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Last smoking<月刊少女野崎くん・堀みこ>

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若い時に付き合っていて、堀先輩の結婚を機に別れたけど、十数年ぶりに久々に再会したという流れの堀みこ。

本編終了後の二人。

老後をすっ飛ばして人生の終焉絡みの死にネタになりますので、ご注意を。

初出:2015/03/08 

文字数:4431文字 裏話知りたい場合はこちら

 

俺の方に伸ばされた政行さんの指を取って、指輪の辺りをそっと撫でる。

緩くなってしまっている指輪に、大分痩せたなと胸が痛い。

もうあんまり身体も起こせないくらいに、衰弱してしまっている姿を見るのは辛い。

政行さんの方が一つ歳上なんだし、置いて行かれる可能性の方が高いかな、なんて覚悟していたつもりだったけど、いざ現実味を帯びてきて、政行さんが弱ってきているのを目の当たりにすると、何かの折に泣きたくなる。

代われるものなら、代わってやりたい。

 

「……実琴」

「ん?」

 

かつて、低く甘く響いた声は擦れて、聞き取りにくくなってしまっている。

聞き取りにくいのは、俺の耳も遠くなってきた所為もあるんだろうけども。

政行さんの口元に耳を寄せると、指輪をしていない方の手が俺の頬に触れた。

 

「ちゃんと迎えに来るから、自分から追ってくるとか絶対やめろよ」

「……政行さん」

「やめろよ」

 

具体的に何をとは言わなくても、どういうことを指しているのかは分かる。

妙にしっかりとした口調でやめろと繰り返された言葉に、だったらいっそ一緒に連れて逝ってくれという言葉が喉元まで出かかる。

が、どうにか其処で押しとどめた。

それをこの人は望んでいない。

 

――444日、か。

――? 何の日数だよ、それ。

 

今より少し若い頃、ふと交わした会話が脳裏に浮かぶ。

 

――俺とおまえの日齢の差。調べてみたら、ちょうどぞろ目だったんだよな。ちょっと面白いだろ?

――へぇ……ぞろ目だったのか。あんま縁起のいい数字じゃないけど。

――それを言うなよ。……なぁ、実琴。俺より先に逝くのは論外として、最低限、俺と同じだけ生きろよ。

――何だそれ。というか、自分で選べるもんでもねぇだろ、そういうの。

 

二人揃って、ちょっと大きい病気をしたり、親を亡くしたりした直後で、先々について色々考えさせられたゆえの会話だった。

 

――いいから、そういう時は黙って分かったっつっとけよ。

――……時々、理不尽っていうか、妙に子どもっぽいこと言うよなぁ、政行さん。

 

高校時代から、理不尽だなって思ったことはあったが、歳を取ってからよりそんな傾向が強くなったのは、政行さんなりの甘え方なんだろう。

そう思えば悪い気はしなかったけど、俺の方が遅く生まれた分、見送れって言ってるのも分かってしまったのが寂しかった。

一緒に連れて逝ってくれるつもりはやっぱり今でもないらしい。

けど、それがこの人の望みだっていうのなら、最後の瞬間まで一番近くで見送ってから、自分の人生を全うするだけだ。

 

「……やらねぇよ。やったら、政行さん凄ぇ怒るだろ」

「分かってるなら、いい」

「ん……」

 

乾いた唇を軽く触れ合わせると、政行さんが穏やかな目で笑った。

――それが、結局最後のキスだった。

 

***

 

昔は火葬場の煙突から煙が上っていくのが見えた、って話をしてくれたのは政行さんだったな。

幼い頃に亡くなった親戚の葬式で見た、空に昇っていく煙が印象に残ってたって言ってた。

今は何処の火葬場も煙が出ないような作りにしているから、こうして外から火葬場を眺めていても分からないし、俺が今までに出た葬式でも見たことがない。

ただ、雲のほとんどない青空は無性に綺麗で、見てると吸い込まれそうな気分になった。

煙の代わりにと、しばらく吸っていなかった煙草を取り出して、火を着ける。

久々だからか、吸うと少し咽せたが、煙を吐き出すと懐かしい香りがして、直ぐ近くに政行さんがいるような気がした。

数年前、医者に煙草を止められた時に、政行さんも一緒に止めてくれたんだよなぁ。

一人で吸っても美味くねぇからって。

そんなことを思い出していると、胸ポケットに入れた政行さんの指輪がほんのりと熱を持った気がした。

 

「……さん。実琴義兄さん」

「ん」

 

声を掛けられて振り返ると、いつから其処にいたのか、政行さんの息子、政弥がちょっと困ったように眉を顰めていた。

こんな表情をすると政行さんに本当に良く似ている。

 

「煙草、医者に止められてるのに何で」

「悪い。……これで最後だ。もう吸わねぇよ。ちょっとした手向けみてぇなもんだから」

 

大きく息を吐いて、まだ半分以上残っていた煙草を地面に落とし、爪先で踏みつけて火を消す。

ついでに、最後だって意思表示に煙草の箱ごと、政弥に渡した。

 

「実琴さん」

「悪いな。面倒ごと、全部引き受けて貰って」

 

葬式の喪主やら、様々な手配やらをやってくれたのはほとんど政弥だ。

気がついたら、色々事が終わっていて、此処にいたって感じだった。

両親が死んだ後、政行さんと養子縁組したから、一応俺は政弥の義兄って立場にはなるものの、やっぱり周囲もやらせるには実子の政弥の方にって空気だったのもある。

 

「それは別にいい。そうなるだろうって思ってたから。……実琴さん」

「何だ?」

「……大丈夫か?」

 

心配そうな表情で問いかけてきた政弥の頭をぽんと軽く叩く。

さっき、外に出るときに鹿島にも言われたな、同じ言葉。

そんなにどうにかなりそうに見えんのかよ、俺は。

 

「心配しなくても、後追ったりなんかしねぇよ」

 

そんなことをしたら、それこそ迎えに来てくれた時に顔向け出来ねぇだろ?

相変わらず澄んだ青空を見上げながらそう言ったら、消したはずの煙草の匂いが、まだ纏わり付いているような気がした。

 

***

 

あえて言うなら、長い夢を見ていた、っていう感覚がきっと一番近い。

いつか二人で入る為にと購入してあった墓に、政行さんの骨壺を収めてからの一年ちょっとは、ところどころの記憶があやふやな一方で、ハッキリとした明瞭な記憶で思い出せる日もあった。

政行さんが迎えに来てくれたのは、あの日火葬場で見上げたみたいな雲のない青空が広がった日だ。

 

「……遅ぇよ」

「そんなに待たせなかったつもりだけどな。十数年待たすことになった、あの時よりはましだろ」

「それこそ冗談じゃねぇよ。もう一度あんなに待たされてたまるか」

 

十数年ってのは、一度政行さんと別れて再会するまでの年月だ。

この一年ちょっとだって、随分長く感じたのに。

 

「そこまで待たす気は流石にねぇって。……俺が寂しくてどうしようもなくなるだろ」

「…………だったら、直ぐに迎えに来てくれたって良かったのに」

 

この一年ほど、寂しくてどうしようもなかったのは俺の方だ。

つい、そんなぼやきを返したら、苦笑いされた。

 

「あんまり早くにってのも気が引けたんだよな。おまえ、俺よりちょっと若いし、立て続けだと残った政弥が大変だろうし」

「ああ……そっか。そういうとこ、やっぱ父親だな、政行さん」

 

そういえば、政行さんの時もほとんど政弥に任せっきりになってしまった。

俺の時も間違いなくそうなる。

弟のような――実際、数十年は義兄弟だったとはいえ、あいつに負担かけちまってるんだなと今更ながらに気付く。

正真正銘血縁の政行さんとは違って、俺の方は元々は他人だってのに。

微かな笑い声と共に、腕が俺の身体に回された。

身体はとっくにないはずなのに、抱き締められた温もりも、煙草の香りも感じるのが不思議だ。

 

「そんなんじゃねぇよ。……そろそろ行くか」

「ん」

 

こうして、みんな空に溶けていくのか、なんて思考を最後に長い夢は終わりを告げた。

 

***

 

「かっきり444日後かよ。……本当はとっとと連れて逝きたくて仕方なかったんだろうなぁ、親父」

 

親父の骨が収められた骨壺の中に、実琴さんの骨も収め、一通り骨が入ったところで、親父と実琴さんが生前つけていた二人分の指輪を通したペンダントチェーンも一緒に収める。

骨に当たって乾いた音が小さく響いた。

親父と実琴さんの日齢の差が444日っていうのは聞いていたから、もしやと思ってはいたけど、まさか本当に親父が死んで444日後に実琴さんが逝くなんてな。

 

――連れてく。後は頼んだ。

 

実琴さんが逝った日の朝。

眠りから目覚める直前に、そんな声が聞こえた気がして、慌てて起きたのを思い出す。

日にちを確認して、まさかと思いながら身支度をして、リビングに向かったら、女房が実琴さんの入院先から急変を電話で知らされていたところだった。

結局、数時間後に実琴さんは親父の元に旅立った。

穏やかに微笑んでさえいた顔は迎えが来たからなんだろう。

慕っていた義兄が居なくなったのは哀しかったが、同時に少しだけほっとした。

辛そうな実琴さんをもう見なくて済むのだ、と。

親父が死んだ時もその後も、実琴さんは泣かなかった。

俺が見てないところでは泣いたかも知れないけど、哀しみを押し殺しているようにしていて、それが辛そうに俺の目には映っていたのだ。

儚い表情で遠くを見ることが増え、時折消えてしまいそうにも思えたのも堪えた。

 

――心配しなくても、後追いなんてしねぇよ。……早く迎えに来ねぇかな、くらいは正直思ってるけどな。

 

寂しそうにそんなことを口にして間もなく、実琴さんは記憶が時々混乱するようになった。

正気の時もあったけど、若い時の記憶と今の記憶がごちゃ混ぜになることが増えたのだ。

ただ、不思議なもので親や実琴さんは勿論、親戚や親の友人達も口を揃えて親父に瓜二つと言われた俺と親父を間違うことは一度もなかった。

俺が俺だと認識出来ない時はあっても、親父と混同することはなく、俺では親父の代わりにはどうしたってなれないのだと痛切に感じた。

 

――そりゃ、外見や声は政行さんそっくりでDNA凄ぇって思ったけどな。こう、空気というか雰囲気は全然違うんだよな。面白いくらいに。

 

そう言われたのは、まだ親父も健在だった時だ。

空気や雰囲気でも、全然違う、なんて言ったのは実琴さんだけだったし、その言葉に親父が嬉しそうにしていたのを覚えている。

絆ってそんなものなのかも知れない。

買っておいた、二人が吸っていた銘柄の煙草を一箱、墓前に供える。

煙草代が高くなっても、吸うのは止められそうもないなんて言っていた親父は、実琴さんが病気で吸えなくなったのを機にぱったりと止めた。

あれには心底驚いた。

そして、母さんには悪いけど、敵うわけなかったなって改めて実感したんだよな。

離婚話が出るまでは、ほとんど親父について悪く言わなかった母さんだったが、煙草についてだけはいくら言っても止めないってことをよくぼやいていたから。

そんな親父が実琴さんの為には微塵も躊躇わずに止めた。

それがどんな意味を持っているかなんて、深く考えるまでもない。

……俺には同性を好きになる気持ちは分からないけど、ふいに親父が実琴さんを優しく見つめるところも、実琴さんがそれに気付いて嬉しそうに笑うところも見るのが好きだった。

今頃、向こうで再会した二人はまた仲良く過ごしているんだろう。

 

「二人で好きなだけ吸ってろよ。もう、止めないから。……おやすみ、父さん、義兄さん」

 

一度手を合わせてから、二人が煙草吸うだろうところを思い浮かべ、墓の前から立ち去る。

微かに感じた煙草の香りが、少し目に染みたような気がした。

 

 

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