダメですよ。せっかく目の前で作ったんだから、焼きたて食べて貰いたいんです。それ以上はダメです」
せっかくなんだから、作りたてを食べて貰いたい。
ついでに言うなら、私だって食べたい。
だから、ここは譲れない。
「わかってるって。触るだけ。ついでに、ちょっと舐めるだけ」
「触るだけ、舐めるだけって、先輩それでホントに終わらせたことほとんどないじゃないですか!」
「そうだっけか? ……まぁ、ブラウニー食うまではともかく、その後は確かに続ける気だけど」
「…………やっぱり、終わらせるつもりないんじゃないですか」
「バレンタインだからな。おまえの作ったブラウニーも食いたいけど、同じくらいおまえも食いたいんだよ」
「もう……好きにして下さい」
指の間まで丁寧に舐められた舌が、私の唇に触れる。
口の中に入り込んできた舌に、半分くらい焼きたてのブラウニーを食べるのは諦めた。
[堀Side]
「当時、コンビニチョコにしては、レベル高いな……とは思ったんだよなー。おまえから貰ったチョコ。それにしても、おまえほんと器用だよな」
鹿島がキッチンでブラウニーを作る準備をしている様子を見ながら、かつて貰ったチョコを思い出す。
俺は子どもの頃に貰った手作りのチョコで腹を壊して以来、どうも手作りの菓子類というものに抵抗があって、手作りだったら食わないと公言していた。
だから、鹿島が付き合う前からくれていたチョコも、ずっと市販品だと思っていたのだが、実は最初から手作りしていたものを市販品のように見せかけ続けていたと聞いたときは本当に驚いた。
「ふふふー。先輩だって器用じゃないですか。いっそ、一緒に作ってみますか?」
「いや、いい。見てる方が面白そうだからな。俺姉妹いねぇし、母親はお菓子自作するタイプじゃなかったから、菓子作り見るのって、調理実習除けば初めてなんだよ」
自分で作ったことはなくとも、作る様子を見ていれば手際がいいのは分かる。
鹿島は俺と会話をしながらも、手は休めずにちゃくちゃくと準備を進めていく。
鹿島と付き合い始めてからも、こいつは手作りのチョコを押しつけてこようとはせず、相変わらず市販品――実際は市販品に見せかけた手作りチョコだったわけだが、それをくれていた。
が、勝手なもので、鹿島と付き合うようになってから、俺は友人が彼女から貰った手作りチョコの話を聞くのが年々羨ましく思っていた。
成功例だけでなく、失敗例を聞いても、話をしたヤツが皆最終的には惚気としか言い様のない表情をしていた所為だろう。
鹿島の料理が美味いのは分かっていたし、だったら、菓子を作らせても下手な市販のものより、ずっと美味いものになるだろうと思い、チョコレート菓子の類でも手作り出来るのかと尋ねてみたところ、毎年贈られていたチョコがまさかの手作り品だったと発覚した。
ちょうど、去年の三月末から同棲を始めたから、鹿島としても今年はどうしたものかと思っていたところではあったらしい。
そりゃ、一緒に住んでれば菓子類をひっそり作るのは難しいよな、と部屋に漂い始めた甘い匂いを嗅ぎながら思う。
鹿島にずっと余計な気を遣わせていたというのも気が引けたが、それまでに食っていたものが手作りのだって分かったのも少し損した気分だ。
最終的には食っていたことに違いはないとはいえ、手作りだと分かって食うのとそうでないのとでは、どうにも感覚が違う。
付き合う前でも鹿島のだったら、手作りだと分かっても食ってただろう。
「砂糖やバターって結構な量入れるのな。作る過程見てると、店先に並んでるケーキとかのカロリー考えるのが怖ぇ」
躊躇いなくボウルに投入されていく砂糖やバターの量は半端ない。
いくら、最終的に出来上がる量がそれなりでも総カロリーを考えると、中々恐ろしいものがある。
「あはは、そうですねー。でも、お菓子の類って基本の分量に忠実に従うのが失敗しないコツなんですよね」
「……良い匂いだなぁ」
少し離れた場所にいても、甘いチョコの香りは俺の方にまで漂ってくる。
特別甘いものを好むわけではないのに、食欲をそそられる。
「まだですよー。焼いている最中が一番来ますから!」
「へぇ」
鹿島が笑いながら俺に応じて、生地を型に流し込んだ。
オーブンは鹿島が一人暮らししていた時から使っているもので、使っているところは何度か見ているが、こうして菓子を作るのに使うところは今更ながらに初めて見る。
しばらくすると、オーブンに入れた生地に火が通り始め、部屋の中がココアとバターの甘ったるい香りで満たされていく。
思わず、ごくりと喉がなった。
「なるほど、こりゃ来るな」
「でしょう? じゃ、焼き上がるまで何かテレビでも見ましょうか」
しっかり、キッチンも一通り片付けた鹿島がリビングに向かおうとしたところで、ふわりと鹿島からも甘い香りがして、つい衝動的に鹿島の腕を掴む。
「はい? どうかしたんで……わっ」
「まだ、指先にちょっと甘さが残ってるな」
鹿島の指に舌を這わせると、少しだけチョコの味がした。
さっき、ココアも指先についたの舐めたりしてたし、口の中も甘そうだなと思うと、焼いている最中のブラウニーよりも、鹿島の方が食いたくなってくる。
エプロン姿っていうのも多分そそられる原因なんだよな、これ。
「焼き上がるまで何分って言ってたっけ?」
「あと、三十分くらいはあるかなーと思い、ますが。……先輩」
「ん?」
「ダメですよ。せっかく目の前で作ったんだから、焼きたて食べて貰いたいんです。それ以上はダメです」
俺の意図を察したのか、鹿島が真顔でそう言ってきたが、その顔さえ、もう欲情を煽るだけにしかなっていない。
焼き立てのブラウニーは確かに魅力だが、鹿島本人はもっと魅力だ。
「わかってるって。触るだけ。ついでに、ちょっと舐めるだけ」
「触るだけ、舐めるだけって、先輩それでホントに終わらせたことほとんどないじゃないですか!」
「そうだっけか? ……まぁ、ブラウニー食うまではともかく、その後は確かに続ける気だけど」
すっとぼけるも、鹿島が溜め息を吐きながら身体の力を抜いたのが分かった。
「…………やっぱり、終わらせるつもりないんじゃないですか」
「バレンタインだからな。おまえの作ったブラウニーも食いたいけど、同じくらいおまえも食いたいんだよ」
本音としては、同じくらいではなく、今まさに食いたいのは明らかに鹿島の方だが、流石にそこまでは言葉にしない。
「もう……好きにして下さい」
軽く拗ねたような言葉が可愛い。
多分、鹿島には分かってるんだろうな。
鹿島の言葉に甘えて、指を這わせていた舌を唇に触れさせ、その奥へと侵入させる。
やっぱり、ほんのり甘くなっていた口の中に、ブラウニーが焼き上がるまでには終わらせられないだろうなぁと確信した。
心の中でだけ悪いと呟いて、鹿島をじっくりと味わい始めた。
フリーワンライで書いた最初の話(多分)。甘い、ならお菓子絡み→堀先輩の手作りお菓子苦手設定使うかーでこんな話になったような。
他のお題はピンとこなかったっぽい。
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