若い時に付き合っていて、堀先輩の結婚を機に別れたけど、十数年ぶりに久々に再会したという流れの堀みこ。
御子柴が堀の配偶者&息子と遭遇してしまうターンの御子柴Side。
ショッピングモールのトイレで兜合わせからの挿入。微妙に鬱展開。
初出:2015/03/29 同人誌収録:2015/06/14(Immorality of target。掲載分に多少の修正等あり)
文字数:8832文字 裏話知りたい場合はこちら。
以前は土日と言えば、心躍る休日だったはずだけど、最近となっては俺の中での認識は堀先輩に会えない日、だ。
平日は家の近さも手伝って、再会した当初よりも先輩と会う機会は増えている。
けど、どうしたって、土日は家庭優先だ。
――悪い。流石に土日はほとんど出勤することがないから、おまえと会う時間作るのは難しい。
そういう相手だってのは十分分かっていたつもりだけど、ふとした瞬間に今先輩は何をしているんだろうかと思っては気分が沈む。
一人で過ごすことなんて、何ともなかったし、寧ろその方が気楽に過ごしてこれたのに、どうにも憂鬱だ。
それでも、最近はまだそんな状態に慣れたというか、マシにはなってきた方だ。
再会前と同じように、土日じゃないと出来ないことをやればいいって気付いてからは、意識がそっちに行って少しは楽になった。
平日だと中々出来ないことは沢山ある。
ちょっと遠出しての買い物なんかもその一つだ。
そんなわけで、日曜日の今日。
俺は一人でショッピングモールを訪れていた。
鹿島が休みなら一緒に買い物することもあるけど、今日は残念ながらあいつの方の都合がつかなかった。
ただ、フィギュアやゲームを買ったりする時は、一人の方が動きやすい。
ネット通販に頼ることも以前より増えたけど、店舗限定特典とかあると、どうしても店頭まで足を運ばないと入手が難しいこともある。
それを考えれば、今日みたいにゲームにも手を出す場合は一人で良かったかもしれない。
無事、目的のものを入手して、さらに欲しい本があったのを思い出す。
ネットで注文してもいいけど、どうせショッピングモールまで来ているなら、本屋で買って帰れば今日のうちに読める。
モール内の本屋に行って、本を探していると、ふと学生の参考書や問題集を置いているコーナーが目に入った。
本棚の片隅に、浪漫学園過去入試問題集の文字を見つけて、無性に懐かしくなる。
そういや、俺も昔買ったなぁ、これ。
鹿島なんかは、本屋でチラ見して簡単そうだったから買わなかった、なんてぬかした上に、それで入試から卒業まで不動の成績トップだったようなやつだけど、大体は入試対策にこういうの買ったりするよな。
そのまま、他の学校の過去問題集等背表紙の文字を辿っていると、視界の端で誰かがさっきの浪漫学園過去入試問題集を棚から抜き取ろうとしているのが見えた。
が、抜き取ろうとしているやつの背が低いのか、ちょっと指が震えて、棚から問題集が抜けたと思ったタイミングで、問題集はそいつの手を離れて床に落ちそうになる。
反射的に手を出して、それをキャッチした。
「すみません!」
「いや、大丈夫だ。はい、これ……」
誰かに似ている声だと思って、つい顔を見た瞬間に言葉を失った。
其処にいたのは、若い頃の堀先輩に瓜二つの少年。
背丈も面差しも、先輩がそのまま若返ったんじゃねぇかって程にそっくりだ。
――息子が一人いる。今、中学二年だ。笑っちまうくらい俺にそっくりだぞ。
先輩と再会して直ぐ位に、先輩がスマホに保存してある写真を見せてくれたことがある。
先輩が言ったとおり、よく面差しの似た息子さんが写真で笑っていて、微笑ましくなったと同時に少し切なくなった。
先輩と俺ではどうしたって子どもなんて持てないんだよなぁと実感してしまったからだ。
目の前の少年は、きっと先輩に見せて貰った写真の息子さん本人。
いや、写真なんて見てなくても、ここまでそっくりなら間違いようがない。
その子がここにいるってことは、まさか。
「おう、政弥。問題集は見つかっ…………御子柴!?」
「堀、先輩……」
「親父。え? あれ?」
今度こそ、聞き間違いようがない馴染んだ声に振り向くと、堀先輩が其処にいた。
俺たちの反応で、少年が状況を把握しかねているのか、視線をうろうろさせている。
「知り合い?」
「あ、ああ。今、仕事で昔の後輩もいるプロジェクトやってるって言ったろ? こいつがその後輩だ。――御子柴。こいつ、うちの息子。政弥っていう」
「初めまして。父がお世話になってます」
息子さんが俺に向かって、軽く頭を下げたから、俺もそれに応じる。
「初めまして。お父さんの仕事仲間で昔の後輩の御子柴実琴です。こちらこそ、お世話になっていまして。……いや、びっくりしました。ホント、先輩にそっくりですね。昔の先輩を見てるみたいだ」
改めて息子さんと先輩が並んでいるところを見ると、背丈もほぼ変わりない。
誰がどこから見ても親子にしか見えない。
「だろ? 生まれた時からそっくりだったが、年々笑っちまうくらいに似てくる」
「俺としては、御子柴さんくらいの背が欲しいところだけどな。もうちょっと背が伸びて欲しい」
「……こういう生意気な口も叩くようになってきたけどな」
先輩が息子さんの頭を軽く叩きながらのやりとりに、思わず笑ってしまう。
「まだ学生……今、中三でしたっけか? なら、まだ背伸びるんじゃないっすかね。浪漫学園過去入試問題集ってことは、息子さんは浪漫学園受けるんですか?」
「ああ。去年あそこの学園祭に連れて行ったら、受験したいって言ってな。今のところ本命らしい」
「へぇ。いい学校でしたもんね、あそこ」
「ああ。政弥、御子柴も浪漫学園出身だ。こいつ、そこでの後輩」
「そうだったんですか! 親父、高校の時どんなでした?」
昔の先輩と同じ顔で、いや、改めて見ると息子さんの方が雰囲気が幼いというか、無邪気な感じがするな。
俺が先輩と初めて会った時より、若いからなのかも知れねぇけど。
「演劇部の部長やってて、日々サボろうとする演劇部のヒーローを捕まえてはしばいてた」
「思い出すのまずそれかよ」
「いや、そりゃそうなるでしょう! 放課後の恒例でしたし」
本当は他にも思い出してる。
舞台を作り上げるのに、真摯に取り組んでいた姿だとか、親バカかってレベルで鹿島を褒めまくっていたところだとか――初めて先輩とセックスしたことだとか。
でも、まさか息子さん相手に、高校の時に先輩に手ぇ出されました、なんて言えるわけない。
「演劇部のヒーローって、鹿島さん?」
「あれ、鹿島知ってるんだ」
「うん、うちの母さんが凄いファンで。ニュースとかで出てるのを見ては騒いで――」
「貴方、政弥。買い物終わったの?」
息子さんが言いかけた言葉の途中で、柔らかいアルトの声が割って入る。
…………そうだよな。息子さんがいるってことはその母親だって、来ている可能性は当然あったわけで。
「母さん」
「ん? あら、お知り合い?」
少しカールした紅茶色の髪を左耳の直ぐ下で一つに束ね、先輩よりも少しだけ背の低い同世代の女性が俺たちの傍に近寄ってきた。
もしかして――この女性が。
「……ああ。御子柴。うちの女房の弥生だ。こっちは御子柴。前にプロジェクトで昔の後輩と一緒にやってるって言ったことあったろ?」
「ああ! イケメンの後輩さんね! 初めまして。夫から話は聞いております。堀の家内です」
『夫』。そして『家内』という言葉に胸に鈍い痛みが走る。
「香水も貴方の影響でつけるようになったとか。ごめんなさいね、何か同じ香水にしてしまったみたいで。いくら影響受けたからって、香り被らせるのも失礼じゃないのって言ったんですけど、どうしてもあれがいいってきかなくて」
「あ、いえ。初めまして、御子柴です。その、先輩にはいつもお世話になっておりまして」
慌てて会釈するも、自分が今どんな表情をしているのかを、確認するのが怖い。
俺はちゃんと普通の顔をしていられてるんだろうか。
「話には聞いていたけど、本当に惚れ惚れするようなイケメンねぇ……。鹿島さんも素敵だけど、御子柴さんもかなりモテるんでしょう。親友同士なんですって?」
――嘘を吐くには真実に混ぜておくのが一番バレにくい。だから、プロジェクトに高校時代の後輩がいるっていうのは女房に言ってある。
鹿島と俺が親友同士だっていうのも知ってるのか。
先輩は一体どこまで俺のことをこの人に話しているんだろう。
「こいつと鹿島が並ぶと、凄ぇ華やかだったぞ。……御子柴、こいつ鹿島のファンなんだわ。ニュースは勿論、バラエティに出るかどうかよくチェックしてる」
「あー。あいつ、奥様方に人気あるみたいですもんね。なるほど、その一人がここにもって訳ですか」
「ふふふ、だって素敵なんですもの、鹿島さん。あれで同世代の女性だなんて信じられない」
出来るものなら、ここから今すぐ逃げ出したい。
何も知らずに笑顔で会話を続ける奥さんに対しての、後ろめたさといたたまれなさと……どす黒い嫉妬の感情でどうにかなりそうだ。
胸の奥を掴まれたような感覚が苦しい。
そんな中、先輩が思いがけないことを言った。
「母さん、政弥。買い物終わったら、先に車に戻っていてくれないか? 普段、どうしても仕事の話しかしねぇから、偶にはこいつと茶でも飲みながら少し昔話でもしたい。……いいよな、御子柴?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
有無を言わせない口調に反射的に応じたものの、いいんだろうか。
いや、先輩がいいって言ってるんだから、大丈夫なんだろうけど。
「はいはい、分かったわ。あ、車のキーだけちょうだい」
「おう」
先輩が車のキーを奥さんに渡すと、先輩が俺の背をぽんと叩いて促した。
「行くぞ、御子柴」
「あ、はい」
「今度、家にも遊びにいらしてね」
「……機会がありましたら、是非」
何とか、顔に笑みを貼り付かせて返事をしたが、そんな日はきっとねぇなって心の片隅で思いながら、歩き出した先輩に並んでついていった。
***
「先輩、どこ行くつも……」
「いいから、黙ってついてこい」
先輩に連れてこられた方向にはお茶を飲めるような店はない。
催事場はあるけど、今日はどうやら次の催事の準備期間らしく、幕が張られていて、ほとんど人気がない。
その奥にあった、トイレにそのまま先輩が入っていく。
後を追って入ると、トイレの中には誰もいなかった。
「ちょ、うわ……っ」
その誰もいないのを確認してから、先輩が個室の中に一緒に俺を連れ込む形で入って、鍵を掛ける。
「ん……!」
そして、引き寄せられてキスをした。
貪るように繰り返されたキスに、簡単にモノが熱を帯び始める。
こんな場所じゃヤバいって思うのに、同時にあんまり人来なさそうだから、どうにかなりそうかなという思考が走り出す。
――ここまで来たら、流石に先輩の意図は理解出来てしまった。
「せん、ぱ……」
「潤滑剤持ってきてねぇから、挿入まではしないけどおまえに触りたい。ダメか?」
完全に欲情した目で見つめられて、拒める心境じゃない。
欲情しているのは俺も一緒だ。
「――いいっすよ。……俺も先輩に触りたかったんで」
腕を回して、先輩を抱き締めると馴染んだ煙草と香水の香りが漂う。
触りたいし、触られたい。
せっかく会えたのなら、少しの間だけでも先輩を感じたかった。
***
「……っ、あ……」
人の来る気配がなさそうなトイレとはいえ、ショッピングモールの中だ。
いつ誰が来てもおかしくはない。
だから、極力声は出さないようにと気をつけてはいるけど、気持ち良さに時々抑えがきかなくなる。
便座の上に座った先輩の、さらに足の上に座り、二人が向かい合うような形になって、互いの性器を重ねるように触れ合わせながら一緒に扱いていた。
こんな風にするのは随分久し振りだなんて思っていたら、先輩も同じ事を考えていたのか、耳元で低く囁いてきた。
「なぁ、覚えてるか? 一番最初にセックスした時、おまえ凄ぇ泣いて痛がったから、結局中から抜いて、こうやって裏筋擦り合わせてイッたよな」
「忘れ……るわけ、ねぇ、でしょ……うっ」
当時、いざ挿れてみたはいいものの、元々はその為の場所じゃないからか、かなり痛かった。
――い……った、痛いって、せんぱ……っ!!
こっちも痛かったけど、キツすぎて先輩も痛いっつって、中から抜いてこうやったんだよな。
それから何回かは後孔を指で慣らしつつ、こうしてちんちんくっつけて擦り合わせ、大分強ばりがなくなったところで身体を繋げた。
慣らしていくうちに、痛みはどんどん薄れていって、快感が増していった。
……そうか、あれからもう二十年以上経ってんのか。
「ん……んんっ」
「は……」
そういや、あの頃よりもちんちん黒ずんだなぁ、お互いに。
イクのに摩擦すんだから、当たり前だけど。
元々の肌の色も俺の方が白い所為もあるけど、先輩の方が色濃いよなぁ。
色の違いとか、太さの違いとかを見てると、妙に興奮する。
あとは体温。
ここに限らず、先輩の方が俺よりもちょっと高めだから、熱く感じるんだよな。
それが俺の方からすると気持ち良い。
お互いの先走りが零れて、指を濡らしていく。
気付けば、それぞれの呼吸も結構荒くなって来ていた。
「あ、あ、せん、ぱ……っ、イキ、そっ……」
「服、汚さないように……っ、手、離す、な……!」
「ん、あ、んんっ!!」
「んっ……!」
先輩が先っぽの方を包むように手を置いたから、俺もさらにその上に手を重ねた。
先輩の肩に頭を預けるようにしながら、訪れた限界には逆らわずに熱を吐き出す。
ほとんどの精液は先輩の手が受け止めてくれたけど、俺の手にも少し掛かった。
興奮が引き始めたところで確認すると、服はどうにかお互いに汚さずに済んだらしい。
呼吸を整えて、性器から手を離し、トイレットペーパーで手についた精液を拭う。
が、先輩の手はまだそこから離れないままだ。
「……実琴」
俺を見上げた先輩の目は、まだ情欲の焔が消えていない。
「中、挿れたい。ダメ、か?」
ごくり、と自分の喉が鳴ったのが分かる。
……くそ、狡い。
そんな切羽詰まったような目で見んなよ。
出したばかりの二人分の精液は、十分潤滑剤の代わりになるだろう。
最初にセックスしたばかりの頃とは違って、今はそれでも俺の身体は先輩を受け入れられるようになっている。
何より、挿れないでセックスを終わらせるということに、物足りなさを覚えるようになってしまっていた。
しっかりイッてるのに、まだ足りねぇって感覚が消えない。
何だかんだで一昨日の金曜の夜だってしてるし、挿れて出すだけがセックスじゃねぇのは分かってるけど、今は中に欲しい。
深い部分で満たされたい。
「下……脱ぐから、少し待って下さい」
先輩の肩を支えにして立つと、先輩が濡れてない方の手を使って、俺のスラックスと下着を纏めて引きずり下ろした。
脱いで、タンクの上にそれらを置いてから、再び先輩に跨がるようにする。
「ふ……っ、うあ……んん」
先輩が手に着いている精液を擦りつけるように、後孔を探っていく段階で触れられてる場所が疼く。
こんな感覚もいつ頃覚えたんだっけ。
指が中から抜かれたところで、腰を下ろしていき、先輩のモノを掴んで、宛がう。
イッてそんな経ってねぇってのに、先輩のモノはもう十分に固い。
そこは俺もお互い様ってやつだけど、俺で興奮してくれてるんだっていうことが嬉しい。
「…………っ、ん」
「…………ん」
力を抜いて、腰をさらに下ろした。
然程抵抗もなく、先輩のモノが俺の中を埋めていくのが分かる。
「ん、あ……っく」
零れる声を抑える為に手の甲で口元を塞ぎながら、軽く腰を揺らす。
先輩は声こそ出さないが、感じてるのは色気を含んだ表情と、中の感触で分かった。
心なしか、いつもより中で先輩が大きくなってる。
ホント、年単位でレスだったなんて思えない位、絶倫だよな、先輩。
――そういえば、レスって何年くらいになるんすか。
――何年……だっけな。軽く七年以上は間違いないな。
……そう考えれば、恐らく俺の方が奥さんより先輩とセックスしている回数は多いはずだ。
中で出されたことにしてもだ。
先輩の形や熱さ、セックスでのちょっとした癖も、身体が覚えている。
再会するまでは十数年会ってなかったけど、それまで付き合っていた年数はそこそこあったんだから当たり前だ。
――絶対、俺の方が先輩を知っているのに。
「ん、んん、あっ、せん、ぱ……!」
それでも、奥さんの方が正式なパートナーで、先輩との間に子どももいる。
息子さんがほぼ先輩に似ていたからまだしも、あれで奥さんの方の面影も感じられたなら、気分はさぞ複雑だっただろう。
――ごめんなさいね、何か同じ香水にしてしまったみたいで。
知らねぇくせに。
先輩と俺が同じ香水にしている意味なんか。
謝られたことが酷く癇に障った。
何であんたに言われなきゃならない。
……ちゃんと奥さんの存在は認識していたはずなのに、実際に会うのと会わないのとでは大違いだ。
奥さんの顔を知ってしまうと、この人と先輩がセックスして、子ども作ったのか、なんて想像出来てしまうのがキツい。
「みこ、と……っ」
俺の背を支えてくれる腕に力が入り、俺のモノを握る手は刺激を与えようと巧みに動く。
再び、頂きを目指して迫り上がっていく快感とは裏腹に、どこかで氷のように冷ややかな感情があった。
この人はあの女をどんな顔して抱いたんだろう。
俺に対しても見せる激しさを、あの女にも見せたりしたんだろうか。
――嫌だ、これ以上想像なんかしたくない。
したくないのに、頭の中にこびりついて離れてくれない。
快感で塗り潰して、全部忘れてしまいたいのに。
先輩と繋がっているこの一時だけでも。
「……っ、く、あ、も、ダメ……っ!!」
「…………っ!」
俺が女だったら、一人どころじゃなく、先輩の子ども持てたんじゃねぇかな、なんて馬鹿馬鹿しい想像が頭の中を巡る。
前提からして、どうしたって成り立ちやしないってのに。
でも、もしそうだったとしたのなら。
――俺は先輩と一緒に人生を過ごしていけたんだろうか。
再び、二人でイッて、呼吸を整え、キスしようとした瞬間――スマホのバイブ音が聞こえた。
音の出所は先輩の胸ポケットからだ。
思わず二人で顔を見合わせて、俺が先輩から離れようとしたら、まだ離れるなと言わんばかりに腕を引かれた。
「悪い、もうちょっとだけそのままでいろ」
「ん……」
先輩が胸ポケットにしまってあったスマホを取り出して見、何やらメッセージを返す。
……多分、そろそろ戻ってこいって奥さんからの催促なんじゃねぇかな。
結局、二回イッてしまったから、そこそこの時間経っちまってるし。
ホント、情事の名残を惜しむ間もなく、一気に現実に引き戻されたって感じだ。
先輩もスマホをしまいながら、軽く溜め息を吐いてる。
「……そろそろ、戻らなきゃですね」
「……悪い」
「ん……」
一度だけ唇を重ねてから、先輩の服を汚さないように気をつけつつ、慎重に抜け出す。
先輩がトイレットペーパーを手に取って、俺の後始末をしようと手を伸ばして来てくれたけど、その前に俺の方でそれを留めた。
「自分で出来ます。……だから、奥さんのところに戻って下さい」
「けど」
「こっちは大丈夫ですから。……先輩」
とはいえ、あまり自分で後始末するところは見られたくない。
先輩も察してくれたんだろう。
手にしたトイレットペーパーで自分のモノを拭うと、衣服を手早く整えた。
「本当にいいのか?」
「大丈夫ですって。……ここから駐車場まで結構距離あるんすから、早く行った方がいいですよ」
割りと広いショッピングモールだから、移動に案外時間が掛かる。
記憶の通りなら、ここは駐車場から軽く五分以上は歩くような場所だった。
先輩は申し訳なさそうな表情はしたけど、それ以上は後始末のことに触れてこなかった。
「……明日、また仕事終わったら連絡入れる」
「ん、わかりました。また明日」
土日は先輩と会うのは無理なのが分かっているから、連絡用のスマホは持ってきてない。
多分、先輩も同じだからそう言ったんだろう。
小さくごめんな、って言葉の後に俺の額にキスしていくと、先輩が扉を開けて出て行った。
相変わらず、近辺に他に人はいないようで、先輩の気配がトイレから消えた後は、その場が静まりかえった。
ようやくそこで一息吐いて、後始末をする為に自分の指を背後に回す。
「く…………」
さっきまで先輩が入っていた場所は、まだ指が難なく入る。
届く部分にまで指を伸ばして、精液を出来るだけ掻き出した。
放って置くことで腹の調子が多少悪くなるのは構わねぇけど、出来る範囲で後始末しておかないと、家に帰るまでに下着やスラックスに染みかねないからだ。
それは流石に困る。
可能な限り掻き出し、指を拭ったところで、一気に疲労感と例えようのない空しさが襲って来た。
「…………くそ……っ」
見上げたトイレの天井がぼやけて見えて、結局下を向く。
が、そこで限界だった。
堪えきれなかった涙がトイレの床に次々と落ちていく。
泣く資格なんかない。
哀しいなんて思っちゃいけないのに、どうしようもなく寂しい。
つい、さっきまですぐ傍にあったはずの体温は、もう今は手の届かない場所だ。
明日、また会える。
一日なんて、すぐ過ぎていくような時間だって分かっていても、哀しいし悔しい。
聞き分けのいい振りした癖に、醜い嫉妬が胸を焦がしていく。
当たり前の様に、先輩に並んで立てる奥さんの存在が腹立たしくて仕方なかった。
女になりたい、なんて思っちゃいない。
今の先輩が既婚者だって分かっていながら、横槍入れてるのは俺の方なんだし、奥さんと別れて欲しいわけじゃない。
……いや、本当は俺一人だけ見て欲しい部分はある。
でも、そんなこと言えやしない。
それがどれ程難しいのかなんて分かっている。
会社の上司の娘が妻っていう状況で、俺との関係がバレたらただ事じゃ済まないだろう。
良くて左遷、最悪会社を辞めさせられる可能性だってある。
分かっていて、先輩と関係を持っているのは俺だ。
それが苦しければ、やめろって話でしかない。
…………でも、今更離れられるわけがなかった。
「何で……っ」
俺は先輩じゃなきゃダメなんだろう。
他の誰かを好きになれたなら、こんな苦しい思いしないで済んだのに。
――うちの女房の弥生だ。
うちの、か。
理不尽だと自分で分かっていても、『弥生』っていう名前が、何より嫌いになりそうだった。
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