人様の久赤本にゲストで寄稿した話です。
苗字で呼ばれている攻が、受に下の名前を呼んで欲しくて行為しながら呼べってねだるの性癖です。
初出:2006年
文字数:3107文字
「……っ……あ……」
耳元に久川さんの唇が触れて、背筋を伝っていく微かな快感につい身体が震えてしまう。
繋がっている久川さんにもそれが伝わったんだろう。
小さな、でもどこか嬉しそうな呻き声が聞こえた。
久川さんと一緒に暮らし始めて数ヶ月。
こういう風に二人で抱き合うことにも、ようやく少しだけ慣れ始めた気がする。
「久……川さ…………んんっ!」
「ここ。お前弱いよな」
「や、そ……なことな……」
「感じるところは素直に感じるっつっていいんだぜ? 昌行」
「ん……あ……!」
鎖骨を甘噛みされながらも、久川さんの手が俺の中心に伸びて、緩やかに擦り上げた。
何度も肌を合わせていれば、お互いの弱い部分はおのずとわかってくる。
久川さんの手も当然俺の弱いところは覚えていて、そこを集中して責めてくるからたまらない。
まして、挿れられている状態でそんなことをされたら、俺が反撃する余地が残っているわけがない。
俺だって、久川さんを感じさせたいのに。
「久川さん……ずるい、ですよ。自分……ばっかり、そんな……っ……風に」
「…………お前もいつまで経っても『久川さん』なんだな」
「え?」
唐突にそんな風に言われたものの、よく意味がわからない。
久川さんは久川さん、じゃないのか?
俺の表情から疑問に感じたことを察したんだろう。
久川さんが少し苦笑いで応じた。
「嫁さんにいつまでたっても苗字で呼ばれるってのは、旦那としては聞いてて、ちと寂しいもんがあるんだがな」
「え……」
「武郎。今更、俺の下の名前を知らないわけでもねぇだろ。武郎って呼べよ」
「何ですか、急に」
今まで、そんなことを言ってきたことはなかった。
確かに久川さんは、俺と一緒に過ごすようになってから、俺を名前で呼んではくれるけど。
「急じゃねえよ。最初の頃はいつ名前で呼んでくれるようになるかと思ってたんだがな。お前ときたら、いつまで経っても『久川さん』だわ、敬語は崩れないわ。ナニやってる最中までそんなんじゃ、夢中にさせてやってないのかと、気になるのに決まってんだろうが」
「やっ…………そんなこと、全然な……あ……っ」
「……どうだかな」
「ちょ……久川さ…………きつ……い」
緩やかに動いていた手に力が入って、息が詰まりそうになる。
「ほら。また『久川さん』だ。……武郎って呼んだら、優しくしてやるぜ?」
「や…………そんな……こと言われ……たって……すぐには変えられ……ませ……」
「俺は数ヶ月待ったぜ? 俺にしちゃあ、辛抱強く待った方だと思うんだがな」
「んっ!」
見ていなくても、感覚で鈴口に指先が軽くめり込んだのがわかる。
甘く痺れるような悦楽に、よりその部分が充血して熱を持つのが伝わるからいたたまれない。
先走りの雫をその周囲に塗りこめられるように触られて泣きたくなりそうだ。
これで腰まで動かされたら、それこそ自分がどうなるか。
「ちょ……お願……いですから。そこ、触らない……でくださ……っ」
「その敬語もなしだ。…………なぁ、昌行。お前の中では俺は未だにただの上司でしかないのか?」
「そんなわけ……ない……でしょう……っ!」
ただの上司にこんなことなんてさせるわけがない。
余すところなく肌を晒して、足を開いて、受け入れて。
見せてないところも、触れさせてないところももう残ってないくらいなのに。
「お前が生真面目な性格なのは、俺はよくわかってるつもりだ。仕事だって何年も一緒にして来たからな。……だがな。苗字で呼ばれるのも、敬語を使われるのも何かこう……余所余所しく聞こえちまって、いい加減嫌なんだよ」
「……そんなに気にさせて……ましたか」
「ああ。だって、もうお前は俺のかみさんなんだぜ? 余所余所しいのが嬉しいわけねぇだろうが」
俺は男なのに、久川さんは『嫁さん』とか『かみさん』とかいう。
それは恥ずかしいと思う反面、甘くてくすぐったい……優しい響きだ。
言われると正直なところ、ちょっと嬉しい。
この人のパートナーなんだと、共にいられているのだということを実感できる言葉でもあるからだ。
……そうだな、俺は自分が嬉しいと思う言葉を言って貰っている。
だったら、俺も久川さんが嬉しいと思う言葉を言わないと……だよな。
「武…………ろ」
だけど、どうにも気恥ずかしくてつい視線を逸らして、聞こえるかどうかくらいの小声になったら、久川さんにごつん、と額を合わせられた。
何か、頭突きされたみたいな感じでちょっと痛い。
「俺の目ぇ見て言えよ、昌行」
「う……だ、だって……恥ずかしい」
何と言うか、こんな時の自分の顔なんてどんな風になっているかわからないから、恥ずかしくて、久川さんの顔をまともに見られない。
「言えよ」
でも、久川さんが突きつけたのはその一言。
ちら、と久川さんの顔を見ると、駄々っ子みたいに拗ねた顔。
…………ダメだ、この人には敵わない、な。
「……武郎」
決心して、今度ははっきりと聞こえるように。
久川さんの目を見て言った。
「……やっと言ってくれたな」
「え……あ……ちょ……!」
唐突に激しくされた動きに感覚がついていかない。
縋れるものが欲しかった。
ほとんど反射的に久川さんの背に腕を回して抱きつく形になる。
「武……郎」
「……ああ」
「武郎……っ」
「そうだ……っ……昌行」
「あ……ああっ!」
言霊、というのはあるんだと思う。
そんな風に一度名を呼び始めたら、感情の歯止めが利かなくなった。
抱き合っているこの人が、武郎がどうしようもなく愛しく思う。
強すぎる快感の中で、俺は何度も武郎の名前を呼んで。
可愛すぎて我慢できねぇ、とか、もう一度とか、そんな言葉が耳には届いたけれど、まともに返事も出来ていたのかどうか。
さすがに限界だ、という呟きを聞いたのを最後に意識が途切れた。
***
「…………い……痛……」
翌朝。素で足腰が立たない、というのを初めて経験した気がする。
下半身が自分のものじゃないみたいだ。
なのに。俺がそうやってベッドから起き上がれないでいるのに。
「いやー……わりーわりー。お前が可愛すぎてついやりすぎちまった。大丈夫か?」
「大丈夫……に見えますか!?」
俺より一回り年上のはずのこの人は、何でこんなにタフなんだろう。
いつもの朝と何も変わった様子が見られない。
「……世の中には、限度ってものが」
「んー、まぁあれだ。根性の問題だな、きっと。鍛え方がまだまだ足りねぇぞ、昌行」
「違う、絶対に違う……!」
自慢じゃないが、俺だって曲がりなりにも元ZAT隊員だ。
鍛え方にはそれなりに自信を持っている。
持っている……けど。根本的に武郎とは何かが違う。
そうか、ようやくわかった。
この人とパートナーとしてやっていくには遠慮なんてしていたら、こっちの身がもたないってことが。
「覚悟……しておいてください」
「あん?」
「もう絶対遠慮なんてしませ……いや、しないからな……!」
一回り年上だとか、そんなことを考えてなんていられない。
全力でぶつかっていってやる。
そうでなければ、全力で向かってくる武郎に対してかえって失礼だし、不公平なんだから。
涼しい顔で見下ろしてくる武郎を睨みつけながら、ある種の宣戦布告のようにそんなことを言ったら、にやりと嬉しそうに目元が笑った。
「おう、そうしてくれ」
でも敵わないかも知れない、と一瞬脳裏に浮かんだことは気付かないことにした。
同じ久赤推しだった漫画描きさんの本にゲストとして書かせて貰った話です。
赤江からすると久川さんは元々上司だし、赤江の真面目な気質からしていちゃいちゃするようになっても、しばらくは敬語や呼び方が変えられないだろうなーという解釈なんですが、時間が経てば待ちきれなくなった久川さんから促すだろうと思って、そこを書きたかった話。
二人の関係性がちょっと変わる瞬間いいよね……。
タグ:STAMP OUT, 久赤, R-18, pixivUP済, pictBLandUP済, 3000~5000文字, 赤江視点, ゲスト寄稿分, 2006年