> Novel > Novel<あんさんぶるスターズ!・紅敬> > Phantasmagoria<あんさんぶるスターズ!・紅敬・R-18>

Phantasmagoria<あんさんぶるスターズ!・紅敬・R-18>

いいね送信フォーム (1)

2017/09/10に開催された龍ノ敬華(brilliant days 10)で発行した同人誌です。(完売済)

夢ノ咲学院在籍時から付き合ってはいたけど、二人がアラサーになって揃って母校の講師に招かれる段階で、ようやく同棲を始めたという紅敬の話。

※ズ!!発表前の話なので、現在の設定とは色々と食い違う点がございます。

また、内容に僅かではありますが、ちあみどちあ、零薫要素が含まれます。
ちあみどちあは同居しているという描写のみですが、零薫についてはコンドーム専門店で紅敬とばったり会うという描写になっておりますので、苦手な方はご注意下さい。

初出:2017/09/10 

文字数:52443文字 

 

[Prologue~November<Hasumi Side>]

「旦那。俺、来年の四月から夢ノ咲の講師になることにした」
「何?」
「夢ノ咲で来年度からスタイリスト科を新設するって話らしく、衣装部門の講師として来てくれねぇかってさ。せっかくだから話を受けた」

鬼龍の口からそんな話が出たのは、冬に差し掛かろうという時期。仕事の後に待ち合わせて、一緒に外で夕食をとっていたタイミングでだった。
鍋の美味い居酒屋を教えて貰ったからと、鬼龍が連れてきてくれたこの店は、こじんまりとした個室で飲めるようになっている。期待以上に美味かった鍋をつつきつつ、適度に酒も楽しみ、双方程良く酔いも回ってきたところで出た話がそれだ。
夢ノ咲卒業後、鬼龍は服飾の専門学校へと進み、在学中から夢ノ咲時代の伝手を利用してアイドル達の衣装を作っていたが、専門学校卒業後もそのままずっと仕事にしている。今は夢ノ咲出身アイドルのライブ衣装のみならず、舞台衣装やドラマの衣装等幅広く手懸けていた。
幾度か雑誌にも衣装についてのインタビュー記事が掲載されたし、評判も高く、順調な仕事ぶりを見せている。
そして、俺の方はといえば、夢ノ咲卒業後はアイドルというよりもプロデュース業に近いことに少し関わる一方、宗教学科のある大学に進学し、僧侶の資格をとった。
実家の寺は兄が継ぐとはいえ、そこそこ規模の大きい寺だから人手が必要になることもあるし、僧侶の位としては最低限のものでも、資格を持っていると何かと融通が利く。ただ、現状それを生業にするつもりはないから、どうしても手が足りなくなるような盆や正月あたりに少し実家の寺を手伝うくらいに留まっている。
夢ノ咲在学中から付き合うようになった鬼龍とは、時々こうして会って、夢ノ咲学院卒業後から一人暮らしを始めた俺の家に泊まったり、鬼龍の家に家族がいないときに泊まったり、時には二人で旅行なんかもして、周囲には堂々と付き合っているとは言えないまでも、それなりに恋人らしい時間を過ごしていた。
鬼龍が講師になると決めたこと自体驚いたが、それよりも驚いたのは。

「そうか。……奇遇だな。俺にも夢ノ咲学院の講師にどうかという話が来ている。俺の方は主にプロデュース科の講師として、だが」

俺にも同じタイミングで夢ノ咲学院から講師の話が来ていたことだった。かつて、俺たちがアイドルとして活動していた紅月は伝統芸能を礎とし、当時の夢ノ咲学院では大看板の一つだったユニットだ。
まだ、プロデュース科の設立されていなかった時点で、そう言われるまでに紅月の立場を強固なものにしたのは、俺の手によるものだ。無論、鬼龍と神崎がいたからこそ得られた立ち位置だが、ユニットの指針や方向性、パフォーマンスの段取り等、衣装に関する事以外をほぼ取り仕切っていたことを買われ、その経験を講師として後進に生かして欲しいとのことだった。

「はぁ!?……マジかよ。旦那もか」
「ああ。返事はまだしていないが話を受けるつもりでいた。夢ノ咲はかつてアイドルをやっていた者が後進に指導するため、講師につくというのはままあることだしな」
「俺らの時代でも何人かいたもんな。もしかして、俺達の世代で他にも声を掛けられているやつ、いるんじゃねぇか?」
「可能性は十分考えられるな。……確か、守沢が今年の春、夢ノ咲の講師に名を連ねたはずだし、皆進む道は違えど、芸能界に絡んだ仕事をしている者も少なくはない。様々な改革のタイミングに在籍していた俺達の世代は、一歩引いたところから見れば、中々に興味深くもあるだろう」

数日前に会った英智が、妙に含み笑いをしていた理由はそれなのかも知れない。

――来年度から、夢ノ咲学院の理事に名を連ねることになったよ。

天祥院財閥は夢ノ咲学院からしたら最大の出資者だ。その後継である英智がいずれ学院の運営の一端を担うだろうことは予測していた。

――ここ近年、学院の流れが停滞している感があったから、OBとしては少しばかり憂いがあったし、様子を窺うのにはちょうどいい時期だ。
――まさか、外から改革のメスを入れるつもりか?
――そんなつもりはないよ。改革はあくまで今現役の生徒たちの手で成されなければ意味は無い。僕たちはそれを身をもって実感しているはずだ。

そう。夢ノ咲現役時代にはスーパーアイドルと謳われた佐賀美先生や、モデルからアイドルへ転身した椚先生を始め、俺達が夢ノ咲の生徒だった頃も、講師の何割かは夢ノ咲出身のアイドルだった。かつてアイドルを経験した先生方だからこそ、芸能界を渡っていくノウハウや立ち振る舞い等、実用的に生かせることを教えてくれるのも夢ノ咲の武器だ。
だが、俺達が現役時代の頃にそうだったように、夢ノ咲学院の先行きに不穏な気配が見えたところで、先生達大人が直接学院の改革に乗り出すようなことはない。生徒会を復活させたときに改革について共感してくれた椚先生が生徒会の顧問になってくれたが、そこ止まりだ。

――ただ、僕たちの世代で色々と動きがあったように、きっと遠からぬ将来、何らかの動きがあるだろうと踏んでいる。このままではいけないと、夢ノ咲学院を盛り立てようとする子たちは必ず出て来るはずだ。歴史は繰り返されていくものだからね。そうなったときにせめて外部からの横槍や、水を差すような真似を避けるための盾になれたらとは思うよ。
――英智。
――僕らはもうアイドルではないけど、今活躍している同胞や、将来活躍していくであろう後輩アイドルたちの歩む道を邪魔させたくはない。そう思わないかい?

それ以上、具体的なことをあいつは言わなかったが、俺や鬼龍を夢ノ咲学院の講師として招致したのは、それと無関係ではないだろう。
鬼龍も一緒にというのは、本人の仕事ぶりを買ったという前提は勿論あるだろうが、俺と鬼龍の関係を知っている英智が妙に気を回したというか、面白がっている一面もありそうだが。

「そうか……旦那もか。だったら、ちょうどいい。妹が大学の推薦決まって、春から進学で家を出ることになったし、俺もこの機に家を出ようと思ってた。夢ノ咲学院の近くで手頃な物件探して一緒に住まねぇか? 今、おまえが住んでいる家の契約更新を考えてもタイミングがいいだろ」
「鬼龍」
「今はこうしてお互いの都合つけられた時に会うって形だけど、職場が旦那と一緒になるなら、俺達が一緒に住んでもそう不自然じゃねぇ。大体、夢ノ咲近辺はちぃと家賃も高いしな」

鬼龍の家の近所辺りならまだしも、夢ノ咲学院まで徒歩五分圏内で考えるなら、確かに少し高くなる傾向はある。駅にも近ければ、なおのことだ。
こつ、と掘りごたつの下で鬼龍が爪先で、俺の爪先を軽く突いてきた。

「……それにやっぱりもっと長い時間一緒にいてぇよ。離れて住んでるからって気持ちが離れるなんてことはねぇけど、時々凄ぇ寂しくなることがある」

ストレートに口にされた寂しいの一言が胸を突く。

「蓮巳はそんなことねぇか?」
「あるに決まっているだろう」

反射的に鬼龍の手を取り、部屋の周囲に人の気配がないのを確認してから指を絡めた。
こいつが俺の家に泊まっていった翌朝、鬼龍の帰りを見送った後は決まって切なくなる。数分前までは鬼龍がいた空間に自分一人になってしまうと、普段は一人で過ごしているはずの場所がやけに空虚に思えてならない。次に鬼龍と会うまでは大抵少し日にちが空いてしまうということもあるが、そんな一人になった部屋でつい溜め息が零れてしまったのは一度や二度じゃなかった。
今日だって、夕食はこうして一緒にとれたが、明朝早くから出張があるため鬼龍は泊まることが出来ない。泊まれない事情は分かるし、だからと言って拗ねるようなこともないが、もっと長い時間一緒に過ごしたいのは俺も一緒だ。寧ろ、年々その想いは募るばかりと言ってもいい。
学生の頃はクラスも部活も違うとはいえ、紅月という繋がりがあったし、何だかんだ顔を合わせる機会も多かったが、この歳になるとそうはいかない。
だが、一緒に住むのであれば、この先どんなに忙しくなったとしても相手の寝顔くらいは見られるだろうし、何かあったとしてもお互いにフォローも出来る。
何より、好いた相手と共に暮らせる幸せを、想像するだけでも心が温かくなるというものだ。男同士である俺達に結婚という形で関係に区切りをつけることは出来ないが、だからこそ一緒に生活していくという選択は、一つの大きな区切りになるとも言えるだろう。

「だったら、同居に異存はねぇってことでいいか?」
「ああ、問題ない。ならば、年明け辺りから住む場所を探すとするか」
「……へへ」

鬼龍が俺と手を絡めたまま、テーブル越しに向かい合わせになっていた状態から、直ぐ隣へと移ってくる。それこそ、唇が触れるまで数センチという距離まで。
長い付き合いだ。何をするつもりでこいつが移動したのかくらいは分かる。

「……個室とはいえ、外だぞ」
「人が来そうになったら、ちゃんと離れるからよ」
「ん……」

嬉しそうに細められた目に結局負けた。顔が熱く感じるのは多分酒のせいだけでもないだろう。
先程まで食べていた鍋の出汁と酒の匂いが入り混じった口付けを交わしながら、絡めていた指に力を籠めた。

[January <Hasumi Side>]

実家の寺の都合による例年通りの慌ただしい正月を過ごした数日後、俺達は二人で住むための部屋探しを開始した。
夢ノ咲学院周辺の相場を確認し、双方の住まいについての希望を出し合って、候補を絞りながら探して早半月、中々これという物件には巡り会えていない。

「うーむ、やはり3DKから3LDKで借りるとなると家賃が響くな」

一部屋、衣装用の作業部屋が欲しいという鬼龍の申し出で、それぞれの個室と衣装部屋を考慮し、3DK、もしくは3LDKの部屋を探していたが、どうにも家賃の予算と釣り合わない。
元々やっていた仕事もこの先請け負うことはあるだろうが、夢ノ咲学院講師の仕事に慣れるまでの間は並行してこなしていくのは厳しいだろうし、それに関しては恐らく鬼龍も俺と似たり寄ったりだろう。となると、先々はともかく、当面は収入面に余裕があるとは言い難い。
今の条件を一点でも妥協すれば見つかりそうだが、それはもう少し探してどうにもならなくなってからにしたいところだ。
今日は二人揃って休みだったから、鬼龍と一緒に俺の家でパソコンからインターネット上に掲載されている賃貸情報を色々見ていたが、お茶を淹れてきてくれた鬼龍が横からマグカップを差し出しながら口を挟んできた。

「それなんだけどよ、旦那」
「うん?」
「それぞれの個室を作らねぇ形にして、一部屋を旦那と俺の作業専用の部屋にしちまうってのはまずいか? で、もう一部屋は寝室兼クローゼットにして、広めの2DKや2LDKで部屋探すのはどうだ」
「確かにそれなら家賃は安くなるだろうが……同じ寝室にしたら、うかつに人を呼べなくなるぞ」

俺達が恋仲にあるという関係性を知っている人間は限られてくる。特に双方の家族は知らない。今一人暮らしをしている俺の家に出入りするのは、鬼龍を除けば家族の割合がやはり高くなる。同居人がいるというのを考慮したら今までに比べて来ることは少なくなるかも知れないが、もしもということもある。気掛かりな点はそこだ。

「ベッドは二つ入れる形で構わねぇよ。欲を言えば一つにしたいけどな。学校の寮なんかじゃ二人以上の部屋だと寝るのは布団並べるなり、二段ベッドなりになるんだし、寝室を同じにした位じゃ早々怪しまれねぇだろ」
「学生時代と同じように考えるな。……とはいえ、一理あるか。ふむ」

それぞれに違う作業を同じ部屋でやっていても、然程気にならないのは既に分かっている。
鬼龍にしろ、俺にしろ、作業に集中しだすと黙々と取り組み、周囲の環境は気にならなくなる性質だから、その点は問題ない。
となると、あとはスペースの広さや寝室の問題だが、双方、実家もあることだし、自分の荷物全てを運び込む必要もさしあたってはない。寝室が一緒な点も、自分たちが寝る分には差し支えない。鬼龍の提案も悪くはないように思えた。
今の俺たちはもうアイドルではないのだし、現役時代ほど恋愛関係が露呈することを恐れなくても大丈夫だろう。双方講師で、かつ男同士という時点でおおっぴらにしにくいことに違いはないが、俺たちが一緒に住むのはいずれ分かる話だし、そこはわざわざ隠す必要もない。

「……寝室に人を一切入れないようにするのなら、2DKか2LDKにして、ベッドを一つにしても構わん」
「旦那」
「ベッドを二つ置くとなるとどうしても場所を余分に取る。作業部屋に一通りの衣装を置くなら、日常生活での服は寝室のクローゼットを使わないと場所がない。ならば、場所には少しでも余裕があった方がいい」
「いいのかよ」

提案した当の本人が驚いている。自分で口にした癖に、俺が了承したのが予想外だったと言わんばかりの表情だ。

「リビングが広めのところを選べば人は招けるだろう。衣装部屋も寝室も仕事絡みのものを置いてあるからと、お互いの家族も含めて人を入れないようにして、リビングにだけ人を通すようにすれば、勘ぐられるようなことも……おい、何を笑っている?」

鬼龍の提案を受け入れた理由を述べていたら、先程まで驚いた表情をしていたやつはニヤニヤしながら俺を見ていた。

「四の五の理由を並べなくても、一緒に寝たいから、ベッドは一つでいいって言やぁいいのによ」
「……理由として否定はしないが、それだけでもないんだぞ。分かっているのか、貴様」
「分かってるって。……楽しみだな。蓮巳と一緒に住めるの」

鬼龍が背中側から俺の肩に腕を回して、抱きしめてくる。伝わってくる体温の心地良さに、それ以上反論するのも幼稚に思えて、回された腕に、俺も自分の手を重ねた。

***

「クローゼット、結構広いな」
「ああ。これなら二人分の衣類を収納するには問題ねぇ。向こうの部屋にもクローゼットついているし、衣装の方もほぼ収納出来そうだ」

2LDKで部屋を探すようにしてから、数件目で見つけた物件が二人揃って気になり、次の休みに内覧に訪れた。当初内覧を予定していた物件は入れ違いで契約が決まってしまったとのことだったが、近い条件の物件をと不動産会社が案内してくれた物件が、殊の外良かった。
夢ノ咲学院から徒歩三分、築浅のマンション。二部屋とも備え付けのクローゼットが広いし、リビングも日が差し込んで明るい印象だ。風呂とトイレも別になっていたし、特に狭くもない。システムキッチンも使いやすそうな作りで、マンションの入口はオートロック。
頭の中で何となく家具や家電を配置して、生活のイメージを試みたが、中々良さそうに思える。巡り合わせとはこういうことだろう。
駐車場の使用料も妥当なものだし、ゴミ捨て場等の共有スペースについても、しっかり管理されていそうで好印象を抱いた。

「鬼龍。どう思う」
「俺はここ気に入ったぜ。てめぇはどうだ?」
「俺もだ。ならば、ここに決めるとするか」

意見一致。早速、契約することに決め、二月半ばを目処に引っ越しすることにした。

[February <Hasumi Side>]

俺の場合は一人暮らしを始めるときに、始めて引っ越しを経験したが、あの時とはまた違う楽しさがある。
引っ越しに関しての手続きや、買い物が一つずつ終わっていく度に、鬼龍と一緒に暮らす事への実感が強くなっていった。少し事情が異なるとは言え、新婚生活とはこんなものかも知れないと思ったりもした。
特にベッドを選んだときは、ただでさえ、男二人でベッドを選んでいるという状況が傍目から奇異に映らぬよう、自分では表情には出さずにいたつもりだったが、選んでいる最中に顔が緩んでいると鬼龍に一度連れ出される羽目になった程だ。俺は自分で考えている以上に、鬼龍と一緒に住めることで浮かれているのかも知れない。
もっとも、顔が緩んでいたのはやつもだったので、お互い様と言ったところだろう。
そうして、引っ越し当日の今日。朝から兄にトラックを出して貰い、旧居から荷物を運び、やはり実家から荷物を運び込んだ鬼龍と一緒に、ひたすら新居を片付けていた。
黙々と動き続けていたせいか、流石に身体が悲鳴を上げ始め、一段落ついたところで少し解そうと、背筋を伸ばしたタイミングで声が掛かる。

「旦那。寝室片付いたか?」

開け放していた扉から鬼龍がひょいと顔を出したのを機に、手元に置いてあったスマホで時間を確認してみたら、とうに夕食の予定時間を過ぎていた。
片付けに集中していて時間に気付かなかったが、先程までは鬼龍が片付けていた隣室からも物音は聞こえていたから、鬼龍も時間に気付いたばかりなんだろう。

「少なくとも、今夜寝るに困らない程度にはな。すまんな、作業部屋の片付けを全部任せてしまって。そっちの方が大変だっただろう」

鬼龍は衣装の量が多いからと作業部屋の片付けを一手に引き受けてくれていたため、俺の方は寝室とリビングを中心に片付けていた。
ベッドは数日前に購入して、既に部屋へと入れてあったし、シーツや枕カバーをつけたあとは、ほとんど備え付けのクローゼットの整頓だった。
鬼龍の衣類も一緒に整頓していたが、日常の衣類は俺の方より心持ち少ないくらいだ。
ただ、夢ノ咲学院で教えるときに役に立つかも知れないと、過去に鬼龍が手懸けた衣装で手元に残っている分は全て持ってきていたから、作業部屋に置く分は相当な量になっている。俺が紅月で着ていた衣装も一通り置いて欲しいと言われ、その分も含めるとかなりの量があったはずだ。

「大したことじゃねぇよ。ああ、一段落ついたのなら、ちょっとパソコンデスクや本棚の配置に問題ねぇか見て貰ってもいいか?」

一応、事前に部屋の間取り図を元に、家具や家電の配置は決めてあったから、そう問題はないはずだが、律儀に確認を求めてくる辺りがこいつらしい。

「分かった、今行く。こっちも後で構わないから、服の収納が問題ないか見てくれ」
「旦那の仕事なら間違いねぇって思ってるよ。きっちりやってくれるのなんざ、十年前から知っている」
「それはお互い様だ。夕食はどうする? 今から何か作るとなると遅くなってしまいそうだが……」

明日も休みだから、多少夕食の時間がずれても差し支えはないが、一日片付けに費やしていたせいか、これから夕食を作る気力は正直あまり残っていない。

「そうだな。引っ越し初日でまだ冷蔵庫の中も空っぽに近いから、ちょっと食いに出るか。で、帰りに商店街のスーパー寄って明日以降の食材買っとくってのでいいんじゃねぇ?」
「うむ、そうするか。とりあえず、着替えよう。流石にこの格好で外に出るには気が引ける」

片付けで大分ほこりっぽくなっていたし、随分と汗も掻いているから、欲を言えばシャワーを浴びたいくらいだった。

「そうだな。俺も着替える。旦那、汗ふきシートみたいなのあるか?」
「ほら」
「ありがとよ」

自分で使うシートを先に取って、残りはケース毎鬼龍に手渡す。この手の日用品も二人で使う物なら、少なくとも家に置く分は共有でいいだろう。
その辺りも後で鬼龍と話そうと考えながら、着替えた。

***

夕食をとったのは、俺達が夢ノ咲に生徒として通っていたからあった店だが、居酒屋だったため、未成年だった当時は入らずじまいで、今更ながらに初めて入ったのだが、中々の当たりだった。美味い上に、値段も手頃。今後、仕事で帰りが遅くなった場合は、そこで食べるのも一つの手だと鬼龍と話しつつ、スーパーに買い物に寄って、家についたのは十時を回っていた。
それぞれが風呂に入って、缶ビールとグラス持参で寝室に行った時には十一時過ぎ。

「結局、遅くなってしまったな」
「仕方ねぇよ。明日も休みだし、多少寝坊してもいいだろ」
「それはそうだが」

部屋の灯りを暗くしてから、ベッドに腰掛け、二つのグラスに缶ビールを注ぐ。どちらからともなく、グラスを手にし乾杯した。スーパーで買って来て、風呂に入っている間にしか冷やせなかったビールは少し生ぬるさもあったが、一日動いていたせいか十分美味い。

「改めて、今後ともよろしく頼む」
「おう、こちらこそ。そんな挨拶で切り出されると、まるで新婚初夜って感じだな」
「言い得て妙だな。……部屋を決めたり、家具を選んだりしているとき、新婚生活を始めるのはこんな感じに近いんだろうかと思ったりした。一人暮らしであれこれ選んでいくのとまた違うものだ」
「何だ、旦那もかよ。俺もそんな気分だったぜ」

手にしていた飲みかけのグラスを取り上げられ、ゴトリとテーブルにグラスが置かれる音を聞きながら、近付いた顔に察して目を閉じる。
重なった唇から薫るアルコールの匂いに、身体の奥でスイッチが入った。

「……ん、う」
「はっ……」

侵入してきた鬼龍の舌がゆっくりと口蓋を辿って、そのまま舌の付け根の辺りも撫でるように動かして行く。疼き始めた身体の芯の反応をさらに煽るように、唇も舌が撫でていった。こっちからも煽ってやろうと、軽く鬼龍の耳を手で塞いでから、わざと音を立てて唇に吸い付く。触れる吐息の熱さが心地良い。

「眠くねぇか、旦那」
「こんなことをして、眠いも何もあったものではないな。新婚初夜の気分なんだろう?」

既にスウェットの上からでも勃っているのが分かる鬼龍の股間に手を滑らせると、耳を甘噛みされた。反射的に上げそうになった声はどうにか堪えたが、俺も理性は限界に近い。

「ああ。これからはずっと家に帰ってきたら、旦那の顔見られるんだな」
「家どころか、職場でも見られる。夢ノ咲を卒業してからのこの数年を思えば夢のようだな」
「でも、夢じゃねぇ。現実だ」
「そう、だ」

俺の身体を弄り始めた鬼龍の手に、興奮が増していく。お互い、相手の服に手を掛け、交互にそれぞれの服を脱がせて、全部脱いだところで、ベッドの上に身体を投げ出し、全身を絡ませるようにしながら、再び口付けを交わす。
特に申し合わせはしなかったが、夜のことを考えて、居酒屋でのアルコールはやや控えめにしていたせいか、鬼龍のモノも俺のモノも十分な硬度を保っている。じゃれ合いながら、肌の感触や体温を楽しんでいると、不意に鬼龍の手が俺のモノの先っぽを緩く扱いてきた。

「ふっ」
「もう先走り出て来てんな」
「俺だけじゃないだろう」
「っと」

鬼龍のモノを掴んで、先走りが滲み始めている鈴口に指先で刺激を与えると、やつの表情が悦楽に歪んだ。
鬼龍もだろうが、相手が自分の行動一つで表情を変えるのは何度見ても気分がいい。
爪先で軽く鬼龍の足の甲を突くと、俺の足も突き返される。
ベッドを購入する際にダブルにするか、クイーンサイズにするか迷った挙げ句、クイーンサイズにしたのだが、ベッドの広さが心地良くて正解だった。
大の大人二人がじゃれ合っていても、余裕がある。

「ローションやゴムはここか?」
「ああ」

鬼龍が枕元にある収納スペースを開けて、ローションボトルとゴムの箱を取り出す。

「何だ、今日はゴムを使うのか」

明日が休みだと、ゴム無しでしたがることも多いから、少し意外だ。
鬼龍と身体の関係を持ち始めた頃は、俺の身体に掛かる負担を考慮して、ゴム無しですることに消極的だった面もあったが、学生時代ほど頻繁に会えなくなったことから、翌日が休みの前夜、存分に睦み合うのが暗黙の了解のようになってからは、こんなタイミングでする場合はゴム無しのことも多くなっていた。

「真っ新なシーツをいきなり汚すのもどうかと思ってよ。久し振りだから一回で終われそうにねぇし、ナマだと早くイッちまいそうだし。初日からそれも勿体ねぇだろ」
「引っ越し準備で忙しくて、ここしばらくしていなかったしな」

早く達してしまいそうなのは、俺も同じだし、勿体ないという感覚も理解出来る。
多少、アルコールが入っているとはいえ、今の状態ならナマでゆっくり楽しむのは厳しいだろう。
もうこれから一緒に住むのだから、慌てなくともナマでする機会はいくらでもある。

「ならば、せめてゴムは俺が着けてもいいか」
「ああ、頼む」

了承の言葉を聞いて、ゴムを一つ箱から抜き出し、封を切る。ゴムの精液溜まり部分を口で咥え、破れないよう慎重に鬼龍のモノの先っぽに被せる。

「……着けるってそういうやり方かよ」

ぼそりと呟いた鬼龍に目だけで笑いかけて、そのまま唇と指を使ってゴムを付け根に向かって下ろす。カリの部分を唇が通過した時に、呼吸を飲み込む音が聞こえ、性器の張りが増したが、構わずに半ばまで進める。これ以上は口では無理だという場所で一旦止め、舌で露出されている部分を軽く舐めた後、毛を避けながら指で残っている部分にもゴムを被せた。
鬼龍のモノから口を離した途端、口内に親指を突っ込まれる。

「ったく、くっそエロいテク覚えやがって、てめぇは」
「ふふん、最初に抱き合ってから十年も経っているんだ。色々覚えるに決まっているだろう」
「お互いにな」

舌の上に乗った鬼龍の親指が少しだけ奥に入り込んだ意図を察して、性器を愛撫するようにそれを舐め上げる。軽く歯を立てると、指が上顎を擦るように蠢いて、どんどん興奮を煽っていった。
やがて、口内から抜かれた指が俺の後孔に伸ばされ、周囲を撫でられることは予想通り。

「ん……っ、ふ、あ」

鬼龍の指は中に入ってきそうで入って来ない。指の腹が焦らすようにそこを軽く叩く。

「ローションまだつけてねぇのに、指に吸い付きそうになってんぞ」
「きさ、ま」
「旦那のにもゴム着けるな。俺も口で着けてやろうか?」
「やめ、ろ。今、口でされたら……もた、ん……っ」

勝手な言い分だという自覚はあるが、挿入前に達してしまいたくはない。どうせなら、同じタイミングでイキたい。タイミングがずれても気持ち良さはあるが、同時に達したときの快感を一度知ってしまうと、出来ればと 願ってしまうのだ。
俺の状態と思考を察してくれたらしい鬼龍は、それ以上は言わず、微かに口元に笑みを浮かべ、手でゴムを着けてくれた。

「ん……」
「ローション、つけて大丈夫そうか?」
「手早く、頼む……っ」
「心配しなくても、俺ももう焦らすほどの余裕ねぇよ」

一度口付けを交わしてから、鬼龍がローションボトルを手に取り、中指に纏わり付かせる。

「指一本だ。もうちょっと堪えろよ」
「ん、う」

頷くとローションをつけたばかりの中指がぐちゅ、と卑猥な音を立てて中に入ってきた。

「はっ……あ、く」

緩く往復させるだけでも、かなりくる。指の関節部分で妙に刺激され、音を上げるのにそう時間は掛からなかった。

「も、いい、鬼龍……っ!」
「何が、もういい、なんだ?」

十分過ぎるほど分かっているだろうに、あえてそう問いかけてくる。視線の熱の孕み方から察するに、こいつももうギリギリのはずだが譲らない。諦めて、要望を素直に口にした。

「おま……えが、欲しい。紅郎」

中で動いていた指がピタリと止まり、中から抜かれた。

「このタイミングで名前呼ぶのは反則だぜ、敬人……っ」
「あ……あ、ああっ!」

腰を持ち上げられた次の瞬間、望んでいたモノで満たされていく。広げられ、熱で埋められ、背筋を駆けていく快感に、まだだ、まだダメだと必死で抑え込んで、どうにか付け根まで受け入れた。
鬼龍も迂闊に動けないのか、全部収めたところで、俺の肩に頭を寄せて、大きく呼吸を繰り返している。その呼吸に合わせるように、自分の呼吸も重ねて、少しだけ鼓動が落ち着いたところで、鬼龍の髪を撫でた。
すっかり身体に馴染んだ鬼龍の匂いが、心地良く纏わり付いてくる。
実際には身体を重ねていても、別々の存在だと理性の部分で十分分かってはいるが、こんな時は身体と心の一部が溶けあっているような錯覚がある。
顔を上げた鬼龍が目で動いていいかと尋ねて、俺も言葉は発さずに微かに頷く。それで通じる。通じる関係をこの十年で築き上げてきた。

「ん、あ、うあ、あっ」

自分の上げる声が、律動によって生じるローションの立てる音を掻き消すほどに大きいと分かっても抑えられない。
鬼龍の肩にしがみつくように腕を回し、腰に足を絡め、可能な範囲で腰を揺らす。

「も、離さ、ねぇ」

全部俺のだと聞こえたのは、恐らく気のせいではない。

「俺の……台詞、だっ」

回した腕に力を籠めながらそう言うと、動きが激しさを増した。ああ、誰だ、早く達するのは勿体ないなんて言ったのは。そんな動きをされたらもつはずがない。

「あっ、うあ、く、ろ」

汗で腕が滑りそうになったのは、軽く爪を立てることでどうにか堪えるが、そんな動作に興奮を煽られたのか、鬼龍が俺の耳を強めに噛んだ。
多分、通常の状態なら痛むぐらいだろうが、もうここに至っては快感の後押しにしかならない。どうせ、明日も休みだ。多少痕が残るくらいは構わん。

「けい、と」

耳の奥に落ちていく、艶めいた低い声が愛しい。肉のぶつかり合う音に紛れて、繰り返し名前を呼ばれ、俺も名前を呼ぶ。

「あ、あ、紅郎、く、ろっ、ああっ!!」
「んっ!! く、うっ!!」

限界に達したのはどちらが先だったのか。四肢の先まで駆け抜けていった絶頂感に身体の力が一気に抜ける。
衝撃に眼鏡が外れ、視界がぼやけるも、眼鏡を掛け直す気力も今はない。指を動かすのも億劫だ。
だが、不思議なものでろくに見えてない視界の中で、鬼龍がどんな風に笑ったのかが伝わったような気がした。

[March <Kiryu Side>]

日用品の類は、引っ越しからしばらくの間、蓮巳が一人暮らししていた時のものを使っていたが、ぼちぼちそれらの在庫がなくなり始めたから、今後使っていく日用品をどうするかって話になった。
俺は一部を除けばあまり拘りはない方だ。蓮巳にしても、一人暮らししていた時の状況を思い出すに拘りは少ない方だろうと思ったが、二人で暮らしていく以上は勝手に決めちまうのはよくねぇ。
食費や日用品については、毎月互いの財布から一定金額を出し、そこから順次必要に応じて購入していこうという話になり、とりあえず、二人で共有して使っていくだろうものを紙に書き出し、中でも近日中になくなりそうなものを優先して決めていくことにした。

「旦那、シャンプーとかボディソープ、それに洗剤の類って何かこれじゃないと嫌だっていう拘りみたいなのはあるか?」
「正直なところ、あまりないな。ドラッグストアで安かったものを試して、合わなかったら次はない、気に入ったら継続するが、他にいいものがありそうなら試すというところか。ああ、消耗品で言えばトイレットペーパーは柔らかい紙質のダブルで、ティッシュペーパーは通常のタイプと、保湿タイプのをストックして置きたいというのは譲れない。そのくらいだな。そういう貴様はどうなんだ?」

そりゃ、トイレットペーパーは固いのじゃ辛いよなと思ったが、そこを口にすると誰のせいだと返されそうだから、言葉にはせずに飲み込んでおく。蓮巳も恐らく自分で選ぶ理由は分かっているだろうが、それを俺に口にされることは望んでねぇだろう。
流石にここ数年、セックスで怪我させるようなことはねぇが、付き合い始めてしばらく経った頃――夢ノ咲を卒業して、俺達がアイドルでなくなった直後は加減が上手く出来ずに、幾度か蓮巳を傷つけちまったことがある。アイドルじゃなくなったことで舞台事情を考慮しなくなり、貪欲に求めすぎた結果だ。
欲望と快楽に突っ走っちまうと、その代償は俺よりも蓮巳の方がどうしたってデカくなる。男同士だと、身体の構造上男女のようにはいかねぇ。だが。

――多少は考慮して貰いたいが……貴様を受け入れることも激しく求められることも嫌ではない。寧ろ、遠慮無しに抱かれるのは逆に安心するところもある。
――マゾかよ、てめぇ。度し難ぇ。
――そんなつもりはないが、貴様が俺の前では我を忘れる勢いで貪欲になるのは気分が良いだけの話だ。俺一人だけの特権と言えるからな。

蓮巳がそんなことを言うもんだから、当時の若さもあって一時期は余計にセックスに溺れたりなんかもした。傷つけずに済むようになったのは、行為を重ねていくことで蓮巳の身体が慣れていったからの一言に尽きる。
それでもやっぱり、こういうちょっとしたことで、慣れに甘えずに気遣いするってのは忘れちゃいけねぇよなと実感する。

「鬼龍? どうした?」

怪訝そうに窺ってくる蓮巳に我にかえった。

「っと悪ぃ、ちょっと考え事しちまった。てめぇが一人暮らししてた時に俺が自分用の日用品を歯ブラシと整髪料以外に持っていって置いとかなかった時点でお察しってやつだ。整髪料は定番のがあるけどな」

なくなりかけの整髪料が入ったケースを手のひらで弄びながら告げた。これを使っているのは俺一人だから、自分の財布で出さねぇと。

「そういえば、昔から大体それを使っているな」
「俺の髪質に合っているのか、使いやすいんだよ。別のも試してみたことあるけど、結局これに戻って来ちまうんだよな。おまえに使うとどうもちょっと違うってなるけど」

紅月としてアイドル活動していた頃、衣装は勿論だがメイクや髪のセットなんかも俺が担当していた。
当時、この整髪料を旦那にも使ってみたが、髪型や髪質のせいかどうもしっくりこなかったから、ドラッグストアに連れていって、別の整髪料を試したところ蓮巳本人がそれを気にいったらしく、今に至るまでずっと使い続けている。

「なるほど。だったら、整髪料と歯ブラシ以外の日用品は統一しても構わんか」
「ああ。異存はねぇよ。今旦那が使っているのそのまま継続しても構わねぇし、何か別のを二人で試してみてもいい。あ、でも今使っているボディソープは香りが結構好きだから、あれはそのまま使っていきてぇな」

今使っているのは、旦那が一人暮らししていたときのをそのまま継続している形だが、香りが俺の好みにも沿っていたから、機会があれば実家のも同じボディソープに切り替えようとも思っていた。結局、切り替える前に俺が実家を出て、旦那と一緒に住むことになったから、そうする機会はなかったが。

「勿論、構わん。……ふふ」
「? 何だ」

笑った蓮巳の意図が分からずに首を傾げると、旦那が俺の髪に手を伸ばした。

「いや、今俺達は同じボディソープにシャンプー、コンディショナーを使っているだろう」
「ああ。それがどうかしたか?」
「日常で同じものを使っているのなら、お互いの香りも同じになるかと思いきや、本来の体臭と交じり合って、ほんの少しだけ違っているのが、興味深いと思ってな」
「あー……言われてみりゃそうだな」

夜、ベッドに入ったときに身体を寄せ合うが、確かに蓮巳の香りと俺の香りは似てはいても、微妙に異なるものになっている気はする。それは洗濯をしていても時々感じることがあった。
そうか、本来の体臭のせいか。限りなく似ている香りなのに違う。そのちょっとした違いが何となく嬉しい。

「ま、俺は自分の香りより、おまえの香りの方が好きだけどな」

俺も蓮巳の髪に手を伸ばして髪を弄ぶと、お互い様だと柔らかく笑った。

[April <Kiryu Side>]

前にこの壇上に上がったのって、卒業証書受け取った時だったよなぁなんて思いながら、夢ノ咲の始業式で他の講師が就任の挨拶をしていくのを聞いていた。
あの時は、こうして再びここに立つ日が来るなんて思わなかったもんだ。生徒も真面目に聞いてるやつと、そうでないやつと、結構ここから様子が確認出来ちまうもんなんだな。
俺は式典の類をサボったりこそしなかったが、欠伸の一つや二つはしてたし、話の内容によっちゃろくに聞いてないこともあった。そんなやつでも講師になって母校の教壇に立つ日が来るんだから、人生何がきっかけでどう転がっていくか分かんねぇもんだ。
数人挟んだ横に並んでいる蓮巳や、新しく理事についた天祥院なんかはもしかしたらいつかはって予定していたことかもしれねぇけど。

「では、次はスタイリスト科の鬼龍紅郎先生」

そんな風に過去に想いを馳せていたら、俺の番まで挨拶が回ってきていた。

「鬼龍紅郎だ。スタイリスト科は新たに開設されたってことで、当面はこっちとしても色々手探りでやっていくことになるだろうが、スタイリスト科の生徒がアイドルたちをより輝かせる手助けになれればって思うし、アイドル科やプロデュース科と上手く連携を取って、やっていければって思ってる。衣装について分からねぇことや、相談したいことがあれば、いつでも言ってくれ。これでもアイドルとしての経験もあるから、その視点を踏まえた形からでも力になれるぜ。以上だ」

――スタイリスト科が新設された理由を聞いたか?

昨晩、蓮巳と寝る前に交わした会話が頭ん中で蘇る。

――あ? アイドルはアイドルとして魅せることに専念させて、負担を軽減し、他に振り分けられることは、極力振り分けていこうっていう話じゃねぇのか。
――それもあるが、ここ近年、俺達のように自分たちのプロデュースや衣装等もひっくるめて、オールマイティに管理出来るアイドルユニットが中々いないから、それなら最初から分けて効率を重視しようという点もあるようだ。プロデュース科は特に設立から十年近く経って、順調に役割を果たしている実績もあるしな。……思えば、紅月は上手く作用していた。

手前味噌だが、その点は旦那に同意だ。
fineは衣装を外部発注していたし、流星隊を始め、いくつかのユニットに依頼されて俺が衣装を手がけたりしていたが、ユニットの方向性やパフォーマンス、スケジュール管理、衣装制作等、アイドル活動に関連する様々な事象をトータルで自ユニット内で賄い、それでいて夢ノ咲学院の大看板と謳われるぐらいにまでなったユニットってのは、これまでの夢ノ咲学院の歴史を紐解いても早々ねぇことだ。
しいて言えば、斎宮が率いてたValkyrieもトータルプロデュースの面から言えば相当なもんだし、事実一度は夢ノ咲の頂点に位置していたユニットだが、失墜しちまっている。
曲については外部に依頼していたが、作曲の天才である月永が曲を担当していたKnightsがアイドルとしては特殊な位置づけで、他大抵のユニットは外部に曲を依頼するのが当たり前だったし、それを言っちまえば、完全に曲に携わったとまでは言えねぇまでも、花燈の恋文のように、俺が恋愛ソングを取り入れようと蓮巳にアドバイスした後、蓮巳がそれらしいキーワードと方向性を作詞者、作曲者に伝えることで出来たような曲もある。
プロデュース科が設立されて、あんずの嬢ちゃんが夢ノ咲に来てからは、紅月も嬢ちゃんの世話になることはあったが、紅月が強豪ユニットとして認識され始めたのは、プロデュース科が出来る以前の話だし、紅月としての活動を終了するまで、俺達の立ち位置はほとんど揺るがなかった。
ドリフェスの勝敗だけで語るのも無粋な話だろうが、紅月が明確に負けたといえるのは、例のTrickstarと対峙したS1の一戦のみだ。
常勝不敗を誇った実力派ユニット。
そういった点で、紅月は業界のやつらからの評価は俺達が当時思っていたよりもずっと高かったと聞いた。

――トップのてめぇが優秀だったからよ。俺や神崎はおまえが出す指示に乗っかってりゃ良かった。
――それだけでもあるまい。衣装やメイクについては鬼龍に任せていられたし、パフォーマンスについても大抵の要求はこなしてくれるおまえたちがいたからこそだ。誰が欠けても紅月は成立しない。そして、実際におまえは今も衣装作成を手懸けることで、夢ノ咲学院出身のアイドルたちの手助けになっている。
――これで神崎も講師になってたら、紅月再び集結ってちょっとした騒ぎくらいにはなったかもしれねぇな。

実際、神崎のところにもパフォーマンス面での講師としての話が来ていたらしいが、あいつは近い将来、実家の道場を継がなきゃならねぇからと、講師の話は断ったんだそうだ。
せっかく俺達がいるのに残念でならないと、先日家に遊びに来た際にがっかりした様子で零していた。

――だから、貴様が現役時代や今、衣装制作における功績を残してきたことがスタイリスト科新設の遠因にはなっている。ユニットが単独でオールマイティに管理していくことは難しくとも、プロデュース科、スタイリスト科、いずれは音楽科で作曲を専攻する生徒とも連携をとり、隅々まで夢ノ咲の生徒だけで構成したアイドルユニットが出て来れば、という期待があるようだ。
――俺が思っていたより、責任重大ってやつか? そう聞かされると、ちぃとばかりプレッシャーだな。
――気負う必要はないだろう。あくまでも俺達は現役生を補佐し、よりよい方向へと導いていく以上のことは出来ないからな。必要以上に首をつっこむ立場でもない。形は違えど、いつもどおりにこなしていけばいい。かつて、『いつもどおり』に紅月がパフォーマンスをこなし、安定した立ち位置を築いていったようにな。俺達が講師として買われたのもその辺りにもあるのだろうし。
――てめぇがそう言うと、どうにかなるって思えるな。

そうやって考えていたら、いつの間にか蓮巳の挨拶になっていた。壇上で上の空ってのも頂けねぇ。
それにしても、今に始まったことじゃねぇが、こいつが何か話す内容って貫禄があるというか、自信が窺えて説得力があるように聞こえるというか、つい耳を傾けちまうところあるんだよな。
生徒たちの様子を窺っても、心持ちさっきよりもちゃんと話を聞いていそうな生徒が増えた気がする。そういや、俺もまだ蓮巳と直接関わりを持っていなかった時期に、生徒会役員の紹介をしていたこいつの話を気がついたら聞いてたってことがあったっけか。
人の縁ってのは、つくづく不思議なもんでどう転がっていくかわかんねぇもんだ。そんな懐かしい気分に浸っているうちに始業式は終わった。

***

「ふはははは☆ おまえたちと同僚として一緒に働ける日が来るとはなぁ。俺は嬉しい!」
「このメンツで固まってるとちょっとした同窓会みてぇだな」
「全くだね。懐かしいったらないよ。それにしても千秋は全然変わってないね」
「その点は俺も同意だが、なぜ貴様がいる英智。今日は、講師陣だけでの歓迎会だったはずだが」

始業式が終わった日の夜。
アイドル科、プロデュース科、そしてスタイリスト科の講師陣で歓迎会が行われたが、理事の立場である天祥院も気付けば紛れ込んでいた。

「これから近くで仕事があるから、その前にちょっと鬼龍くんや千秋の顔を見に寄っただけだよ。そんな仏頂面しなくても、この一杯だけ飲んだら行くから」

一杯とは言うが、この後に仕事があるからか、天祥院が手にしていたグラスは烏龍茶だった。そうと分かったからか、旦那もそれ以上は言わなかった。小さく吐息をつくと守沢の方に話掛ける。

「守沢はもう講師として一年勤務しているんだったな。今の夢ノ咲の雰囲気はどんな感じだ?」

蓮巳が尋ねた内容に、それまで満面の笑みを浮かべていた守沢の顔が少しだけ引き締まる。

「そうだな。可も不可もなく、と言ったところか。平和と言えば聞こえはいいが、停滞してしまっているような印象を受ける。スタイリスト科が新たに出来たことで、良い風が吹き込めばいいと思っているが」
「そうか」
「ただ、俺の身近なところで言えば、現流星隊は中々頑張っているぞ☆ もしかしたら、今年は数年振りに五人になるかも知れないと、今のレッドが嬉しそうに話してくれた! 今年の一年に流星隊に憧れて入学した子がいるって話だ。そういう話を聞くと、流星隊OBとしては嬉しい!」
「流星隊が今でもあるって凄ぇよな。あれ、何年くらい前から存在してるユニットだ?」
「確か、佐賀美先生が現役だった頃にはもうあったと聞いている。図書室で調べれば記録が残っているのではないか?」
「へぇ。僕たちの頃でも最古参のユニットって言われていたから、まだあることに驚いたけど、そんなに古いユニットだったんだ。凄いね」

守沢が講師として招かれたのは、主にアクション方面の担当をという話だったが、もしかしたら、最古参ユニットのリーダーとして在籍していたことも無関係じゃないのかもしれねぇ。

「高峯も流星隊OBとして、今の流星隊が気になっているようだ。よく様子を尋ねてくるぞ」
「そういえば、今、千秋は彼と一緒に住んでいるんだったね。敬人と鬼龍くんも一緒に住んでいるし、一緒に住めるくらい仲が良いって羨ましいね」
「「「そうなのか!?」」」

天祥院の発言に、やつを除いた三人で一斉に驚きの声を上げた。

「なんだ、なんだ! おまえたち、一緒に住んでいるのか!」
「こっちだって初耳だ。高峯の実家って割りと夢ノ咲の近所じゃなかったか? というか、いつから一緒に住んでんだよ、聞いてねぇぞ」

守沢とは偶に仕事だったり、遊びだったりで会ってるが同居の話はこれまでに聞いたことがなかった。

「うむ。半年くらい前か。講師になったことで、この近くで家を借りて一人暮らししてたんだが、高峯に危なっかしくて見てられないなどと言われてしまってな。一緒に住み始めたというわけだ!」
「何をやらかしたんだ、貴様。いや、一人より二人で暮らす方が色々都合が良いとは俺達も実感はしているが」
「まぁなぁ。大体この辺りって家賃高ぇよな。うちの実家辺りまで行くとそうでもねぇんだけど、そうなると今度は治安があんまりだし」
「そう、そうなんだ! 大体、高峯も俺達みたいに常勤講師ではないが、非常勤講師として稀に夢ノ咲に来ることがあるから、向こうの都合とも合っていてだな」
「高峯は、本業がモデルだったか?」

確か、夢ノ咲卒業間近に、背もあるし、顔立ちも整っているってことで、モデルとしてどうかと声が掛かったと聞いた覚えがあった。偶に雑誌やテレビのコマーシャルでも見かける。

「ああ。撮影で帰りが遅くなることもあるし、実家にファンが来ることもあるから、元々実家は出ようと思っていたらしい」
「なるほどな。まぁ、上手くやれているようなら何よりだ」
「いいなぁ。僕もルームシェアしてみたかったな。楽しそう。おっと。そろそろ時間だから行くね。今度また、同居についての話を聞かせて貰えると嬉しいな」
「おう」
「またな!」
「えっと、幹事の先生は……」
「こっちだ」

天祥院が席を立ったと同時に、蓮巳も一緒に立ち上がり天祥院を幹事のところまで連れて行く。二人になったところで守沢が俺に問いかけてきた。

「で、おまえたちはいつから一緒に住んでたんだ?」
「二月からだ。蓮巳と職場が一緒になるし、妹も大学進学で家出ることになったし、ちょうどいいってな」
「そうか! 夢ノ咲から近いならぜひ一度遊びに来てくれ! 俺も行きたい」
「そうだな。タイミングあったら、みんなで鍋とかするのも楽しそうだ」
「うむ、鍋の野菜なら任せてくれ! 高峯に頼めば実家から安く譲って貰えるぞ!!」
「あ、そうか。実家が八百屋だもんな、あいつ」

そうやって、他愛もない会話を交わしながら、歓迎会の夜は更けていった。

[May <Kiryu Side>]

「あれ? 旦那、まだ起きてたのか」

俺より先に寝室に行ってた蓮巳はもう寝てるのかと思いきや、ベッドでタブレットを弄っていた。

「ああ。寝るつもりだったが、兄から実家の仕事絡みのメールが来ていてな。内容を確認して返信していたら、少し目が覚めてしまった」
「寝る直前に電子機器弄るのは質の悪い睡眠に繋がるからやめろって、いつも言ってるのてめぇじゃねぇか。しかも最近肩が凝りやすくなったとか言ってなかったか」

蓮巳は基本、健康管理はしっかりするタイプなんだが、たまに時間を忘れて仕事しちまうとこあるんだよなぁ。無茶し過ぎることはねぇけど、多少の無理なら厭わないところはある。若い時ならそれでどうにかなっても、そろそろ通用しないと考えていた方がいい。

「すまん。返す言葉がない。メールは既に送ったから、今日はタブレットを使うのはもうやめにしておく」
「そうしとけ。目ぇ覚めちまったなら、ホットミルク作るか、軽くマッサージするかしてやるよ。どっちがいい?」
「……マッサージを頼む。肩と首を重点的に」
「おう」

旦那にしろ、俺にしろ、運動部に入っていた経験があると、簡単なマッサージやストレッチを覚えていたりなんかするもんだ。これまでにも何度かお互いに対してマッサージしているから、力加減も何となく分かっている。
最初に鎖骨を刺激してから、うつ伏せになって貰い、腰から少しずつ肩に向けて圧をかけていく。

「ん、あ、そこもう少し強くても大丈夫、だ」
「了解。つか、固ぇな、旦那。もうちっと頻繁に身体解した方がいいぞ。どうせなら、二人でストレッチする習慣でも作るか?」

紅月の活動をしていたころは、俺と神崎に体力の余裕があることで遅れを取るまいと、早朝に軽くジョギングしたりなんかもしてたようだが、ここ数年は運動らしい運動から遠ざかっていたはずだ。
俺も人の事言えねぇ程度には身体がなまっちまっている自覚はあるから、この機に軽く運動しとくかってとこなんだが。

「そうだな。ジムでも構わんが、しばらく運動の類から遠ざかってしまっているから、まずは家で軽くストレッチから始めるというのが無難か。……んんっ」
「まぁ、夜の運動ってことなら、一緒に住むようになってからの方が頑張っ……、何だよ、事実じゃねぇか」

時々上がる声から、ついセックスでの声を思い出しちまったから、そんな事を口にしちまったが、蓮巳はそれが気に入らなかったのか、ド突かれた。
うつ伏せになってる状態だし、大した威力はねぇが、恨みがましい目で睨まれる。

「うるさい。黙れ」
「へいへいっと。でも、マジな話、運動の習慣はつけた方がいいよな。幸い、体型は今のとこ大して高校時代と変わってねぇけど、身体がなまっちまうのは頂けねぇ」

蓮巳は元々華奢な方だから、数キロ増えたとこで問題ねぇけど、加齢による体力の低下には出来る限り対応していきてぇとこだ。

「ああ。貴様みたいな筋肉ダルマでも衰えたと実感することがあるのか」
「当たり前だ。十年前と一緒にすんなよ。もうちょっと身体の力抜けるか?」
「ん」

旦那が力を抜いたのを見計らって、首と肩を念入りに解していく。マッサージの最初に触った時より、ちったぁ柔らかく解れたかと手を離したところで、旦那が寝落ちていたことに気付いた。

「ん……」
「っと、寝ちまったか」

まだ掛けたままだった眼鏡を静かに取り、うつ伏せになっている身体を仰向けにしてやるかと、そっと身体を動かしたら、寝惚けている蓮巳が俺の身体に腕を回して、抱き付いてきた。

「蓮巳」
「……ん」

俺の方が身動き取りにくくなったが、俺ももうマッサージ終わったら寝るつもりだったからいいかと、布団を襟元まで引き上げる。
姿勢はちょっとアレだが、多分、蓮巳の体温の気持ち良さに、数分もしたら寝ちまう気がした。
やっぱり、ベッドは一つにしといて良かったよなぁ。好きなやつの体温感じて眠れるっていうことはたまらなく嬉しい。

「おやすみ、旦那」

起こさないよう小声で呟いたら、何となく、蓮巳の表情が綻んだような気がした。

[June<Hasumi Side>]

今日も朝から雨だ。梅雨の時期だから仕方ないとはいえ、せっかくの休みだというのにこの天気は気が滅入る。
シーツやタオルケット等の大物を洗濯するには、予定の入っていない休みの日中を使って、天日に干したいところだが、こんな天気では外に干すわけにもいかないから、どうしても乾燥機を活用することになる。
正直、最初は乾燥機を使うことで電気代がどうなるのか気に掛かったものだったが、一度使い出してしまうとその便利さをひしひしと実感することになった。

「……乾燥機つきの洗濯機にしたのは正解だったな」

洗濯物が乾いて、取り込むだけという状況になるのは思っていた以上に有り難かった。
家電については俺が一人暮らししていた頃の電子レンジや掃除機を始めとして、鬼龍と住むようになってからも使い回しているのが幾つかあるが、洗濯機は鬼龍の提案で乾燥機がついているドラム式にした。少し高かったがその価値は十分にある。

「だろ? 洗濯物干すのも結構手間だし、この時期なんかどうしたって渇きも遅いからな。ま、衣装によっちゃ乾燥機使うわけにもいかねぇのもあるけどよ」
「装飾が細かいものだと、乾燥機を使うわけにもいかんだろうな」
「ああ。それに衣装の生地にもよる。でも、やっぱり平日の日中だと二人とも仕事でいねぇから、外に干したら突然の雨とかに対応出来ねぇけど、仕事から帰る頃に洗濯終わるようにタイマーで設定しときゃ、そんな心配もねぇからな。実家で使ってて、これはどうしてもって思ったんだ」

乾いたシーツを手にした鬼龍が、そのまま寝室へと向かう。シーツを装着したら、戻ってくるだろうと思っていたが、残りの洗濯物全てを畳み終わってもその気配がない。

「鬼龍?」

洗濯物をしまいに俺も寝室に向かったら、鬼龍は装着したばかりのシーツに寝転びたくなったか、ベッドで横になっていた。
洗い立て、さらに乾き立てのシーツの気持ち良さに抗えないのは分かる。
今日は休日だし、少しくらいうたた寝しても構わんかと、俺も洗濯物を仕舞い込んだ後、ベッドに潜り込む。
まだ、乾燥機の熱が残って温かいなと思ったところで、鬼龍の腕が伸びてきて、引き寄せられた。

「起きていたのか」
「一応な。目ぇ開けるのも億劫なぐらいには眠いが。旦那もちょっと寝ようぜ。休みなんだし、いいだろ」
「……仕方のないやつだ」
「へへ」

今日は出掛けていないから、整髪料を使っていない髪は撫でると馴染んだシャンプーの香りが心地良く漂う。
身体を寄せると、伝わった体温も気持ち良く、訪れた眠気に大人しく身を委ねた。

[July<Kiryu Side>]

「あ、届いたのか」
「ああ」

蓮巳がさっき届いた宅配便のダンボールをリビングの床に置いて開け、中身を取り出す。
入っていたのは、先日注文してあった、箱にぎっしりと入った業務用のコンドームが二セット。
一つは通常のサイズ。もう一つは大きめのサイズだ。大きめのサイズのは俺が蓮巳とセックスするときに使っているが、通常のサイズも、行為で蓮巳が精液を出した際にベッドやお互いの身体を必要以上に汚さない為に使っている。
こいつ結構勢い良く飛ばすんだよな。精液が飛ぶかどうかなんて、単純に体質の問題だろうが、俺としては蓮巳を限界まで気持ち良くさせた感じがして興奮するから、翌朝すぐにシーツを洗濯出来るってタイミングでセックスした時は着けねぇこともままあるが。
業務用ということで、ごく簡素なパッケージのオーソドックスな品だって事以外に品質に問題があったりするわけじゃねぇ。だいたい、興奮しているときに、一々ゴムのパッケージを確認したりもしねぇもんだが。

「……今後、ずっとこれを使っていくっていうのも飽きねぇか?」

業務用だからこそ数も多い。蓮巳と一緒に住むようになって数ヶ月、以前に比べて行為の回数が増えたとはいえ、これだけあると使い切るまでに結構な期間がかかりそうだ。

「消耗品なのだから、極力安く済ませたいのは当然だろう。この家からは職場も近いし、ものがものなだけにうかつに近所のコンビニやドラッグストアで購入するのも憚られる。いつ誰に会うか分からんからな。使用期限も短くはないから大量にあれば買う機会も最低限で済むし、これが一番無難だと思うが」

「そうなんだけどよ。ちょっとこのノートパソコン借りていいか」
「うん? 構わんが何だ?」

テーブルに載っていた開きっぱなしになっている旦那のノートパソコンを使って、ブラウザでコンドーム専門店のページを開き、画面を覗き込んできた蓮巳にそれを見せる。

「コンドーム専門店、だと?」
「おう。ちょっと気にならねぇか。香りつきとか、凸凹がたくさんついているやつとかちょっと変わったやつも一度試してみてぇ。専門店となると何でもありそうだしな」

何で、俺が店を知ったのかと言えば、うちの生徒――しかも、アイドル科のやつがこっそり変わったコンドームを持っていたのを、偶然廊下に落としたところに居合わせて発見しちまったからだ。

――すっ、すみません。
――……おまえ、これを使うような相手がいるってことか?

そいつが拾い上げる前に俺が拾う方が早かった。パッケージに分かりやすく味付きなんて書いていたことに驚いたが、多分、そいつはその俺の驚きの表情が、怒っているように見えたんだろう。まるでこの世の終わりみてぇな顔してた。
まぁ、単純な問題として、講師にゴムが見つかって穏便に済むとは思わねぇよな。

――その、あの。
――いるなら、ちゃんと人に見つからねぇように持っとけ。こんな風に学院で落とすなんざ以ての外だ。スキャンダルは御法度だって、アイドル科に所属してんなら、口酸っぱくして言われてんだろ。

狼狽え方から察するに、遊びやちょっとした好奇心で持ち歩いてんじゃねぇなって踏んだのは合っていたらしい。うなだれた生徒が力なく返事をした。

――はい……。
――特定の相手がいるなら、持っとくのはマナーだ。けど、アイドルの立場であるうち……特に十代の頃は絶対にそんな相手がいるって周囲に悟らせるんじゃねぇ。おまえだけじゃなく、その相手にも迷惑がかかる。

俺と蓮巳だって、付き合って身体の関係を持つようになったのは夢ノ咲にいた頃だが、現役中は絶対に周りに、それこそ同じユニットだった神崎にさえ分からないようにしていた。
卒業間際での返礼祭でちょっとしたことから朔間と羽風にはバレたが、お互い様というか、俺達もやつらの関係をその時初めて知った。そのぐらい、恋仲の相手を持つということには気を遣わねばならない。
アイドルは夢を与える仕事で、その夢を踏みにじるようなことはやっちゃいけねぇ。
俺達も現役時代には散々言われたことだった。特に紅月は硬派を売りにしていた分、もし俺達が付き合っていることが発覚していたら、相当な騒ぎになっただろう。

――それにしても、変わったゴムだな、これ。
――その、専門店で買ったやつなんです。
――おい。まさか、その専門店に直接行ったのか?
――いっ、いえ! 通販で、その。
――なら安心した。流石に直接買ったりなんかしてた日には、反省文書かすとこだったぜ。

バカ正直といえば、それまでかも知れねぇが、こういうやつなら、次は誰かに見つかるような真似はしねぇだろうし、付き合い自体は誠実なもんだろうと察して、そこで見逃してやった。
が、以来コンドーム専門店ってのが気になっていて、機会があればと思っていたのだ。

「ふむ。興味がないと言えば嘘になるが……コンビニやドラッグストアで他の買い物に紛れ込ませるということが出来ない分、目的があまりに明確すぎて訪れるにはハードルが高いな」
「ジョークグッズって感じで買いに行くやつらも多いみたいだし、そこまで気にしなくても大丈夫な気もするぜ。どうしてもってんなら、二人で店に入るタイミングずらして、中で合流するとかどうだ?」
「……ここはオンラインストアもあるようだが、それではダメなのか?」

微かに眉を顰める蓮巳はどうも乗り気になれねぇって感じだ。
アイドルはとっくの昔に辞めているとはいえ、十代の多感なアイドル達を預かる講師という立場を考えても蓮巳が行くのを渋るのはわかるが、こっちはこっちで事情はある。

「通販サイトも見てみたけど、俺のサイズだとあんまりバリエーションがねぇんだよ。店舗の方が種類揃ってそうだし、見つかるんじゃねぇかと」
「まぁ、貴様の場合、勃っていない状態でも普通のサイズを使えるかは微妙なところだからな」
「うおっと」

す、と股間を緩く人差し指でなぞられて、訪れた快感に思わず声を上げちまう。

「んな触り方してっと、真っ昼間から襲っちまうぞ」
「今日、明日は休みだからそれも吝かではないが、今週はお互い忙しかったせいで家の中が散らかっている。せめて、もう少し片付けてからにしたいところだ」
「だよな」

実際、宅急便が届くまでは二人して洗濯なり掃除なり、溜まっていた家事に勤しんでいたところだったのだ。
セックスするのは夜でも問題ねぇが、家事は日中に済ませないと不都合なものもある。大体、今日は朝からいい天気だからと布団もちょうどベランダに干しちまったところだった。すぐに取り込むのも勿体ねぇし、夜にふかふかの布団でコトに及んだ方が絶対気持ち良いのに決まっている。

「……来週の休みにでも行ってみるか。来週ならうちの生徒は試験期間にも入るし、下手に店の近くで生徒に遭遇するようなこともないだろう」

少し躊躇いはあったようだが、蓮巳も結局話に乗ってくれた。

「おう。ありがとな。じゃ、決まったところで」
「片付けに戻るか。とりあえず、今日来た分のゴムはしまっておくぞ」
「頼んだ、そっちは任せる。あと、一時間くらいしたら飯の準備するからよ」
「ああ」

蓮巳がコンドームを寝室に持っていったところで、俺も飯の支度を始める前に風呂掃除を終わらせようと、風呂場に向かった。

***

翌週の土曜日。
午後早々に俺と蓮巳は件のコンドーム専門店を訪れたが、店まで数十メートルってところで一旦足を止めた。

「思っていたより目立つな、こりゃ」

派手な看板、鮮やかに彩られた店の装飾。加えて、角地に佇んでいるせいで、遠目からでも結構目立つ場所だった。
ぱっと見、いかがわしい印象こそねぇが、何を扱っている店かってのは看板や装飾から容易に想像出来る。

「ここまで堂々としているとかえって健康的にさえ映るな。店は確かに目立つが、人の入りも思っていたより頻繁だ。まごついているより、さっさと入って買い物してしまった方が目立たないだろう。行くぞ」
「……旦那、吹っ切ると早ぇよな」

状況によっては、二人で店に入るタイミングをずらそうかと言っていたんだが、蓮巳の方はそこまでする気もなくなったらしい。こいつ、繊細そうに見えて結構豪胆なとこあるんだよな。
歩き始めた蓮巳に俺も直ぐ追いつき、二人揃って店内に入り、色々と陳列されている品を見ていく。
オンラインストアに掲載されていた在庫とは比べものにならないぐらいの種類があるコンドームを前に、やっぱり直接来たのは正解だったとしみじみ思う。俺のサイズでも問題なく色々と試すことが出来そうだ。

「ここまで並ぶと壮観だな。専門店というだけはある。ん、凸凹がついているというのはこれか」
「これだな。試すか?」
「そうしよう。ううむ、出来れば触ってみて感触を確かめたかったが、テスターは置いていないのか」

ああ、なるほど。蓮巳が直接店に来るのを承諾してくれたのは、そういう面も期待してのことか。
特に凸凹があるタイプなんて、ダイレクトに影響あるのはこいつの方だもんな。

「ものによっては確かめられるのもあるみてぇだけど、それはねぇな。もし使って痛むようだったらすぐ外しゃいいだろ。あ、この薄いポリウレタンのやつもいいか?」
「ああ。……使ってみたかったのなら、言ってくれれば良かったものを。それなら普通の店の通販でも買えるだろう」

俺が手に取ったやつは従来のゴム製じゃなく、ポリウレタンで出来たタイプのコンドームだ。体温が伝わりやすく、ナマの感触にかなり近いと評判のものだが、ゴム製のものに比べると値段が上がる。特にいつもは業務用なんて使っているから、なおさらだ。

「いや、単価が他よりちょっと高ぇし、それならナマでしても構わんとか、旦那が言いそうだなって思ってよ」

ナマですると凄ぇ気持ち良いが、どうしても旦那の身体に負担が掛かっちまうのが引っかかる。タイミング悪ぃと蓮巳が体調崩すきっかけにもなっちまうから、極力ゴムを使うようにしてるんだが、翌日一日休めるって場合だと、こいつの方がナマですることに乗り気なこともある。遮るもんなしに直接って時点で興奮するのもあるんだろう。
たかが〇.〇二ミリ、されど、〇.〇二ミリだ。挿入する俺の方の感覚が違ってくるのは勿論だが、蓮巳側も結構違いが分かるらしい。挿入時の感触が変わってくるて話だ。

「なっ、貴様、人を何だと思っている。別に俺は吝嗇家ではないぞ。大体、二人で使う物は双方で話し合おうと決めただろう。そうやって勝手に自分の中で結論を出すんじゃな……っとすみませ……」
「あ」

棚にあったコンドームを手に取ろうとしたところで、他の手が伸びてきたから、咄嗟に引っ込めた旦那が、その相手の顔を確認して言葉を失う。いや、言葉が出なかったのは俺やその相手もだ。
明るい色した少し長めの襟足を髪ゴムで一つに括って、眼鏡を掛け、キャスケットタイプの帽子をやや深めに被っていたその相手は。

「……羽風」

既にアイドルを辞めた俺達とは違い、今もUNDEADとして、芸能活動を続けている夢ノ咲時代の同級生、羽風薫だった。
呆然としたのは向こうも同様で、俺達を確認して数秒固まった後、派手に溜め息を吐いた。

「…………げろげろ。こんなとこでかつての同級生に出くわすとか笑えないじゃん」
「貴様がいるということは、まさか」
「どうしたんじゃ、薫く……おや。これは久し振りじゃの」

少し離れた場所から、こちらへと移動してきたのは、やはりUNDEADの朔間だった。こちらも羽風と同じように漆黒の髪を後ろで括って、眼鏡を掛けている。
こいつらは俺たちと違って、現役アイドルだから変装してきたってことなんだろうが、同じ様な格好しているせいもあって、かえって周囲から浮いて目立っている。
ただでさえ、男二人の時点で目立つってのに。どうせ、変装するなら、もうちっと考えろよ。

「……何故、あんたたちがここにいる」
「何、目的はそちらと同じじゃよ。そもそも、何故と言われてもこの店じゃ理由など一つしかあるまいに。相変わらず仲睦まじいようで何よりじゃ」
「そっちもな。つうか、なんで似たような格好してんだよ。いくら変装してたってそれじゃ別の意味で目立つぜ。この歳の男二人がペアルックもねぇだろ。舞台衣装じゃねぇんだからよ」

潜めた声で言ってやると、ペアルックと称した俺の言葉に、羽風が帽子のつばをおろす。覗いている耳が赤くなっているのが分かった。

「仕方ないじゃん。待ち合わせたらお互い偶然こんなんだったんだからさ。着替えに戻るほどの時間もなかったし。それをいうなら、蓮巳くんたちこそ、変装もしないでこういうお店くるとか大胆すぎでしょ」
「俺たちはもうアイドルじゃないからな。辞めてからも相当な年数が経っている。貴様らほど神経質になる必要もない」

大胆すぎという言葉に、一瞬だけ蓮巳が動揺したのが伝わったが、そうとやつらに悟られないよう、強い口調で返した。

「アイドルじゃなくとも、おぬしらは自分たちが人目を惹き付ける容姿だという自覚くらいはしておいた方がいいぞい。芸能界と完全に縁が切れたわけでもあるまいに勘が鈍ったかの?」

だが、少なくとも朔間にはその動揺が伝わってそうだ。事態を把握した蓮巳が、溜め息を噛み殺した。
目を細めて笑った朔間に、遠い日の思い出が蘇る。俺達が夢ノ咲学院を卒業した年の返礼祭。
様々な事情から、かつて一瞬だけ活動したデッドマンズのユニット名を使って、この四人でステージに立ったが、ライブで高揚したせいか、こいつらが舞台裏で濃厚なディープキスを交わしていたところに、うっかり出くわしてしまった。

――ちょっと、ここ、どこ、だと思ってるの、朔間……さん。
――多少聞こえたところで、この暗さでは我が輩にしか見えはせんよ。今はこれ以上の手は出さぬから、勘弁しておくれ。
――それは、それで生殺し……っ、んっ!

朔間が言ったように、情景は全く見えなかったが、舌を絡ませる音や唾液による水音はハッキリ聞こえたせいであてられ、結局俺達もその場で口付けを交わし、その日の夜は家に父ちゃんも妹もいたにも関わらず、蓮巳を連れ込んでセックスした。
家族がいるときには手を出さねぇようにしていたってのに、あの日だけは我慢出来なかったし、蓮巳も拒まなかった。家族に聞こえねぇようにと声を極力抑えての行為はいつも以上に興奮を誘った。
そんな経緯があるから、お互いに付き合っているというのは把握していたが、まさか数年振りの再会がコンドーム専門店でばったりなんてのは完全に予想外だ。
それはやつらも同じことだろう。事情を知ってたって、気まずいもんは気まずい。

「勘が鈍ったってのはあるかも知れねぇな。今後は気をつけるぜ。ま、あんまりここで立ち話すんのもなんだから、また今度機会作って会おうや」
「それもそうじゃの。では、我輩たちはこの辺で。良い休日を」
「……じゃあね」

朔間の表情が妙に含みのある笑顔に思えたのは、気のせいだと思っておく。
朔間と羽風が二人連れ立って会計を済ませ、店を出たところで、旦那と同時に溜め息を吐いた。

「……うちの生徒にばったり会うよかマシだけどよ」
「生徒なら、試験期間中に何しにきていると説教で誤魔化すことは出来るがな。まさかやつらにこんなとこで会うとは思わなかった」

ラブホで知り合いに会うのと変わんねぇよなぁ。相手を知っているだけに、つい想像もしちまうからだ。多分、向こうにも多少なりとも想像されたりはするだろう。
いい歳なんだし、特定の相手がいりゃそんなこともあるってのはごく当たり前の話だが、当たり前なだけに、すぐ隣にその特定の相手がいるとなりゃ、自制心は脆くなる。元々、夜にはする予定だったが、こうなると一刻でも早く旦那に触れたくてたまらなくなった。

「――蓮巳」

耳元でこっそりと囁くように話しかけると、蓮巳側も声を潜めた。

「何だ」
「買い物終わったら、このまま近くのホテル寄らねぇか? 家まで待てる気がしねぇ」

何がとまでは言わねぇが蓮巳なら察してくれるだろうし、多分こいつも似たような心境だろう。蓮巳の目元がほんのりと赤く染まっているところからも察せられる。
予想はしてたが、返事はあっさりしたものだった。

「いいだろう。ここから三駅ほど先にホテルが密集していた場所があったはずだ。土曜とはいえまだ日中だし、そこなら探せば空室もあるだろう。ついでにローションも一つ買っていくとしよう」
「そうだな。ホテルによっては備え付けがねぇ場合もあるもんな。この際だからローションも普段使ってねぇやつ試してみるか」

旦那にすぐにでも触りたい衝動をどうにか抑えつつ、通常の製品に比べて温かさを感じるって謳い文句のローションをカゴに入れる。
いくつかのコンドームとローションを買って、何となく会話のないままにホテルを目指した。

***

目的の駅周辺をうろつくこと数分。少し値段は高いが、空室のある綺麗なホテルを見繕って入った。
部屋に踏み込んで早々、キスを仕掛けたら蓮巳も拒まなかったから、そのまま口の中へ舌を突っ込む。
そういや、一番最初のキスは軽く唇を触れ合わせるだけで満たされたのに、最近は――特にセックスでの流れの最中のキスは舌を絡めるってのが当たり前になってんな。眠る前に軽く触れ合う程度に額や唇にキスするってのは今でもやるが、セックスでのキスは唇も舌も使うし、時には歯も使う。
深くキスして、隅々まで触って、繋がって。蓮巳の身体で知らねぇ場所なんてとっくに残っちゃいねぇが、何度だってこいつとセックスしたい。
そりゃ、ゴムの種類変えたり、体位を変えたりっていうぐらいの変化は欲しいが、蓮巳以外としたいとは思わねぇ。
すっかり覚えた口内の性感帯を攻めていくと、くぐもった快感の声と一緒に、蓮巳も俺の身体を探っていく。
腰を引き寄せてくっつけると、蓮巳のモノもかなり固くなっているのが伝わった。少しこのまま服ごしに感触を楽しもうとしたが、旦那からストップの声が掛かる。

「っ、脱がないうちにあまり刺激するな。下手に汚すと帰るときが面倒だ」
「おっと、そうだった。悪ぃ」

遠出するときには車を使うことも多いが、今日は目的の店が都心にあったのと、店の駐車場がなく、車を使うなら店から少し離れた場所に止めなきゃならねぇって事情で、電車で移動していた。
あと、車を使うと帰りにそのままホテルに寄っちまいそうだから避けたって事情もあったんだが、結局こうして寄っちまってるんだから、車で来ても良かったかも知れねぇ。
俺から身体を離した蓮巳が、唾液に塗れた口元を軽く拭いながら、一緒に風呂に入るか?と尋ねて来たが、それには首を振った。

「いや、今一緒に入ったら、ベッドまで我慢出来なくなっちまいそうだ。先に入って来い」

ラブホの風呂は大抵家のより広いから、二人で入って楽しむ分には好都合だが、今日は楽しめるまでの余裕がねぇ。
蓮巳とする前に一回抜いときたいくらいに興奮してる。実際にやっちまうと、こいつの機嫌を損ねそうだからやらねぇが、旦那の裸を見て冷静でいられる自信はない。

「ならば、そうさせて貰おう。俺が入っている間にどのゴムを使うか選んでおけ」

先程買ったばかりの数種類のゴムが入った袋をテーブルに置いて、蓮巳がさっさと浴室に向かう。

「何だよ、俺の好きにしていいのか?」
「どうせ、最終的には買ったゴム全部を試すことになるんだ。順番はこだわらん。任せる」
「言うじゃねぇか。じゃ、お言葉に甘えて俺が試したいの選んどくな」
「ああ」

蓮巳があまり俺の方を見なかったのは、あいつもかなり興奮しているのを抑え込んでいるからだろう。
大体、コンドーム専門店から数駅離れたこの近辺にラブホが固まっているのをチェックしていたのは蓮巳だし、ホテルを探している段階でも、男同士で使えるホテルの目星を付けていた感じはあった。こうなることもある程度予測していたんだろう。
浴室から聞こえてきたシャワー音をBGMに、蓮巳のサイズのゴムでチョコレートの味と香りがついたもの、俺のサイズのゴムで凸凹がついているもの、でもって、二回戦の時の為に、ポリウレタン製のコンドームも出しておく。
一番興味があるのは、ナマの感触に近いっていうポリウレタン製コンドームだが、こんな興奮した状態でナマに近い感触を味わったらもたねぇだろうと二回戦でと決めた。
使う分以外のゴムを纏めて除けたところで、腰にバスタオルを巻き付けた蓮巳が浴室から出て来る。

「じゃ、俺も軽くシャワー浴びてくる。ゴム選んどいたけど、おまえも先に使いたいのあれば、そこに出しといてくれや」
「任せるといっただろう。……ふむ、ポリウレタン製のは二回目で使うつもりか」
「話が早くて助かるぜ」

理由も察しているだろうから、それ以上は言わずに、浴室へと入る。やっぱり浴室は広かったから、帰りは二人で一緒に風呂でもいいなと思いつつ、出来るだけ急いで髪と身体を洗った。
さっきの蓮巳と同じく、腰にバスタオルを巻き付けただけの姿になって浴室を出ると、部屋の灯りは既に調整されていて、薄暗く紫色を帯びた灯りが部屋の中を照らしている。

「水を飲むなら、テーブルに置いてある」
「おう、ありがとよ」

コップに入っていた水を三分の一ほどのみ、ベッドの上で横になっていた蓮巳に覆い被さる。
髪が落ちて、旦那の額に触れると、笑いながら俺の髪を撫でた。

「何だ、まだ髪が生乾きじゃないか。慌て過ぎだろう」
「てめぇの髪だって湿ってんぞ。どうせ、これから汗掻いちまうんだし、帰りにもひとっ風呂浴びてくんだから、この位いいだろ」
「それもそうだな……んっ」

首筋に舌を這わせると旦那の身体がびくりと跳ねる。
旦那は結構首感じるから、舌と唇で擽るようにして刺激を与える。

「跡、は」
「残さねぇよ、ここには、な」
「ふっ……」

こんな薄着の季節だ。分かりやすい場所になんか残せねぇ。ただ、脇腹や腰なんかは俺以外の誰かが見るような場所じゃねぇから、腰のバスタオルを解きながら口付けを落として、情交の跡を残していく。
バスタオルが緩く股間のところで隆起していたから、勃っているのは分かっていたが、覗いている後孔の周辺が灯りで照らされて少し光っていたのは、予想してなかった。

「……自分でローション塗ったのか」
「おまえが風呂に入っている間、手持ち無沙汰だった、からな」

蓮巳が自分で孔にローションを塗って馴染ませたところを想像すると、それだけでヤバい。

「んだよ、塗ってやるのちょっと楽しみにしてたのに。温かさはどうだ?」
「…………自分で触れて確かめたらどうだ」

広げられた足は触れってことだ。遠慮なく手を伸ばして、孔の周辺を指先で撫でる。少し撫でただけで、大丈夫そうな感じが伝わったから、指をそのまま孔へと挿入させた。

「ん……っ、う」
「こりゃ……温かい、っていうか、熱い、な」
「あっ、は、あ」

元々、触れる中で一番体温の高くなる場所だが、指に纏わり付いてくる内壁が凄く熱を持っている。試したことはねぇけど、風邪引いてるときだとこんな熱さになったりするんじゃねぇだろうか。
蓮巳はシーツを掴んで、声を上げそうなのをどうにか堪えているって感じだ。可愛いったらねぇ。
中に収めた指で緩めに抜き差ししながら、片方の乳首は唇で吸って、もう一方は指先で緩くこねる。三箇所の性感帯を同時に攻めたことで、悲鳴が上がったのに気を良くしながら、指を抜いた。

「きさ、ま」

涙目で睨まれたところで、どこ吹く風ってやつだ。

「旦那だって煽っただろ。ゴム着けるぜ。まずはこっち……っと」

チョコレートの味と香りがついているっていうゴムの封を切る。甘く安っぽい感じのチョコレートの香りがふわと漂う。

「待て。俺に着ける前に味見させろ。着けてからでは出来ん」
「ほらよ」

包装から取り出したゴムを手渡すと、蓮巳が精液溜まりの部分を舌で舐め取った。何となく、フェラしている時の構図が頭の中で重なり、つい生唾を飲み込んじまう。

「……凄ぇ絵面だな」
「何か言ったか」
「いや。味もちゃんとチョコになってんのか?」
「駄菓子のチョコといった感じの味だがな。ほら」

手渡されたゴムを受け取って、蓮巳と同じ要領で舐めてみる。

「あー、なるほど。駄菓子な」

確かにどこか懐かしいようなチョコの味だ。口の中が妙な甘ったるさに包まれる。塩気のあるもんが欲しくなりそうだと思ったところで、先走りを零している蓮巳のモノが目に入る。

「っ、おいっ」
「お、良い感じに中和される」
「くっ、う」

蓮巳の先走りを舐め取ってから、ゴムを被せる。被せ終わったところで、先っぽ部分を咥えこんで、軽く吸いつくと、口の中で蓮巳のモノがより張り詰めたのが伝わってきた。

「ゴムの味を考えりゃありだな、これ」
「ん、う」
「とはいえ、フェラするときはそのまま舐めときゃいいって話だけどよ」
「は……っ」

モノから口を離し、蓮巳と口付けを交わす。まだ残っていたチョコの味と香りが一瞬強くなった後に消える。
さて、今度は。

「こっちだな」

凸凹がついているゴムを開封して、中身を取り出した。ぱっと見ただけじゃ、いつものやつと変わりがねぇ。旦那も手を伸ばして触ったが、腑に落ちねぇって顔してた。

「これだけだとよく分からんな」
「説明書みた感じだと、凸凹あるのは竿の部分で、先っぽにはついてねぇし、着けてからじゃねぇと分かりにくいのかもな」

とりあえず、いつものように着けようとゴムをモノに被せて少し下ろしたところで、違いは分かった。

「あ」
「違うか?」
「ああ。触っとくか」
「……なるほど、凸凹というよりはざらざらした触感だな」

ゴムを被せ終わった、俺のモノの半ば辺りを蓮巳が触って確かめていく。そう、蓮巳が言ったように凸凹があるってよりは、その部分だけ材質が違うような感覚だ。
実際には材質そのものは変わんねぇだろうが。

「ゴムの内側部分は違いが分かるか?」
「それが普段とあんまり変わんねぇんだよな。挿入したらまた違ってくるかも知れねぇけどよ」
「……ならば」
「おう」

身体を起こしていた蓮巳が再び横たわったところで、足を抱え、切っ先を蓮巳の中に沈める。
幹の半分挿れたか挿れねぇかくらいのところで、ストップが掛かった。

「う、あ、待て、感触、が」
「痛いか?」

何だかんだ、元は女の身体と違って挿入するようには出来てねぇ部分だ。勝手が違うと言えば違う。
材質からして、怪我させるようなことはねぇだろうが、凸凹が変に刺激するのかも知れない。
一旦、抜いた方がいいかと身体を引きかけたが、抜けきる寸前で旦那が俺の腕を掴んで止める。

「痛い、わけじゃない、が、ゆっくり、挿入して欲しい」
「このくらい、か?」
「ん、あっ、そう……あっ」

ゆっくりという希望に沿って、いつもよりも時間を掛けて旦那の中へと挿入する。
少し蓮巳が苦しそうにしているのが気に掛かったが、俺の背に腕を回したのはやめるなという意思表示だろう。
どうにか付け根近くまで収めて息を吐くと、蓮巳も息を吐いた。少しだけ身体の力も抜けたようだ。
髪を軽く撫でてやると、ここの備え付けのシャンプーの香りが漂う。
背に回された腕が外れる気配はない。俺の方は挿入してもやっぱり普段と変わりなかったが、反応みた感じだとこいつは結構違ってきそうだ。

「大丈夫か」
「ああ。すまん、気遣わせて」
「問題ねぇよ。ゆっくり動けば大丈夫そうか?」
「ああ。少しすれば慣れると思う、から」

続けろ、と耳元で囁かれて、深い部分で小さく動き始めた。

「んっ、う、あ」
「これは平気か」
「ああ。たぶ、ん、ざらついた場所が挿れる場所を通過するのが、くる、んだと思う……っ」
「なるほどな」

だったらと、慣らすために少しずつ動きを大きくしてみる。動き自体はローション塗ってるのもあって、滑らかだ。
いや、待てよ。そういや、ローションが温感タイプだったよな。もしかして、それとの相乗効果もあるんじゃねぇだろうか。
ゴム越しだからか、俺の方はさっき指を挿れた時ほどには熱さは感じてねぇが、蓮巳側はローションも凸凹も直接身体に触れていることになる。

「ひうっ!」

半ばまでゆっくり抜いたが、突くときは少し早めに押し込むようにすると、背に回された腕に力が入った。

「キツいか?」
「へい、きだ。今のを」
「おう」
「あっ……ひあ、きりゅ、うっ」
「ああ、この角度いいのか」
「うああ!!」

反応が良かったところを狙って、性急にはなんねぇように動く。中が締め付けてくるから、こっちも少しずつ余裕が削られていく。

「ダメ、だ、その動き……っ」
「ダメ、じゃねぇだろ、これは」
「んんんっ!」

本当に身体への負担が大きくてダメか、快感の強さに飲まれたくなくてダメかの判断はこれでもついてるつもりだ。本気で身体がキツくてダメなら、今は腰に回っている足も蹴りを入れるぐらいはするし、声にこんな艶は含まれねぇ。

「あ、や、待っ」
「……待て、るかよ……っ」
「ああ、きりゅっ、あ、うあっ」

もういいだろと、いつもするような動きに戻して、快感の頂点を目指し始める。細かく震え始めた蓮巳の中に、限界の近さを悟って、腰を叩きつけた。

「はす、み」
「あっ、だっ、や、ああ!」
「んっ!!」

一際キツくなった締め付けが最後の一押しをして――熱を迸らせた。
何とか、蓮巳の負担になんねぇよう、身体を腕で支えていたが、いい、乗れ。と簡潔に告げられ、遠慮なく蓮巳の身体に体重を預ける。
しばらく、そのまま呼吸が落ち着くまで待ったところで、尋ねてみた。

「慣れると良い感じか?」
「偶には……と言ったところか。その慣れるまでというか挿入からしばらくが少ししんどいな。何度か使ううちに違ってくるかもしれんが」

どうも、頻繁に使いたいようなものにはならなかったみてぇだ。俺の方も普段と大差ねぇし、蓮巳がこれを使う気になったときにって感じになりそうだ。

「そっか。二回戦どうするよ?」
「ううむ……二回戦自体は構わんが、出来れば家に帰ってからにしたい。このままここで二回戦に踏み切ると、終った後に電車で帰る自信がない」
「必要なら、おまえを抱っこするなりおぶって帰るなりは出来るぜ?」

流石に十代の頃に比べりゃ体力は落ちたが、それでも蓮巳の全盛期と比較して、力も体力も余裕があるって自負してる。だが、俺の言葉には蓮巳が本気で嫌そうに眉を顰めた。

「俺が嫌だ。それこそ、そんなところを生徒に見つかりでもした日には当分言われるぞ」
「それもそうだな。よ……っと」

ゴムを軽く押さえつつ、蓮巳の中から抜ける。もう柔らかくなりかけてて、強い刺激にはならなかったのか、蓮巳も一瞬息を飲み込む以上のことはしなかった。
ゴムの口を縛ってゴミ箱に捨てたところで、蓮巳も自分の分のゴムを外して、捨てる。
そういえば、ゴムの外側部分には味と香りががついていたけど、内側ってどうだったのかと気になって、柔らかくなってる蓮巳のモノを軽く舐めてみる。

「なっ、何をする!」
「いや、内側もチョコ味だったのかと思ってよ。そういうわけじゃねぇみてぇだな」

微かにチョコの香りこそ残っていたが、普通にゴムの味と精液の味がするだけだった。

「度し難い! 内側に味や香りをつける意味がないだろうが」
「まぁ、それもそうか。うちで二回戦するなら、とりあえず風呂入って帰ろうぜ。せっかく広いんだし、そんくらいは堪能しねぇとな。もう興奮も治まったろ?」
「貴様のせいで、完全に治まったとは言い難い事態になったがな……ったく」

微かに頬を紅く染めた蓮巳は、それでも俺が差し出した手を拒みはせず、一緒に風呂へと向かった。

***

なお、ラブホの広い風呂でしばしのんびり過ごし、家に帰ってからポリウレタン製コンドームを使って、二回戦を楽しんだ結果については。

「ふむ……これなら、素直にナマでするので良い気がするな。伝わる体温は確かにナマの時と近いが、少しごわついた感じが残るし、どうせナマでするのも偶にだから、それだったら――おい。何だ、鬼龍。その顔は」
「…………だから、旦那はナマで良いって言いそうな気がするって言ったんだよ」

俺がポリウレタン製コンドームについて、最初に予想した旦那の反応は間違ってなかったと認識することになったのだった。

[August <Kiryu Side>]

「鬼龍。すまんが、やはり十日過ぎから数日間実家に戻ることになりそうだ」

八月に入って直ぐ、蓮巳がそう言ってきたのはとっくに予想していたことだった。こいつの実家は大きい寺だし、位としては一番下ということになるらしいが、僧侶としての資格を持っている以上、忙しくなる盆に駆り出されねぇわけがない。
大体、こいつと付き合って以降、僧侶の資格を持っていなかった期間を含めても、盆にずっと一緒にいたのなんざ、喧嘩祭直前のレッスンぐらいだ。
盆と年末年始は寺の繁忙期だって重々承知してる。特に盆は日にちを限定されている訳じゃねぇから、日数としては年末年始、大晦日と三が日の四日間より少し長くなっちまうこともだ。

「そうなるだろうと思ってたぜ。予想ついてたから気にすんな」
「それはそうだろうが……頼み事もある。その期間中に一件、アイドル科の生徒の合宿に伴う引率を依頼されている。すまないが、その引率も代わって貰えないだろうか?」
「俺の元々の引率分と日にちが被ってなきゃな。何日だ?」
「十四、十五の二日間。一泊二日の合宿だ。ユニットは『Burning Soul』」

確か、一年と二年が二人ずつで構成されたユニットだったか。そいつらの衣装が真紅を基調にしているせいか、紅月の衣装を参考にしたいと、そいつらを担当しているスタイリスト科の生徒から相談を受けたことがある。
その日にちなら確か大丈夫だったはずだと思いながら、念の為にスケジュール帳でも確認してみる。母ちゃんの墓参りはまだ何日って決めてなかったし、さしあたって日時に問題はねぇ。

「いいぜ。大丈夫だ」
「重ね重ねすまん。面倒をかける」
「今更水臭ぇこと言うんじゃねぇよ。俺の方でも都合がつかなくなった時にてめぇに代わって貰うことだって、今後あるかも知れねぇんだし」

俺達は夢ノ咲学院の講師としては一番下っ端になるし、そうなると同期の上にかつてユニットも一緒だった俺に真っ先に代理の話を持ちかけてくるのは、恋人という立場を抜きにしても当然だろう。俺だって、逆の立場だったら真っ先に都合を尋ねるのは蓮巳だ。

「そうだな。その時は遠慮なく頼んでくれ」
「おうよ。何日くらいに帰れそうだ?」
「十七か……遅くとも十八日辺りには」
「わかった。帰ってくる頃には冷蔵庫の中のもん減らしとくな。また、檀家からの貰い物持って帰ってくるんだろ?」

これは毎年恒例だ。
盆や正月に寺への挨拶も兼ねて、何かしら食べ物を差し入れてくる檀家が結構いるらしいが、特に蓮巳が実家の寺を出て一人暮らしを始めてからは、ぜひ持っていってくれと差し入れが増えたらしい。
だから、こいつが一人暮らししていた時は大体盆が終わった後、貰った果物なんかを蓮巳が出してくれたり、時々は俺が貰ったもんを使って料理するなりしていた。

「ああ。既に西瓜は実家で食べきれないくらいの状況らしい。なので、西瓜は確実に持って帰ることになる」
「いいじゃねぇか。どうも二人だと果物、特に西瓜は中々買わねぇからな」

果物の類は貰い物なら食おうと思っても、普段の買い物ではつい忘れがちになっちまう。
実家でも、妹が菓子作りで使いたいという果物以外はあまり買っていなかった。父ちゃんの実家に行ったときに食ったりはしていたが、そのくらいだ。

「自分で買おうと思っても、つい果物は後回しにしてしまうからな」
「じゃ、西瓜を活用出来る料理は何か考えておくぜ。実家で忙しいだろうが、身体だけは壊さねぇようにしろよ」
「ああ。貴様もな。……ここ数ヶ月、ずっと一緒にいたから、数日離れるとなると妙な気分だ」
「妙っていうか、寂しいっていうんだよ、そういう時は。少なくとも俺は寂しい」

俺の肩に頭を預けてきた蓮巳の身体を抱き寄せて、背中をポンポンと叩くと、蓮巳も俺の身体に腕を回し、抱きしめてくれた。
贅沢になるもんだよな。数ヶ月前までは何日も会わねぇでいるのが当たり前だったのに、今は完全に逆になっちまったもんだから、会えない時間が長くなるってことが自分の中で違和感に繋がる。それはきっと蓮巳も一緒なんだろう。小さな声で寂しいと呟く声が聞こえた。

***

実家に戻った蓮巳を待つこと、ほぼ一週間。一人で広いベッドを楽しんだのは初日だけ。後は逆に空しさが増すばかりだった。
考えてみれば、俺はここに引っ越す前は家族と暮らしていたし、家で一人過ごすって機会が案外なかったんだよな。蓮巳と付き合ってからだと、家族がいないタイミングは蓮巳を呼び寄せて、泊まらせたりしてたわけだし。
一昨日、あいつに頼まれた引率から帰って早々、明後日の昼に帰るという連絡に心底ほっとした。
そして、今日。マンションの下の駐車場についたが、荷物が多いから迎えに来てくれと言われて、こりゃ結構差し入れを貰ってきたのかと急いで駐車場に向かうと、車のトランクを開けたところだった蓮巳と目が合う。

「おう、お帰り。荷物ってど…………」

車に駆け寄って、トランクの中を見た途端に思わず絶句した。

「蓮巳よう……」
「すまん。男二人なら量も食えるだろうと、思いの外持たされた。実は後部座席にも少しある」

車のトランクの中には、クーラーボックスが四つ。蓋が開いているやつを確認しただけでも、西瓜まるごと二つに、メロンも二つ、他にも梨にパイナップル、葡萄に桃とちょっとした店でも開けるんじゃねぇかという位の果物だ。
それ以外だと後部座席に置いてあったスーパーの袋の中に、大量の落雁がぎっしりと詰まっている。例年貰ってくる量の比じゃねぇ。
蓮巳は俺が絶句したのに対して、ばつが悪そうにしている。

「どんだけ貰ったんだ。これ、差し入れの全部じゃねぇよな?」
「実家にはこの倍じゃすまない量がある。いくつかは直接俺にと持ってきてくれた檀家もいたから、断るに断れなかったんだ」

蓮巳は兄貴と少し歳が離れているせいか、結構檀家から可愛がられていたりするらしい。特に年配の爺ちゃん、婆ちゃんには受けがよく、既に本人は三十近いというのに、いつまでも子どものようにしか見えていないようだと零していることがある。きっと、孫見てるような気分になっちまってるんだろうな。
そんな蓮巳が家業を手伝いつつ、友人と同居して講師として日々働いていると聞けば、色々あげたくなっちまうのも分からなくはねぇ。
そういや、紅月で活動していた頃にも、蓮巳の寺の檀家がライブに来てたが、手紙等の差し入れはともかくとして、食い物に関しては一切受け取らないようにするのが夢ノ咲の方針だから、当時の蓮巳にあげられなかった分もって事情もあるのかもな。

「ああ、そりゃ仕方ねぇな。俺、明後日墓参りで実家にちょっと顔出してくるけど、少し持っていっていいか?」
「寧ろ頼む。夏休み中でなければ、生徒に振る舞うという手段もあったんだが」
「今日からちょうど三日間、映画の撮影に使われる関係で生徒は夢ノ咲学院に立ち入り出来ねぇからな。出て来る教師も限られる」

盆が夏休み中なのは今に始まったことじゃねぇが、今回はタイミングが悪いといえば悪かった。夢ノ咲学院はアイドル育成に特化しているため、芸能界との繋がりは強く、ドラマや映画の撮影に学院が使われることは珍しくねぇ。土日や今みてぇな長期休暇中に撮影が入ることはままあるし、状況によって、エキストラは学院の生徒や講師が演じることもある。
ただ、今回はエキストラの話は来ていないから、その期間に学院に入れるのは撮影の際学院側の責任者になる講師ぐらいで、俺達からして学院に入れる対象からは外れている。
同僚や友人を呼ぼうにも、盆で墓参りに行っているやつも少なくねぇだろうと思うと、急には誘いにくい。
守沢なんかは誘いやすい相手だが、あいつのとこは一緒に住んでるっていう高峯の実家からよく野菜や果物を貰っていると聞くから、下手にやっても余らせちまうだろう。

「フルーツポンチにゼリー、寒天……あと、保存きくように、西瓜は漬物にするって手もあるな。それとシャーベット。今、冷凍庫も余裕あるからそういうのもガンガン作っちまうか。落雁は日持ちするから、後日クッキーやパウンドケーキなんかにリメイクするとして、まずは今日の昼飯だな。西瓜は早速サラダにするか。よっと」

車の中のトランクから果物が詰まったクーラーボックスを取り出して、三つ纏めて重ねたのを持ち上げる。

「おい、クーラーボックスは二つで――」
「いいって。おまえ、着替えや落雁入りの袋もあんだから、残り一つとそっち持って来い。先に上戻ってるぜ」
「すまん」

まだ車の鍵をかけていないのをいいことに、蓮巳の言葉は待たずにさっさと歩き出したから、蓮巳もそれ以上は言ってこなかった。

***

部屋に戻って、まずは昼飯にサラダでも作っておこうと西瓜を取り出す。
一度、クーラーボックスの中を確認するかと全部の蓋を開けたところで、残りの荷物を持った蓮巳も部屋に戻ってきた。

「おう。おまえの持ってきたクーラーボックスも開けてくれ。一度中身確認して、足が早そうなやつから使いてぇからよ。あと、落雁の賞味期限確認しといてくれ」
「すまん。助かる」

蓮巳が持ってきた分のクーラーボックスも並べて、中を取り出す。バナナも何本かあるから、これは落雁も使って後でパウンドケーキを作って、明後日実家に行くときに持って行こう。
ああ、日本酒でバナナを炊き込むご飯ってのも一度やってみたかったんだよな。熱々じゃなくて、適度に冷やしてから食うってやつだから、今時期試すのにいい。
触ってみた感じ、メロンはもうしばらくもちそうだから、やっぱり西瓜を優先的に使って行くか。

「ん? これ、枝豆か? 果物だけじゃねぇんだな」

一般的に流通してるもんに比べりゃ、少し形は歪だが、よくよく見りゃ野菜がいくらか紛れている。

「ああ。個人的に野菜を作っている檀家もいてな。供え物というより、家族では食い切れないからお裾分けという体で差し入れしてくれているようだ」
「果物ばっかりってのより助かるな。しばらく果物と野菜は買わずに済みそうだ」
「そうだな。鬼龍、一通り落雁の賞味期限はチェックした。一番早いものでも一ヶ月以上の余裕はある。後で軽くメモに残しておく」
「了解っと。じゃ、昼飯作るか。まだ食ってねぇよな?」
「ああ。俺は何をやればいい?」

旦那は自分の頭ん中に入っているレシピや、本に沿って料理する分には、きっちりレシピ通りの計量や火加減するから失敗しねぇ。ただ、前情報なしでいきなり知らない料理を作ったり、アレンジしたりとなるとちっと苦手な傾向があるようだ。だから、俺の指示を聞いて動きたいってとこだろう。

「そうだな。西瓜切って貰っていいか。皮取り除いて一口大にして、種を取る。あ、皮は捨てずにボウルにでも除けといてくれ」
「わかった。量はどのくらい切ればいい?」
「半分切っちまっていい。で、切ったうちの更に半分を冷凍だ」

言いながら、冷蔵庫からモッツァレラチーズを出し、切っておく。そこそこ西瓜の量があるから、旦那に任せているうちに、色々やっちまおう。
取り分けられている西瓜の皮から、白い部分を切り出して小さいボウルに纏める。緑の皮の部分は生ゴミ行き。

「そこを使うのか」
「おう。炒め物や漬物にするのはこの部分だ。漬物は夜か明日の朝用にするけど、炒め物も今作っちまう。メインはこいつな」

炒め物に必要な量が揃ったところで塩を振り、しばし水分を抜いておく。差し入れに入っていた人参とピーマンも切って、冷蔵庫から豚肉を取り出した。流石に差し入れで肉はねぇだろうって読んだから、肉は買ってあったのが早速役に立った。
肉を適当な大きさに切ったところで、西瓜を切って、冷凍する分の作業も終わらせた蓮巳が、次はと目で尋ねてきた。

「肉炒めるの頼む。ある程度、火が通ったらそこのチリパウダーとガーリック入れといてくれ」
「量は」
「両方小さじ一」
「分かった」

ここのキッチンは適度なスペースがあるから、二人で動いていても邪魔になんねぇのがいい。
普段は朝の早い蓮巳が主に朝食、余裕があれば弁当を、俺が夕食を担当することが多いが、偶にこうして二人で並んで料理するのは楽しい。
一口大の西瓜とモッツァレラチーズを合わせ、そういや、今ブラックオリーブもあったなと、そっちも少量切って混ぜる。
ペッパーミルで挽いた黒胡椒と、刻んだミントを市販のレモンドレッシングにちょっと加え、それを西瓜とチーズに和えた。
ペッパーミルは旦那が一人暮らしのときに気に入って買ったもんだが、結構役に立つから今じゃ俺も愛用している。香りに差が出るんだよな。

「肉は火が通った。これを入れればいいな?」
「頼む。その野菜と西瓜をフライパンの底に入れて、今炒めてた肉を上から被せるようにして、蒸し焼き。様子見ながら、中火で三~四分ってとこか。野菜に火が通ったら、めんつゆ大さじ一入れて、強火で焦がさねぇよう気を付けながら水分飛ばせ」

細かい指示さえ言っときゃ、旦那はまず失敗しないからこっちも楽で良い。
盛り付けたサラダとご飯、手早く作った玉子スープをテーブルにセッティングしているうちに美味そうな匂いが漂ってきた。うし、良い感じだ。

「どうだ」
「上出来だ。じゃ、飯にするか」

二人でテーブルについて、いただきますと声を掛け、出来たばかりの炒め物に手を伸ばす。

「お」
「美味い。これはご飯が進む一品だな」
「こういう辛さ、旦那好きだろ。ビールにも合いそうだな。いっそ飲んじまうか?」
「そうしよう。昼から酒が飲めるのは休みならではの特権だな」

旦那が席を立って、冷蔵庫からビールを取り出し、グラスに注いでくれる。

「ほら」
「ありがとよ。じゃ、お盆お疲れ様でしたってことで」
「乾杯……っと」

グラスを合わせて、ビールを呷る。冷えたビールが染み渡っていく感覚がたまんねぇ。

「美味ぇ……」
「やはりビールにも合うな。ああ、サラダも美味い。西瓜でちゃんとご飯のおかずになるものだな」
「西瓜は確実に持って帰るっつってたから、レシピ調べといたんだ。俺も思っていた以上にバリエーションあったから驚いた」

デザート系レシピは自分でもいくつか想像ついていたが、それだけだと飽きるから他に何かねぇかなと探してみたら、炒め物、サラダ、漬物にスープ、酢の物って出て来て、想定以上のご飯系レシピの種類があった。

「ありがとう。流石に量が量だから、困らせることになるだろうかと思ったが、その心配は無用だったようだな」
「いや、あの量はびっくりしたけどな。ま、どうせ学院の方は三日間出入り出来ねぇから、休みみてぇなもんだし、二人で料理作ってまったり過ごそうぜ」
「そうだな。慌ただしかったし、今日、明日くらいはゆっくり過ごしたい。明後日が墓参りと言ったか?」

ちらっと言っただけの予定だが、ちゃんと聞いていてくれたらしい。

「ああ。父ちゃんの休みが取れなくて、ちょっと普段より遅くなったんだ。日帰りで帰ってくるからよ」
「慌てずとも良い、ゆっくりして来い……と言ってやりたいところだが、数日離れていたから、日帰りだということに正直少しほっとしてる」

そう言って伸ばして来た手を掴む。ああ、こうやって蓮巳に触るのも久々なんだよな。伝わって来た手の温もりが気持ち良い。

「だから、日帰りなんだろ。俺のとこはその気になれば、いつでも帰れるからな。……寂しかったぜ、旦那」
「そうだな、俺も寂しかった。忙しさに紛れれば、どうにかなると思っていたが、そういうものでもないらしい。……贅沢になってしまったものだ。数ヶ月前まではしょっちゅう会えずにいたのが普通だったのに」

先日、蓮巳の帰省の話を聞いたときの俺と全く同じような思考に笑っちまう。
今夜は寝かせてやれねぇかもしれねぇと思いながら、席を立って、蓮巳の傍に寄り添った。

[September<Kiryu Side>]

「んー……旦那、今日はこのネクタイなんかどうだ?」

蓮巳が鏡の前で今日のネクタイをどれにしようか迷っているところに、俺は自分が持っているネクタイから、紺色をベースにした、細いストライプの柄が入ったやつを取り出して差し出す。一見シンプルだが、光の加減で小さなドットもストライプの脇に浮き出て見えるのが、ちょっと洒落てるなと去年購入したものだ。
今、蓮巳が着ているシャツにも合いそうだし、どうせ迷っているならこれを締めたところを見てみたい。
紅月で色んな衣装を仕立てた時から思ってるが、蓮巳は顔立ちが整っていて、大抵の物は着こなせるから、服を選んで着せるのは楽しいんだよな。いい歳してあんまり口出すのも鬱陶しいかも知れねぇと、加減はしてるつもりだが、迷っているとこみた日にゃ、つい口を挟みたくなる。

「いいのか? 貴様のネクタイだと分かったら、妙に勘ぐられそうだが」
「んなの、イチイチ見る方は覚えてねぇと思うぞ。特徴のあるネクタイならともかく、ストライプの紺ネクタイなんざどこにでもあるんだしよ」
「ううむ……しかし」

蓮巳が迷う理由は分かっている。蓮巳はプロデュース科とアイドル科の授業を主に受け持っているが、俺の担当はスタイリスト科だ。他の科のやつらに比べれば、どうしても人の身なりに目が行っちまう傾向があるから、ネクタイを覚えている可能性がなくはない。こいつのことなら、それは察しているだろう。いくら、旦那の方がスタイリスト科の連中と関わる機会が少ないとはいっても、皆無でもねぇ。

「抵抗あるか?」
「鬼龍のネクタイを使うこと、そのものに抵抗はないが、それによる周囲への影響が気にならないといえば嘘になる。些か自意識過剰かもしれんが」
「いや、元アイドルの感覚としちゃ正しいだろ。俺は前科があるから、そこら辺の感覚が緩んでるかも知れねぇ」
「は? 前科とは一体何だ」

つい、口を滑らしたと思った時には遅い。旦那の目が説教モード寸前だ。こうなったら、さっさと白状しちまった方が長い説教を食らわずに済む。蓮巳は好きだが、蓮巳の説教については必要以上に長ぇし、鬱陶しいってのが本音だ。

「……六月に旦那が一泊二日の出張していた時、旦那のネクタイ拝借した。ワインカラーのチェックのやつ」
「初めて聞いたぞ」
「そりゃ、初めて言ったからな」

六月、旦那に泊まりがけでの出張が入って、一緒に住むようになってから、初めて家を一晩空けた。たかが一晩だったが、家でも職場でも顔つき合わせている蓮巳がいねぇってのが少し寂しく感じて、だったらとちょっと借りて見たのだ。結果、何となく寂しさは軽減したし、ちょっと温かい気分にもなった。

「何でまた」
「ちょっとした気分転換だ。俺のネクタイと旦那のネクタイ、あんまり傾向も被ってねぇし。ま、気が乗らねぇなら別に無理にとは――」

出したネクタイを引っ込めようとしたとこで、蓮巳に手を掴まれた。そして、掴まれた手はそのまま旦那の襟元に持って行かれる。

「蓮巳」
「気が変わった。俺もちょっとした気分転換にそのネクタイを借りることにする。ついでに結べ。貴様の方が綺麗に結べるからな」

心なしか耳を紅くした蓮巳が可愛い。

「おうよ。普段とちょっと違う結び方してもいいか? 旦那、プレーンノットでばっかり結ぶから、ちょっと変えてみてぇって思ってた」
「任せる。……何を笑っている、貴様」
「何でもねぇよ」

これなら、今後たまにネクタイの貸し借りくらいは許して貰えそうだなって思いつつ、ネクタイを締めた。

[October<Hasumi Side>]

「おう、旦那。確か次のコマ空いていたよな? ちょっと協力して貰えねぇか?」
「協力の内容にもよる。何だ?」

食堂で持参した弁当を鬼龍と向かい合わせになって食べていると、そんなことを言ってきた。

「紅月のユニット衣装を着て、少しだけでいいから曲に合わせて動いて欲しい。動いた時の衣装の状態をうちの科のやつらに見せてぇ。俺も自分のやつを着るけど、旦那は立ち振る舞い綺麗だから、動いた時に参考にしやすいと思うんだよな」

なるほど、授業の一環というわけか。紅月の衣装は和風ユニットということで、着物をベースにアレンジしている衣装が多い。基本となるユニット衣装もそうだ。鬼龍が高校時代に手懸けたものだし、生徒の指標にしやすいのだろう。

「なるほど。そういうことならいいだろう。ならば、これを食べ終わったら衣装に着替えるか」
「それなんだけどよ。その、衣装を着付けするところから見せるってのはダメか? インナーは着ておいて貰って構わねぇんだけど」
「生徒の前で、か?」

流石に即答は出来なかった。他意はないと分かっているし、紅月で活動していた時にも着付けの都度、意識していたわけでもない。
だが、鬼龍に着付けられているところを人に見せるとなると、思考の片隅でどうしても別のことを意識してしまいそうな気がした。
鬼龍が少しだけ口籠もったのも、俺がどう思うかを恐らく察してのことだろう。だが、授業で必要だとなれば仕方あるまい。

「旦那が俺の衣装を着付けるって形でもいいんだけどよ」
「いや、それでは手本として不適切だ。自分自身で着付けるのはともかく、アレを人に上手く着付けられる自信はない。……仕方ないな。今日の夕飯のリクエストくらいは聞いてくれるんだろうな?」

承諾すると、鬼龍の顔が明るくなった。

「お安い御用だ」
「紅月の曲は手元にあるか?」
「そこは大丈夫だ、ぬかりねぇ。旦那、まだ神崎が紅月に加入する前の曲の振り付けとか歌詞は覚えているか?」
「誰に聞いている。紅月の首魁は俺だぞ。貴様こそ忘れているのではないだろうな」
「忘れちゃいねぇよ。てめぇこそ誰に聞いてんだ」

ニヤリと笑った鬼龍に対し、俺も笑みで返したが、あの時代の曲を使うつもりなのかと内心の動揺は押し殺しながらだった。二人でやるのなら、確かに神崎がいなかった頃の曲を選択するのは妥当だとも言えるが、あの時代の曲は鬼門でもある。
最終的には別の意味も持たせられたが、元々紅月は英智のいるfineを際立たせるための補佐的な立場から成立したユニットだ。特に初期、まだ鬼龍と二人だけのユニットだった頃は混沌とした学院の状況を隠れ蓑として利用し、様々な暗躍をしてきた。
その最たるものは龍王戦。名前の通り、鬼『龍』を『王』と仕立て上げ、箔をつけるために、そして、その鬼龍を擁する紅月の実績を積み上げるため、ドリフェスをまだ試行錯誤しているのだと傍目には見せかけつつ、龍王戦で勝ち星をあげることで紅月は学院内での地位を築いていった。

――鬼から逃げようったって、背後には上品なふりした蛇が睨みをきかせてりゃ、刃向かうやつもいなくなるってもんだ。

龍王戦は直接やりあうのは一対一だが、俺も何もしなかったわけではない。
三味線をかき鳴らし、鬼龍と歌声を重ね、勝ち上がっていったアレも紅月の歴史の一つだ。だが。

――アイドルって何だろうな。輝きを潰されたやつには一体何が残るんだ?

いつかの憂いを含ませたような鬼龍の声が聞こえたような気がした。

***

「え?」
「蓮巳先生?」

既にユニット衣装に着替えた鬼龍に続いて、俺も視聴覚室へと入った瞬間、生徒達がざわめきだした。一度、鬼龍と目配せしてから、俺はそのまま準備室へと向かう。
準備室に入り、昼休みのうちに予め置いてあった衣装のインナーに着替えているところで、外から鬼龍が今日の授業について説明する声が聞こえる。次いで、机をガタガタと移動させる音もだ。着付けを見せる為、そして、衣装を来た状態で踊っているところを見せる為にスペースを作っているのだろう。
編み上げのロングブーツを履くには少し時間は掛かるが、インナーとパンツに着替えるのは容易だ。なるべく手早く着替え、頃合いを見て準備室を出た。

「お、悪ぃな」
「いや、頼む」

ユニット衣装の羽織、帯、襟飾り、手甲、手首に巻く細いさらしを鬼龍に手渡す。こんな風にユニット衣装を着るのは本当に久し振りだ。十年前はこの夢ノ咲学院で当たり前のように繰り返されていた光景だった。

「よし。じゃ、蓮巳先生にこれから残りの衣装着付けていくから、この衣装がどうなってるかよく見とけ。見えねぇっていうなら、もっと近くに寄って構わねぇからな。席順関係無しに、各自見やすい場所に移動しろ」

鬼龍の言葉に生徒たちが移動を始め、ある程度動きが収まったところで着付けに入る。
腕を伸ばし、羽織に袖を通したところで、早速羽織の色分けについて質問が飛んだ。一旦手を止め、鬼龍が丁寧に説明を返す。その説明は質問した生徒だけでなく、数人がメモを取っていた。
全体的にいい雰囲気だと感じた。真面目に授業を受けている生徒が多く、熱心で貪欲に自分の中に鬼龍の技術を少しでも多く吸収しようとしている。

「先生。参考の為に衣装を来ている先生たちを撮りたいのですが、許可は頂けますか?」
「個人で確認するために撮る分は構わねぇが、SNS等ネットへのアップロードは一切禁止だ。それを厳守してくれるならいいぜ」

微かなざわめきの後、ほとんどの生徒がスマホなり、タブレットなりを手にした。人によっては、置いてある帯や襟飾りを早くも撮り始めている。こうして人に撮られるというのも久しくなかったな。
生徒の質問に応じつつ、どうにか着付けが終わると、何ヶ所からか紅月、という呟きが聞こえた。

「じゃ、次はこの状態で一曲やってみるから、動きで衣装がどうなるかをしっかり確認しろ」

鬼龍が俺にインカムを渡し、それを装着している間に私物のミュージックプレイヤーと視聴覚室のスピーカーをコードで繋いだ。懐かしい曲のイントロが流れ出すと、自然と足が動く。この曲は恐らく紅月として歌った中では一番発表した機会が少ないはずだ。夢ノ咲の資料にも残っているのかどうか。紅月の勝ち星をあげていく為に積極的にこなした龍王戦に加え、二人で舞台に立ち、他を圧倒していく目的で作り上げた一曲。
紅月がまだ鬼龍と二人だった頃に制作されたものだから、神崎が加入して以降は一切歌わなくなった曲だが、身体はちゃんと覚えているものだ。動きも歌も、龍王戦だけが俺達の全てではないのだと知らしめるために、かなりレベルの高いものに仕上げた至高の一曲といえる。
だが。
同時に、数多のユニットを篩い落とし、踏みにじってきた曲でもある。
後悔はしていない。綺麗事だけではどうにもならなかった時代だ。凋落の一途を辿っていた夢ノ咲でそうすることで流れが変わると信じていたし、予想とは異なる形になったとはいえ、最後には理想以上の結果を残せた。
それ自体は僥倖だったとはいえ――。
曲の一番を歌い終わり、間奏に入ったところで、鬼龍がミュージックプレイヤーの電源を切って、曲を止めた。
動きを止めた途端にどっと疲労感が押し寄せる。それを表に出さないようにするのでギリギリだ。久し振り過ぎて、たかが一曲の半分にも満たないところでこれかと自分に不甲斐なく思ったが、それでも生徒たちが俺達に賞賛の視線を向けているのは伝わった。

「す……っごい」
「紅月……本物の紅月だ」

まだ呆然としている生徒たち相手に鬼龍が問いかける。

「どうだ? 実際に衣装が振り付けや歌によって、どう効果的に働いていくか、ちゃんと確認出来たか?」
「……正直、先生たちのパフォーマンスに圧倒されて、確認する余裕がありませんでした」

生徒の一人がそう零した内容に、幾人かが同意のように頷いている。

「おいおい。それじゃ意味ねぇだろ。スタイリストってのは一歩引いた冷静な目でアイドルを見ることも必要だ。担当しているユニットをより輝かせていくために、今必要な要素は何か。邪魔になっている要素は何かを把握して良い感じになるよう揃えていかねぇと。おっと」

鬼龍がそう述べたところで、授業の終わりを告げるチャイムがなる。もうそんなに時間が経っていたのかと驚いた。

「じゃ、今日の授業はここまでだ。机だけ元に戻してから、教室に戻れ」
「起立! 礼!」

日直の号令に合わせ、全員で頭を下げる。俺達が準備室に引き上げると、机を元通りにしていく音が聞こえ、ものの五分としないうちに、視聴覚室は静かになった。
準備室で軽く汗を拭ってから、視聴覚室に戻り、残りの片付けを始める。

「ここ、次使う予定はあったっけか」
「いや。確か空いているはずだ」

ついでに言えば、俺達は両方とも次の授業は入っていない。職員室に戻れば多少仕事は残っているが、慌てずに片付けが出来る。

「久し振りだったが、どうにかなるもんだな」
「ああ。とはいえ、フルで一曲となるともたなかったかも知れん。無様なところは見せずに済んでほっとした」
「ははは。二人で歌って踊れて凄ぇ楽しかった。授業中だっての忘れそうになったぜ」
「……あの時代の曲でも、楽しかったと言ってしまえるのか」
「旦那?」

俺の衣装の腰紐に手を掛けていた鬼龍の動きがピタリと止まる。

「覚えていないわけではないだろう。あの曲を使って俺達がどれほどのユニットを蹴散らし、這い上がってきたか。楽しいと言えるものでもなかったはずだ」

神崎が加入するまでの紅月はそれこそfineを輝かせていくために、負の部分を全て引き受けていた。真っ直ぐで天真爛漫な神崎が加入することでそれがいくらか中和されたところがあるものの、俺達二人だった頃の紅月は褒められた存在ではなかったのは確かだ。忘れてはいけない。けれど、今更表に引きずり出したくもない。
先程、生徒に向けられた賞賛の目は久し振りにアイドルだったことを思い出させられて誇らしかったと同時に、後ろめたさも抱いてしまった。あの時代に俺はどれだけ鬼龍を利用し、傷つけたか。

「……それでも、てめぇが俺と紅月として一緒にやっていきたいって誘いがなきゃ、今ここにこうして立っていることはねぇよ」

鬼龍の声が近くなったと思った時には、顔を上げさせられた。

「全部積み重なっての紅月だし、今の俺たちがあるんだろうが。……てめぇは紅月が俺達二人だった頃のことを話したがらねぇが、俺は嫌じゃねぇ」
「鬼龍」
「夢ノ咲で浮いていた俺の居場所を作ってくれたのはてめぇだろ、蓮巳。そりゃ、紅月結成当初は堂々と誇れねぇこともやった。それでも青臭ぇ理想に向かって突き進んだてめぇの在り方が好きだったし、色々と融通を図ってくれた分、一緒に泥を被ることになっても構わなかった。納得した上でてめぇと一緒にいた。あの時期もな」
「んっ――!」

噛みつくような口付けに頭が真っ白になる。動けずにいるとキツく抱きしめられた。

「俺はあの頃から全部ひっくるめた蓮巳敬人って男に惚れてんだよ。惚れた相手の為なら、何でもしたくなっちまうもんだろうが」
「度し難い。――あの頃から惚れているのは俺の方だ。俺が先におまえに惚れた」

今度は俺の方からキスを仕掛ける。舌を絡めて、唾液を吸って。学院内だという認識はあっても止められない。
どこまでも貪ってしまいたい。

「……っと、待った蓮巳。これ以上は本気でまずい。続きは家で」

俺から離れようとした鬼龍の肩をとっさに掴んで、爪を立てる。

「手遅れだ、家までなんぞ待てるか。俺は視聴覚室の鍵をかける以上の時間を待つのは無理だ」
「無理っておま……」

こっちから身体を寄せて、腰を触れ合わせる。予想通り、鬼龍のモノも完全に勃ち上がっていて、パンツの中で窮屈そうにしている。軽く擦るように動くと、小さな呻き声が聞こえた。
どうせ、今の授業が終わるまでの四十分余りは誰かが視聴覚室に来ることはない。防音性にも優れているし、コトが終った後、換気にさえ気を付ければ、察せられることもないだろう。片付けついでに古い曲を研究がてらに聴いていたとでも言えば、視聴覚室にいる理由も成り立つ。

「鬼龍」

もう一押しと耳元で名前を呼んで、軽く耳朶を噛むくらいしてやろうかと思ったところで、先手を打たれた。こっちの耳を舐められ、ごく近くに聞こえた唾液の音に背筋がぞくりと震える。
かち合った視線に鬼龍も隠しきれない欲情を孕んでいるのを知って、嬉しくなった。

「時々、びっくりするほど大胆だよな、旦那は」
「先にキスしてきたのはおまえだろう。不満か?」
「んなわけねぇだろ、最高だ」
「んっ」

口付けを交わしながら股間に手が伸ばされて、パンツの上から指が楽器を演奏するときのようにリズミカルに蠢く。留め金が外され、下着の中に潜った手に直接性器を握られる。

「とっとと下脱がすぜ。先走りで汚してもまずいだろ」
「頼、む」

鬼龍が手早く俺が履いているロングブーツの紐を解いて、ブーツを脱がせ、すぐに下着とパンツを纏めてずり下ろす。足首から下着ごとパンツを抜かれながら、太股に口付けされ、唇が触れる感覚に早くも声を上げそうなのを堪えた。まだこんな段階で声を上げてしまいたくない。
口付けは少しずつ上へとずれていって、腰骨へと届いた。人から見えない場所だからだろう。軽く歯を当てて、跡を残すように刺激してくるのは。性器に顔が近いことが興奮を煽るも、まだ鬼龍はそこには触れようとしない。指は踝、臑、膝と撫でていくが、腿の半ばまで来たところで膨ら脛まで戻る。

「ふ、う」
「サイズは昔と変わんねぇが、微妙に柔らかくなったな、膨ら脛の感触。これはこれで触り心地良いけどよ」
「う、るさっ、んうっ!」

膨ら脛を撫でられて、意識を性器から逸らされていたところに、舌が這わされて声が我慢出来なかった。思わず、背後にあった机に手をついて、仰け反った俺の反応を見てか鬼龍が小さく笑う。

「そうそう。手ぇついて、身体支えてろ」
「……っ、きさ、まもいい加減脱いだらどう、だ」

爪先を伸ばして、跪いている体の鬼龍の股間を軽く突く。パンツ越しでも親指の腹にごろ、と固い感触をしっかりと確認出来る。鬼龍が眉を微かに顰めたのを見逃さずに足の指を使って、そのまま刺激を続けた。攻められる一方ではなく、俺だって感じさせてやりたいのだという意思表示で、荒い動きにはならないようにしながら足を動かす。
付き合って十年も経てば、相手がどんな動きでどう感じるかなんて、当たり前の様に記憶している。その点はお互い様だが。
鬼龍も呼吸を荒くしつつも、舌を俺から離さない。竿から袋、そして後孔と躊躇いなく舐めていく。

「ゴムもローションもねぇけど、平気か?」
「問題、ない」

実際、過去になくてもどうにかなっている。だよな、と呟いた鬼龍が、自分のブーツとパンツ、下着を脱いで床に放り出し、椅子に腰掛けた。

「乗れるか?」
「ああ。……んっ、あ」
「っ」

座っている鬼龍と向かい合わせになるよう、腰を下ろす。最初こそ、抵抗は強いが鬼龍のモノを覚えている身体は直ぐに馴染んで受け入れた。二人で腰を動かしながら、改めて昔では考えられない格好と場所でしていることに、妙な興奮を覚えた。

「く、ろう」
「まさ、か、この衣装着た状態の、てめぇを抱ける、とはなっ……!」
「あ、ああ、あーっ!!」

もう、この衣装で授業は出来ねぇなと鬼龍が零し、衣装の状態がどうなったを確かめることは放棄した。

[Epilogue~December <Hasumi Side>]

「うし、良い頃合いだろ。旦那。ローストビーフ出来たから、そっち持って行ってくれ」
「ああ。ってまだ切り分けてない状態か?」
「せっかく、自宅で作ったんだ。自分で食いたい厚さに切って取り分けるのもいいと思ってよ」
「なるほどな。それは贅沢だ」

塊状のローストビーフが載った小さなまな板とソースが入った器を鬼龍から受け取って、セッティングの終わっているテーブルに置く。他の料理は既に準備が終わっているから、これが最後だ。ローストビーフ用のソースから漂った微かなガーリックの香りが食欲をそそる。
夢ノ咲の学生が冬休みに入って、年末恒例のSSも無事終了し、俺達もようやく一息つけた。
クリスマスには少し遅れてしまったが、大晦日から正月にかけては俺が実家の都合で忙しくなるし、盆の時のように家を空けることになる。鬼龍がならば今のうちに祝いたいとのことで、二人で少し普段よりも豪華な夕食を用意した。
ワイン二種類に、ローストビーフ、ブッラータを載せたトマトサラダ。シンプルだが、どれもそれなりの値段がする。クリスマスと正月祝いを兼ねるということで、たまにはいいだろうと奮発したのだ。
鬼龍もローストビーフを切り分けるナイフを手にテーブルについた。

「旦那。ローストビーフの厚さどうする?」
「まずは薄いのと少し厚めのと二枚ずつ」
「おう。こんなもんか」
「ありがとう。ワインはどっちから開ける?」
「そうだな。赤がいい。肉っていえば赤だろ」

鬼龍が自分の分のローストビーフを切り分けているうちに、俺が二人分のグラスにワインを注ぐ。
実家にいた頃はこんな風にクリスマスを祝う日が来ようとは思わなかったが、楽しいものだ。

「じゃ、クリスマスには少し遅くて、新年の祝いには少し早いが」
「ああ。乾杯……っと」

ワインを注いだグラスをかちりと合わせ、お互いにワインを煽った。ふわりと芳醇なワインの香りが鼻腔に広がり、喉の奥へと気持ち良く染み渡っていくのを感じる。
切り分けたローストビーフもしっとりと蕩けるような柔らかさで、それでいて肉の存在感をこれでもかというくらいに伝えてくるのが最高だ。

「美味い。炊飯器でこんな風に作れるとは思わなかった」
「炊飯器だと一定の温度を保ってくれるから失敗が少ねぇんだ。炊飯器を利用したレシピはローストビーフに限らず色々あるぜ」
「なるほどな」

だから、電気店で見かける最近の炊飯器は色々な設定が出来るものもあるのかと納得した。米を炊くときにも違いが出るというし、もし今使っている炊飯器が壊れたら、次はそういうものを選ぶのも料理の幅が広がって楽しいかも知れない。

「チーズも美味いな。外側と内側の食感が違うのも面白いし、ミルクの風味が濃厚だ。果物と合わせても良さそうだ」
「俺は桃と組み合わせるレシピを見かけた」
「ああ、美味そうだな、それ。つうか、これだと白ワインの方が合いそうだ」
「グラスをもう一つずつ出して、白も開けよう。俺も白ワインと一緒に味わいたいと思っていた」

言いながら席を立ち、ワイングラスを二つテーブルに置くと、鬼龍がもう一本のワインを注いでくれた。

「ああ、こちらも美味い」
「凄ぇ、贅沢してるよなぁ。ま、クリスマスと正月をいっぺんに祝ってんだしいいよな」
「問題ない。大人の特権だ。俺はまた直ぐに忙しくなってしまうしな。束の間の骨休めとしてこの位はいいだろう。すまんな、また家を空けてしまって」
「いや、年末年始は俺も実家に帰るし、盆よりは日数短ぇって思えばどうってことねぇよ。っとそうだ」
「鬼龍?」

一度鬼龍が席を立って、寝室へと行ったが、直ぐに小さな紙袋を下げて戻ってきた。

「酔っ払って忘れねぇうちに渡しとく。俺からのクリスマスプレゼントだ」
「ありがとう。今開けても構わんか?」
「おう」

許可を得て、紙袋の中からベルベット素材の小さなジュエリーケースを取り出す。サイズからすると、カフスボタン辺りだろうかと思いながら蓋を開け、中身を目にしたところで――言葉が続かなくなった。

「……! 鬼龍、これは――」

ケースに収まっていたのはシンプルなデザインの指輪。
そう、まるで結婚指輪を思わせるような――。

「サイズは左手の薬指に合わせてある。おまえ、セックスした直後の眠りだとちょっとやそっとじゃ目ぇ覚まさねぇからな。サイズ確認するのは楽だったぜ」

ニヤリと笑った鬼龍に、どう返していいものか分からず、中から指輪を取りだし、改めて確認してみる。
ぱっと見はごくシンプルな細いプラチナの指輪。だが内側には俺達二人のイニシャルが彫られ、さらに紅と青、二つの小さな石が埋め込まれている。

「これは……ガーネットとサファイアか?」

一月の誕生石であるガーネットと、九月の誕生石であるサファイア。鬼龍の誕生日は一月で、俺の誕生日は九月だし、石の色から考えてもそれかと思ったが、鬼龍は首を振った。

「半分正解で、半分は外れだ。紅い石はガーネットじゃなく、レッドチェリーダイヤモンドになる」
「……石に籠められたメッセージは『感謝、守る』だったか」

そして、サファイアは『信頼、誠実』。俺達の関係性を表わしているような内容だ。

「さすが、旦那。把握してるとは恐れ入ったぜ」
「少し調べたことがあるからな。……黙っていても仕方ないから言ってしまうが、俺は二人で住み始めた一周年の記念としてこれをどうだろうかと考えていた」

先を越されてしまったが、同じようなことを考えていたのかと思うと嬉しくもあった。

「何だ、気が合うな。俺はでも『クリスマス』の祝いに渡したかったんだ」
「拘った理由を聞かせて貰えるか」

俺がこれを同居一周年にと考えていたように、鬼龍にもクリスマスを選んでいた理由があるのだろう。

「高三の時さ、生徒会のやつらが仕掛けて、初めてクリスマスを祝ったって言ってたろ?……あれ、聞いた時正直ちょっと癪だったんだよな」
「鬼龍」
「当時はそれこそ、俺達が付き合っていることは誰にもバレねぇようにしていたし、おまえにとって、初めてになる経験は色々共有させて貰ってるけど、恋人としちゃ、やっぱりクリスマス絡みで俺との『初めて』を経験して欲しかったんだ。ガキみてぇな理由だろ?」

照れているのか、鬼龍が目元を染めて俺から視線を逸らしたが、そんな表情が愛しいと、嬉しいと思える。

「そんなことはない。本当に幸せな『初めて』だ」
「だったらいいんだけどよ。……ホントはちゃんと相談した方が良かったんだろうけど、驚かせてぇってのもあったし――って、おまえ、一周年記念にって言ったけど」
「注文はまだしていなかった。安心しろ。年明けなら危なかったかもしれんがな」

鬼龍の指のサイズは確認してあったから、実家に戻った時にこっそり注文しておくつもりだった。そういう意味ではタイミングは良かったと言えるだろう。

「せっかくだから、嵌めてみてもいいか? ずっとは着けていられないだろうが、今日と明日は外出予定もない」
「だったら、俺に嵌めさせろ。俺のもここにあるから」

そう言うと鬼龍はセーターの下から、指輪を通したネックレスを取り出した。昔から着けているネックレスの他にもう一つ。一目で俺の指輪と対になっているのが分かる。
席を立ち、鬼龍の首からその指輪を通したネックレスを外す。なるほど、鬼龍の指輪とはよく見れば石の位置が逆になっている。これで違いを見分けろということか。
ネックレスをテーブルに置くと、鬼龍に貰ったばかりの指輪を渡し、左手を差し出す。指輪を嵌めて貰ったところで、今度は鬼龍が左手を出して来たから、俺の手でネックレスから外した指輪を嵌めた。
指輪は驚く程違和感なく指に馴染み、元からそこにあったかのようだ。

「困ったな。外してしまうのが惜しくなりそうだ」

実際に着けたままにしておくと、色々と勘ぐられそうだし、騒ぎにならんとも限らないから難しいが、それがどうにも残念でならない。

「だったら、俺みたいにしとけばいいんじゃねぇか? 必要ならこのチェーンやるよ。年末に実家に戻った時、こっちの指輪は妹に譲るつもりでいたからよ」
「――紅郎」

出逢った時からずっと身に着けていた指輪のネックレス。かつて、紅月で出していた公式プロフィールでもお気に入りとして記載していた程に思い入れのあるはずの品だ。ああ、何と言ったらいいのか分からないとはこういうことだな。胸がいっぱいで、何から告げたらいいのだろう。

「……もう一つ困る点がある。用意はしてあるが、これに見合うクリスマスプレゼントをおまえにあげられる気がしない」

鬼龍を抱きしめながら、そう言ったら、鬼龍も俺の身体に腕を回して、強く抱きしめ返してきた。

「そんなこたねぇよ。旦那本人に勝るプレゼントってねぇしな。――今日は寝かせてやれそうにねぇけど、いいか、敬人?」
「無論だ。ありがとう、紅郎。ずっと大切にする」

おまえも指輪も何より大事な宝物だ。来年も再来年も、その先もずっと。
紅郎と過ごしていける日々を思いながら、寄せられた顔に目を閉じた。

 

表紙イラスト 

 

キャプションにも記載した通り、2017/09/11の龍ノ敬華で発行した同人誌です。
表紙はわこうさんに描いて頂きました。
トワイライトPP、この時に印刷所のサイトをチェックしていたわこうさんが教えて下さって、初めて使いましたがイラストと凄く合って素敵に仕上がってくれたので、以降何度かトワイライトPPにはお世話になってます。
(期間限定だったはずだけど、当時から5年経つ現在も地味にキャンペーン延長でまだ使えたりする)

ESが出て来て、また5年の経過で出て来た様々な設定により、現在はもう書けなくなった類の話ですが、これはこれでありかなと!

2022年のバーチャル(51時間)花火大会での紅敬供給が凄かったので、何か完売済から再録しようかなと思っていたところ、発行日がちょうど5年前だったのに気付き、これも縁かなと再録してみました。
(サイト見て下さってる方はご存知かもですが、基本活動中のジャンルはWebオンリーでの1、2日期間限定で以外のWeb再録しないタイプです)

アラサーの二人、そして、ユニット衣装でのエロ(身も蓋もない)が書きたかったが為の話でした。
※二人の性格上、現役で利用中の衣装を着た状態ではコトに及ばないだろうなと。
蓮巳曰く、「鬼龍の衣装は宇宙一」(公式発言)ですし!

 

タグ:あんスタ紅敬零薫千翠千R-18pixivUP済Web再録50000~100000文字蓮巳視点鬼龍視点着衣プレイナマ挿入未来捏造同棲設定2017年発行