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Immorality of target 06<月刊少女野崎くん・堀みこ・R-18>

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若い時に付き合っていて、堀先輩の結婚を機に別れたけど、十数年ぶりに久々に再会したという流れの堀みこ。

再会から半年。ちょっとした変化の兆し。

御子柴が堀先輩に自宅を教えたり、同じ香水を使うようになったり。

初出:2015/03/17 同人誌収録:2015/06/14(Immorality of target。掲載分に多少の修正等あり)

文字数:12528文字 裏話知りたい場合はこちら

 

[御子柴Side]

 

堀先輩と再会してから半年。

当初はプロジェクトの会合がそこそこ頻繁だったのもあって、週に一回、もしくは二回と先輩と会えたけど、最近はプロジェクトの進行具合が落ち着いたこともあって、会合の頻度が落ち、会合に合わせてしまうと会えるのは二、三週間に一度という感じになりつつあった。

仕方ないのは分かっているし、会えない分連絡用のスマホに、先輩からのメッセージが結構来るようにもなったが、やっぱり直接会えないっていうのは寂しい。

再会するまでは十数年って期間、先輩と会っていなかったことを思えば、数日会えないのくらいはどうってことないはずだって、頭では思うけれども、会いたくてどうしようもなかった。

いっそ、顔だけでも見に、先輩の会社の前まで行ってしまおうかと思ったのも、一度や二度じゃない。

思うだけで、流石に実行はしなかったものの、実際にやってしまったら周囲に違和感を持たれるだろう。

自分でもバカじゃねぇのって思うけど、今は心の大半を先輩が占めてしまっている。

こんなんじゃヤバいって分かってるのに。

それでも、今日はプロジェクトの会合がある。

先輩は会合の後、一度会社に戻って片付けなきゃならない仕事があるって言ってたけど、その後には会えるはずだ。

それを楽しみに、今日の仕事をこなしていくことにしよう。

 

***

 

「悪い、ちょっと仕事がおしてる。ホテルまでの移動時間考えると、今日、行けないかも知れねぇ」

 

プロジェクトの会合が終わり、俺の方は他の仕事も終わらせて、まさにホテルに向かおうとしていたタイミングで、先輩からそんな電話が入った。

今日は二十日ぶりに会えるはずだったのに。

先輩と二回目に会った時以降は、休憩でも予約出来るし、男同士でも入りやすいしということでずっと同じホテルを使っている。

ただ、そこは会社からだとちょっと移動に時間が掛かる場所な上に、俺の家、そして恐らくは先輩の家からも逆方向だ。

だから、移動時間だけでもバカにならないけど、過ごす場所が家から近ければ話は変わってくるだろう。

それなら……。

 

「……帰宅までの移動時間が少なければ、どうにかなりますか?」

「御子柴?」

「俺の家、桜谷の駅近くです。もしかして、先輩の家からはホテル程は遠くないんじゃないんすか?」

 

再会した時に、先輩の家はその日泊まったホテルの駅から、上りで一時間程って言ってた。

俺の家もほぼそんなもんだったから、もしかしたら意外に家が近いかも知れないと思っていたことから、そう提案してみる。

電話越しでも、先輩が戸惑っている様子が伝わった。

 

「…………いいのか?」

「いいっすよ。男の一人暮らしなんで、部屋がむさ苦しいとこにだけ、目を瞑って貰えればですけど」

 

先輩と再び関係を持ちだしてから、先輩に自宅の具体的な場所は教えないようにしていた。

昔、先輩を吹っ切ろうと一気に連絡先を変えたこともあって、何となく警戒というか、今の自宅の場所を教えるのは気後れしていたからだ。

きっと、一度先輩を家に入れてしまったら、それこそ何かの折に先輩の気配を感じ取って、頭の中から先輩が離れなくなってしまう予感がする。

それが少し怖かった。

先輩も触れては来なかったけど、多分俺が自宅の場所を言わない事には気付いていただろう。

けど、会う度にホテル代が嵩むのも気になっていたし、もう言ってもいいかって気分になっていた。

 

「……桜谷なら、遅くなっても十一時半位には行ける。駅に着きそうになったら、連絡する。それでいいか?」

「はい」

「じゃ、また後でな」

 

後で、という言葉が無性に嬉しくて、先輩に飢えていたのを嫌ってくらいに自覚した。

 

***

 

先輩から駅に着きそうだと連絡があって、先輩を迎えに行ったところで、先輩の自宅の場所を聞いて驚いた。

 

「は!? 東霧野? 三つ隣の駅じゃないっすか」

 

予想していたよりもかなり近くに先輩の家はあった。

電車でなら同じ路線の駅だし、五分かそこらで着くような距離だ。

車を使っても、十分前後で行けるんじゃないだろうか。

こんな近くの駅に住んでいて気付かなかったのは、お互いの会社の位置の所為だろう。

俺の会社と先輩の会社は、俺たちの家辺りから考えると、ちょうど逆方向になる。

道理で会わなかったわけだ。

 

「俺も桜谷って聞いて、流石にびっくりした。……いいとこ住んでんなー、おまえ。駅から直ぐじゃねぇか」

「ここ古いし、エレベーターなしだから、そんなに高くねぇっすよ。どうぞ」

 

駅から徒歩三分のマンション。

五階建てで玄関はオートロックになっているが、築年数はそこそこ経っているからか、ぱっと見の印象ほど家賃は高くないのが魅力だ。

もう少し会社に近いところとなると、家賃が上がってしまうし、フィギュア等を心置きなく置けるようにと、二部屋以上ある物件を探した結果、ここに落ち着いた。

適度に広いし、駅には近いがそんなに五月蠅くもないしで、住んで三年くらいにはなるが、結構気に入っている。

三階の自室まで招き入れると、先輩が部屋を見渡した。

 

「ここ、賃貸か?」

「独り身でマイホーム購入は中々思い切れませんて。俺、一人っ子だから、最終的には親の持ってる家に移ることになるかもっていうのもあるし。先輩は家買ったんすか?」

「ああ、三年前に建てた。ローン返済の真っ最中だ」

「東霧野で降りたことはないけど、車窓から見た感じは静かそうなところっすよね」

 

この周辺は、電車が通るようになったのはここ数年の話で、それまではバスでの行き来が主な陸の孤島みたいな場所だったらしいからなのか、意外に駅前でも静かだったりする。

 

「まぁな。桜谷も当時土地を買う候補に入ってたけど。こっちとは逆の出口から七、八分くらいの場所に見に来たことがある」

「うわ、マジっすか。俺もここ来て三年くらいだから、桜谷にしてたら流石に会ってたかもですね」

「だな。それなら、いくら遅くなってもギリギリまでおまえの家にいられたのに」

「ん……っ」

 

頭を引き寄せられて、唇を重ねられる。

ああ、キスすんのも久々だなって思ったら堪らなくなって、こっちから舌を先輩の口の中に突っ込んだ。

先輩も舌を絡めて来て、双方の乱れた呼吸が唇の端から零れる。

 

「せん、ぱ……」

「寝室、奥か?」

「……ん」

「悪い、あんまりゆっくりしてられないけど、今おまえに凄ぇ触りたい」

「いいっすよ。触りたいのは、俺も、同じ、なんで……っ」

 

シャツ越しに背中を撫でられただけでも反応して、言葉が途切れ途切れになる。

一刻も早く、肌を合わせたくて仕方なかった。

 

***

 

「ん、あ、ああ!」

「は、あ……」

 

久し振りで焦がれていたせいか、二人揃って快感が駆け上がっていくのが速い。

先輩が俺の中に挿れてきただけで、長くもたないだろうことが感覚で分かる。

が、そんなタイミングさえお互いに合うのかと嬉しくなる。

波長ってものがあるなら、今の先輩と俺は凄く合っているんじゃないかと思う。

 

「ヤベ……あんま、長くもちそうにね……かも」

「平気……っす。俺も、油断すると直ぐイキそ……だか、あ、うあ!」

「っ!」

 

先輩の手が俺のモノを握ってきたのに、つい身体が震えてしまう。

振動は先輩の方にも刺激を与えたらしく、歯を食いしばった音が聞こえた。

 

「な……んで、直ぐイキそ……っつってるのに、握る、んすか」

 

時間に余裕がないのは分かってるけど、あんまり早く終わりたくもないってのに。

 

「こういう時の、おまえの反応……可愛い、からなっ……!」

「や、うあ、ちょ、待っ……あ!」

 

先輩の背中に強くしがみついて、動くなと言葉にする代わりに爪を立てる。

再会後しばらくは抵抗があったけど、最近は爪痕を残すことへの抵抗も薄れてきてしまっている。

先輩本人が気にするなって言ってるのを免罪符に、見えないところへの痕跡を刻みつけてしまう。

先輩の方に至っては、時々見えそうな場所にまでキスマークを残すことさえあった。

 

――他のヤツに手出しされたくねぇしな。おまえが俺のものだって証拠残しとかねぇと。

 

自分は家庭を持っている癖に、平気で『俺のもの』とか言ってしまえる先輩が本当に酷い男だって認識はしているのに。

 

「あ、ああ、そこっ……くるっ! うあ、あああ!!」

「みこ、と……っ」

 

そんな先輩相手に腰を振って、足を絡めて。

こうして、名前を呼ばれながら中に熱を吐き出されることが、堪らなく嬉しいって思ってしまう俺もどうなのか。

頂きまで上り詰めた快感が下降線を辿り始める。

ふと、見上げた顔は満たされた表情を隠していない。

後で眠る時まで、この顔が焼き付いていそうだ、なんて思いながらキスをねだった。

 

***

 

セックスの後、終電に合わせて帰り支度をしている先輩が、ふと俺の方に手を差し出した。

流石に意図が掴めずに首を傾げる。

 

「? 何すか?」

「ここの合鍵寄越せ。あるんだろう?」

「……無理に決まってるじゃないっすか」

 

先輩の言葉に、思わず溜め息を吐く。

俺だって、先輩に合鍵を渡せるものなら渡してしまいたい。

つい、先輩と再会後に衝動で作ってしまった合鍵を本当は持っている。

だけど、ロックを掛けて仕事用に新たに作ったって言い訳が出来る、俺との連絡用のスマホとは違って、他人の家の鍵なんて、それこそ見つかった時に言い訳のしようがない。

お互い、一人暮らしだったならともかく、先輩は家庭持ちだ。

今はお互いの家の合鍵を気軽に交換してたあの頃と違う。

 

「ダメなのかよ」

「ダメです。……奥さんに見つかったら、間違いなく言及されるじゃないっすか」

 

先輩だって分かってない訳ないだろうに。

不服そうな顔をされても、こっちだって困る。

わざわざ、先輩の家庭に波風立てるようなことはしたくない。

波風さえ立てなければ、少なくとも今しばらくはこの関係を続けていられるんだし。

合鍵なんて怪しんでくれとしか言いようのない代物だ。

 

「俺と一緒に家に来るとか、俺が家に居るときに先輩が来る分にはいくらでも構いませんけど、合鍵渡すのは流石にヤバいって。……先輩なら分かってねぇはずないでしょうに」

 

大体、それを言ったら、俺は先輩の家の合鍵どころか、下手に家に行くわけにも行かねぇ身の上だ。

いや、単純に高校時代の後輩で現仕事仲間としてなら、特に違和感もなく家を訪れるくらいは出来るだろうけど、俺が冷静にやり過ごせる自信がない。

俺の知らないだろう先輩が、日々其処で生活しているなんて思ったら、胸が焦げそうだ。

余計なことばかり考えちまいそうで、それこそヤバい。

 

「……分かってる」

「じゃあ」

「分かってるけど、分かりたくねぇ」

 

そうぼそりと呟きながら、先輩が俺の肩にもたれかかる。

きっと、顔を見られたくないんだろうとは思ったから、預けられた頭をそっと撫でるだけにした。

先輩が使っているワックスの香りがほんのり漂う。

セックスした後、汗や激しい動きでセットした髪が崩れるからって、持ち歩いているワックスは、さっきも軽く付け直していたところだ。

 

「…………俺だって支障なければ、渡したいんすからね」

 

先輩との再会後、深く考えずに合鍵を作ったものの、作っている最中でそれを渡すこと自体が難しいっていうのに気付いて寂しくなった。

ぼやきたいのはこっちの方だ。

 

「悪い、俺の所為なんだよな。……なぁ、御子柴」

「ん?」

「おまえが普段使ってる香水教えろ。俺も使うようにするから」

「……どういう風の吹き回しですか」

 

先輩と俺は、昔からあまり趣味が合わなくて、服装や持ち物は勿論、日用品に至るまでほとんど被っている物はない。

唯一の共通点は煙草だけ。

香水なんて、そもそも先輩からしたら興味さえない類のものだったはずだ。

どうせ、煙草の香りで香水なんかつけていてもほとんど分からない、なんて昔言ってた位だし。

 

「表向きは加齢臭対策とでも言っておけば、香水をつけ始めたとしてもそう不自然じゃねぇだろう。……この香り、結構好きなんだよな」

「……先輩」

「自分でもつけてれば、会ってない時でもおまえ思い出せそうだし。そん位いいだろ。移り香を気にすることもなくなるしな」

「あ……もしかして、結構残ってました?」

 

プロジェクトの会合がある日は、香水を心持ち弱めにつけていたつもりだけど、抱き合ってたら香りが纏わり付いていたのかも知れない。

煙草の香りの印象が強くて、あまり気にしてなかったけどうかつだった。

 

「昔の後輩がつけてるって言ったら、あっさり納得してくれた。割りと有名なメンズの香水なんだろ? 女房が知ってた」

「うわ……すみません」

「謝らなくていい。嘘吐くときには本当のことも混ぜて話した方が誤魔化しきくしな。そもそも、男の後輩相手に手を出してる、なんて普通は思わねぇよ。で、どこの何てヤツだ?」

「……予備あるからあげますよ。ミニボトルで良ければ」

 

一時期結構有名になった香りだし、女性からも人気があったはずの香水だから、奥さんも知ってたんだろうな。

先輩から離れて、洗面所に行き、備え付けの戸棚の中から未開封だった香水のミニボトルを取りだして、そのまま先輩に手渡す。

これで銘柄も分かるだろうし、使い続けるつもりなら先輩が自分で買うだろう。

 

「いいのか?」

「合鍵はあげられませんけど、この位なら。後輩の影響でつけてみたくなったから貰ったって言い訳も出来るでしょうし」

「……悪い。ありがとうな。なぁ、これ、どういう場所につけたらいいんだ?」

「ああ、俺はウエストにつけてますね。あんまり香りがしつこくならないんで」

「…………あー……なるほどな」

 

先輩が口元に笑みを浮かべたが、それが妙に何かを含んだような物言いで気になる。

 

「先輩?」

「スラックス脱がせた時や、おまえが腰振った時に、より強く香りがするのはその所為か」

「っ!」

 

俺の履いているスラックスのウエスト部分に指を引っかけながら、そう続けたものだから、ついさっきの行為を思い出してしまう。

 

「帰したくなくなるようなこと、言うの止めて下さいって。もう今日は時間に余裕ねぇってのに」

「悪い。……けど、こんだけ俺の家と近いなら、これからはもっと頻繁に会えるな」

「…………いいんすか?」

 

少しでも会える機会が増えるなら嬉しいけど、奥さんにそれで悟られたりとかしねぇだろうか。

今は何より、この関係が終わってしまうことが怖い。

 

「最悪でも、通勤帰りにちょっと顔見るくらい出来るだろ、この距離なら。ホテル代に比べりゃ、三駅分の交通費の方が遙かに安いし。……嫌か?」

「そんなわけねぇって分かってて聞いてますよね、先輩」

 

先輩の身体に腕を回して抱き付くと、先輩の方からも俺を抱き締めてくれた。

 

「――御子柴」

「はい?」

「……家、教えてくれてありがとうな」

「…………ん」

 

宥めるように髪を撫でてくれる手が気持ち良い。

こんなことなら、変な意地張ってねぇで、さっさと家を教えときゃ良かったなんて思った自分が、どんどん深みにハマっていってるのは分かっていても、もう止められる気がしなかった。

 

[堀Side]

 

御子柴と再会してから半年が過ぎていた。

最初のうちはプロジェクトの会合をそこそこ頻繁に行っていたが、順調に進行していくとどうしても会合の頻度は落ちる。

社内でも優秀なメンバーばかり揃えたのが、こんな形で裏目に出た。

順調なのは本来喜ばしいことなんだが、プロジェクトの会合に合わせてしまうと御子柴に会えるのは二、三週間に一度ってところだ。

連絡こそ取り合っているが、直接会えないままっていうのは地味にダメージを食らう。

あいつに会ったことで、箍が外れたなとは自分でも思うが、かといって、うかつに帰宅時間を遅くしてしまえば、それこそ女房に勘ぐられるだろう。

大体、義父が社内にいる状態で、不自然な行動も取れない。

ただ、今日はプロジェクトの会合があるから、御子柴と会える。

気にかかるのは、その後別件の仕事が残っていることだ。

どうにも嫌な予感がする。

そして、こういう時の勘ってヤツは、往々にして外れてくれないもんだった。

 

***

 

「悪い、ちょっと仕事がおしてる。ホテルまでの移動時間考えると、今日、行けないかも知れねぇ」

 

久々の機会をふいにしそうな申し訳なさと苛立ちで、危うく舌打ちしてしまいそうになりながら、御子柴に電話でそう告げた。

プロジェクトの会合終了後、会社に別の仕事を残してきていたから、会社に戻ったが、部下の提出してきた書類に大きいミスを発見してしまい、予想以上に仕事を片付けるのに手間取っている。

流石に終電コースとまでは行かなくても、そこそこ会社から距離のあるホテルまでの移動を考えると、ホテルで会っている時間の余裕はほとんどないに等しい。

……くそ、ついてねぇ。

電話の向こうで御子柴が沈黙したが、しばしの間の後、俺に尋ねてきた。

 

「……帰宅までの移動時間が少なければ、どうにかなりますか?」

「御子柴?」

「俺の家、桜谷の駅近くです。もしかして、先輩の家からはホテル程は遠くないんじゃないんすか?」

 

一瞬耳を疑った。桜谷、だと?

まさかの場所だ。遠いどころか、俺の家から駅三つ分しか離れてない。

何で今まで会えてなかったのかが、不思議なくらいだ。

その事にも驚いたが、御子柴が自分から自宅の場所を知らせたのにも驚いた。

いつも、ホテルで会った後は帰る電車をずらしていたし、家の場所の話をほとんど口にしないから、多分俺に言うには抵抗があったはずだ。

きっと、十数年前の別れた時の一件が影響してるんだろうって察しはしたから、こっちも敢えて聞きはしなかったが。

 

「…………いいのか?」

「いいっすよ。男の一人暮らしなんで、部屋がむさ苦しいとこにだけ、目を瞑って貰えればですけど」

 

本人がいいっていうなら、問題はねぇだろう。

場所が桜谷だっていうなら、仕事の状態を考慮しても、最低一時間くらいは会う時間を捻出出来る。

 

「……桜谷なら、遅くなっても十一時半位には行ける。駅に着きそうになったら、連絡する。それでいいか?」

「はい」

「じゃ、また後でな」

 

電話を切った自分の口元が緩むのが分かった。

そうと決まったなら、とっとと仕事を終わらせて、少しでも早くあいつのところに向かうとするか。

 

***

 

何とか最悪の想定よりは三十分ほど早く仕事を切り上げられた。

御子柴のところに向かう電車の中からメッセージを送ると、駅の改札を出たところにラフな格好に着替えていた御子柴が迎えに来ていた。

こんな格好みるのも久し振りだ。

御子柴の家までの道すがら、俺の方も自宅の場所を御子柴に教えたら、やっぱり御子柴も驚きの表情を露わにした。

 

「は!? 東霧野? 三つ隣の駅じゃないっすか」

 

何でこんな近い駅に住んでいて会わなかったのかということには、移動の最中に気がついた。

御子柴の会社と俺の会社は、俺たち二人のそれぞれの駅からすると、見事に逆方向だからだ。

いくら同じ路線でも、方向が違うならそりゃ通勤のタイミングでは会いようがない。

 

「俺も桜谷って聞いて、流石にびっくりした。……いいとこ住んでんなー、おまえ。駅から直ぐじゃねぇか」

「ここ古いし、エレベーターなしだから、そんなに高くねぇっすよ。どうぞ」

 

駅から歩いて三分かかるか、かからないかってところにあるマンションは、玄関がオートロックになっているし、確かに新しい印象はないものの、共有スペースの掃除は行き届いていて、きちんと管理されていそうだ。

五階建ての三階部分にある御子柴の部屋は、2DK……いや、2LDKか?

余裕のある部屋の作りで、本人はむさ苦しいと言っていたが、ぱっと見渡した限りではそんな感じはしない。

 

「ここ、賃貸か?」

「独り身でマイホーム購入は中々思い切れませんて。俺、一人っ子だから、最終的には親の持ってる家に移ることになるかもっていうのもあるし。先輩は家買ったんすか?」

「ああ、三年前に建てた。ローン返済の真っ最中だ」

「東霧野で降りたことはないけど、車窓から見た感じは静かそうなところっすよね」

「まぁな。桜谷も当時土地を買う候補に入ってたけど。こっちとは逆の出口から七、八分くらいの場所に見に来たことがある」

 

今の家を建てた土地とどっちにするか迷っているうちに、他の買い手がついてダメになったんだよなぁ。

 

「うわ、マジっすか。俺もここ来て三年くらいだから、桜谷にしてたら流石に会ってたかもですね」

「だな。それなら、いくら遅くなってもギリギリまでおまえの家にいられたのに」

 

そう考えると少しばかり残念だ。

それでも、これだけ互いの家が近いっていうのは、かなり有り難くはある。

特別、運命なんてものを信じるクチじゃないが、御子柴との間には何かあるんじゃねぇのかな。

 

「ん……っ」

 

御子柴の頭を引き寄せて、キスすると御子柴の方から舌を入れてきた。

こいつも待ちかねていただんだろうなぁと思うと、可愛くて堪んねぇ。

求められているっていう実感が胸を満たす。

こっちからも舌を絡めると、くぐもった声と乱れ始めた吐息が聞こえ出した。

さて、何処まで我慢出来るだろう。

 

「せん、ぱ……」

「寝室、奥か?」

「……ん」

「悪い、あんまりゆっくりしてられないけど、今おまえに凄ぇ触りたい」

「いいっすよ。触りたいのは、俺も、同じ、なんで……っ」

 

シャツ越しに撫でた背中は既に熱い。

滅茶苦茶に抱いてしまいたいって欲望を抑えることは早々に諦めた。

多分、御子柴も近い感覚だろうから。

 

***

 

「ん、あ、ああ!」

「は、あ……」

 

久し振りのセックスは、快感待ったなしだ。

先っぽから御子柴の熱に包まれていく感触だけでもゾクゾクして、直ぐにでも動かしてしまいたいところを堪え、どうにか全部中に収める。

御子柴もかなり気持ち良さそうなのが、分かりやすく伝わってきた。

扇情的な表情と、絡めて来た手足に、長くもたせる自信はなかったから、正直に告げる。

 

「ヤベ……あんま、長くもちそうにね……かも」

「平気……っす。俺も、油断すると直ぐイキそ……だか、あ、うあ!」

「っ!」

 

御子柴のモノを握ると、その途端に繋がった部分が震えて、締め付けが来る。

……ヤベぇ、今のはちょっと危なかった。

握った指を緩めると、潤んだ目をした御子柴が抗議の視線を俺に向ける。

 

「な……んで、直ぐイキそ……っつってるのに、握る、んすか」

「こういう時の、おまえの反応……可愛い、からなっ……!」

 

拗ねたように甘えてくる様子は、愛しさと嗜虐心を煽る。

こんな御子柴は俺しか知らない。

求めさせて、泣かせたい。

今日は一度で終わらせるような時間しかないのが心底残念だ。

動き始めると、動揺した表情は直ぐに蕩けだして、声を上げて反応してくれる。

 

「や、うあ、ちょ、待っ……あ!」

 

背中に爪を立てられる感触は痛いけど心地良い。

再会直後はそんな行為に躊躇いもあったようだが、最近は遠慮が薄れてきているのが嬉しい。

家族の前でうかつに着替えられなくはなっているが、別に不便でもないし。

そして、御子柴の方は元々独り身だから、それこそ遠慮無く痕跡を残せる。

仮にそれが見える場所であっても、誰が情事の相手かなんて分かりゃしないが、御子柴が誰かのものだっていう主張は出来る。

少し残念なのは、何らかの形で痕跡を残しても、翌日のこいつの反応を直接確認出来ねぇところか。

プロジェクトの会合が連日で行われることはない。

こういう時、御子柴が同じ会社だったら、堪んねぇスリルなんだろうなぁと思ってみたりする。

 

「あ、ああ、そこっ……くるっ! うあ、あああ!!」

「みこ、と……っ」

 

俺の動きに合わせて、御子柴が腰を振る。

ふわりと汗のにおいに混じるように、こいつが愛用している香水が薫って、こっちの興奮度合いも限界が見えてきた。

柔らかく纏わり付いてくる中に、躊躇わずに突き上げて、奥深くで吐き出した。

……すっかり、同時にイク癖がついた感じだ。

どんだけ相性いいんだか。

まだ荒いままの二人分の呼吸音が寝室に響く。

御子柴が軽く唇を開いた状態で、俺の腕を引いてキスを求めてくる。

ホント、可愛くてヤベぇな、こいつ。

重ねた唇からは、馴染んだ煙草の味がした。

 

***

 

ちらりとスマホで時間を確認すると、まだ終電には間に合う。

帰り支度をしながら、手のひらを上に向ける形で御子柴に手を差し出したが、何のことか分かっていないのか、御子柴が首を傾げた。

 

「? 何すか?」

「ここの合鍵寄越せ。あるんだろう?」

「……無理に決まってるじゃないっすか」

 

御子柴は溜め息混じりに困った顔で呟く。

 

「ダメなのかよ」

「ダメです。……奥さんに見つかったら、間違いなく言及されるじゃないっすか」

 

確かに人の家の合鍵なんて、どんな理由をつけたって怪しまれる。

御子柴との連絡用のスマホは、新たなプロジェクト用に作ったっていうのを言い訳に出来たし、普通の仕事用のスマホもロックをかけていることもあって、こっちもロックをかけていても特に怪しまれているような素振りはない。

が、合鍵は流石に女房に見つかるわけにはいかない。

……そんなのは十分分かっている。

分かってはいるんだが。

 

「俺と一緒に家に来るとか、俺が家に居るときに先輩が来る分にはいくらでも構いませんけど、合鍵渡すのは流石にヤバいって。……先輩なら分かってねぇはずないでしょうに」

「……分かってる」

「じゃあ」

「分かってるけど、分かりたくねぇ」

 

万が一を考えたら、一番誤魔化しの出来ないものなのは理解していても、手元に置いておけないってことが無性に寂しくなる。

御子柴の肩に寄りかかると、俺の髪を宥めるようにそっと撫でてくれた。

 

「…………俺だって支障なければ、渡したいんすからね」

「悪い、俺の所為なんだよな」

 

御子柴が俺を想って合鍵を渡さないのは分かるが、他に何かもう少しこいつを普段から感じられるものがねぇかなと考えていて、ふと鼻を擽った香りに一つ思いついた。

 

「……なぁ、御子柴」

「ん?」

「おまえが普段使ってる香水教えろ。俺も使うようにするから」

「……どういう風の吹き回しですか」

 

御子柴がそう言うのも無理はない。

俺たちは昔からあまり共通の趣味がない。

服装や持ち物の嗜好も悉く違うし、分かっている範囲での日用品でもほとんど被らないほどだ。

例外は御子柴が俺の影響から覚えた煙草の銘柄だけ。

香水は正直全く興味がなかったが、こいつが身に纏う香水は昔から好きな香りだった。

十数年前に使っていたものと、今使っている物とは香りが違うが、今のも御子柴に似合っていて、ふとしたタイミングで程良く香ってくるのがいい。

 

――プロジェクトのメンバーに香水つける方がいるの? オシャレな方なんでしょうね。これ、一時期結構流行ったメンズの香水なのよ。

 

俺も気付いていなかったスーツの移り香を、女房に指摘されたときは一瞬焦ったが、メンズの香水だからなのか、浮気を疑っている様子はなかった。

 

――ああ。良く知ってるな。今のプロジェクトで絡んでる先方の会社に、旧知の後輩がいるっつったろ? そいつが愛用してる香水だ。香り残ってたんだな。

――あ、イケメンでオシャレな人だって言ってた後輩さん? そういえば、香りが残ってるのってプロジェクトで貴方が遅くなってる日ばかりかも。でも、同じチームの貴方のスーツに香りが残るなんて、結構強めにつけてるのねぇ。

――そいつに言っとく。俺個人はこの香り嫌いじゃねぇけどな。ちょっと試してみたい気もするくらいだ。

――私も。女性にも結構人気あるのよ、この香り。女性受けするメンズ香水のランキング上位に来るぐらいには。

――へぇ。あいつ結婚してねぇからなぁ。案外そこら辺意識してつけてんのかもな。

 

そんな予防線も張っておいてはある。

使い始めても、そんなに違和感を女房に感じさせずに済むはずだ。

 

「表向きは加齢臭対策とでも言っておけば、香水をつけ始めたとしてもそう不自然じゃねぇだろう。……この香り、結構好きなんだよな」

「……先輩」

「自分でもつけてれば、会ってない時でもおまえ思い出せそうだし。そん位いいだろ。移り香を気にすることもなくなるしな」

「あ……もしかして、結構残ってました?」

 

御子柴の顔がほんの少し強ばる。

そんな気はしてたけど、やっぱりこいつも気付いてなかったみたいだ。

まぁ、俺も煙草の香りの方が残ってるだろって思ってて、油断したクチではある。

 

「昔の後輩がつけてるって言ったら、あっさり納得してくれた。割りと有名なメンズの香水なんだろ? 女房が知ってた」

「うわ……すみません」

「謝らなくていい。嘘吐くときには本当のことも混ぜて話した方が誤魔化しきくしな。そもそも、男の後輩相手に手を出してる、なんて普通は思わねぇよ。で、どこの何てヤツだ?」

「……予備あるからあげますよ。ミニボトルで良ければ」

 

御子柴が俺から離れ、洗面所の方に向かったかと思うと、直ぐに小さな香水のボトルを持ってきた。

シックなデザインのボトルからして、確かに男の香水っぽいって感じはする。

ボトルに彫られているブランド名を確かめると、名前に覚えがあった。

結婚十周年に女房にねだられて買った財布が、ここのだったような気がする。

 

「いいのか?」

「合鍵はあげられませんけど、この位なら。後輩の影響でつけてみたくなったから貰ったって言い訳も出来るでしょうし」

 

正に用意していた言い訳は、とっくに見透かされていたようだ。

 

「……悪い。ありがとうな。なぁ、これ、どういう場所につけたらいいんだ?」

「ああ、俺はウエストにつけてますね。あんまり香りがしつこくならないんで」

「…………あー……なるほどな」

 

香りを強く意識するようなタイミングを思い出して、つい口元がにやけてしまう。

御子柴は気付いていないのか、俺の態度に不審そうな表情を浮かべる。

 

「先輩?」

「スラックス脱がせた時や、おまえが腰振った時に、より強く香りがするのはその所為か」

「っ!」

 

御子柴が履いているスラックスのウエスト部分に指を引っかけると、たちまち目の前の顔が耳まで赤く染まる。

ついさっきも積極的に腰振ってくれたもんなぁ、こいつ。

 

「帰したくなくなるようなこと、言うの止めて下さいって。もう今日は時間に余裕ねぇってのに」

「悪い。……けど、こんだけ俺の家と近いなら、これからはもっと頻繁に会えるな」

「…………いいんすか?」

 

こんだけ御子柴の家と近いなら、会うのはプロジェクトの会合がある日に限らなくてもどうにでもなる。

勿論、御子柴の都合にもよるだろうけど、聞いてる限りでは御子柴の帰宅時間は俺より少し早いことが多いらしいし。

 

「最悪でも、通勤帰りにちょっと顔見るくらい出来るだろ、この距離なら。ホテル代に比べりゃ、三駅分の交通費の方が遙かに安いし。……嫌か?」

「そんなわけねぇって分かってて聞いてますよね、先輩」

 

少し拗ねたように御子柴が俺に抱き付いてきたから、こっちからも腕を回す。

行為の後、まだシャワーを浴びていないからか、ほんのりと香水の香りが漂う。

 

「――御子柴」

「はい?」

「……家、教えてくれてありがとうな」

「…………ん」

 

多分、こいつの中では凄ぇ葛藤があったはずだ。

まだ少し汗が含まれている赤い髪を撫でると、俺に回された腕に少し力が入る。

煙草と香水、同じ香りを二人で漂わせるなんて、どことなく艶っぽいなと思いながら、俺も御子柴を強く抱き締めた。

 

 

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