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遠い視線の先に<月刊少女野崎くん・堀鹿>

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2015/07/24のフリーワンライ(第56回)から『遠い視線の先に』。
鹿島くんが中学時代、浪漫学園の文化祭で堀先輩を知ったときのアレコレやその後。
タイトルで以前から思いついていたネタが走り出したので、原稿終わってないけどワンライやった結果。

※二人が社会人で同棲している前提での話になっております。

初出:2015/07/24  

文字数:2443文字 

 

それは、今にして思えば、幸運な偶然だったって私は思っている。
偶々、友達に誘われた浪漫学園の文化祭。
当時の私は別に志望校があったし、ただ、高校の文化祭っていうのはどんな雰囲気なのかを知りたいというくらいの興味しかなかった。

「あ、鹿島くん。何かちょうど演劇部の演目が始まるみたいだから、ちょっと見てみない?」

文化祭の雰囲気を味わうっていうのが目的だったから、ここは絶対回っておくというのも自分の中ではなくて、友達の気になった場所を一緒に回って見ていただけだった。
もし、あの時に同行していた友達が、演劇部の演目を見ようと言い出さなかったら、きっと私は演劇の世界に足を踏み入れることもなく、何より堀先輩と出会わないままでいた。

「いいね、見ていこう」

当然、そう応じたのも軽い気持ちだった。
既に開演時間まで五分を切っていたからか、会場だった体育館はぎっしりで、席は一番後ろの数カ所がかろうじて空いているだけだったのを覚えている。
入り口でコピー用紙に刷られた、パンフレットを受け取り、どうにかそこに友達と座ると、間もなく場内アナウンスが流れ、演目が始まった。
何気なく、流れていく劇を観覧していたけど、私の世界が変化したのは一瞬だった。

『カイナス! おまえ、またリナリー嬢に告白せずに引き返してきたって本当か!? 何度目だよ!! バカじゃねぇの!?』

ずっと片想いのまま、うだうだし続けている主人公を焚き付ける親友。
それが堀先輩の演じていた役だったけど、先輩が舞台に出て来た途端に空気が変わったのを鮮明に覚えている。
舞台に現われる際の足音も、ちょっとした動作も他の誰とも違っていた。
先輩の声は体育館の隅々までよく通っていて、聞きやすく、その最初の台詞と動作だけでも、この場で演技している人の中で群を抜いているっていうのが伝わったのだ。

『だ、だって、あんな信頼された無垢な目で見られたら、とてもじゃないけど、言い出せな……っ』
『そう言い続けて何年だ? リナリー嬢がモテるの知ってるよな? そのうち本当に何処かの馬の骨にかっ攫われるぞ!?』

数代前の演劇部の先輩が書いたという、その脚本が面白かったというのも勿論あるんだろうけど、あの瞬間から、私は堀先輩の挙動から目が離せなかった。
親友という役どころのせいか、一度出た以降はかなりの時間舞台にいたと思うけど、ちょっと引っ込んだら、まだ出て来ないだろうかとわくわくしながら見ていたし、一番後ろの座席にいることがもどかしかった。
遠い視線の先にいた堀先輩をもっと近くで、もっと色んな演技しているところを見てみたい。

同じ舞台に立てたら、きっととても楽しいことになる。
そんな予感がしたのだ。
演劇が終わるや否や、まだ開いてもいなかったパンフを慌てて開き、真っ先に堀先輩の名前を確認した。
思えば、一年生で舞台に立っていたのは、先輩だけだったと思う。
歳が一つしか変わらないのなら、二年は一緒にいられる。
先輩があの時に三年生ではなくて、心底ほっとした。

「堀、政行さんかぁ……」
「鹿島くん、今の演劇面白かったね! あの親友役の人凄かったなぁ」
「凄かったね。……私、ここに決めた」
「え?」
「浪漫学園入って、演劇部入る」
「そう…………って、ええええ!?!?」

元々の志望校は、その時点で綺麗さっぱり未練がなくなっていた。

***

「あそこも悪い学校じゃないが……おまえならもっといい偏差値のところ狙えるのに」

翌月曜日。
早速、担任の先生に志望校の変更を伝えたところ、先生はしばし固まっていた。
少し、溜め息交じりだったかも知れない。
でも、私はそんなことはどうでも良かった。

「すみません、先生。会いたい人とやりたいことを見つけたので、あの学校以外に行く気ないです」
「……会いたい人とやりたいこと、なぁ。いや、残念だが目的があるならそれでいい。そういうことなら後悔しないだろう」
「はい!」

後に母に聞いたところでは、意見を変えなさそうだった私を見て、先生は早々に他の学校を推すのを諦めたし、逆に目的がしっかりしていて安心したくらいだったんだそうだ。
先生が進路先に反対しなかったおかげで、その数ヶ月後、私は無事浪漫学園に入学し、『会いたい人』だった堀先輩にあって、『やりたいこと』だった演劇部に所属した。

***

「懐かしいですねぇ……あれから十年以上経っちゃったんですから」
「そうやって振り返ると、中々感無量だな」

少し前に先輩からプロポーズされて、まだ浪漫学園で教鞭をふるっている、当時の演劇部顧問をやっていた先生に報告がてら、久し振りに浪漫学園を先輩と一緒に訪れていた。
テスト期間だから、部活動は一切やっておらず、せっかく生徒がいないタイミングだから少し見て行けという先生の提案に、有り難く乗らせて貰い、二人きりで体育館を訪れていた。

「あ、確かこの辺に座っていたんです。私、ある程度背があるからまだ良かったけど、友達は所々で他の人の頭で見えにくいって言ってました」
「へぇ」

当時、演劇を見るために座っていた辺りに立つと、先輩は舞台の方に歩いて行った。
舞台に立って振り向くと、先輩が私の方に向かって口を開く。

「「『カイナス! おまえ、またリナリー嬢に告白せずに引き返してきたって本当か!? 何度目だよ!! バカじゃねぇの!?
」」

先輩があの劇で登場した時の台詞を口にしたと同時に、私も一緒にその台詞を言う。

「……何だ、おまえ。まだ覚えてるのかよ」
「先輩だって、ちゃんと覚えてるんじゃないですか」

先輩が舞台から下りて、再び私の傍に戻ってくる。
あの日、あの時。
遠い視線の先にいた先輩は、今は誰よりも私の近くにいる。
時には触れ合うほど近い視線を交わすようになった。
ちょうど、今みたいに。

「ま、人の縁って言うのは不思議なもんだよな。……遊」
「はい」

そっと重ねてきた先輩の唇の柔らかさが、場所のせいかいつもよりどうにも気恥ずかしかったけど、同時にとても嬉しい。
あの日の偶然に感謝しながら、かつて出逢った場所を後にした。

 

時期的に夏コミ原稿やってたんだろうけど、タイトルでネタが固まって一気に書いたっぽいです。
(この時期にワンライで2500文字弱いってるので)
なお、演劇部顧問に結婚報告で浪漫学園を訪れた際にエロいことしちゃったパターンが、人様の合同誌(『シークレット・ステージ』)に寄稿した『The Prince's New Clothe』です。

 

タグ:月刊少女野崎くん堀鹿社会人同棲設定ワンライ500~3000文字鹿島視点2015年