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Immorality of target 01<月刊少女野崎くん・堀みこ・R-18>

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若い時に付き合っていて、堀先輩の結婚を機に別れたけど、十数年ぶりに久々に再会したという流れの堀みこ。

御子柴にとっては意図せぬ再会、そして始まり。

初出:2015/02/16 同人誌収録:2015/06/14(Immorality of target。掲載分に多少の修正等あり)

文字数:13850文字 裏話知りたい場合はこちら

 

――俺、結婚することにした。

 

別にずっとそのままの関係をいつまでも続けていける、なんて思っていた訳じゃない。

いつか、何らかの形で関係が変わるだろうとは思っていたが、先輩の言葉は当時の俺には予想外だった。

 

――相手、上司の娘なんだが、紹介するって言われて断り切れなかったんだよな。まぁ、妻とするには良さそうな女だったし。

――紹介……。

――考えてみたらさ、結婚して、家庭作って、妻子養って。そんなことを考えていくような歳なんだよなぁ、俺たち。

 

先輩が紫煙を燻らせながら呟いた言葉に、双方の感覚の違いを思い知らされた。

俺は、先輩からそんな言葉を聞くまで、それらについて考えたことなんて無かったのだ。

考えられなかったというのが正しいのかも知れない。

 

――…………だったら、もうこんな関係は終わりにしないと、ですね。

――別に終わらせなくてもいいだろ。おまえが女だったらともかく、男なんだし会ってたって怪しまれやしねぇよ。

そりゃ、週末とかに会うのは難しくな――。

――そういう問題じゃねぇよ……っ!

 

テーブルを叩いた拳が自分でも震えていたのが分かってしまった。

 

――俺は、周囲も自分も誤魔化してやっていけるほど、器用な人間じゃありません。『演じられる』先輩と一緒にしないで下さい。

――御子柴、おまえ……。

――嫉妬の一つもしないって思ってるんすか? 先輩の腕が他の人間抱くって分かってて平気なわけねぇだろ……っ!?

 

結婚となったら、その相手は公的に認められたパートナーだ。

ただの恋人関係とは全く違ってくる。

周囲に祝福もされるだろうし、何ら内密にするような関係性じゃない。

そんな相手が先輩に出来るって分かって、平常心を保てるわけがなかった。

実際、それを先輩の口から聞いただけで自分の中で何かが壊れた。

先輩の妻になるであろう見知らぬ女に、その瞬間、抱いた暗い感情は今でも思い出したくない。

自分の中で一番醜い部分だ。

 

――実琴……!?

 

そのまま、先輩の家を出て、衝動的に携帯番号やら、メアドやら、住まいやら、色々と変えて一切の連絡を断ち切った。

家庭を持つ先輩を見るのが耐えられる気がしなかったのだ。

幸い、鹿島や他の友人達も誰一人俺の新しい連絡先を先輩に伝えたりはしなかったし、先輩の情報を俺に伝えることもなく、先輩との繋がりは完全に断つことが出来た。

――あれから十数年。

時折覚える胸の痛みはあっても、それなりに充実した日々は送ってきたと思う。

先輩で覚えてしまって、止められなくなっている煙草や、変えられずにいる煙草の銘柄に時折苦しさを覚えても、普段はそんなことはすっかり忘れて過ごしていられた。

ほんの少し前、会社からの辞令で新たなプロジェクトに着くことを聞かされるまでは。

 

***

 

「……くそ、久々だな。こんな夢見悪ぃの」

 

全身にじっとりと嫌な汗を掻きながら目が覚めた。

枕元のスマホで時間を確認すると、普段起きる時間より一時間近く早い。

シャワーを浴びて、軽く汗を流す時間があるのを確認すると、さっさとベッドから出て、浴室に向かった。

昔の夢を見た原因は分かっている。

今日の午後、うちの社が他社との間に立ち上げた新たなプロジェクトの初会合があるが、プロジェクトで関わっている他社ってのが堀先輩が勤めているはずの会社だからだ。

向こうが転職してなければの話だし、仮にそのまま会社に勤めていたんだとしても、先方の会社は誰が聞いても分かるくらいのかなり大きいところだ。

プロジェクトに関わる部署も、記憶にある範囲では全く違うところのはずだから、うっかり会うようなことなんてないだろうけども。

……それにしたって、別れてから十数年経ってるってのに、まだ影響されたりなんかするんだな。

浴室で熱めの温度設定にしたシャワーを浴びながら、自分の女々しさについ溜め息が零れた。

俺と別れた後、家庭を持ったであろう先輩とは違って、俺は結婚していない。

先輩と別れてから、軽く付き合った程度の相手は数人いるが、どうにも続かなくて結局三十半ばを過ぎてしまった。

三十になったばかりの頃は、親も口うるさく結婚について言っていたもんだが、最近は諦めたらしくさっぱりその手の話題を振って来なくなった。

俺は兄弟もいないから、少しばかり気が咎めたりなんかもするけど、こればかりは仕方ない。

一人でいる気楽さにもすっかり慣れてしまった今、逆に誰かと一緒に過ごすなんてことも考えられないでいる。

 

「おっと、ヤベぇ。そろそろ支度しねぇと」

 

考え事をしながらシャワーを浴びていたら、意外に時間が経っていて、慌ててシャワーを止めた。

足早に浴室を出て、ドライヤーで髪を乾かすと、用意してあったスーツに着替え、ネクタイを締める。

普段なら予め服装を用意しておくなんてやらないけど、新プロジェクトの初会合っていうこともあって、服装は隙のないように気を配っておけとリーダーからの指示が出ていた。

 

――先方の会社がどうしたって規模は大きいが、うちとしても対等に渡り合って行きたいからな。イケメンのおまえがバッチリ決めてると、それだけでちょっとした威圧になる。使える武器は使うぞ。

 

新入社員の頃だったら、そんな指示にげんなりしたかも知れないが、この歳になると使える武器は使う、という意見にも頷ける。

使える武器は多ければ多いほどいい。

 

「さて、今日も行って来るとするか!」

 

返事のない部屋の中で独り言を口にし、今週最後の仕事へと向かった。

今日が終われば、明日明後日はゆっくり過ごせる休みが待っている。

 

***

 

「そういや、今回のプロジェクトの発案って先方でしたっけ?」

 

15時過ぎの休憩が終わり、プロジェクトのメンバーと共に先方の会社にタクシーで移動していると、同じプロジェクトに配属された同期が、そんな風にリーダーに話を振った。

 

「ああ。何でも向こうのチームリーダーがうちの会社推しだったらしいぞ。

丁寧な仕事をするって評判だからと」

「うちの会社と仕事するの、今回が初めてでしたよね?」

「そうだ。まぁ、うちとしちゃ有り難いことだな。確か、向こうのリーダーはおまえらと歳近かったはずだ」

「それでリーダーやってるんすか」

 

思わず、同期と二人で顔を見合わせる。

うちのリーダーだって四十半ばだ。

俺たちと歳が近いってことは、四十そこそこか、下手すれば四十前ってことじゃねぇか。

 

「ああ、結構やり手の出世株らしい。飲まれないよう気合い入れていけよ」

「はい」

「分かりました」

 

流石に、人見知りの度合いは学生時代程ではないが、知らない相手だとどうしても幾ばくかの緊張を抱えてしまう。

良くない癖だと分かっちゃいるが、どうにか表に出さないようにしないとな。

気を引き締めたところで、タクシーが先方の会社に到着し、降りる。

 

「……うちの会社の何倍の敷地面積あるんでしょうね、ここ」

「言うなよ」

 

会社のビルを見上げて、思わず口をついて出た正直な感想に、リーダーからストップが掛かる。

先輩の会社が大きいってのは知ってたけど、直接目にするのは初めてだから、ここまでとは思っていなかった。

受付でアポイントメントを取っている旨を告げると、そう時間を置かずに俺たちの方に向かってくる足音が聞こえた。

それに頭を下げた状態で迎えると、一瞬だけ笑った気配を感じた。

その気配が初めての相手じゃなく、寧ろかつて馴染んでいたようなものだったことに、内心狼狽える。

……何だ、これ。何で……。

 

「当方までご足労頂きありがとうございます。お待ちしておりました。

八階の会議室までご案内いたします」

 

聞き覚えのある声がするんだよ。

 

「……やっぱり、おまえか。久しぶりだな、御子柴」

 

相手に掛けられた声に驚いて、咄嗟に声が出ない。

ようやく顔を上げると、声の主がニヤリと俺に笑いかけていた。

 

「…………堀、先輩」

 

今朝、夢で見たよりも幾分歳を重ね、眼鏡もかけてはいたものの、相変わらず低い色気のある声は忘れようもない。

十数年前に別れて、もう二度と会うことはなかったはずの相手が其処にいた。

何で、この人が此処にいるんだ。

 

「リーダーご本人がいらっしゃるとは恐れ入ります。今回はよろしくお願いします」

 

俺が動揺している間に、うちのリーダーが返した言葉には、危うく変な声を上げそうになった。

リーダーって……まさか、このプロジェクトの統括って堀先輩だってのか!?

冗談だろ?

今回のこれ、当面は頻繁に会合あるって話じゃ……。

考えただけで目眩がしそうだ。

 

「おい、御子柴。知り合いか?」

 

リーダー同士が挨拶している隙に、同期が小声で俺に尋ねてくる。

 

「あ、ああ、その……」

「高校時代の後輩です。なぁ、御子柴」

「あ、はい。そう、です。十数年振り……ですかね」

 

そういや、元々は先輩と後輩の間柄だったんだっけと思い出せて、幾分ほっとする。

考えてみりゃ、公の場で付き合ってましたなんて言うわけねぇんだよな。

 

「相変わらず、イケメン面してんなぁ、おまえ」

「でしょう。うちの社でも毎年バレンタイン時期にはチョコレートを一番大量に貰ってますよ」

「相変わらずモテんなぁ。あ、でもおまえ誕生日がバレンタインだっけ」

「はぁ、まぁ」

 

まだ、人の誕生日覚えてたのかと思ったが、印象には残る日にちだから、早々忘れもしないか。

そういう俺だって、堀先輩の誕生日まだ覚えてるしな。

 

「モテる割りには女の影ないんすけどね、御子柴」

「へぇ、人見知り癖も相変わらずか」

「……悪かったっすね」

 

幸か不幸か、俺たちが知り合いだったってところから、会合は予想以上に和やかに進んだが、俺個人はハッキリ言って、仕事の内容を最低限頭に叩き込むのが精一杯だった。

会合が終わった後の親睦を深めることを口実にした飲み会なんてものも、気がついたら話が纏まっていて口を挟む余裕なんて無かった。

まして――。

 

「……何でいつの間に二人だけになってんすかね」

「そりゃ、飲みの途中でどんどん人が消えていったからだな」

 

気付いた時には、ホテルのバーで堀先輩と二人で顔付き合わせて飲んでいることになろうとは、全く想像しちゃいなかった。

家庭持ちはそりゃ適度な頃合い見て帰るだろうよ、と言う先輩だって家庭持ちのはずだ。

あまり見ないようにしてたけど、左手の薬指にはしっかりと結婚指輪が嵌められている。

 

「先輩は帰らなくていいんすか」

「今日は遅くなるし、もしかしたら、昔の後輩と仕事で会うかも知れないから飲みで帰らない可能性もあるって言ってきてる」

「…………俺がチームにいるって知ってたんすか」

「まぁな」

 

言ってくれれば――何てことは勿論言えない。

十数年前に一方的に連絡を断ったのは俺の方だ。

今回だっていくら会社が同じとは言っても、規模を考えると今更会うことがあるなんて思えなかったし。

 

「煙草吸って良いか? ここ喫煙問題ねぇだろ?」

「どうぞ。俺もいいっすか」

「ああ。何だ、おまえも煙草止めてなかったのか」

「止めようと思って、数回失敗したクチっすよ」

 

先輩がシガレットケースを取り出すのを横目に見ながら、俺も自分の懐からやはりシガレットケースに入れた煙草とライターを取り出す。

そういや、煙草覚えたのも先輩の所為だったんだよな、俺の場合。

自分の煙草に火を着けて、煙を吐き出すと先輩の視線を感じた。

 

「……何すか」

「いや。煙草変えてねぇんだなって思っただけだ」

「変えようと思ったけど、他のにどうも馴染めなかったんで。そういう先輩こそ、変えて無いっすよね?」

「まぁな」

 

俺たちはあんまり趣味嗜好が合わないこともあって、煙草の銘柄は先輩との数少ない共通点だった。

俺の場合は先輩の影響で煙草を覚えたからってのもあるけど、まさか十数年経っても同じ銘柄のままとは思わなかった。

ちらっと先輩を見ると、煙草の煙が目に染みたのか、眼鏡を外して軽く目を擦っていた。

そういえば、昔は眼鏡なんてしてなかったよな。

 

「視力落ちたんすか」

「昔に比べりゃちょっとな。ま、これは仕事の時にしか使ってねぇけど」

 

先輩が外した眼鏡をそのまま胸ポケットにしまい込む。

眼鏡を外すと、益々昔の面影を強く見いだしてしまう。

それに――今の行動が、暗に仕事の時間は終わっていると含ませたように聞こえて嫌な予感がした。

 

***

 

「先輩、家どっち方向っすか」

「ここから上りで一時間」

「…………もう終電なくないですか」

「ねぇな」

 

さらっと応じる先輩に歯噛みしたい気分だ。

口にはしねぇけど、俺の家も上り方向でここから一時間弱。

終電がないのは俺の方も同じだった。

出来るだけ軽く聞こえるように溜め息を吐く。

 

「しゃあないっすね。駅まで行けばタクシー拾えるでしょうから、とりあえず駅に向かいま……」

 

そうやって駅に向かって歩き出そうとしたところで、手首を強く先輩に掴まれた。

頭の何処かで警鐘が鳴っている。

 

「……何すか。離して下さい」

「このまま泊まっていかねぇか? どうせもう電車ねぇんだし」

 

今まで俺たちが飲んでいたのは、ホテルのバーだ。

泊まるってのはホテルでってことを指しているんだろうけど。

 

「タクシーで帰れば済む話でしょう」

「明日休みなんだし、無理に帰る必要ねぇだろ」

 

先輩の『泊まっていく』は単純に言葉通りじゃない。

先輩は俺を見据えて、視線を少したりとも逸らそうとしない。

かつて何度も見た目だから分かる。

これは――欲情を秘めている目だ。

 

「……別れた男に手ぇ出すほど飢えてるんすか」

「そうだって言ったら、大人しく相手してくれんのかよ」

「…………っ」

 

わざと挑発するような言葉を発してみても、先輩は動揺する様子がない。

 

「生憎、俺は飢えてないんで。そういうのなら余所当たって下さい」

「結婚は勿論、特定の相手もいねぇって聞いたがな。

――人見知りのおまえのことだ。適当な相手と遊べるタイプじゃないし、いねぇってことは本当にいねぇんだろう?」

「く……」

 

リーダーかよ、仕事に関係ない余計な情報この人に流しやがったのは!

プライバシーの侵害だろ、いくら何でも!!

 

「それともあれか? 久々過ぎて色々意識しちまうか?」

「……十数年経ってるんすよ。今更意識なんてしやしない」

「意識してねぇんだったら、それこそ、たかが一回セックスするくらい構わねぇだろ」

 

ついに直接的な単語が出てきた。

こんな深夜の街中で、俺たちの会話にわざわざ聞き耳立てるのもいねぇだろうけど、何となく声を潜めてしまう。

 

「妻帯者の台詞じゃないっすね。罪悪感とかないんすか」

「……おまえ相手じゃなきゃ言わねぇよ。俺だって誰でもいいわけじゃない」

 

ほんの少し、先輩の声と俺の手首を掴んでいる手に力が入った気がした。

逃がすつもりなんかないって言っているようにも聞こえて、思わず一歩後ずさったら、先輩も一歩踏み込んでくる。

 

「御子柴」

 

昔と変わらず、俺より体温の高さを伝える骨張った指が、手首近くの骨に沿って動く。

たった、それだけなのに、この指がかつて色んな場所を探っていったことを思い出してしまい、身体の芯が熱を持ち始めた。

……待てよ、冗談だろ。

十数年、一人で特に問題なかったっていうのに、どうして先輩にほんのちょっと触れられただけで、こんなに反応しちまうんだよ。

アルコールだって入っているから、普段よりも反応鈍いはずなのに。

 

「抱かせろ」

 

そして、先輩は。

あの当時と変わらない有無を言わせない口調で、簡潔に用件を述べる。

車のクラクションや、街の喧騒が妙に遠くに聞こえた。

俺たちのいる場所だけ、空間を切り取ってしまったみたいに。

しばしの沈黙の後、口を開いたのは俺だ。

 

「…………一度、だけなら」

 

まるで、自分に言い聞かせるようになってしまった言葉は、口にしてしまった瞬間に後悔した。

 

***

 

ホテルの部屋に入って直ぐ、靴も脱がないうちに背を抱かれて、唇が重ねられた。

 

「……っ」

 

最初は軽く吸うだけだった唇が軽く開いて、舌が俺の口の中にまで入り込んで来た。

躊躇いなく舌を絡め取られて、舌の裏側や付け根の方まで探られていく。

懐かしい感触と、自分でも馴染みのある煙草の味に、身体に走った動揺を先輩に悟られないように堪える。

……くそ、相変わらずキス上手ぇな、先輩。

頭の芯がぐらぐらして、壁を使って身体支えてんのがやっとだ。

 

「……相変わらず色っぽい面すんなぁ、おまえ」

「……!」

 

先輩こそ、その色っぽい声止めて下さいと喉元まで出かかった。

腰が重ねられて、スラックス越しでも互いの性器が固くなっているのが分かる。

反応しているのが自分だけじゃなかったのが幸いだけど、このまま玄関でヤりかねないような勢いに焦る。

首筋を唇と舌が這い始めて、つい先輩のネクタイを引っ張った。

 

「ちょ……っと、流石に、玄関とか、勘弁して、下さいって……!」

 

この勢いじゃ、シャワーも浴びさせて貰えなさそうだ。

強引な時は、ホント強引なんだよな、先輩。変わってねぇ。

けど、せめて続きはベッドで頼みたい。

 

「……悪い。がっつき過ぎた」

「ホントに飢えてんすか。……結婚、してんのに」

 

自分で言った言葉に軽く凹む。

先輩にちゃんとした本来のパートナーがいるってことは、分かってるんだけど……こんな求められ方されたら、錯覚してしまいそうだ。

 

「……ま、色々あんだよ」

 

微かに苦笑を滲ませた表情は、直ぐに掻き消えた。

もしかしたら、奥さんとうまくいってないんだろうかと思ったけど、口にはしなかった。

正直、わざわざ出したい話題でもない。

先輩の家庭がどういう状況だろうと、こんな関係は一度きりって決めた。

ならば、束の間忘れるくらいは許されるだろう、きっと。

改めて、靴を脱いで部屋に上がり、ベッドの傍まで来ると、先輩が俺の腕を勢い良く引っ張って、ベッドの上に倒す。

 

「……っと!」

 

スプリングにちょっと跳ねた身体の状態を整える前に、先輩が俺に覆い被さってくる。

ああ、そういえばこんな時の先輩の目は猛禽類みたいだって、昔よく思ったな。

妙に目力あるというか、逆らえない圧力みたいなのがあるっていうか。

 

「ん……」

 

再び、唇が重なる。

唇を重ねながら、先輩の指が俺の耳を触っていった。

最初は耳全体を指で撫でていたが、そのうち耳たぶだけで指が動き始め、唇が離れる。

 

「……ピアス穴、完全に塞がってるんだな」

「入社して以降、しなくなりましたからね。もう穴があった場所も分かんねぇぐらいでしょう」

「場所は何となく覚えてるけどな」

「っ!」

 

恐らく、かつてピアス穴を開けていた場所を狙って、先輩が軽く歯を立てる。

じんと甘い痺れが耳から首筋の方まで広がる。

その痺れに軽く背が撓った隙に、ネクタイを解かれた。

シャツのボタンもどんどん外されていく。

 

「身体起こせ。脱がすから」

「……っ、自分で脱げます。先輩も自分の脱いで下さい」

「……それもそうか」

 

下手に脱がされていくと、それこそ興奮しそうだったから、どうにか言い訳をして、残りの服は自分で脱いでいく。

……くそ、十数年前はそれこそ数え切れねぇ程ヤッたってのに、いくら久々にするからって、今更こんな興奮するとかありかよ。

スーツが皺にならないように、ソファの背に軽く掛けて、シャツもその上から被せ、ベルトも放り出す。

下着だけになったところで、早くも全部脱いでいた先輩が俺のパンツに手をかけた。

 

「ちょ……っ、早いって先輩!」

「うるせぇ。脱がすぞ」

「く……」

 

引きずり下ろされた下着に抵抗するのを諦めた。

流石に十代、二十代の時ほど反り返ってはいないけど、がっちり臨戦態勢になってるモノが露わになる。

それは先輩の方も似たり寄ったりだけど、下着を脱がされて早々に勃っているモノに唇が触れて、ぎょっとする。

 

「や……っ……シャワー、浴びてない、んだから……っ、口、はやめ……っ!」

「……相変わらず先っぽ弱ぇなぁ。形もやっぱ好きだわ、おまえの」

「ふ、あ、あっ……!」

 

わざと派手に音を立てて、先輩が俺のモノをしゃぶる。

熱くざらついた舌と柔らけぇ唇の感触がどうにも生々しい。

見上げてくる視線には耐えられず、目を合わせないよう逸らした。

ああ、くそ。

人に触られんのも、口でされんのも、久々過ぎて腰が震える。

アルコール入ってなきゃ、これだけでもイッてたかも知んねぇ。

先輩の口が俺のモノから離れた瞬間にほっとしたのは本心だ。

気持ち良くても、あんまり過敏に反応しちまう様子なんて見せたくない。

そんなこっちの心境を知ってか知らずか、先輩が小さく笑ったのが聞こえた。

何がおかしいんだよ。

 

「可愛いな、おまえ」

 

先輩がベッドの直ぐ傍、床に置いてあったカバンを開けて、何かを取り出したのが見えた。

よくよく見ると、以前にも何度か見覚えがあった使い切りの小さな潤滑剤のチューブ。

そんなものが仕事用のカバンに入っていたってことにぎょっとする。

おいおい、準備良すぎんだろ!?

いや、そりゃないよりあった方が俺としては助かるけども!

 

「……って、何で潤滑剤なんか持っているんすか!」

「紳士としての嗜みだろ」

 

しれっと言うが、嗜みの優先順位としては普通はゴムだろ。

でもって、ゴムの方は出す様子ねぇし。

それについては予想はしてたけど。

先輩と付き合っていた時には、何だかんだでゴムって全然使わなかったし。

 

「ゴムは持っていない癖に、ですか」

「おまえとのセックスでゴム自体ほとんど使ったことねぇだろ。ああ、病気は持ってねぇから安心しろ」

「……俺が持ってたらどうするつもりなんすかね」

「どうせ、ねぇんだろ」

「…………いや、まぁ、ないっす、けど」

 

まず、ここ数年で病気になるような心当たりがない。

嬉しそうに細められた目が何とも癪だ。

先輩が潤滑剤のチューブの封を切って、中身を指先に出すと、そのまま指が俺の内側へと侵入を始めた。

つぷ、と小さな音とひやりとした潤滑剤の感触に、背をざわりとしたものが走る。

 

「……う、あ」

 

こうやって、内側を触られるのも久しぶりだから、身体が竦む。

自分でするときもどうも怖さが先立って、中までは触んねぇからだ。

最初は一本だけだった指が二本に増えて、じわじわと押し広げられていく。

先輩の指で探られんのは怖さなんて感じないんだよな。……何でだ。

指が抜かれて、触れられていた場所に先輩のモノが宛がわれる。

 

「御子柴、力抜け」

「ん……分かって、ます」

 

そうしないとキツいのは先輩よりも俺の方だしな。

なんとか、下半身の力を抜いて先輩に委ねると、先輩が一度俺のデコにキスしてから足を抱えて、挿れ始めた。

 

「ふ…………んっ、あ、あっ……」

 

久々の挿入に身構えた所為もあっただろうけど、内を埋めてくる熱がどうにも苦しい。

十数年前は当たり前のように受け入れられていたけど、元々そういう場所じゃねぇんだよなと、こんなことで実感する。

 

「……っ、あ…………くっ……!」

 

痛くはないのが救いだが、下手に動かれると絶対キツい。

俺の身体が強ばっているのは、繋がってる先輩にも伝わってるんだろう。

無理にそれ以上挿れて来ようとはしなかった。

 

「す……みませ……ん。久々、なんで、ちょっとキツ……っ」

「何だよ、道理でキツいと思った。ご無沙汰だったのか。……前にセックスしたのいつだ?」

 

――出来れば、先輩には言いたくなかった。

前にしたのなんて、それこそ先輩と付き合っていた当時まで遡るからだ。

別に先輩に操を立てていたとか、そんな殊勝な理由じゃない。

キスやセックスまではしなくても、デートくらいならした相手は何人かいる。

でも、そこで終わりだった。

どの相手とも良くて数回のデートで終わって、先へは続かなかったのだ。

原因は恐らく俺。

どこかで先輩と比べてしまって、ダメだった。

先輩とだって、強引に別れたのはこっちだっていうのに。

けど……多分。先輩相手に誤魔化しはきかない。

誤魔化せないし、誤魔化そうとしても流してはくれない人だ。

それでも、先輩の顔を直視は出来なくて、少し目を逸らして正直に申告した。

 

「その、先輩と別れてからは全然……」

 

思えば、あれから十数年。

結果的には清らかな生活を送っていたんだなと思い知らされる。

先輩と付き合っていた時には、夜通し激しく求め合ったことも少なくはなかったのに。

 

「……マジか。女とは?」

 

その言葉にも、首を振って否定する。

俺は結局――今に至るまで、先輩以外の人間と肌を重ねた経験はない。

他に誰も知らない。

 

「…………御子柴」

「……ふ……んんっ」

 

随分と優しい感触で唇を重ねられた。

軽く触れては離すことを繰り返すキスは、される都度に身体の力が抜けていく。

さらに先輩の手がそっと俺の身体を探っていって、触れられた部分から優しい快感が広がっていった。

 

「あ……あ、はっ……」

「……っ」

「うあ……!!」

 

そうして、力が抜けた隙をついて、先輩が奥深くまで挿れてきた。

先輩しか触れたことのない深い場所。

熱を埋められた懐かしい感覚は、気持ち良いというより、無性に泣きたくなる。

 

「……せん、ぱ……」

「……キツいなら言え。ゆっくり動いてやっから」

「そ……んな、気遣わなくて……いいっす……からっ……んっ」

「はっ……」

 

再び、唇が重ねられて、今度は舌が割って入ってきた。

優しいキスなんかされたくないのに、先輩の動きは記憶にないくらいに優しい。

繋がっている部分も無理には動かさずに、少しずつ馴染ませるかのような小さな動きだ。

こんなんだっただろうか。

いや、記憶になくもない、か。

強引にコトを運ばれたことも数え切れないが、優しく触れられたこともあった。

あれは決まって――ちょっとした諍いの後とか、忙しくてしばらくセックス出来なかった後だったか。

そんなのを思い出しちまった所為なのか、圧迫感が少しずつ薄れて、気持ち良さが増してくる。

やべぇ、腰が勝手に動いちまいそうだ。

 

「御子柴」

「な……んすか」

「……おまえ、結局俺しか知らねぇの?」

「っ!!」

 

返事に詰まったことで、多分先輩には分かったんだろう。

つい締め付けてしまったからか、微かな呻き声が聞こえる。

 

「……へぇ」

「ん! あ、ちょ……っと、せん、ぱ……ああ!」

 

中で先輩の質量が増して、弱い部分を重点的に擦られ始めた。

抑えきれない声が、自分でも震えてしまっているのが分かる。

くそ、なんで人の弱いとこ狙い撃ちすんだよ。

あれから、十数年経ってるのに何で忘れてねぇんだ。

つい、先輩の肩に手を伸ばそうとして――左手の薬指に嵌められた結婚指輪に気付いて慌てて引っ込めた。

 

「んんっ!」

 

代わりにシーツを掴んで、押し寄せてくる悦楽をどうにか少しでも逃そうとする。

先輩に爪を立ててしまうのはいくら何でもマズい。

背中の爪痕なんて、言い訳のしようがないだろう。

けど、まだ、終わりたくない。

……待てよ、終わりたくないってなんだ。

一度だけって言ったの俺だろ。

さっさと済ませて、セックスしたことなんか忘れて、何事もなかったかのようにまた日々を過ごしていく心積もりだったはずだ。

なのに、どうして終わるのが惜しい、なんて思ってしまうのか。

 

「あ、あああ、やっ、うあああ!!」

「……っ」

 

けど、そんな思惑とは裏腹に身体には限界が訪れる。

堪えきれずに、背を駆け上がっていった快感に任せて、熱を吐き出す。

それと同時に、身体を繋いでいる場所がどくりと脈打って、中に先輩が出したのが分かった。

久々なのに、同時にイケた快感の強さに軽く気が遠くなりかけるも。

 

「……悪ぃ、まだ足りねぇ。続けるぞ」

「ちょ……っ、待っ……ああっ!!」

 

先輩はそうじゃなかった。

力が抜けていた隙に、背を抱き寄せられて、対面座位の姿勢になる。

 

「ひ……!」

 

乳首に舌が這わされて、全身に広がった悦楽。

喉の奥から引き攣った声を出してしまう。

先輩は一方の手で俺の背を支えながら、もう一方の手で背骨を辿っていった。

……俺が背骨触られるの弱いことも覚えてるのかよ。

気持ち良さに堪らず、胸元にある先輩の頭を抱える。

ついさっき、イッたばかりだってのに、また固さを取り戻したモノが密着している姿勢のせいで、先輩の腹で擦られてるのもヤバい。

中に収められたままの先輩のも、とっくに固くなっているのが分かるからなおさらだ。

背骨を辿っていた指が離れて、俺の髪を軽く撫でていった後、舌を這わされていた乳首とは逆の乳首に先輩の唇が触れる。

 

「……御子柴」

「なん、すか」

「……凄ぇと思わねぇ?」

「……? 何、が」

 

イマイチ先輩が言おうとしている意図が分からず、促すと俺の背を支えている手に力が入ったのが伝わった。

 

「久々だってのに、ちゃんとおまえの身体、俺を覚えてるのな」

 

その言葉を聞いて、思わず身体が震える。

……自分でも、心の片隅で考えていたことだったからだ。

先輩が俺の弱いところを覚えているっていうのも勿論あるんだろうけど、逆に言えば、俺の身体も先輩の動きに反応するようになっている。

十数年振りだっていうのに。

 

「そ……んな……ん、知らな……っ」

 

けど、認めたくない。

そりゃ、先輩しか知らねぇけど。

だからって、その感覚に支配されているなんて思いたくない。

 

「自覚してない、なんて言わせねぇ、ぞ……っ!」

「あ、あ、うあ!!」

 

乳首に軽く歯が立てられたのと、繋がった場所が突き上げられたのは同時だった。

ベッドのスプリングを利用した振動は、決して強くはないはずなのにどんどん追い詰められていく。

 

「ひ、あ、あああ!!」

「……っ、く!」

 

そうして、またイッたのは同時だ。

先輩も俺を支えてるのがしんどくなったのか、呼吸を整えると身体は繋げたままで俺の上半身をベッドに寝かせた。

その拍子に先輩の汗が俺の肌に落ちる。

ワックスで纏められていた髪もすっかり汗で崩れていた。

 

「……流石に二回イッたら、ちょっと落ち着いた」

「……ま……だ、する気、かよ」

「そういうおまえの中も、凄ぇ吸い付き方してるけどな」

「ん!」

 

先輩が軽く腰を動かしただけでも、ぐちゃ、と水音がして、身体を繋げた場所から精液が溢れ、シーツを汚したのが分かった。

……久々のセックスに翻弄されている自覚くらいはある。

先輩じゃねぇけど、二回イッて、ようやく激しい衝動が収まりつつある。

でも、まだ何処かで物足りなさを感じるのは何でだろう。

十代のやりたい盛りじゃあるまいし、四十近いってのに自分でも訳分かんねぇ。

自分でする時だって、一晩に二回以上イクなんてしばらく記憶にない。

先輩の手が俺の頬に触れる。

そんなちょっとした動作でさえ、気持ち良くて目を閉じかけたら――こつ、と頬骨に当たった固い感触に我に返った。

指輪、だ。

先輩が確かに結婚して、他に正式なパートナーがいるってことの何よりの証。

顔も知らない先輩の妻の存在は、この小さな金属の輪に集約されている。

その事がどうしようもなく哀しくて切なかった。

俺の知らない十数年の間の先輩を、確かに一番近くで見て来た人間がいる。

目を逸らしたいのに逸らせない。

俺の視線の先にあるものに、先輩も気付いてしまった。

明らかにしまったって顔をしている。

 

「……悪い、気にならないわけねぇよな」

「え、あ。…………ちょ……っと、先輩!?」

 

先輩が一旦動きを止めて――左手の薬指から指輪を抜いた。

そして、サイドテーブルに無造作に外した指輪を置く。

薬指は指輪が嵌められていた部分とそうでない部分との違いがハッキリと分かった。

ほんのり異なる肌の色や指輪を嵌めていた跡。

俺の為に外してくれたのかと、その行為が嬉しいと思ってしまった次の瞬間、自分の思考が酷く浅ましいものに感じられた。

今、俺は先輩に何をさせたよ。

嬉しいなんて思っちゃダメなことだろ。

これは――ただの不貞行為だ。

分かって、いるのに。

 

「んっ! あっ、せん、ぱっ……うああ!!」

 

身体は言うことをきいてくれない。

指輪の当たらなくなった手が俺の肩を抱くようにしながら、激しく抽挿する。

既に最初の挿入時に感じた強ばりはなくなっている。

すっかり激しさに慣れてしまって、沸き上がるのは快感だけだ。

先輩の腹で擦られている俺のモノも暴発しかねないのをどうにか堪える。

 

「せ……んぱ……っ、先輩……っ!!」

「キツけりゃ、俺に捕まっとけ、よ……っ!」

 

俺に負けず劣らず余裕のないのが窺える表情だ。

先輩が俺の手を掴んで、自分の背に回させた。

汗ばんだ肌が酷く熱く感じられる。

 

「ダ……メです……って、痕、残しちま……あああ!」

 

言ってる傍から、繋がっている場所に走った強い衝撃に耐えきれず、そのまま先輩の背に爪を立ててしまう。

ヤバいって思っているのに、自分でも加減が出来ない。

 

「いいっつってん、だろがっ……!」

 

いい、わけなんかねぇだろうに。

何で、そんなことをさらっと言うんだよ。

そんな――何をしても構わない、なんて言いかねないような口調で言わないで欲しい。

必死な顔して全力で求めてくんなよ。

こっちまで求めたくなっちまうだろ!?

十数年前ならいざ知らず、今はそれじゃダメだってのに。

 

――どうしよう。

 

「実琴……っ」

「あ……ああ、うああーっ!!」

 

久々に呼ばれた下の名前が耳の奥にこびりついて離れない。

自覚してしまった。

俺、まだこの人が――堀先輩が好きだ。

全身で感じる体温も、内で感じる激しさも。

とっくに自分のものではなくなっているのに。

 

「……ど、して……っ」

 

忘れてしまいたかった。

十数年の歳月は決して短いものではない。

忘れられてるって思っていた。

こんな風に共有する熱も、求め合う感情も、記憶の中からとっくに消え失せてるって信じていたのに。

たった一晩、肌を重ねただけでこれかよ。

せめて、求められているのが、身体だけならまだ良かった。

きっと割り切れたのに、そうじゃないって伝わってしまっている。

俺の様子を探りながら、無理をさせまいとしてくれてるのは――それだけ俺を想ってくれているからだ。

忘れられなかったのは俺だけじゃなかった。

 

「…………離さ、ねぇ……っ」

「ひ、あ、あああ!!」

 

歯を食いしばった音に紛れて、先輩が小さく呟いたのが聞こえた。

先輩と会いさえしなければ。

いや、一度だけなんて気まぐれを起こさず、セックスなんてしなければ。

……こんな残酷なことに気付かずに済んだだろうか。

こぼれ落ちた涙を、快楽からのものだと解釈して欲しいと願いながら、先輩の腰に足を絡めて、今晩三度目の精を放った。

 

 

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