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A song just for you<月刊少女野崎くん・堀鹿>

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フォロワーさんへのフライングおたおめで書いた話。
同棲期間に鹿島くんの音痴が発覚した流れ。
※原作で堀先輩が鹿島くんの音痴を知らなかった頃に書いた話です。
pixivではShort Stories 03に収録。
収録時に堀視点を追加。

初出:2015/02/19 ※堀視点は2015/04/07  

文字数:5636文字 

 

[鹿島Side]

――今夜はちょっと取引先の人たちと飲み会あっから、帰り遅くなるわ。

先輩から出勤前にそう伝えられたので、私は1.5人前の夕食を作っていた。
何で、1.5人前なのかというと、先輩は飲み会等があった場合、一応その場でご飯を食べては来るんだけど、私の作るご飯も食べたいと、軽くでも食べたがるからだ。
そんな風にしてくれるのは何となく嬉しい。
先輩もいないので、何となく鼻歌なんかも出てくる。
音痴を改善出来るし、高音も強化出来るらしいと、かつて結月が鼻歌で歌うのはいいトレーニングになると教えてはくれたけど、残念ながら効果は今一つってところだ。

――声は演劇部だけあって、ちゃんと腹から出てんだけどなぁ。ホントに歌の音程取るのだけがダメなんだな。

高校時代に、この場で諦めるか、一年びっしり練習した後諦めるか。どっちがいい?
と、かつて選択を迫った我が歌の師匠は、結局しばらくは練習に付き合ってはくれたけど、最終的には人間諦めも肝心だ、と匙を投げてしまった。
現在は、卒業した音大の非常勤講師兼声楽家として、生業を立てている結月でその対応だから、恐らくこの音痴が直ってくれることはないのだろう。
声を出すこと自体は嫌いじゃない。
演劇部での台詞回しとかもあったし、声を出すのは気持ち良いけど、いざ歌となるとどうしてここまで音程が取れなくなってしまうのか、自分でも良く分からない。
今日みたいに誰も居ないのがわかっていて、何となく楽しい気分の時なんかは下手なりに歌を口ずさんでみたくもなる。
だけど、未だに先輩にはカラオケに誘われても断ってしまうし、歌が苦手なんだと言えずにいた。
付き合い始めてから数年経つけど、言うに言えない状態になってしまっている。
他に先輩に対しての秘密らしい秘密はないんだけど、この点だけがどうにも後ろめたい。
どうしたもんかなぁ。

「……すげぇ。何の曲か全然分からねぇ」
「っ!?」

予想していなかった声がぼそっと呟いた方向に振り向くと、いつからなのか先輩がそこに佇んでいた。

「えっ……うそ、何で? 今日、飲み会だって……」
「取引先でシステムエラーが起きて、それどころじゃなくなったから、飲み会中止になった。……て、おまえにメールも入れたけどな。一時間くらい前に」
「あ」

スマホはリビングで充電してたけど、歌っていたからメール着信音に気付かなかった。
今私が歌っていたのは、一体どこまで聞かれてしまっていたんだろう。
さぁーっと全身を血の気が引いていくような気がした。

「おい、鹿島!? 包丁!」

足下でとすっ、と音が響いたのと、微かに風を切ったような空気が走ったのが、持っていた包丁を取り落としてしまったからだと気付いたのは、先輩の慌てた声でだった。

「おい、どっか怪我してねぇだろうな、足大丈夫か!?」
「…………大丈夫です。けど」
「けど?」
「……聞かれちゃった」

やっぱり、先輩が聞いても何の曲か全然分からないような、歌とも言えない歌を。
どうしよう。

「あ?」
「ずっと……ずっと隠してきたのに、あああ……」
「……鹿島?」

どうにか、夕食の支度はしたけど、頭の中は真っ白になってしまって、その日の夕食は正直味がしなかった。
先輩には幻滅されたくなかったのに。
隠し通せるなら、それこそ墓場まで持っていきたかった。

***

翌日の土曜日。
休みだから二人で出かけようと、行き先も告げずに先輩に連れて来られたのはラブホ。
いや、ラブホに来ること自体は初めてでもないし、別に問題ないんだけど、予想外だったのはその後だ。
部屋に入った途端に備え付けの戸棚から取り出されたのはマイク。
そして、モニターの電源を入れて、画面に映し出されたのはカラオケの曲選択。
…………何これ。
歌えっていうことなの?
状況をイマイチ把握しきれなくて、頭の中が混乱する。

「……先輩」
「ん?」
「これは嫌がらせ……いえ、罰ゲームとか何かですか」
「あ? どっちも違ぇよ」

罰ゲームって何だと呆れたような声が溜め息交じりに聞こえた。

「あの、先輩。私、だから歌はもの凄く下手で――昨夜聞いたから分かってるじゃないですか、なのに……」
「嫌いじゃないんだろ?」
「え?」
「あんな風に口をついて出るってことは、歌が苦手でも嫌いなわけじゃないってことだろ? なら、気にせず歌えば良いじゃねぇか。俺以外の他に誰がいるわけでもないんだし」

俺以外のとは言うけれど、その先輩に聞かれるのが私としては一番恥ずかしい。
だからこそ、ずっと隠してきたことなのに。

「ここなら、途中でカラオケボックスの店員が来ることも無ければ、部屋のドアから中を見られることもない。防音だってそれなりなんだし、歌うには気兼ねしなくていいだろ?」
「や、その、でも……先輩に聞かれるのが一番恥ずかしいんですけど」
「台詞に抑揚つける感じを思い出せば、案外いけるんじゃねぇの? もしくは俺と一緒に曲に合わせて歌うとか」

それが出来るのなら、苦労はしない。
色々な音痴対策を試してみて、ダメだったからこその現状だ。

「その、本当にダメなんですよ、私。多分、先輩に合わせて歌ったら、先輩笑って歌えなくなりますよ?」
「別に笑ったりしねぇよ。……なぁ、鹿島。単純に疑問なんだけどな」
「はい?」
「ベッドの中で可愛く啼く声知ってて、身体に触ってない場所もないくらいなのに、たかが音程が外れただけの歌を聞かれるのがそんなに恥ずかしいか?」

先輩が言った言葉の意味を解釈するのに、少し時間が掛かった。
言葉の意味を認識すると、一気に恥ずかしくなって全身熱くなる。
まして、ここはラブホ。
様々なアレコレを思い出してしまうから、なおさらだ。

「う、あ、その……」
「寧ろ、おまえにもそんなに苦手なものがあったんだって、ほっとしたくらいだけどな、俺は」

歌わないつもりなら、別の声聞かせて貰うぞと、動き出した先輩に何をどうしたらいいのか迷っているうちに――結局、ラブホ本来の使われ方をされることになってしまった。

***

「何か、先輩の歌を聞き逃していたのがすっごく勿体ない気がします」

結局、一戦交えた後に当初の予定通りにカラオケをすることになって。
先輩とカラオケを行くことを避け続けていた私は、今更ながらに先輩の歌をまともに聞いたのだった。
高校時代から上手いって噂は聞いていたけど、予想以上だった。
J-POPも洋楽もフォークソングも器用に歌いこなしていく様に、惚れ直したくらい。
それで、余計に私は歌いにくくなったりもしたけど、先輩は笑ったりしないって言ってくれた通り、私の歌を笑うことはなかった。

「これからいくらでも聞けばいいだろ。 聞きたい時にいくらでも歌ってやるから」
「せんぱ……」
「ただし。俺が歌う分、おまえも歌え。……俺な、おまえが狼狽えながら歌うの見るの好きみたいだわ」

ニヤリと意地の悪い笑みを見せてはいるけど、それは多分気遣ってくれているからあえての笑みなんだろうなって分かった。
だから、私も。

「……先輩の意地悪」

それに乗っかる形で呟くと、俺に捕まった時点で諦めろって優しくキスをされた。

[堀Side]

当初、予定されていた取引先との飲み会は、先方でシステムエラーが発生したとのことで、それどころじゃなくなった。
そのまま、会社の同僚と飲みに行くかという話も出たが、大人しく帰宅する。
外食するのも嫌いじゃないが、正直鹿島の方が大抵の飲食店よりも美味い飯を作ってくれるから、家で食う方が好きなんだよな。
一応、飲み会が中止になった時点で、メールは送ったが返信はない。
もしかしたら、メールを確認してないかも知れないが、あいつのことだから、飯が少なくても直ぐに量をどうにかしてくれるだろう。
だから、特に改めて電話もせずに、そのまま家の玄関を開けて、いつものように帰宅を知らせようと声を上げかけた、が。

「ただい……」

部屋の奥から、歌なのか、そうでないのかよく分からない何かが聞こえてきた。
歌詞は聴き取れるんだが、音程がさっぱり過ぎて、何の曲なのか全然判別出来ない。
まさかと思いつつも、声は鹿島のもので間違いないから、そのまま部屋へと行くと、やはり声を出していたのは鹿島だった。
音程は見事な外しっぷりだが、歌っている様子は楽しそうだ。
……そういや、カラオケに誘っても、こいつと行ったことなかったな。
俺たちが付き合ってから結構経つってのに。
これが原因だったんだろうな。
大抵のことは器用にこなす鹿島にしては意外な弱点とも言えたが、意外に可愛いところあんじゃねぇか。

「……すげぇ。何の曲か全然分からねぇ」
「っ!?」

とはいえ、つい正直な感想が口をついて出た瞬間、鹿島が俺に気付いたらしく、凄い勢いで振り返った。

「えっ……うそ、何で? 今日、飲み会だって……」
「取引先でシステムエラーが起きて、それどころじゃなくなったから、飲み会中止になった。……て、おまえにメールも入れたけどな。一時間くらい前に」
「あ」

鹿島の顔があからさまに強ばったと思ったら、手にしていた包丁を落とした。

「おい、鹿島!? 包丁!」

床に包丁が刺さった音が響いて、慌てて近寄る。

「おい、どっか怪我してねぇだろうな、足大丈夫か!?」
「…………大丈夫です。けど」
「けど?」
「……聞かれちゃった」

呆然とした表情で、どこか虚ろな声で呟く鹿島は、いつもと様子が違っていた。

「あ?」
「ずっと……ずっと隠してきたのに、あああ……」
「……鹿島?」

それ以降、話題には出さずに、鹿島は夕食の準備を続け、出来上がった飯を食ったが、どうにも表情がさえないままだ。
夕食後、風呂に入っても、寝る段階になっても、妙によそよそしい。
俺の視線から逃れるように眠りについたのを見て、明日の予定を内心で決めた。

***

そして、休日の朝。
行き先はあえて言わずに、二人で車に乗り、訪れたのは少し自宅から離れたところにあるラブホだ。
空室があるのを確認すると、そのまま休憩で部屋に入り、備え付けの戸棚に収められていたマイクを取り出した。
カラオケ出来るラブホが多いのを考えると、需要結構あるんだろうなぁ。
モニターの電源も入れて、カラオケの曲選択の画面を選ぶと、鹿島が訝しげに俺を見た。

「……先輩」
「ん?」
「これは嫌がらせ……いえ、罰ゲームとか何かですか」
「あ? どっちも違ぇよ。罰ゲームって何だ」

何の罰なんだか。
鹿島にとっては人前で歌うというのはそんな感覚なんだろうか。

「あの、先輩。私、だから歌はもの凄く下手で――昨夜聞いたから分かってるじゃないですか、なのに……」
「嫌いじゃないんだろ?」
「え?」
「あんな風に口をついて出るってことは、歌が苦手でも嫌いなわけじゃないってことだろ? なら、気にせず歌えば良いじゃねぇか。俺以外の他に誰がいるわけでもないんだし」

確かに音程はさっぱりで、何の曲を歌っているのかは分からなかったが、楽しそうに口ずさんでいた様子からして、歌が嫌いって訳じゃないんだろう。

「ここなら、途中でカラオケボックスの店員が来ることも無ければ、部屋のドアから中を見られることもない。防音だってそれなりなんだし、歌うには気兼ねしなくていいだろ?」
「や、その、でも……先輩に聞かれるのが一番恥ずかしいんですけど」

確かに、カラオケには一緒に行ったことはなかったし、それどころか鹿島の口からはカラオケって言葉を聞いた覚えもなかった。
きっと、余程コンプレックスではあるんだろうけども。

「台詞に抑揚つける感じを思い出せば、案外いけるんじゃねぇの? もしくは俺と一緒に曲に合わせて歌うとか」

だからこそ、俺の前でぐらいは気にせずに居て欲しい。
鹿島にこんな一面があったことは意外だけど、どこか嬉しくもある。

「その、本当にダメなんですよ、私。多分、先輩に合わせて歌ったら、先輩笑って歌えなくなりますよ?」
「別に笑ったりしねぇよ。……なぁ、鹿島。単純に疑問なんだけどな」
「はい?」
「ベッドの中で可愛く啼く声知ってて、身体に触ってない場所もないくらいなのに、たかが音程が外れただけの歌を聞かれるのがそんなに恥ずかしいか?」

正直な心境はこれに尽きる。
恥ずかしいというなら、それこそ鹿島の恥ずかしい一面を俺はとっくに色々知っているのだから、それらに比べればどうってことないような気がするんだが。

「う、あ、その……」
「寧ろ、おまえにもそんなに苦手なものがあったんだって、ほっとしたくらいだけどな、俺は」

基本、素直に感情を表わす鹿島が、ずっと隠し通していたくらいの苦手なもの。
恥ずかしがって隠していた鹿島が可愛くもあり、知れたことが嬉しくもある。
……場所の所為もあるんだろうが、戸惑っている鹿島を無性に抱きたくなった。

「歌わないつもりなら、別の声聞かせて貰うぞ」
「え、あ、ちょっと、せんぱ……」

喉元に口付け、服の上から胸に触れて。
弾み始めた呼吸と声に、カラオケは後でもいいなと心の片隅で思いながら、鹿島の服を脱がせ始めた。

***

「何か、先輩の歌を聞き逃していたのがすっごく勿体ない気がします」

セックスが終わって少し休んだ後、お互いに数曲歌ったところで、鹿島がぼそりとそんなことを呟いた。
鹿島がカラオケを避けてることに、俺ももう少し早く気付けば良かったんだがな。
勿体ない気がしているのは、こっちも同じだ。

「これからいくらでも聞けばいいだろ。 聞きたい時にいくらでも歌ってやるから」
「せんぱ……」
「ただし。俺が歌う分、おまえも歌え。……俺な、おまえが狼狽えながら歌うの見るの好きみたいだわ」

わざと意地の悪い口調で煽るように言ってみたが、鹿島は笑ったままだ。
……とっくに真意は悟られてんのかもな。
何だかんだで、長い付き合いになりつつあるんだし。

「……先輩の意地悪」

そう返してはくるものの、鹿島の言葉に棘はない。
ああ、やっぱりこいつはもう分かってる。

「俺に捕まった時点で諦めろ」

何もかもさらけ出してしまえばいい。
全部ひっくるめて、鹿島遊って人間を受け止めてやるから。

 

これを書いた後、原作で鹿島くんの音痴が堀先輩も知るところとなったので、もう今では書けなくなった類のネタですが、話としては気に入ってます。
ラブホでのいちゃいちゃも書こうかと思いましたが、バランス崩れそうなので止めました。
しかし、原作での発覚の流れで鹿島くんの歌がクセになるって言ってのけた堀先輩、改めて凄いな……!

 

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