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夜明けの一幕<あんさんぶるスターズ!・紅敬>

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月光浪漫絡みのネタ。紅敬の早朝デート。

いつもの如く、既に付き合っている前提で書いてます。

初出:2016/03/11 

文字数:2617文字 裏話知りたい場合はこちら

 

時刻は朝四時過ぎ。
まだ日は昇っておらず辺りは暗いままだが、俺にしてみればいつも通りの起床時間だ。
今日は紅月を中心にして演じることになった歌劇の練習で、紅月の三人、それに一緒に舞台に立つことになったメンバーのうち、守沢と南雲を合わせた五人で学院の練習室に泊まり込んでいた。
この時間なら他に起きている者はいないだろう――と思っていたが、暗闇に慣れ始めた目で部屋を見渡したところ、隣の布団で寝ていたはずの鬼龍の姿がない。
そっと布団の中に手を入れてみたが、鬼龍の体温はほとんど残っていなかった。
どうも、起きてから結構な時間が経っているとみえる。
戻ってきそうな気配もない。
一体何をやっているんだ。
身体を起こし、身支度ついでに少し探すことにし、音を立てないように気をつけながら練習室を出る。
何となくのあたりをつけて行った空手部の部室から灯りが零れていた。
やはり、ここかと覗き込んでみたら、鬼龍が歌劇で使う衣装のマントに何やら刺繍を施しているようだ。

「……貴様、寝てないのか」
「ん? おう、おはよう旦那。もうてめぇが起きてくるような時間だったか。ちっとは寝てる。夢で刺繍のデザインが浮かんできてよ。早い時間に目が覚めちまったし、これは覚えているうちに形にしとかねぇとって思ってついな」

一瞬だけ、俺に投げかけた視線は直ぐさま手元のマントへと戻る。
歌劇で鬼龍が演じるのは、他の夜警組の上役という位置づけだ。
俺を含めた残りの夜警組は日々樹と刃を交えることになり、人数が多くなる分どうしても観客の目が行きやすい。
月永と一対一で相対する鬼龍を目立たせるという目的から、少しだけ衣装には変化を持たせていた。
マントの形状がそれだが、さらに内側の部分に刺繍をということらしい。
金糸で施された刺繍は、舞台の上でマントが翻る度に人目を惹き付けることだろう。

「なるほどな」

鬼龍の背中側に回って腰を下ろし、やつの背中に自分の背を軽く預けるような形で座る。
朝の冷ややかな空気の中で、練習着越しにほんのり伝わる体温が心地良い。
背中越しに鬼龍が微かに笑った気配が伝わった。

「……珍しいな。学院内だってのに」

鬼龍とつき合うようになってしばらく経つが、アイドルという立場上、一切周囲には明かしていない。
特に学院内では、そうと察せられるような行動はしないのが暗黙の了解だ。
こうして、学院にいるときに身体の一部を触れさせるような真似はほとんどしない。
鬼龍の方はからかい交じりに抱っこしてやろうかなんて、何かの折に言ってくることもあるし、そのうちの幾らかは他意はないことが多いのも分かってはいるが、線引きは必要だ。
衣装の採寸等は別としても、俺は既にこいつの指や手のひらが自分の身体にどう触れてくるかを知ってしまっている。
うかつに思い出さないよう、予め一定の距離を保っておいたほうが無難だろう。
だが、今は。

「もうしばらくは他のやつらが起きてこないだろうからな。少しだけだ。……近く卒業すると思えば、学院内でこうする機会もなくなる」

外はほんのりと明るくなり始めていて、窓からは桜の樹が見える。
あの桜が咲く頃には、もう俺たちは夢ノ咲学院にいないのかと思ってしまったことで、感傷的になってしまったのかも知れない。

「卒業か。……この一年は特に色々あったな」
「ああ。良いこともそうでないこともあったが、どれも得がたい経験だ」

この学院に来なければ、鬼龍と逢うこともなかっただろうし、紅月も結成していなかった。
今や、何よりも大事な居場所は既に失うことを考えられずにいる。
『夢ノ咲学院の紅月』は卒業を機に形こそ変わっても、失われはしない。
鬼龍との関係もだ。
経験によって強く結ばれた絆がそれを示す。
こうして、安心して背を預けられる場所は他にない。

「そうだな。……なぁ、蓮巳の旦那」
「何……っ、ん……!?」

触れさせていた背中が離れたと思った次の瞬間、いつの間にか作業の手を止めていた鬼龍が俺の方を向いて、唇を重ねて来た。
反射的に肩を押しやろうとしたが、先程自分で口にしたばかりの、近く卒業するということを思い出して手の力を抜き、目も閉じる。
そのまま、指で鬼龍の首筋を辿って、ピアスごと耳を触ると、鬼龍の指も同じように俺の耳を撫でてきた。
重ねていた唇に鬼龍の舌先が触れて、そのまま口内に入ってくるかと思いきや、そこで唇は離れる。
その動作につい目を開けたら、微かに苦笑いを浮かべた鬼龍の顔がすぐ近くにあった。

「これ以上は、理性飛んじまうからここまでな」
「……自分からやっておいてそれか」

少しだけ惜しいという心境が、あやうく溜め息を吐きそうになったのを、どうにか理性で噛み殺す。
こつ、と軽く額同士をぶつけてきた鬼龍が、触れていたままの耳を引っ張った。

「最初に俺の背中に寄りかかってきたのは旦那だろ」
「む……」

それを言われると返す言葉がない。
確かに他の人がいないからというのもあったし、冷えた空気の中で鬼龍の温もりを感じたいと思ったのは俺だが、こっちはキスまでするつもりはなかったのに。

「てめぇが校内で気ぃ抜くなんて珍しいから、ついやっちまったんじゃねぇか」
「……ふん。貴様一人の前でなければ気など抜かん」

俺も鬼龍の耳を抗議の意を含めて引っ張ると、今度は抱き締められた。
一応、耳を澄まして他のやつらが起きてはいないだろうことを確認してから、俺も鬼龍の身体に腕を回す。
離れがたい気分になってしまうのは、きっとこの冷たい冬の空気と卒業が近いことによる感傷のせいだ。
恐らく、鬼龍もそうなんだろう。
幾度か腕を離そうとしたようだが、結局はそのままにされる。
何分ほど経ったのか、ようやく腕が溜め息と一緒に離れていった。
俺も腕を離し、少し鬼龍からも離れる。
たかが数センチの距離が妙に遠くに感じた。

「旦那」
「うん?」
「続きは歌劇が一段落ついてからな」
「ああ。そうしよう」

約束だと言わんばかりに鬼龍の小指が差し出され、自分の小指を軽く絡めてから離れて、お互いに立ち上がる。
続きがどういう意味なのかは、改めて問うまでもない。

「さて、朝飯でも作るか。蓮巳、神崎起こしてきてくれ。あいつも朝飯作りたがってたからな。でもって、もし鉄も朝飯作りたいって言ってきたら、そっちは適当な理由つけて止めといてくれ」
「わかった」

日が昇って、すっかり明るくなってきた空手部の部室を出、何事もなかったかのように、鬼龍は食堂へ、俺は練習室へとそれぞれに向かった。

 

 

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