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Indecent chat<あんさんぶるスターズ!・紅敬・R-18>

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二ヶ月ほど前に文字書きさんの作業工程を知りたいタグで書いていた話の完成形。

蓮巳にいきなりネコ耳としっぽが生えた話。

ふぁぶますのイラストとTwitterのRTで見かけたのが元ネタになっています。

ネコ耳としっぽは最高╭( ・ㅂ・)و ̑̑

完成前の状態からこれでプラス15~20時間くらいで仕上げた形です。

初出:2016/05/19 

文字数:28292文字 裏話知りたい場合はこちら

 

[鬼龍Side]

 

父ちゃんと妹が連休を利用して爺ちゃんの家に二連泊するからと、蓮巳を家に呼んで泊まらせたのが昨夜の話だ。

二人きりなのを幸いに、ここぞとばかりに恋人同士ならではの夜の楽しみ方をし、旦那に腕枕をした状態で眠ったのは覚えている。

寝る寸前まで、蓮巳の滑らかな髪を撫でていたのも間違いない。が、髪に触れているはずの指に何となく違和感があった。

毛といえば毛の感触ではあるんだが、髪とは違った――まるで小動物の毛を思わせる感触に疑問を持つ。

 

「ん……?」

 

まだ残っている眠気は押さえ込んで、どうにか目を開けた。

すぐ近くにあった蓮巳の顔はいつも通りだが、どうも何かが違う。

そのまま視線を上に向けたところで、違和感の正体に気付いた。

 

「ああ!?」

 

旦那の頭上には、髪よりも少し暗い色をしたネコみてぇな耳らしきものが二つ、ちょこんと乗っかってた。

俺の指先に当たっていたのは、この耳の部分だったようだ。

ちょっと蓮巳の髪をかき分けて、耳っぽいものの付け根部分の状態を見てみたが、どうやら飾りとかじゃなく、しっかり旦那の一部として頭から生えているもんらしい。

寝る前まではこんなもんなかった。

大体、本来の耳だってちゃんとついているし、飾りにしたって旦那はこんなおふざけをするようなタイプじゃない。

まだ寝惚けてんのかとも思ったが、それにしちゃ見た目といい、触感といい、リアル過ぎる。

 

「一体、どういうことだこりゃ」

 

その蓮巳の頭についている耳みてぇなもんを、軽く摘まんで引っ張ってみる。

何となく指先がぬくいし、引っ張ったらもう一方の耳もぴくぴくと動いた。

やっぱ、これ、耳なのか? 触れば触るほど作り物って感じがしねぇ。

耳の後ろをそっと撫でると、蓮巳が身じろいだ。

 

「ん……なん、だ、鬼龍……」

 

流石に今ので、まだ寝ていた旦那を起こしちまったらしい。

薄らと目を開けた蓮巳が少しだけ不機嫌さを含めた声を上げたが、すぐにそれが訝しげなものに変わる。

 

「……ん? 貴様、今、俺のどこを触っている?」

「……鏡見てみるか?」

 

自分の目で現状を確認して貰うのが一番手っ取り早い。

ベッドサイドにあるチェストの上に、ちょうど乗っけたままになっていた手鏡と蓮巳の眼鏡を手に取って、一緒にやつに手渡す。

蓮巳が眼鏡を掛けてから鏡を覗き込み、映し出された状態を見て目を丸くした。

自分でも頭上に手を伸ばして、耳っぽいものを触って確認している。

 

「なっ、何……なんだ、これは!」

「俺だって聞きてぇよ。何がどうなってんだ」

 

俺たちの困惑を余所に、蓮巳の頭上にある耳はぴくぴくと細かく動いて存在を主張していた。

 

***

 

とりあえず、ベッドで過ごしていても事態が変わるわけじゃなし、まずは朝飯を食おうとベッドから這い出たところで、蓮巳の旦那には耳だけじゃなく、腕くらいの長さはありそうな細い――これまたネコを思わせる、耳と同じ色をした形のいいしっぽがケツについていたことに気がついた。

旦那が着てきた服だとしっぽが上手く収まらねぇし、これが一時的な現象だとしたら、そのしっぽを通すためにわざわざ服を手直しするのもどうかと、旦那と話し合った結果、とりあえず蓮巳には俺のシャツを貸して、下半身はすっぽんぽんって状態だ。

 

――いきなり変化したのなら、同様にいきなり戻ることだって十分考えられるだろう。

 

蓮巳の言うことも一理ある。

何しろ、俺も旦那もこんな風になった理由に全く思い当たることがねぇ。

父ちゃんと妹は今夜も戻って来ねぇから、蓮巳を一日こんな格好にさせておいても、外出しない分には不都合がねぇのは幸いだった。

まぁ、大きめに出来たシャツの裾でかろうじて大事な部分は見えてないとはいえ、この下に何も穿いてねぇっていう事態は、俺としちゃちょっとばかり目の毒で、不都合といえば不都合だったが。

しっぽが動く度にシャツの裾が揺れて、旦那のケツがちらっと見えるのは、口には出さねぇがいかがわしい光景だ。

 

「……こういう形でいわゆる『彼シャツ』が見られるとはなぁ」

「あまりじろじろ見るな。落ち着かない」

「今更それを言うか? 昨夜、散々触ったし、舐めたりもしたろ」

 

蓮巳とセックスするのは月に数日ってくらいの頻度だが、肌を重ねるようになってからそれなりの時間が経っている。

指や舌で触れる場所はとっくに一通り触っているくらいだが、それを口にすると旦那が目元を紅く染めた。

 

「それとこれとは話が別だ!」

「っと」

 

ぺしりと蓮巳から生えているしっぽが、俺の身体を叩いた。

威力はねぇが、しっぽを動かした当の蓮巳も少し驚いた表情をしている。

 

「自分の意志で動かせんのかよ、それ」

「そうみたいだな。簡単に動かすくらいは、だが」

「しっぽの先っぽ丸めたりってのは出来んのか?」

「む……それはどうも上手くいかんな」

 

蓮巳のしっぽがふよふよと動き、耳もそれに合わせるようにぴくぴくしてる。

その動きがどうにも愛らしくて、緩みそうになった口元を慌てて隠した。

が、蓮巳の旦那は目敏くそれを見つけちまったらしい。

 

「……何だ。今、笑いそうにならなかったか」

「いや、何でもねぇよ。ただ、可愛いなって――」

 

可愛いと口にした瞬間に蓮巳の眉が吊り上がる。

やべぇ、これは説教コースだと思った時には遅かった。

蓮巳の手が俺の胸ぐらを掴んで引き寄せた。

もう目が据わっているし、耳としっぽの毛が逆立っている。

 

「鬼龍! 貴様、他人事だと思って!!」

「他人事だなんて思ってねぇって! 落ち着けよ!」

「これが落ち着いていられるか! そこに座れ!!」

 

朝飯の用意をするのが遅くなりそうだなと思いながら、諦めてしばし小言を聞いておくかと旦那の前に座った。

 

***

 

そんなやりとりをしてから数時間。

朝でこそ、そうやって結構強気だった旦那だが、時間が経っても一向に変化がないのにつれて不安になってきたらしく、普段よりも俺にくっついてきているような気がする。

アイドルという立場上、恋愛事情なんてどこから漏れるかわかったもんじゃねぇから、ベッドの上という例外を除けば、例え二人きりの時でもあまりベタベタしないようにしている。

いや、本音としちゃ恋人同士だからベタベタしたい時だってあるが、気が緩んでそれが普段の生活で垣間見えるようなことになっても困るというのが蓮巳の主張で、俺もその点は概ね同意だし納得もしていた。

時々、どうしても触りたくなっちまう時には触っちまうが、頻繁じゃない。

こうして二人きりで家の中で過ごしていても、旦那の方から俺にくっついてくることは稀と言っていい。

なのに、今はソファに座っている俺の膝に頭を預けて身体を丸めてる。

ベッド以外の場所で膝枕をしてやったり、して貰ったりなんて、それこそこれまでにあったかどうか。

ぱたん、ぱたん……としっぽが時折ソファを叩くように動くのが視界の端に見えて、益々ネコっぽい仕草だなと思わせられる。

この姿の旦那も中々可愛いし悪くはないが、やっぱり日常生活を過ごして行く上でこのままってわけにもいかねぇだろう。

硬派が売りになっている紅月のリーダーに、ある日いきなりネコ耳としっぽが生えました――なんて、それこそどう受け止められるか。

誤魔化す為にユニット全員で耳としっぽを付けるなんてのもお笑い種だ。

グッズ用にキャラクター化された状態ならともかく、ステージ上でそれをやらかした日には間違いなく一騒動だろう。

膝の上に乗ってる蓮巳の頭を撫でると、旦那が俺の足に手を絡めるような形で触ってきた。

 

「……どうしたものか」

「病院……に行くにも」

「どうにも気が進まん。理由が分からん以上、医者も困惑するだろうしな」

「だよなぁ。他に体調が悪ぃとかはねぇのか?」

「それはない。寧ろ、昨夜散々体力を消耗した割りには、いつもより疲れは残っていないくらいだ」

 

そういや、セックスした翌日は疲れが抜けきらねぇのか、よく日中眠そうにしているが、確かに今日はそれがない。

体調面は大丈夫だってのにはほっとしたが、対処法が不明なままだってのには違いねぇ。

二人同時に溜め息を吐いた呼吸音が部屋に響く。

 

「そっか。本当、何が原因なんだろうな」

「分からん。分からんだけにどうにももやもやする。……なぁ、鬼龍」

「うん?」

「…………いや、風呂を借りていいか?」

「ああ。沸いてるから先に入って来いよ。何なら一緒に入るか」「いい。一人で入って来る」

 

膝の上の温もりが離れて遠ざかる。

一瞬、蓮巳が何かを言いかけたのが気に掛かったが、聞きそびれてしまった。

 

***

 

俺も蓮巳の後に風呂に入ってから部屋に戻ると、蓮巳がベッドの上で横になっていたが、何をするでもなく部屋の戸口に背を向けて、しっぽだけをぱたぱた動かしていた。

いつもだったら時間を無駄にはしたくないと、俺が風呂に入っている間に本を読んだり、プレイヤーで曲を聴いてたりしているのに、珍しいこともあったもんだ。

何かをする気にもなれねぇんだろうかと思うと、少し胸の奥が痛む。

いきなり身体が予想もしてなかった方向に変化して、平然としてられるわけもねぇんだよな。

 

「旦那」

「ん……ああ、お帰り」

 

ベッドに近寄ると蓮巳が身体を起こして、こっちを振り返った。ネコ耳としっぽが同時に動く。

そのままベッドに腰掛けて、蓮巳が泊まった日の常として旦那を抱き寄せてキスしようとしたところで、いつもとは違う流れになった。

 

「……っと、待て」

「ん?」

 

旦那に近づけた口元を手で覆われて、キスは止められた。

付き合い始めてから、キスを拒まれたのなんざ初めてだ。

戸惑いが表情に出ちまったのか、蓮巳の方もしまったって顔してる。

 

「何だよ」

「あ、いや、すまん。…………もしも」

「うん?」

「もしも、この状態が接触することで感染するようなものだったら……と思ったんだ。貴様にまでこんな耳やしっぽがついたら、それこそどうしていいのか分からん」

 

困ったように蓮巳が告げてきたのはそんな内容だった。

風呂に入る前に言いかけたのも、もしかしたらこういうことだったのかも知れない。

旦那の言い分は分からねぇでもないし、こうなった理由が不明な以上は対応らしい対応ってのもこの位しか出来ねぇんだろうが、納得は出来なかった。

 

「そういう形で感染する類のもんだったら、とっくに手遅れだろ。昨日だってセックスしてんだしよ」

 

口を覆われた手を取って、蓮巳の指先に落としたキスは拒まれなかったが、旦那は首を縦に振らなかった。

 

「それは……そうかも知れん。だが、状態に改善が見られない以上、うかつなことは出来ない」

 

一瞬、泣きそうにも見えた蓮巳にそれ以上食い下がるのも気が引ける。

今の状況がしんどいのはどう考えたって、俺よりも蓮巳の方なのは間違いない。

第一、蓮巳が言い出したのだって、俺に感染するのを恐れてのことだ。

こりゃ、今日は大人しく寝るしかねぇか。

 

「……まぁ、てめぇがそう言うなら仕方ねぇけどよ。ただ、こうして抱き締めてるのはダメか」

 

蓮巳の身体を引き寄せて抱き締めると、蓮巳側からも腕を俺の身体に回して抱き締めてきた。

そのことに内心ほっとする。

 

「いや、それは構わん。……俺も触れていたいからな」

「……だよな」

「当たり前だろう」

 

俺は感染しないだろうと踏んでいるが、万が一があったとしたら、こうして抱き合っているまではまだしも、粘膜同士の接触や互いの体液が触れるキスやセックスはリスクが高い。

旦那が言いたいのはそういうことなんだろう。

そのまま、二人でベッドに横になって、せめてと手足を絡める。蓮巳は相変わらずシャツ一枚の姿だし、俺は寝るときはTシャツにパンツ一丁って状態だから、素肌が触れ合う感覚が気持ち良い。

その先に進めないもどかしさは押し殺して、蓮巳の頭を撫でた。

 

「……朝になったら戻っているといいな」

「ああ。そうあって欲しいものだ」

 

旦那が苦笑いで応じる。

耳ごと蓮巳の頭を撫でる感触は心地いいが、やっぱり不安がっている蓮巳を見るのは胸が軋んだ。

 

***

 

――彼を元の姿に戻したいかね? ムッシュ?

――……何だ? 誰だ、あんた。

 

いつからこの場にいたのか、シルクハットを被った見知らぬ初老の男が、モノクルの奥から怪しい光を湛えた視線を寄越す。

何だ、こいつ。妙に胡散臭ぇな。

日々樹のヤツをちょっと思わせるが、ヤツよりもさらに得体の知れない胡散臭さがある。

関わり合いになんねぇ方がいいだろうと、黙ってそいつの横を通り過ぎようとしたが、やつが持っていたステッキが俺の行く手を遮ってきた。

不快感に睨み付けてはみたものの、そいつには暖簾に腕押しで、ただ涼しげに笑うだけだ。

 

――言っておくが、私は君の願望を叶えてみただけだ。

――あぁ? 願望? 何の話だよ。

――彼をネコみたいだと思ったし、実際にそうだったら一体どうなるか見てみたいと考えただろう? 君たちをモデルにしたグッズで、彼がネコの耳としっぽをつけていたのを見て。

――あ。

 

男に言われて一つ思い出した。

夢ノ咲学院の有力ユニットいくつかに来ていた、ユニット毎によるメンバーのグッズ化の話だ。

俺たち紅月にもその話は来ていて、あがってきたデザインの仮案を昨日学院で見たら、俺はライオンの耳としっぽ、神崎は犬の耳としっぽ、そして旦那にはネコの耳としっぽがついていて、それぞれ可愛くデフォルメされたキャラになっており、そのキャラを使ってキーホルダーを作成するって寸法だった。

……確かに、蓮巳はネコのイメージがあんなって思ったし、実際の蓮巳にこんな耳やしっぽがついたなら、どんな風になるか見てみたいもんだなんて、ちらりと思いはしたけども。

 

――思い出したかね?

――思い出したが、ありゃ願望っていうか、ちょっとどうなるか見てみてぇって思っただけだぞ。

――そうかい? でも悪くもなかったろう? 

 

今日一日の流れを思い出して、まぁそりゃなと一瞬だけ思ったが、慌てて頭を振る。

確かに耳もしっぽも蓮巳の旦那に似合っていて、何かの拍子に動く様が可愛いと思ったのは否定しない。

けどそれ以上に、時間が経つにつれて口にはせずとも不安がって落ち着きのない蓮巳を見るのは、俺としてもあんまり良い気分はしなかった。

何の前触れもなしに身体が変化して、不安にならねぇやつもいないだろう。

 

――否定はしねぇが、やっぱり元の旦那が一番に決まってんだろ。てめぇがやったってんなら、当然元にも戻せんだよな?

――いや、私には無理だな。

――……何だと、てめぇ。

――待ちたまえ。話はまだ終わっていない。胸ぐらを掴んだ手を離してくれないか。君には戻すことが出来るのだから。

――俺が?

 

意外な言葉に首を傾げる。

何で、そこで俺が出て来るんだ?

 

――そう。あの状態は君たちがセックスすればちゃんと元通りに戻る。

――はぁ? 何だよ、そんだけで戻るのか。だったら――。

――ただし。それには彼の中にそのまま出さなければならないという制限がつくけどね。

――待て。ナマでやれっつうことか? そりゃ、旦那の負担が大きくなんだろ。

 

普段、俺たちがセックスするときには、きっちりゴムを使っている。

男同士でするときには、受け入れる側の中にそのまま出しちまうと、後始末が大変だったり、腹も下したりすることがあるって話だし、もし何か病気になったりなんかしたらもっとまずいから、そこら辺はしっかりと線引きをしてる。

けど。

 

――ナマでやりたいと思ったことがないとは言わないだろう?――…………それも俺の願望からだって言うつもりかよ。

 

目の前の男に軽く殺意が湧いてくる。

つくづく余計な真似しやがって。

 

――どうかな。まぁ、これについては君だけのせいじゃないかな。

――あぁ? もったいぶった回りくどい言い方してんじゃねぇよ。

――安心したまえ。心配事の諸々は必殺ご都合主義というやつで、全て解決する。君たちは何の心配もせず、心ゆくままに束の間、ナマでのセックスを楽しむだけでいい。

――ようするにナマでやれば、本当に旦那が元の姿に戻れるってことでいいんだな?

――ああ。そこら辺の心配はない。

――わかった。戻らなかった時はただじゃおかねぇ。

――ふふふ、怖いねぇ。

 

全く怖れてなんていなさそうな表情で受け流した上に、呑気に下卑た手つきをした男を、出来るものならその場ではっ倒してやりたかった。

 

***

 

「……朝から大胆だな、旦那」

 

俺が目を覚ましてすぐに、旦那が俺の身体の上に乗っかってきた。

お互いに朝立ちで固くなってるモノが擦れ合う。

どうやら、俺が起きる前にこっちの下着を脱がされていたらしい。

蓮巳の頭上では、相変わらずくっついたままのネコ耳がぴくぴく動いていて、その耳ごと頭を撫でてやる。

 

「戻り方が判明したからな。貴様の家族が帰ってくる前に元に戻りたいし、そうでなければ家にも帰れん」

「ってことは、てめぇの夢にもあの変なやつが出たって事か」

 

半ば確証を持って尋ねたそれに、蓮巳が頷いた。

 

「妙に得体の知れない男だったな。……貴様も余計なことを考えてくれたものだ」

「ほんのちょっと頭の中で想像したくらいでこんなことになるとか、誰が思うんだよ」

「それについては同意する。だから、今回の件について貴様を責めるつもりはない」

 

小言を述べるでもなく、思ったよりもあっさりと言い切った蓮巳に、一瞬だけ覚えた違和感はキスで掻き消される。

旦那の方からキスしてくるのも珍しいが、舌を自分から入れてくるのはさらに珍しい。

多少のぎこちなさはあるが、互いに気持ち良いツボはとっくに押さえているのもあって、蓮巳の舌の動きは素直に快感を引き上げてくれる。

 

「ん……」

「ふ……っ」

 

ただ、旦那が積極的なのは嬉しいが、どうも何かが頭の隅で引っかかる。

セックスしたら元に戻れるって事情はあっても、それだけじゃねぇ何かがありそうだ。

とはいえ、その理由が何から来るのかまでは分かんねぇ。

勘で他の何かがあるような気はするんだが。

 

「……蓮巳。どうかしたのか?」

 

分かんねぇなら聞いてみるのが手っ取り早い。

だから、唇が離れたタイミングでそれだけを口にしてみたが、蓮巳が訝しげに聞き返してくる。

 

「どうって……聞いてないのか?」

「? 聞いてないって何をだ?」

 

どうも通じてねぇなと思ったが、蓮巳には何か心当たりがあるらしく、微かに眼鏡の奥の瞳が動揺で揺れる。

ややあって、旦那が俺から目を逸らし、小さな溜め息が聞こえた。

 

「言わないのはフェアではないな。貴様が願望を叶えられたように、俺もあの男に願望を叶えられている」

「何だと?」

 

どうやら、俺だけの話ではなかったらしい。

とはいえ、旦那の方の願望がどんな内容かは今の言葉だけじゃ分からねぇ。

蓮巳の場合は何だったというのか。

 

「ああ。俺の願望は……貴様に見合う体力が欲しいということ。そして、出来るものなら直接繋がりたいということだった」

「旦那」

 

――君だけのせいじゃないかな。

 

そんな風に夢であいつが言っていたのはそういうことか。

そういや、昨夜も前日のセックスの疲れは残っていないぐらいだと口にしてた。

確かに旦那と俺での体力差ってのはあるが、俺は自分の方が一般的な基準から離れた、言わば規格外の体力だってくらいは一応自覚してる。

蓮巳だって取り立ててひ弱な訳じゃない。

少なくとも数々のライブをこなしていけるくらいの体力はあるし、そうでなければアイドル稼業なんてそもそも務まりゃしねぇ。

けど、セックスの際には受け入れる側になる蓮巳の負担が大きくなるのは分かっているし、実際、幾度も抱き合ってきたことで、した後は消耗が激しいのも知っているから、無茶はさせない範囲で、でもちゃんと気持ち良くさせてやりたいってのはあった。

偶に思う存分、それこそお互いの精魂尽き果てるまで抱きたいと思うこともあるが、蓮巳に無理をさせてまでしたいものじゃねぇし、アイドルって立場や今の状況を考えたら、うかつに尾を引くような真似も出来ないって事情だってある。

だから、残念に思う点があったとしてもそれは本当にちょっとした部分で、自分の中では納得しているんだが、蓮巳はずっと気に掛けていたらしい。

 

「……なぁ。俺は旦那とするのを不満になんて思ってねぇぞ?」

 

想い人と心を通わせ、肌を重ね合わせ、同じ時間を過ごせる幸せの前には些細なことでしかない。

旦那の両頬を手で包むように触れたら、旦那の方も俺の頬に指を伸ばしてきた。

 

「分かっている。こう言えば、貴様がそう返してくれるだろうことも予想はついていた。ただ、俺が気に掛かっていただけだ」「蓮巳」

「貴様が俺を気遣ってくれるのと同じだ、鬼龍。俺だって貴様に心置きなく触れて欲しい」

 

俺の頬に触れてきた手が優しく輪郭を辿っていく。

 

「だから――今日は貴様がしたいようにすればいい。今の状態の俺ならいくらでも応えてやれるはずだ」

 

いくらでも、の一言についごくりと喉が鳴った。

蓮巳の視線はとっくに熱を孕んでいて、欲情しているのを隠せないでいる。

触れ合っている下半身がより熱くなっていくのを自覚した。

昨夜していない分も蓮巳に触れたい。

全身で体温を感じて、肌の感触を確かめて、中の熱や締め付けを愉しみながら、旦那をよくしてやりたい。

俺だけが知っている甘い声や、縋り付いてくる腕が欲しいし、旦那の隅々まで俺を刻みつけてしまいたい。

 

「……知らねぇぞ。いくらでもって言ったからには、音を上げんなよ。腰が砕けるまで抱くからな」

「望むところだ」

 

誘惑を撥ね除けられるほど、こっちだって聖人君子じゃねぇ。

頬に触れていた手を蓮巳の腰に伸ばし、指先だけで擽るように触ると、目の前の顔が艶っぽさを増したから、今度はこっちからキスを仕掛ける。

口の中はさっきキスした時よりも、心なしか温度が上がっているような気がした。

 

***

 

「そのまま、自分で挿れられるか?」

「ああ」

 

しっぽがあるから、正常位だと少し邪魔になるかと思ったのと、旦那が自分で動くって言ってきたから、騎乗位の体勢で正に今、旦那が俺の上に乗っかり、腰を落とそうとしていた。

 

「……んっ、あ……は」

「く……」

 

旦那が腰を落として、俺のモノを付け根まで中へと迎え入れた。ゴム無しで直接感じる蓮巳の中は熱く、孔の周囲と中に塗りたくってあったローションも蓮巳の体温を移していて、幹を伝って滴り落ちてくる様に、ついこっちまで声が漏れちまう。

旦那の少しひやりとした玉袋が腹に乗っかった拍子に、しっぽが動いたのが見えた。

手を伸ばして、旦那のしっぽの先っぽを握ると、中が軽く締まる。

 

「あっ」

「ん? こうやって触るの気持ち良いのか?」

「まっ、ちょ……うあ」

 

しっぽを指で弄びながら、付け根の方まで手を滑らせ、旦那のケツとしっぽの付け根を一緒に撫でると、内側がびくびくと収縮を繰り返す。

ここ、結構くるみてぇだな。

昨日は気付かなかったが、しっぽが性感帯ってのも、中々粋な計らいじゃねぇか。

そういや、このしっぽの太さって蓮巳のモノに近いな。

どうせ、消えてなくなるものなら今のうちに目一杯触っておくに限る。

 

「蓮巳。しっぽだとどこが一番気持ち良いんだ?」

「知ら、ん……っ。手を、離せ……っ、鬼龍。俺が動けな……」「ってことは、動けなくなるほど気持ち良いのか、ここ」「っ!」

 

その拍子に中がキツく締まった。

言葉にしなくても、図星だって言っているようなもんだ。

モノを扱くときぐらいの強さでしっぽの付け根を握って扱きつつ、もう一方の手でケツとしっぽの付け根周辺の肌を撫でていくと、蓮巳が俺の腹に手をついて掠れた声を零した。

ぽたりと胸元に落ちてきた汗も、余裕のなさを物語っている。

 

「あ、あ」

「ほら。ちゃんと動かねぇと俺が先にてめぇをイカせちまうぞ?」

「く……っ!」

「ん!」

 

歯を食いしばるような音が聞こえた直後、蓮巳が腰を少し浮かせ、直後に勢い良く落とした。

派手に鳴った水音と強めの振動が背筋を震わせる。

今の一撃はかなりヤバかった。

けど、ヤバかったのは俺だけじゃなく蓮巳もだったようで、腹に置かれている手から震えが伝わってくる。

旦那のこういうとこが負けず嫌いだよなと思う一方で、凄ぇ可愛くてたまんねぇ。

旦那の太股を手のひらで軽く擦ってから、股間も撫でる。

内部に次いで熱くなっている場所が快感で震えたのを見て、つい口元がにやけていくのを自覚した。

 

「……いい眺めだな」

「う、あ、触る、な……」

 

先走りを零している鈴口をぐりぐりと親指で刺激してやりながら、旦那の幹を握る。

 

「したいようにしろって言ったのは旦那だろ? 俺は旦那が感じてるとこを見たいし、気持ち良さそうに上げる声を聞きたい」「きさ、ま……っ」

「だから、聞かせて貰うぜ、旦那……っ」

「ちょっ……、待て、き……りゅっ、んん!!」

「んっ!」

 

蓮巳のモノとしっぽをそれぞれ同時に握って、同じような力加減で扱くとあっさりと旦那がイッた。

旦那の腹と俺の腹にぱたぱたと掛かった精液に、危うくこっちもイキそうになったのはギリギリで堪える。

イッたばかりで呼吸を乱している旦那の背を支えて、上半身を起こして向かい合わせになった。

その状態で旦那を強く抱き締めると、二人の腹の間で蓮巳のモノが再び固さを取り戻していくのが分かる。

 

「待てと……っ、言ったのに、貴様という、やつは……!」

「全然想像してなかった、なんて言わせねぇぜ? 俺がどう動くのが好きかなんて、おまえとっくに知ってんだろ?」

「ふ、う」

 

蓮巳の鎖骨をなぞるように舌を這わせたら、目の前の喉が上下したのが見えたのに興奮が増していく。

噛みつきたいって衝動のままに首に歯を立てかけたところで我に返った。

いくら、セックスで中に出すことで旦那が元の姿に戻れるとは言っても、そりゃネコ耳やしっぽについてだけで、情交の痕跡はおそらく残るだろう。

だとしたら場所がまずい。

ここじゃ人に見つかる。

 

「……っ、首、はダメだ……が、肩や腕な……あっ、あ!!」「くっ」

 

蓮巳が言い終わらねぇうちに肩に噛みついた。

旦那が背を仰け反らせた拍子に中がキツく締まって、こっちまでその衝撃に声をあげちまう。

なんせ、普段のゴム着けてやってるのと違って、直接繋がっているから気持ち良さはいつも以上だ。

蓮巳の爪が俺の背に食い込んで来たのが、さらに快感を引き上げる。

甘さを含んだ声と吐息が、耳に気持ち良く馴染んで、身体の奥底へと溶けていった。

ライブで歌い上げる旦那の声も好きだが、こんな俺しか知らない声は格別だ。

 

「き、りゅ……っ」

「痛かったか?」

 

蓮巳が首を振って否定する。

今、背中に食い込んだ爪が俺の快感を引き上げたように、俺が蓮巳の肩に噛みついたのもこいつの悦楽の後押しになったんだろう。

噛みついた場所は赤くはなっていても、流石に傷つけるまでのものじゃねぇ。

歯形がついた場所にリップ音を立てながらキスしていくと、蕩けた表情で涙を浮かべ始めた旦那が可愛い。

もう少しゆっくり反応を楽しみたかったが、そろそろ我慢も限界に近付いていた。

 

「旦那。思いっきり突きたい。体位変えていいか?」

「ん……」

「俺に掴まれ」

 

旦那が俺の首に腕を回してしがみついたところで、旦那の頭を支えつつ寝かせる。

が、ふと思い立って頭が枕につく前に、もう一方の手で枕を引っ張って手繰り寄せ、蓮巳の腰の下に滑り込ませた。

 

「あ……」

「これでしっぽも潰れねぇで済むだろ」

「なるほど、考えた、な」

「じゃ、動くぜ……っと」

「ふっ」

 

旦那の腰を両脇から掴んで揺さぶり始める。

腰の下に置いた枕で挿入してる角度がいつもと少し違っているのと、一度イッてて中が柔らかくなってるからか、思っていた以上に動きやすく、つい腰を動かすスピードが速くなっちまう。

 

「あ、ちょ、きりゅ……っ、強……うあ!」

「っ!!」

 

蓮巳が俺の太股と腰に爪を立てて、引っ掻いた。

加減出来なかったのか、結構本気で痛い。

ちらりと太股の方を見たら、指五本分の引っ掻き傷が出来ていた。

けど、そんなんになったってことは、蓮巳の方がかなりキツかったんじゃねぇかと、どうにか残ってた理性を総動員させて動きを止める。

 

「っと、悪い。動きやすかったからつい。大丈夫か?」

「平気、だ。が、背中……」

「ん? ……ああ、これでいいか」

「ん……」

 

俺の背中にしがみつきたいって意味だととったから、身体を寄せると蓮巳がほっとした表情で背に腕を回してきた。

旦那がちゃんとしがみつけたところで、再び抽挿を始める。

 

「あっ、や、あ、そ、こ……っ!」

「ここら辺、旦那弱ぇよな。あと、奥も反応いいっ……」

「あ、ああ!」

 

流石にもう動きを止める余裕はない。

深いとこも浅いとこもガンガン突き上げていくと、触れている部分の肌がさっきよりも汗ばんで熱くなっていった。

ぱた、ぱた、と布を叩くような音が耳に届いたのは、多分しっぽがベッドを叩いているからなんだろう。

目の前にあるネコ耳もぴくぴくしてる。

 

「はす、み……っ!」

「う、あっ……ひあ!!」

 

一際強く奥に叩きつけるように腰をぶつけて、旦那の中に熱を吐き出す。

旦那の方も同じタイミングでイッたのが、すぐに触れてる腹で分かった。

吐き出した熱の残滓を絞り取るように蠢く中に、再び突き上げたい欲望が頭をもたげ始める。

 

「きりゅ、う」

「続けて平気か?」

「ああ。……ん、う」

「中に出してもすぐには消えねぇみたいだな、この耳」

 

ネコ耳の縁を甘噛みすると、蓮巳が足を俺の腰に絡めて来た。

この耳は音は聞き取れてねぇみたいだが、触覚はちゃんとあるらしく、気持ち良さそうな喘ぎが零れる。

 

「……ならば、消えるまで……っ、続けてすれば、いい」

「当然、そのつもりだぜ?」

「……は、あ、んあっ」

 

旦那側から腰を揺らして来たから、その動きに合わせて俺も腰を動かす。

ローションと精液でぐちゃぐちゃに濡れた旦那の中が凄ぇ気持ち良い。

直接触れてることで形や体温が分かりやすく伝わってくる感覚に、蓮巳の感覚もゴム着けてる時と違ってたりするんだろうかなんて思いながら、色っぽく喘ぐ旦那の唇を塞いだ。

 

***

 

翌日の昼休み。

ユニット練習の為という名目で借りていた練習室で、旦那が床に座っている俺の太股に頭を乗せて、飯も食わずに寝転んでいた。

あのネコ耳もしっぽも、まるで幻だったかのようにすっかり跡形もなく消え失せている。

昨晩、父ちゃんと妹が帰ってくる前に元の状態に戻って、体裁を整えたはいいものの、ネコ耳やしっぽが消えたのと時を同じくして増幅していた体力の方も失われたらしく、蓮巳は自宅に帰るまでの元気はなく、結局もう一晩家に泊まっていった。

力尽きるまで情を交わした影響は今日になってもしっかりと残っていて、午前中の蓮巳は教室では去勢を張っていたようだが、流石に昼休みで限界が来たらしい。

昼休みになるや否や、インスタントメッセージで練習室に呼び出されての今の状況だ。

俺以外の誰にも状態は悟られたくないらしく、練習室も内側から鍵を掛けてあるとはいえ、旦那がこんな風に学内でくっついてくるなんて雨でも降るんじゃねぇだろうか。

そんだけしんどいってことなんだろうけど、こうやって甘えてくれるのは嬉しかったりもする。

 

「くそ……どうせなら、体力は今日だけでもいいから残しておいて欲しかった」

「まぁ、あの男が言っていた通りなら、理屈としては体力もネコ耳やしっぽと一緒に消えるのは仕方ねぇんだろうけどな。蓮巳、ちょっとは食わねぇと、それこそ午後がもたねぇんじゃないのか」

 

一緒に登校するついでだからと二人分作ってきた弁当はまだ手付かずだ。

寝っ転がったまんまの旦那は勿論、旦那の頭上で食うわけにもいかねぇから、俺も昼飯を食えてない。

昼休みが終わるまで二十分切っている。

今日は体育の授業がないのが幸いだが、こりゃ今日は放課後になってもユニット練習はまともに出来そうにねぇな。

ミーティングメインで終わりそうだ。

 

「分かっている。が、あと少しだけ休ませろ。横になりたくて仕方なかったんだ」

「ああ。けど、ちょっとだけ体勢変えていいか?」

「ん?」

 

旦那が俺の言葉で頭を起こしたところで、俺も旦那の隣で横になり、腕を差し出した。

その腕に旦那が頭を乗っけたところで、もう一方の腕で蓮巳の身体を引き寄せる。

制服越しの体温は直接肌を合わせる時のような熱さはねぇが、優しい温もりが伝わってくるのが心地良い。

旦那が少し困ったように笑った。

 

「……こんなことをされると教室に戻りたくなくなるんだがな」「五分だけだ。俺としちゃ午後の授業をサボってもいいんだが、旦那は困るだろ?」

「ああ。というか貴様にもサボらせるわけにはいかん。……五分で起きるぞ」

「おう」

 

誤算はその五分の間に二人揃って熟睡してしまったことだろう。主に蓮巳の普段の行いが功を奏して、午後の授業に出そびれたのはユニット練習に集中しすぎて気付かなかったからという言い訳は通じたものの、授業をサボった試しのなかった旦那は渋い顔だ。

放課後、改めてユニット練習の為に戻ってきた練習室で、神崎が来ねぇうちにとぼやかれた。

 

「五分だけだと言っただろう」

「寝ちまったのは旦那もじゃねぇか」

「そもそも、貴様が腕枕なんぞしてくるから――」

「なぁ。人を練習室に呼んで最初に膝枕させたのはどこの誰だよ?」

 

流石にそこまで言ったところで蓮巳が黙り込んだ。

旦那も自分のぼやきが八つ当たりだとは分かっているんだろう。ややあって、蓮巳が溜め息交じりにポツリと呟いた。

 

「…………やはり、学院内で容易に触れ合うべきではないな。どうしても気が緩む」

「旦那」

「学院内では必要以上の接触は避けるぞ。下手に勘ぐられて関係が露呈した日にはそれこそ目も当てられん」

「蓮巳」

 

元々、蓮巳と付き合い始めた頃に関係を表沙汰にしねぇように、二人きりだろうと学院内や外じゃ必要以上の接触はしねぇって決めた話ではあった。

この数日が例外だったってのは十分把握している。

ただ、今まで通りに戻るだけだと分かっちゃいたが。

 

「情けない声を出すな。……貴様との関係を終わらせたくないからこそだ。って、おい鬼龍!」

 

いざ戻るとなると、急に寂しい気分になった。

ほぼ毎日の様に顔突き合わせといて、それもねぇだろとは思うが、理屈じゃ理解出来ても感情が追いつかねぇ。

堪らず旦那を抱き締めると、俺を撥ね除けようとしてきたが、腕を緩めてやるつもりはない。

本気で力を籠めれば、そう簡単に振り払えないと分かっている。

 

「今日くらいはもうノーカンでいいだろ。どうせ、あとちょっとしたら神崎も練習室に来るからこんなん出来ねぇし」

 

だから、あと少しだけ名残を惜しませて欲しい。

 

「……今日だけだぞ」

 

蓮巳が抵抗をやめて、腕の中の力が抜けた。

子どもでもあやすかのように髪を撫でられて、つい口元が緩む。

こっちからも、もうネコ耳のあった形跡が残っていない蓮巳の頭を撫でて、触り心地の良い髪の感触をしばし楽しんだ。

やっぱりネコ耳やしっぽなんてなくても、旦那は可愛いなんて思いながら。

 

[蓮巳Side]

 

「ああ!?」

 

鬼龍の奇妙な叫び声に意識が覚醒した。

布団の中がいつもより暖かい……と思ったが、それもその筈。

昨夜は鬼龍の家に泊まり込んで、一緒に寝ていたからだ。

父親と妹が親戚の家に行っているからという誘いに断る理由もなく、やつの家族が帰ってくるまでは一緒に過ごそうと、学院の帰りにそのまま鬼龍の家に来た。

まだ起き抜けだし、寝惚けてでもいるのかと、もう少し寝ようと思ったが。

 

「一体、どういうことだこりゃ」

 

混乱したような声に続いて、俺の髪を引っ張っているような感覚が伝わった。

ただ、妙なのはそれにしてはどうも位置が微妙に合わないような気がする。

次いで頭を撫でてくれたが、それも少し感覚がいつもと違うように思えた。

とはいえ、まずは起こされたことに対して文句を言おうと目を開ける。

 

「ん……なん、だ、鬼龍……」

 

眼鏡を掛けてないからぼんやりとしか鬼龍の顔が見えないが、妙に緊張しているような気配は伝わってくる。

相変わらず俺の頭を撫でているようだが、やはりどこかおかしい。

頭にしては記憶にあるよりも位置が上だし、何かが頭についているような感じもする。

帽子を被っているのと近いが、どうもしっくりこない。

 

「……ん? 貴様、今、俺のどこを触っている?」

「……鏡見てみるか?」

 

鬼龍が起き上がってごそごそと音を立てたから、俺も身体を少しだけ起こす。

やつが俺の眼鏡と鏡らしきものを手渡してくれたから、一緒に受け取り、眼鏡を掛けてから鏡を見た。

そこに映っていたのは当然俺だが――あるはずのないものまで映っていた。

頭の上にはネコの耳のようなものが二つくっついていて、思わず手を伸ばす。

耳のようなものを引っ張ってみたが、それは外れるでもなく、寧ろ自分の身体の一部のように、ちゃんと引っ張ったという感覚がある。

しかし、人間にネコ耳が生えるなど有り得ん。

一体何がどうしてこうなった。

 

「なっ、何……なんだ、これは!」

「俺だって聞きてぇよ。何がどうなってんだ」

 

二人揃って寝惚けているわけでもなさそうで、頭を抱えるしかない。

尻の辺りにも違和感があったのは気のせいにしておきたかった。

 

***

 

青天の霹靂とは正にこのことだ。

尻の違和感は結局気のせいではなく、こっちにもネコのしっぽのようなものが生えていて、再び驚く羽目になった。

耳はともかく、しっぽは服を着るのに邪魔で、鬼龍が俺の服を手直ししようかと言ってくれたがそれは却下した。

いきなり変化したのなら、いきなり元に戻る可能性も十分に考えられたからだ。

そうは言っても裸で一日過ごすわけにもいかず、とりあえずは鬼龍のシャツを借りている。

下には何も穿いていないのが落ち着かないが、しっぽがある以上収まりがつかないし、大きめのシャツでかろうじて股間は隠せたから、一先ず妥協することにした。

鬼龍の家族が今日も帰らないのは幸いだったと言える。

鬼龍だけならともかく、流石に他の誰かに見せられるような格好ではない。

 

「……こういう形でいわゆる『彼シャツ』が見られるとはなぁ」「あまりじろじろ見るな。落ち着かない」

「今更それを言うか? 昨夜、散々触ったし、舐めたりもしたろ」

 

しれっと言い放った鬼龍の言葉に、つい昨夜の行為を思いだしてしまい羞恥が襲う。

確かに今更と言えばそうかも知れないが、日中にあまりその手のことに触れて欲しくない。

鬼龍の方は平然としているが、俺の方は鬼龍と肌を重ねるようになって以降は、時々衣装の採寸や着付けで他意なく触れられる時にさえ、必要以上に意識してしまうことがある。

だから普段の生活では、極力性的な話題や接触を表立ってしたくないのに、こいつときたら。

 

「それとこれとは話が別だ!」

「っと」

 

尻に注がれている視線を遮るつもりで、しっぽをこのまま動かせればと思ったら、しっぽで鬼龍を叩けてこっちが驚いた。

ネコ耳が動いている、しっぽが動いていると言われても意識して動かしていなかったから、自分の意志ではどうにもならないものだと今の今まで思っていたのに、どうも簡単な動作くらいなら出来たようだ。

 

「自分の意志で動かせんのかよ、それ」

「そうみたいだな。簡単に動かすくらいは、だが」

「しっぽの先っぽ丸めたりってのは出来んのか?」

「む……それはどうも上手くいかんな」

 

鬼龍に言われたようにしっぽの先っぽを丸めてみようとするが、それは丸まろうとする以上の先の段階へは進めない。

足の中指や薬指を動かすような感覚に近いだろうか。

簡単な動きは出来ても、複雑な動きとなると難しい。

諦めてしっぽから視線を離したところで、鬼龍が口元を覆い隠したのが見えた。

隠す寸前、微かに笑みを浮かべていたような気がする。

 

「……何だ。今、笑いそうにならなかったか」

「いや、何でもねぇよ。ただ、可愛いなって――」

 

可愛い?

男にネコ耳やしっぽがいきなり生えたのが可愛いだと!?

このせいで服さえまともに着れない状況だというのに、のんきに可愛いなどと!

頭に血が上って、つい鬼龍の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 

「鬼龍! 貴様、他人事だと思って!!」

「他人事だなんて思ってねぇって! 落ち着けよ!」

「これが落ち着いていられるか! そこに座れ!!」

 

可愛いなどと抜かした相手にはたっぷり小言を食らわせてやろうと、目の前に鬼龍が大人しく座ったところで早速口火を切り、互いの腹の虫が鳴るまではそのまま説教を続けていた。

 

***

 

そんな驚きの朝から半日近くが経過した。

いきなり身体が変化した以上は、いきなり元に戻ることも有り得ると思っていたが、時間が経っても戻るような気配はない。

昨夜眠りについてから、起きるまでの時間の間に変化したと考えれば、その倍の時間は既に過ぎている。

こうなると、いつまでこの状態が続くのかが流石に怖くなってきた。

こんな格好では外に出られないという事情もあったが、一人になるのが落ち着かないから、つい鬼龍の傍から離れられずにいた。

今もやつに膝枕をして貰っている状態だ。

普段なら、ここまで鬼龍にくっついたりはしない。

鬼龍とは恋仲と言える間柄になってからしばらく経つが、アイドルである以上恋愛事情を表沙汰にするわけにもいかないし、まして俺たち紅月は硬派であることを全面に押し出して活動しているユニットだ。

何かの拍子にでも恋仲であることを匂わせるわけにはいかないから、セックスの時は別としても、普段は下手に勘ぐられるようなことがないように振る舞っている。

二人きりの時でもだ。

慣れから油断して、普段の生活に出るようなことがあってはならない。

鬼龍はどうか分からんが、俺の方はそうやって一定の線引きをしておき、自分自身を律する必要があると考えていた。

 

――そこまでしねぇでも、大丈夫だと思うけどな。

 

それを告げた時、鬼龍も残念そうではあったが、反対はしなかった。

だから、恐らく鬼龍の方も今日の俺の様子をおかしいとは思っているだろうが、心境を察してくれているようで何も言わない。時々、今みたいに慰めるように頭を撫でてくれるだけだ。

俺も鬼龍に触れたくて、鬼龍の膨ら脛に絡めるようにして手を伸ばす。

 

「……どうしたものか」

「病院……に行くにも」

「どうにも気が進まん。理由が分からん以上、医者も困惑するだろうしな」

 

下手な騒ぎを起こすのも御免被る。

英知に頼めば騒ぎにならないよう手を回してはくれるだろうが、それを実行するのも気が引けるし、鬼龍からしたら良い気分もしないだろうと察しもつく。

 

「だよなぁ。他に体調が悪ぃとかはねぇのか?」

「それはない。寧ろ、昨夜散々体力を消耗した割りには、いつもより疲れは残っていないくらいだ」

 

いつもなら、セックスした翌日は酷く眠気に襲われるのが常だが、今日に限ってはそれがない。

ネコ耳としっぽが生えているということ以外、体調面は絶好調と言っても良いくらいだが、それで問題が解決するわけでもない。口をついて出た溜め息は二人分だ。

俺も対処のしようがないことが歯痒いが、鬼龍もそれは同じだろう。

せっかく二人で過ごせている時間に、余計な心配をさせているのが申し訳ない。

かといって、俺にもどうにも出来ないことではあるんだが。

 

「そっか。本当、何が原因なんだろうな」

「分からん。分からんだけにどうにももやもやする。……なぁ、鬼龍」

「うん?」

 

もしも、俺の姿がこのままだったらどうする――と言いかけて、結局は口を噤んだ。

口に出してしまったが最後、戻れなくなってしまったらとも思うし、返事を聞くのも躊躇う。

言霊を信じているわけでもないが、不用意なことは口に出さずにおくに限る。

 

「…………いや、風呂を借りていいか?」

「ああ。沸いてるから先に入って来いよ。何なら一緒に入るか」

「いい。一人で入って来る」

 

少し一人になって頭を冷やしたくもあった。

風呂でまで鬼龍と一緒にいたら、それこそ全力で甘えてしまいそうになる。

そうなるのはどうにか避けたかった。

 

***

 

風呂から上がっても、相変わらずネコ耳もしっぽも消える気配はない。

明日には鬼龍の家族も帰ってくるし、明後日は学校にも行かねばならん。

だが、状況を打破する方法が分からないとなるとお手上げだ。

本当にどうしたらいいのか、全く分からないというのは初めての経験かも知れない。

こんな姿になったのは病の一種かも知れないが、それにしては体調はすこぶる良い。

だが、それだけに得体の知れなさもある。

このまま元の姿に戻れなかったら、紅月はどうなるか、今後の身の振り方はどうしたものかと、そんなことばかりが頭に浮かぶ。

硬派が売りのユニットである紅月の頭目たる俺に、ネコ耳としっぽが生えたなんてイメージにもそぐわないし、それを抜きにしても日常生活をどうするかだ。

そんなとりとめのないことを考えながら、鬼龍のベッドに転がってどれ程経っていただろう。

 

「旦那」

「ん……ああ、お帰り」

 

声を掛けられて振り向くと、風呂から上がった鬼龍がいつの間にか部屋に戻ってきていた。

鬼龍がベッドに腰掛けて俺に手を伸ばし、顔を寄せて来たのに俺も応じようとしたところで、気掛かりな点が頭に浮かんだ。

 

「……っと、待て」

「ん?」

 

つい反射的に鬼龍の口元を覆って、俺にキスしようとしたところを止める。

微かに傷ついたような表情に、先に一言言えば良かったと思ったが遅い。

 

「何だよ」

 

多少、不満げではあったが、鬼龍は怒ったりはしなかった。

 

「あ、いや、すまん。…………もしも」

「うん?」

「もしも、この状態が接触することで感染するようなものだったら……と思ったんだ。貴様にまでこんな耳やしっぽがついたら、それこそどうしていいのか分からん」

 

もし、この身体の変化が病によるものだと仮定したら有り得ない話ではない。

空気感染の類ならどうにもならんが、接触によって感染する類のものだとしたら、キスやセックスをするのは危険だ。

何しろ、直接粘膜を触れ合わせたり、体液が触れ合う行為になる。

鬼龍にまでこんな訳の分からない不安な思いをさせるようなことはしたくない。

 

「そういう形で感染する類のもんだったら、とっくに手遅れだろ。昨日だってセックスしてんだしよ」

 

口を覆った手を取られて、指先に鬼龍の唇が触れる。

触れた唇の柔らかさに昨夜の行為や、これまでの行為を思い出して、指先と言わず、全身に触れて欲しいという欲が頭をもたげるが、どうにか押し殺した。

 

「それは……そうかも知れん。だが、状態に改善が見られない以上、うかつなことは出来ない」

 

恋人同士が家に二人きり。

情を交わすのには最適とも言える状況で、触れるなというのがどれだけキツイのかは分かっている。

俺たちの場合は、連日顔こそ合わせているとはいえ、セックス出来るような機会となると限られているから尚更だ。

俺だって本当は触れたいし、出来ることならしたかった。

体調が良い分、余計にそう思う部分もあるかも知れない。

いっそ、二人で身体が変化してしまえばとも一瞬思考の片隅で思いかけたが、それは許されることではないと慌てて否定した。

そうなってしまったら、俺は鬼龍の父親や妹に対して顔向けが出来ない。

 

「……まぁ、てめぇがそう言うなら仕方ねぇけどよ。ただ、こうして抱き締めてるのはダメか」

「いや、それは構わん。……俺も触れていたいからな」

「……だよな」

「当たり前だろう」

 

鬼龍が溜め息を吐きながらも、俺を抱き締めてくれたから、こっちからも抱き締めた。

そのままベッドに二人で潜り込んで、ごく自然に手足を絡め合う。

触れている肌の感触は心地良くて、安らぎをもたらしてくれる。なのに、空気感染だと分かっていれば、気にせずに済んだのだろうかと、まだ情けない考えが過ぎった己を恥じた。

……どうやら、自分で考えている以上に参っているらしい。

鬼龍が優しく頭を撫でてくれるのに泣きたくなりそうだ。

 

「……朝になったら戻っているといいな」

「ああ。そうあって欲しいものだ」

 

本心から呟いて、眠りにつくために目を閉じた。

 

***

 

――ふうむ、『ギャップ萌え』とでも言うのかね、これは。中々どうして愛らしい姿になったじゃないか。

――貴様、何者だ。

 

胡散臭い雰囲気を纏わせた初老の男が、ステッキを片手でくるくると回しながら、俺に近付いてくる。

警戒して後ずさりするも、背後は壁だ。

夢ならとっとと覚めてしまえと思っていたら、至近距離まで近づいて来た男が怪しく笑いかけてきた。

 

――君をその姿にした本人と言えば分かるかね?

――そうか。こんな余計なことをしでかしてくれたのは貴様か。ならば、さっさと戻せ。何が目的でこんなことをした?

 

ただの直感だったが、目の前の男が嘘を言っていないことは伝わって来たから、理由を尋ねるくらいはしてみようと聞いた結果、予想外の返事が来た。

 

――何。まるで夫婦のように通じ合っているかと思えば、どこか不器用な恋人達へのちょっとした悪戯さ。君の恋人が君にネコ耳やしっぽが実際についたらどうなるかを見てみたいと思ったのと、君自身が彼に釣り合う体力が欲しいと願ったのを同時に叶えてみただけだ。

――何だと。

 

鬼龍が見てみたいと思ったのは意外だったが、そういえばユニット毎にメンバーをグッズ化する話が上がっていて、そのデザインの仮案に俺たち三人にそれぞれ獣の耳としっぽがついてデフォルメされたものを、つい先日学院で見たことを思い出した。

 

――なるほど、旦那がネコってのは分かる気するな。神崎のイヌも納得がいく。

――俺は貴様がライオンというのが一番納得したがな。ステージ上での鬼龍は確かに獅子を思わせる強さや激しさがある。よし、このデフォルメ案はそのまま通すように先方に言って構わんな?

――うむ、問題ないのである! どのようなグッズに仕上がるか楽しみであるな!

 

あれが影響したのかも知れない。

だとしても、恐らく見てみたいと思ったのは一瞬考えた程度だとは思うが。

いや、それよりも今の話からすると。

 

――……俺が鬼龍に釣り合う体力を持ったということか?

 

そういえば、セックス翌日に決まって訪れる倦怠感は、今日に限っては全くなかったくらいだ。

ネコ耳としっぽが生えたという以外は体調もすこぶる良かったのはそういうことなのだろう。

 

――そう。なのに、君たちときたらせっかくの機会だというのに、セックスしないと来た。いやはや、若い盛りだというのに、よく我慢が出来たものだ。

――相手に訳の分からない状態が感染するかも知れない状況で出来るか。

――セックスしたら、元に戻れるのにかね?

――…………何だと。それは本当だろうな。

――偽ったところで何になると言うんだね。まぁ、条件があるといえばあるけども。

――ならば、早く言え。その条件とはなんだ。

――ゴムを使わず、そのままセックスすることだ。中に出して貰うのが必須条件だよ。

 

条件の内容を聞いて流石に二の句が告げられなかった。

黙り込んだ俺にさらに男が畳みかける。

 

――彼に我慢ばかりさせてしまっていると気に掛かっていたんだろう? 彼よりも体力面で劣るが故に、本来望むだろうままにセックスに付き合えないことや、自分の身体を気遣わせた結果、常にゴムを使っていることに。

――貴様……。

 

背中を嫌な汗が伝っていく。

図星だったからだ。

鬼龍は不満を口にしないし、俺とのセックスで満たされていると言ってはくれるものの、あいつの体力を思えばもっとしたいと思っても不思議はないし、俺にしたってもう少し鬼龍に並べる体力があればと何度も思った。

紅月でのライブで、真っ先に体力が限界を訴えてくるのは常に俺で、鬼龍も神崎もまだ余力がありそうなところを俺に合わせてくれている節がある。

あいつらが規格外の筋肉バカだと理解していても、悔しさはあった。

それでも、別に体力だけがライブに必要な要素ではないし、他の点では遅れを取っていない自負もあるからまだしも、セックスとなると明確に体力差が表れてしまう。

さらに言うなら、男同士で避妊の必要がないのにゴムを使うのは、直接中に出すことで腹を下したり、後始末で俺の方にばかり負担が掛かるからであって、それさえ抜きにするなら――何も遮る物なく、鬼龍の熱を確認出来ればと望んだことがないと言えば嘘になる。

 

――だから、ちょっとだけ後押しをしてみようと思ったのさ。心配は要らない。これは一種の夢物語だ。様々な心配事はご都合主義という名の下に全て片がつく。

――随分と都合のいい夢物語だな。

――君の描く物語ほどでもないよ、ミズハノメ先生。

 

知る者の少ないかつてのペンネームまで口に出されて絶句した。一体、この男はどこまで事情を知っているのか。

 

――束の間の夢を楽しむといい。偶には全ての枷を解き放つのも悪くはないだろう? せっかく縁があって結ばれた相手なのだから、素直になることも大事だ。

――貴様の意見は面白くない。……が。一理あるかも知れん。

 

心の奥底に眠っていた願望が見せる夢だというのなら、身を任せるのも悪くはないように思えた。

 

***

 

目覚めてすぐ、チェストの上に置いてあった眼鏡を掛け、今の時間を確認する。

いつもと変わらない起床時間で、カーテンの隙間から差し込む光もまだ薄明りといった程度だ。

鬼龍の家族が帰ってくるのは今日の夜遅くという話だったが、早く実行するにこしたことはない。

そっと、鬼龍の腕から抜け、まだ眠っているままの鬼龍の下着に手をかけると、起こさないように気を配りながらゆっくりと引き摺り下ろした。

しっかりと勃ち上がっているモノは、もう幾度も見てきたし、触れても来たが、これをゴム無しで中に迎え入れたことはない。

ゴムを使うことに積極的なのは鬼龍の方で、毎回キッチリと着けてくれるからだ。

直接身体を繋げたらどんな感覚だろうか。

鬼龍のモノに軽くキスすると、微かな呻き声が聞こえた。

そのまま、鬼龍の身体の上に覆い被さり、鬼龍のモノと自分のモノを触れ合わせると、目を覚ました鬼龍と視線が合う。

 

「……朝から大胆だな、旦那」

 

ネコ耳ごと頭を撫でてくれる鬼龍の手が気持ち良い。

この手に身体の隅々まで触れられたい。

 

「戻り方が判明したからな。貴様の家族が帰ってくる前に元に戻りたいし、そうでなければ家にも帰れん」

「ってことは、てめぇの夢にもあの変なやつが出たって事か」

 

やはり、鬼龍の夢にもあの男が出ていたようだ。

多分、聞いた事情も似たり寄ったりだろうから、頷いて応じる。

 

「妙に得体の知れない男だったな。……貴様も余計なことを考えてくれたものだ」

「ほんのちょっと頭の中で想像したくらいでこんなことになるとか、誰が思うんだよ」

「それについては同意する。だから、今回の件について貴様を責めるつもりはない」

 

それを言ってしまえば、俺の方とて同じ事だ。

どちらかというと、セックスにもっと応じてやりたいなんて背景があったこっちの方が後ろめたい。

鬼龍の方は恐らく衣装の延長のような感じで、俺にネコ耳やしっぽがついたらどうなるか、程度での考えだっただろう。

鬼龍に唇を重ねて、一瞬だけ迷ったが舌もこっちから入れた。

 

「ん……」

「ふ……っ」

 

舌を動かす都度、さらに鬼龍の性器が張り詰めていくのを感じて、気分が良い。

俺の行動一つで興奮してくれるのが嬉しいし、俺の方も興奮が高まる。

ただ、鬼龍はまだ何か疑問に思う点があるらしい。

唇を離した顔は何か聞きたそうにしていた。

 

「……蓮巳。どうかしたのか?」

「どうって……聞いてないのか?」

「? 聞いてないって何をだ?」

 

もしかしたら、鬼龍の方はあの男から俺の願望については聞かされていないのではないだろうか。

俺の願望の内容を聞いていたら、この男ならそれについても話で触れてくるはずだ。

ならば、このままコトを進めてもと思ったが、俺の行動に引っかかりは覚えているようだし、黙っておくのも不誠実な気がした。

 

――せっかく縁があって結ばれた相手なのだから、素直になることも大事だ。

 

あれにはこういうことも含まれているのかも知れない。

つくづく意地の悪い真似をしてくれたものだ。

つい溜め息が零れてしまったが、大人しく告げておくことにする。

 

「言わないのはフェアではないな。貴様が願望を叶えられたように、俺もあの男に願望を叶えられている」

「何だと?」

「ああ。俺の願望は……貴様に見合う体力が欲しいということ。そして、出来るものなら直接繋がりたいということだった」

「旦那」

 

ゴムをきっちり使うのも、俺に無理をさせないのも、鬼龍の気遣いからだと分かっていたから言わずにいた。

大事にして貰っていることが嬉しい一方で、応じてやれない自分を口惜しく思っていたが故の願望だ。

 

「……なぁ。俺は旦那とするのを不満になんて思ってねぇぞ?」

 

鬼龍が両手で俺の頬を包んだのに応じて、俺も鬼龍の頬に指を伸ばす。

 

「分かっている。こう言えば、貴様がそう返してくれるだろうことも予想はついていた。ただ、俺が気に掛かっていただけだ」「蓮巳」

「貴様が俺を気遣ってくれるのと同じだ、鬼龍。俺だって貴様に心置きなく触れて欲しい」

 

鬼龍に触れた指をそのまま輪郭まで辿らせ、おとがいに触れる。ほんの少しだけ伸びたひげが指先に当たるのが微笑ましい。

共に朝を迎えた日でなければ、こうして触れることはないと思うと愛しさが湧き上がる。

 

「だから――今日は貴様がしたいようにすればいい。今の状態の俺ならいくらでも応えてやれるはずだ」

 

俺の言葉に鬼龍が喉を鳴らして、目に獰猛な光が宿る。

射貫くような視線が獲物を捉えた獣のようだ。

この獣に本能のままに食らい尽くされたい。

触れ合わせている部分も先程より熱くなっている。

 

「……知らねぇぞ。いくらでもって言ったからには、音を上げんなよ。腰が砕けるまで抱くからな」

「望むところだ」

 

挑発するような台詞には、俺も不敵に笑って返す。

俺の腰を探り始めた鬼龍の手がさらに欲情を煽る。

今度は鬼龍側から触れ合わせてきた唇も十分な熱さを持っていた。

 

***

 

「そのまま、自分で挿れられるか?」

「ああ」

 

まずは自分で動きたいと鬼龍に告げた結果、寝転んだ状態の鬼龍の上に乗って動く、という流れに決めた。

あまり、この体位をやらない為、鬼龍を見下ろすことはないから、少しばかり新鮮な気分だ。

鬼龍のモノを掴んで、自分の孔に宛がい、ゆっくりと腰を下ろす。

ぐちゃ、と水音が鳴って少しずつ鬼龍が俺の中を割り開いていった。

 

「……んっ、あ……は」

「く……」

 

挿入前に十分に慣らしたことや体勢のせいもあるんだろうが、普段よりもスムーズに挿れられたように思う。

もしかしたら、ゴムがないのも影響しているのかも知れない。

まだ挿れただけなのに随分と気持ち良い。

鬼龍の方も声を零したことから、感じているのが見て取れた。

付け根まで全部収めたところで、鬼龍が俺のしっぽを握って来る。

じん、と尾骨から背骨へと走った快感につい声を上げた。

 

「あっ」

「ん? こうやって触るの気持ち良いのか?」

「まっ、ちょ……うあ」

 

昨日はあまりしっぽを触ったり触られたりしなかったせいで気付かなかったが、触れ方によっては結構刺激が来ることに今更気がついた。

しっぽの付け根辺りを探るように弄られて、少し慌てる。

これでは鬼龍をよくしてやる前にこっちが快感で動けなくなりかねない。

 

「蓮巳。しっぽだとどこが一番気持ち良いんだ?」

「知ら、ん……っ。手を、離せ……っ、鬼龍。俺が動けな……」「ってことは、動けなくなるほど気持ち良いのか、ここ」「っ!」

 

申告してしまったも同然なのは迂闊だった。

目を細めて笑った鬼龍が、しっぽの付け根を扱きつつ、しっぽと尻の境目辺りを丹念に撫でてきたことでまともに動けなくなる。

 

「あ、あ」

「ほら。ちゃんと動かねぇと俺が先にてめぇをイカせちまうぞ?」

「く……っ!」

 

一方的にされてばかりで堪るかと、少ししっぽを扱く力が弱まった隙に腰を浮かせて、一気に落とした。

 

「ん!」

 

水音に紛れて、少し狼狽えたような鬼龍の声が聞こえたのは気分が良いが、こっちもかなり危なかった。

繋がった部分に広がった衝撃が強すぎて、身動きが取れない。

せめて、呼吸を整えようとするも、先に余裕を取り戻した鬼龍が動き始めてしまう。

太股に触れてくる鬼龍の手のひらは熱く感じたのに、それがスライドしてモノに触れると逆に冷えたようにさえ思えた。

その温度差がまた快感を煽って、息を飲む。

自分の手で触れるのと、人の手で触れられるのとはどうしてこうも違うのか。

俺の反応を見て、鬼龍が嬉しそうに笑う。

 

「……いい眺めだな」

「う、あ、触る、な……」

 

先走りごと鈴口をぐりぐりと弄られ、幹を握られ、息が上がっていくのを止められない。

 

「したいようにしろって言ったのは旦那だろ? 俺は旦那が感じてるとこを見たいし、気持ち良さそうに上げる声を聞きたい」

「きさ、ま……っ」

「だから、聞かせて貰うぜ、旦那……っ」

「ちょっ……、待て、き……りゅっ、んん!!」

「んっ!」

 

俺の制止も聞かず、モノとしっぽを同時に握られ、絶妙な力加減で扱かれたところで限界が訪れる。

背筋を駆け上がった快感に抗えずに熱を吐き出し、呼吸を整えているところで鬼龍も上体を起こし、俺を抱き締めてきた。

腹に挟まれたモノが二人分の体温に包まれたことで、再び固くなり始めたのを自覚する。

 

「待てと……っ、言ったのに、貴様という、やつは……!」

 

鬼龍をイカさないままに自分一人で達してしまったのが癪だ。

睨み付けてみるも効果はない。

 

「全然想像してなかった、なんて言わせねぇぜ? 俺がどう動くのが好きかなんて、おまえとっくに知ってんだろ?」

「ふ、う」

 

鎖骨に舌を這わされ、喉元に軽く歯が当たったところで鬼龍が動きを止めた。

ああ、首に痕を残すのは絶対にダメだと言ってあるのを思い出したからか。

 

「……っ、首、はダメだ……が、肩や腕な……あっ、あ!!」

「くっ」

 

言い終わらないうちに肩に噛みつかれたが、走ったのは痛みではなく快感だった。

見える場所に痕を残されるのは困るが、見えない場所であればいくらでも残して欲しいのが本音だからかも知れない。

鬼龍も俺の中で容量を増したように思える。

 

「き、りゅ……っ」

「痛かったか?」

 

そんな問いかけには首を振って否定すると、鬼龍がほっとした表情を見せ、噛まれた場所に口付けを落とす。

わざと音を立てながら繰り返されるキスに理性が溶かされておかしくなりそうだ。

 

「旦那。思いっきり突きたい。体位変えていいか?」

「ん……」

「俺に掴まれ」

 

どうにか、鬼龍の首に腕を回して掴まると、鬼龍が俺の頭を支えながら寝かせてくれる。

頭がベッドに着く前に布が擦れるような音がしたと思ったら、頭は枕に着かず、腰の下に何かが当たる。

すぐにそれが枕だと悟った。

 

「あ……」

「これでしっぽも潰れねぇで済むだろ」

「なるほど、考えた、な」

「じゃ、動くぜ……っと」

「ふっ」

 

俺の腰骨を掴むようにして、鬼龍が動き始めた。

枕のせいでいつもと角度が変わっているからか、鬼龍の動くスピードがいつもより速い気がする。

だが、それによる痛みはなく、ただ気持ち良さだけが増していった。

全身を貫いていく怖いぐらいの快感に我を失いそうになって慌てる。

 

「あ、ちょ、きりゅ……っ、強……うあ!」

「っ!!」

 

堪らず、鬼龍を引っ掻いてしまってからしまったと思った。

今のは全く加減出来た気がしない。

いくら、俺が鬼龍ほどには力がないとはいえ、それでも男の力だ。

 

相当、痛い思いをさせてしまったんじゃないだろうか。

だが、やつが顔をしかめたのは一瞬で、すぐに俺を気遣う言葉を発した。

 

「っと、悪い。動きやすかったからつい。大丈夫か?」

「平気、だ。が、背中……」

 

掴まりたいと続けるつもりだったが、息が続かず言葉が途切れる。

それでも鬼龍がこっちの意図を読んで、身体を寄せてくれた。

触れる面積が大きくなった肌の感触に安心する。

 

「ん? ……ああ、これでいいか」

「ん……」

 

俺が頷いたところで鬼龍が再び動き出す。

とっくに知られている弱い場所を重点的に擦られて、悲鳴しか上げられない。

 

「あっ、や、あ、そ、こ……っ!」

「ここら辺、旦那弱ぇよな。あと、奥も反応いいっ……」

「あ、ああ!」

 

ローションが動きに合わせて卑猥な音を立てる。

どこもかしこも熱くて、早く終わって欲しい一方で、終わって欲しくないとも思う。

再び、限界が近くなっていた。

 

「はす、み……っ!」

「う、あっ……ひあ!!」

 

鬼龍が掠れた声で俺を呼びながら激しく腰を奥に叩きつけ、中に精を吐き出したのが伝わった。

俺も同じタイミングで達したが、腰が溶けそうな程の気持ち良さにしばらく声が出せない。

ようやく、少しだけ落ち着き始めた頃、再び中で鬼龍のモノが大きくなったのが分かる。

 

「きりゅ、う」

「続けて平気か?」

「ああ。……ん、う」

「中に出してもすぐには消えねぇみたいだな、この耳」

 

じわりと頭上から弱い快感が首筋を伝っていく。

どうやら、噛まれたみたいだが痛みはない。

この耳は音こそ拾わないが、感覚はしっかりとある。

しっぽが性感帯だったのと同じように、ネコ耳も性感帯になっているらしい。

そうか、まだ消えてはいないのか。

だったら離れたくない。もっと欲しい。

どうにか足を鬼龍の腰に絡めると鬼龍が嬉しそうに笑った。

 

「……ならば、消えるまで……っ、続けてすれば、いい」

「当然、そのつもりだぜ?」

「……は、あ、んあっ」

 

焦れてこっちから腰を動かし始めたが、すぐに鬼龍も動きを合わせてくれる。

身体を繋げた場所から、ローションと精液の交じり合ったものが尻を伝ってシーツを汚していくのは分かったが、分かったところで止められやしない。

直接、身体を繋げる行為はまるで麻薬のようだ。

気持ち良すぎて癖になりそうなのが恐ろしい。

そうして、どれだけの時間抱き合っていたか、お互いに何度達したのか。

分からなくなった頃に、鬼龍が耳としっぽが消えたぜ、と言ったのが聞こえた直後、意識が闇へと沈んでいった。

 

***

 

セックスをこなした回数や時間を思えば仕方のないことだと理解している。

が、腰の痛みは如何ともし難いし、身体全体に纏わり付いている倦怠感も酷い有様だ。

結局、昨日鬼龍の家族が帰宅する前に元通りの姿に戻れたはいいものの、その途端に体力の方も元通りになってしまった為、自宅に帰るまでの余力がなく、もう一晩泊まらせて貰った。

鬼龍の方は朝、俺の分の弁当まで一緒に作るような余裕があったくらいだが、俺は登校に間に合う時間に起きるのがやっとだったのが情けない。

気力でどうにか午前中は乗り切ったが、少しでも横になりたくて仕方なかったから、昼休みになった途端に練習室を紅月の名前で借りて、鬼龍を呼び出した。

膝枕をねだると二つ返事で応じてくれたのを良いことに甘えて今に至る。

私情で練習室を借りてこんなことをするのに多少の罪悪感はあったが、倦怠感の理由が理由なだけに保健室に行くのは憚られたし、実際放課後には紅月の練習を入れてあるのだから、利用時間が少し早まっただけだと自分に言い聞かせた。

 

「くそ……どうせなら、体力は今日だけでもいいから残しておいて欲しかった」

「まぁ、あの男が言っていた通りなら、理屈としては体力もネコ耳やしっぽと一緒に消えるのは仕方ねぇんだろうけどな。蓮巳、ちょっとは食わねぇと、それこそ午後がもたねぇんじゃないのか」

 

せっかく作ってくれた鬼龍の弁当に手をつけたいのは山々だが、何しろ身体の怠さが食欲を上回ってしまっている。

せめて、あと少し休みたかった。

 

「分かっている。が、あと少しだけ休ませろ。横になりたくて仕方なかったんだ」

「ああ。けど、ちょっとだけ体勢変えていいか?」

「ん?」

 

俺がつけてしまった太股の引っ掻き傷には触れないようにしていたつもりだったが、当たってしまっていただろうかと頭を一度上げたら、鬼龍がそのまま俺の横に並ぶ形で横になり、腕を差し出してくる。

意図を理解して鬼龍の腕に頭を乗せたら、身体ごと抱き寄せられ触れ合う状態になった。

制服越しに伝わる柔らかい温もりは本格的に眠気を誘う。

あまり昼休みの時間も残っていないのに、離れがたくなるから困る。

鬼龍が穏やかに笑っているから尚のことだ。

 

「……こんなことをされると教室に戻りたくなくなるんだがな」「五分だけだ。俺としちゃ午後の授業をサボってもいいんだが、旦那は困るだろ?」

「ああ。というか貴様にもサボらせるわけにはいかん。……五分で起きるぞ」

「おう」

 

そのまま少しだけと目を閉じてしまったのが失態だったと思っても後の祭りだ。

起きたのは午後の授業が終わる間近で、紅月の名前で練習室を借りていたから、練習に集中して気付いていなかったという言い訳は通用したものの、真っ昼間に寝入ってしまった迂闊さと、そんな誤魔化しをしてしまったことでの自己嫌悪で胃が痛い。

半ば八つ当たりだと分かっていながら、再び練習室に戻ってきたところで、つい鬼龍に愚痴をこぼした。

 

「五分だけだと言っただろう」

「寝ちまったのは旦那もじゃねぇか」

「そもそも、貴様が腕枕なんぞしてくるから――」

「なぁ。人を練習室に呼んで最初に膝枕させたのはどこの誰だよ?」

 

それを言うなら、こうなった原因は――と喉元まで出掛けた言葉は飲み込んだ。

昨日の件については、したいようにすればいいと言ったのも俺で、いくらでも応じてやれると言ったのも俺だ。

ネコ耳やしっぽと一緒に、増幅した体力も瞬時に失せてしまうのは誤算だったが、思う存分交わったこと自体に後悔はしていない。

だが、一定の線引きは必要だと改めて思い知らされる。

 

「…………やはり、学院内で容易に触れ合うべきではないな。どうしても気が緩む」

「旦那」

「学院内では必要以上の接触は避けるぞ。下手に勘ぐられて関係が露呈した日にはそれこそ目も当てられん」

「蓮巳」

「情けない声を出すな。……貴様との関係を終わらせたくないからこそだ。って、おい鬼龍!」

 

言ってる矢先から、鬼龍が俺を抱きすくめてくる。

撥ね除けようとしても離す気配がない。

耳に当たる吐息と首筋に触れた指に、つい三日間一緒に過ごした時間を思い出しかけたのを慌てて思考から振り払った。

こうなるから接触を避けたいと言ったのに。

 

「今日くらいはもうノーカンでいいだろ。どうせ、あとちょっとしたら神崎も練習室に来るからこんなん出来ねぇし」

「……今日だけだぞ」

 

許してしまったのは、思いの外寂しそうに言われたのと、昼休みに散々甘えさせて貰ったのが俺の方だったからだ。

今日の残り時間くらいはこいつを甘やかしてもいい。

線引きは明日以降に改めることにして、鬼龍の髪を撫でてやると笑った気配がし、鬼龍も俺の髪を撫でてくれた。

 

 

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