> Novel > Novel<あんさんぶるスターズ!・紅敬> > 他愛ない、されど大事な。<あんさんぶるスターズ!・紅敬・R-18>

他愛ない、されど大事な。<あんさんぶるスターズ!・紅敬・R-18>

いいね送信フォーム (0)

2016年7月30日に開催された、紅月オンリー【紅ノ華月】で発行した同人誌です。(完売済)

紅敬二人が同棲してから数年後を一週間分綴ってます。
既につき合っている前提&捏造と妄想の産物という、いつもと変わりない感じの話。

※ズ!!発表前の話なので、現在の設定とは色々と食い違う点がございます。

初出:2016/07/30 

文字数:17308文字 

 

[月曜日【AM7:00・Hasumi Side】]

大分、外が明るくなってきた。
味噌汁の火加減を気にしながら、ちらりとみた窓からは今日は良い天気になりそうなのが窺える。
今は梅雨の最中ということもあって、ぐずついた天気が続いていたが、これなら洗濯物を干すのに丁度いい。
朝食を食べたら、早速洗濯を始めるとするか。鬼龍と二人で干せば、大学に行く時間にも十分間に合うだろう。
今日は午後から紅月三人でのラジオ番組の収録予定が入っているが、午前中は大学の講義に出る。
鬼龍と一緒に住み始めた最初の頃は、食事はほとんど鬼龍が作っていたが、最近は俺も料理を覚えたから、少しはこうしてやるようになった。
特に朝は俺の方が起きるのが早いことが多いから、朝食に関しては俺が作ることも多い。弁当を作るのもだ。
毎日作っているわけでもないし、作る時も弁当のおかずのうち、半分は鬼龍の作り置きを流用しているから、俺一人の力で作っているわけでもないが、弁当の内容を考えて作るのは思っていたよりも楽しかった。
多分、鬼龍に弁当を作ってやると嬉しそうにしてくれるからというのも大きい。

――人に弁当作って貰ったのは久し振りだ。自分で料理するようになると、人に作って貰える有り難みを実感するんだよな。それが惚れた相手が作ってくれたとなれば尚更だ。

初めて俺が弁当を作った時に、鬼龍が一瞬だけ遠い目をしてそんなことを言った。
実家にいるときに、鬼龍が父親や妹の弁当を作ったりはしていたようだが、もしかしたら鬼龍本人が弁当を作って貰ったのは、母親が亡くなって以来だったのかも知れない。
それもあって、仕事等の都合で弁当を作れない、あるいは作る必要がない時以外は、なるべく作るようにしている。
そうこうしているうちに、朝食の準備も弁当の準備もほぼ終わった。
時計は間もなく七時を指そうとしている。頃合いだな。
朝食が冷めないうちに鬼龍を起こしに行くとしよう。
鬼龍の部屋の扉を一応申し訳程度に叩くが、この部屋は防音仕様になっているから、起きている時ならまだしも、寝ている状態では恐らくほとんど聞こえない。
だから、いつも返事がないうちにさっさと部屋に踏み込むことにしている。
まだ、ベッドの中にいる鬼龍の傍に行き、肩を叩くようにして起こした。

「鬼龍、そろそろ起きろ」
「ん……もう少し。あと五分」

一瞬だけ開いて、俺を見た目はすぐに再び閉じられる。

「味噌汁が冷めるぞ。茄子と油揚げの味噌汁がいいと言ったのは貴様だろう」

最近は、多少ならリクエストに応えられる程度に料理が出来るようになったからか、鬼龍は時々何が食べたいということを言ってくるようになった。
とはいえ、それ以上に俺が鬼龍にリクエストをきいて貰っていることの方がずっと多いのだが。

「あー……旦那がキスしてくれたらすぐ起きる」
「どういう理屈だ、度し難い。……起きると言ったからには速やかに起きろ」

聞いてやってしまう辺りが俺も甘いなと思いながら、額に軽くキスするつもりで顔を寄せ、額に唇を触れさせたところで、頭をがしっと掴まれる。
そして、強引に頭の位置をずらされ、唇同士が触れ合った。

「ん……っ」

舌こそ入れてはこなかったが、唇はすぐに離すつもりはないらしく、頭は鬼龍の手で固定されたままだ。
抗議のつもりで目の前にある耳を引っ張ったが、俺の頭を押さえている手からは力が抜ける気配はない。
ややあって、ようやく俺を押さえていた手の力が抜け、唇が離れていった。
朝から何の真似だと鬼龍を睨むも、どこ吹く風で効果は見られない。
鬼龍のやつがにやりと笑いかけながら上体を起こした。

「キスっつったらこっちだろうがよ。何惜しむような真似してんだ、旦那」
「……貴様、とっくに起きていたな」

思いの外しっかりした口調や、俺の頭を押さえた際の力加減を考えると、起き抜けとは思えなかった。
俺が起こしに来るのを、狸寝入りで待ち構えていたと考えるのが妥当だろう。

「さぁな。ま、どっちでもいいじゃねぇか。ちゃんと起きたんだし。朝飯食おうぜ」
「まったく……まぁ、いい。朝食後、大学に行く前に洗濯するぞ」
「ああ、天気良さそうだもんな、今日」

ベッドから下りた鬼龍が、俺の頭をポンと軽く叩いて、そのまま横を擦り抜けていくかと思えば、通り過ぎ様に耳へと軽く唇と舌を触れさせていった。
小さな口付けの音が身体の奥へと溶け落ちていって、触れられた部分がほんのり熱を持ったような気がする。
朝からやってくれるものだ。
どうも、一緒に暮らし始めてから、二人きりで過ごす時間が多くなったせいか、それまでに比べて性的な接触が増えたように思う。
触れる場所については弁えてくれているし、無論、接触が嫌なわけではない。寧ろ、タイミングによっては嬉しい瞬間もあるが、今朝のようにその後ベッドに雪崩れ込んだりするわけにはいかない状況の時には、少しもどかしいというのも事実だ。
燻った欲を落ち着ける意味も含めて、小さく溜め息を吐く。

「……さっきのじゃ、物足りなかったか」
「惚れた相手へのキスなんていくらでもしたくなるもんだろ。今日も大学と仕事あんだし、明日も早朝から入っている仕事を考えると、おまえに手を出せねぇことぐらいの分別はついているから、このぐらいは勘弁してくれ」
「なるほどな。だったら」
「ん?」

鬼龍の前に回って、今度は俺からキスを仕掛けた。
軽く唇を重ねてから、舌先で軽く鬼龍の唇を辿り、鬼龍の舌が伸ばされる直前で離れる。
俺の行動に少し驚いた様な表情をした鬼龍に胸がすく思いがした。
「この続きは水曜の夜だ。それまでこの手のことはなし。いいな」

言葉の半分は自分自身にも言い聞かせるようにそう告げる。
今週の木曜日は大学の講義が休講な上に、仕事も入ってないという珍しく一日完全にオフの日だ。
水曜の夜はセックスするのに最適と言える。
だったら、その時に時間を気にせず、思う存分睦み合えばいい。
多少の欲が燻っている件についても、恐らくスパイスになってくれるだろう。
すっかり定位置となった食卓の自分の席に着くと、やはり向かい側の定位置となった椅子に座った鬼龍がぼやきを零した。

「…………旦那は時々凄ぇ煽ってくるよな。生殺しじゃねぇか」
「先に朝から煽るような真似をしたのはそっちだろう」
「そりゃそうだけどよ。っとに、水曜覚えとけ」

二人同時にいただきますと声を掛けてから、朝食を食べ始める。
俺としては狸寝入りなんぞしていた仕返しの意味もあったが、必要以上に煽ってしまった気もしないでもない。
水曜覚えとけ、と口にした時の鬼龍の目が、一瞬だけ獲物を食らう猛禽類の様だった。
水曜の夜は早々に寝かせては貰えなさそうだなと、味噌汁を飲みながら覚悟した。

[火曜日【AM3:00・Kiryu Side】]

割りと乗る人数が多い乗り物、例えばバスや電車なんかはまだどうにかやり過ごせる。
人数が多ければ、そいつらと話すことで気も紛れるし、人数が乗れる分、空間に余裕もあるから、然程意識しなくても済むからだ。
けど、どうも乗る人数の少なくなるバイクや一般車なんかは苦手意識が抜けねぇ。
特に一般車はどうも閉塞的な感じがして、酔いやすい傾向があった。
たまに使う場合はつい車に乗るって段階で身構えちまうし、大抵乗っていると酔って気分が悪くなる。
夢ノ咲学院時代から、公の場に出してあるプロフィールにも苦手なものとして乗り物を挙げていたくらいだ。
いかつい顔した俺が乗り物が苦手だと表明しているのは、ファンからしたらギャップを感じるらしく、どうやら好意的に受け止められている部分があるようだが、こっちとしちゃそんな呑気な心境じゃねぇんだけどなと口にはしねぇが、時々思ったりはしている。
当然、俺が乗り物は苦手だってことを知っている事務所も、移動には極力一般車を使うことを避けてくれたりはするんだが、どうにもなんねぇ時もある。
今日なんかはそうだ。
早朝から入っているロケの移動手段は、まだ始発電車が走る前だからどうしても車で移動しないと無理だし、生憎バスの都合も付かなかった。
なるべく、気を逸らそうと努力はしてみたものの、やっぱり乗って数分したら気分が悪くなってきた。

「鬼龍殿、大丈夫であるか?」
「まぁ……何とか」

俺の左隣に座っている神崎が心配そうに掛けてきた声にはそう応じたが、一刻も早く現場に着いて、この車から降りたいってのが本音だ。
これが仕事するまでに時間の余裕がありゃ、事前に酔い止めの薬を飲んでいたところなんだが、使っている薬は副作用で眠気が強く出るから、車が現場に到着して即仕事開始って場合には、どうしても使いたくなくて避けちまう。
車に乗っている最中だけ眠くなる分にはまだしも、いざ動くって段階で眠いってなるとキツイんだよな。
まして、今日の仕事はかなり身体を動かすことが予想される類のものだった。
キー局で不定期に放映されているバラエティ番組の収録だが、参加者は限られたエリアの中を指定された時間いっぱい逃げ回って、参加者達を捕まえようとするハンターから無事に逃げ切れたら、賞金がゲット出来るってやつで、結構人気がある。
多分、旦那は頭脳戦で対策を立ててくるだろうが、あんまり最後までは残れなさそうな予感がするから、身体能力に自信のある俺と神崎の二人で紅月の見せ場を作っておきてぇし、旦那からも存分に振り回してやれと指示が出ている。
せめて、車での移動中に少しでも寝られると酔いも紛れるんだがな。
時間帯が時間帯だから、道はそんなに混んじゃいないが、撮影現場に着くまではまだしばらく掛かりそうだ。
眠れるかどうか分からねぇが目を閉じたところで、頭に軽く手が置かれた感触があって、つい目を開けたら右隣に座っている旦那の手だった。

「着くまで寝てろ。何なら寄り掛かって構わん」
「……悪いな、蓮巳の旦那」

言葉に甘えて、蓮巳の肩に寄り掛かる。
車酔いでしんどいのは相変わらずだが、こうして堂々と蓮巳によりかかれるってのは悪くない。
旦那のにおいで、気分が落ち着くってのもあるしな。
一緒に住むようになった、イコール一緒に寝ることも増えたからなのか、旦那のにおいが日々馴染んで来ているような気がする。
多分、蓮巳が実家にいた時のにおいとも少し違うってのもあるんだろう。
旦那は実家が寺だからか、一緒に住み始める前は白檀の香りを身に纏わせていた。
寺で使っている線香から自然にそうなっちまっていたみてぇで、その頃の白檀の香りも好きだったが、今は俺と同じ空間で生活して、同じもの食って、同じボディソープやシャンプー使ってたりするからなのか、より自分に近い感じがするっていうか、違和感がない。
凄ぇ落ち着くんだよな、旦那が隣にいるってことが。
特に今みたいに気分が悪いときは尚更だ。蓮巳が隣にいてくれるってだけで、少し心強い。
ふと、右手が温かくなった感触があって、つい目を開けたら、旦那が俺たち二人の膝に薄手のブランケットを掛けてくれて、その中でそっと俺の手を握ってくれる。
言葉にはしなかったが、交わす視線と少しだけ指を絡めたことで、恐らく旦那には俺が感謝している意図は伝わっただろう。
こういう場合、蓮巳は気遣ったことについてわざわざ口にされたがらず、流して欲しい傾向があるのを知っているから、俺も口には出さない。
旦那は優しいけど、改めてそう評価されることは苦手というか、望んでない節があるんだよな。
そんなところも好きなんだが。
蓮巳に触れている安心感からか、少し眠気が襲ってきたのを良いことに、再び目を閉じて眠ることに決めた。

[水曜日【PM8:00・Hasumi Side】]

月曜日のことがあるから、朝から何となく浮ついた気分で夜まで過ごしてしまったような気がする。
俺もまだまだだな。
鬼龍と肌を重ねるのは、もう慣れたもので特に珍しくも何ともないのだが、こうして一緒に生活するようになったのにも関わらず、すると決めた日は気分が高揚してしまう自覚がある。
いや、もしかしたら、一緒に生活しているからこそだろうか。普段の鬼龍の姿とセックスしている時の差に、自分でも気付かない部分で興奮を呼び込んでいるのかもしれない。
風呂から上がって一息ついた後、鬼龍の部屋を訪れたら、先に風呂を済ませていた鬼龍は針仕事の真っ最中だった。
一度出直した方が良いだろうかと思ったタイミングで、鬼龍が俺に声を掛けてくる。

「おう、旦那上がったか。ちょっと待ってな。ここだけやっちまうから」
「構わん。慌てなくていい。……ん? それは夢ノ咲三年の時の七夕祭で使った衣装か?」

ちょうど、鬼龍が手にしている長い手甲は俺と神崎が着た衣装で使っていた物だ。
そういえば、数日前に七夕祭の時の衣装を貸せと言われて、こいつに渡していたのを思い出す。

「ああ。今度七夕が近いタイミングで歌番組出るだろ? だから、あの時の衣装を少しリメイクしようと思ってな。本当は新調出来りゃ良かったんだが、今はちょっと余裕ねぇからなぁ」

鬼龍が手を休めずにそう応じた。
腕と手の甲に位置を固定するために赤い紐を縫い付けてあった場所には、新たに青い紐も絡ませるようにして縫い付けている。

「仕方あるまい。八月早々に大掛かりなフェスがあるからな。そっちで頼まれた衣装で手一杯だろう。かつての衣装をリメイクする形なら、フェスの宣伝も自然な流れで出来るし、かえって都合がいいくらいだ」

鬼龍の隣に腰を下ろしながら、作業の終わっているらしい方の手甲を手に取ってみる。
八月の頭、夢ノ咲学院出身のアイドル――在校生から卒業生に至るまで、様々なユニットが勢揃いし、三日間連続で盛大な規模の音楽フェスを開催する予定になっていた。
フェスの発案者は、今や夢ノ咲学院出身のプロデューサーの第一人者として、華々しく活躍の場を広げているあんずだ。
彼女が発案者ということで、特に俺たちのように、夢ノ咲学院時代にあんずと一緒に仕事をしてきた世代の有力ユニットは、その大半が参加表明している。
当然、紅月もその中に含まれているが、それに伴う形でかつてのユニット衣装のリメイクや新たな衣装の作成を鬼龍に頼んできたユニットがある。
それらだけでも大変なのに、紅月は鬼龍が衣装を製作しているというのも売りにしているから、ここで他ユニットとの差をつけたいと、こいつはフェス用に三パターンの衣装を作成してくれていた。
流石に仕事の早い鬼龍でも、この数をこなすのは中々大変なようで、最近は少しでも空いた時間が出来ると裁縫をしているような気がする。
俺も出来上がった衣装のアイロン掛けを手伝ったり、完成した衣装の件で鬼龍の代わりに先方に連絡しているくらいだ。

「そう言って貰えると助かるぜ。ちょうどいい。今、終わったやつ旦那の分だから、ちょっとサイズ確認するために、手甲だけ着けて貰っても良いか?」
「ああ」

鬼龍が手にしていた手甲も作業が終わったようだ。
俺が部屋着にしている浴衣の袖を捲り上げてから両腕に手甲を着けると、鬼龍が上腕部分の紐を結んで、確認していく。

「ん、大丈夫そうだな。手首や肘は動かしにくかったりしねぇか?」
「問題ない。……っ、おい、鬼龍」
「跡はつけねぇよ」

素肌が出ている上腕部に鬼龍が唇を触れさせて、小さくリップ音を立てていく。
確かに跡になるようなやり方はしていないが、舞台で使う衣装を着付けている時には、性的な接触はやめろと言ってあるのに。

「当たり前だ。俺が言いたいのは、衣装を身に着けた時にはこの手のことを、するなと……っ、あ」
「軽く唇当ててるだけだろ」
「それが、問題、だ……っ」

そもそも、今夜、鬼龍の部屋を訪れたのはセックスする前提があったから、こんな風に触れられるとどうしてもその先を意識してしまう。
だが、こういう行動を取られることで、下手にライブの際にセックスのことを思い出したりなどしたくないのも事実だ。
ただでさえ、着替え中の鬼龍の様子を直視出来なくなってきているというのに。
じわじわと緩やかな快感に浸食されていく。

「ふっ……」
「気持ち良いか? ちょっと勃ってきてる」

鬼龍の手が俺の股間に伸びてきて、浴衣の上から撫でてきた。
触られることで益々固さを増すのが伝わるからか、鬼龍の表情が嬉しそうに綻んでいく。

「誰の、せいだと……っ」
「俺だな。作業も終わったし、ベッド行こうぜ。せっかく明日休みなんだしよ」

ゆっくり楽しもうぜと俺の耳元で囁きながら、鬼龍が手甲の紐を緩めて、俺の腕から外す。
裁縫道具が散らばったテーブルの上に、外した手甲を纏めて置くと、鬼龍が俺の手を引いて立ち上がらせ、ベッドまでそのまま連れて行った。

「……ん」

ベッドに寝っ転がると、鬼龍がすぐに覆い被さって来て唇を重ねる。
つい先程まで、平然と針仕事をしていたように見えた鬼龍だが、腰を触れ合わせると随分と興奮していることが伝わってきた。
触れることで火が着いたのはやつの方も同じだったらしい。
キスをしながら、軽く摺り合わせるように動く腰が気持ち良い。
鬼龍の固さに引き摺られるように、俺の方も股間に熱が集まっていくのを自覚する。
どちらからともなく、触れ合わせている唇から熱い吐息と唾液がこぼれ落ちていった。
絡めた舌の熱さにもどんどん煽られていく一方だ。

「ん……っ」
「月曜の朝にお預け食らった分は、きっちり返させて貰うからな」
「あ、ふ」

すっかり、情欲の焔を宿した目に射貫かれながら、先程の上腕部だけでなく、様々な場所へと鬼龍の唇が滑っていく。
俺の浴衣の帯を解いてはだけさせながら、肌の上を鬼龍の唇と指が辿って行く快感に、どうしても声が零れていった。
ちょっとした打ち合わせや練習が出来るようにと、事務所側で用意してくれたこのマンションは、鬼龍が使っているこの部屋の方が防音仕様になっている。
しかし、この部屋の作りが有り難いと思うのは、紅月で歌やちょっとした振付の練習をする時よりも、鬼龍とセックスする時に強く実感するのが困る。
外部に声が漏れないという安心感からか、声を上げる際に歯止めが効きにくくなっているような気がしてならない。
鬼龍は外から見えるような場所に跡はつけてこないが、見えない部分にはここぞとばかりに吸い付いて、キスマークをつけていく。
腹や内股に幾つも紅い鬱血痕が残されていった。
他人には見せられない二人きりの情交の証は、快感と同時に心を温かく満たしていってくれる。

「ん!」

俺のモノの先端に、鬼龍が音を立てながらキスをした。
鬼龍の頭が徐々に下へと移動していたから、そこに口が触れることは予想していたが、それでもつい、びくりと身体が反応して震えてしまう。
そんな様子を見てか、鬼龍が楽しそうに笑った。

「このまま口でしていいか?」
「……ダメと言ったところで……っ、するつもり、だろうが」
「まぁ、そうなんだけどな。旦那だって嫌じゃねぇだろ?」
「あ……あ」

鬼龍は手で俺に触れる時も丁寧に優しい動きをするが、唇や舌もやはり優しく接してくる。
幹を緩く握られ、袋を舌先で優しく弄ばれ、少しずつ快感が限界近くへと引き上げられていく。

「き、りゅ……っ」

口でされる気持ち良さと、性器を口に含まれているという羞恥心が入り混じって、どうしても声が掠れてしまう。
最中の鬼龍の顔を見たいから、眼鏡は外さないで行為をしていることが大半だが、口淫をされる時ばかりは、正直外したくなる。
それでも、眼鏡を外さず、視線もやつから逸らさないのは、鬼龍が俺を挑発するように見上げてくるのが余裕を見せつけられているようで、少し癪に感じるからだ。
快感に流されすぎてたまるかと、残り僅かな理性と意地で鬼龍を見返す。

「……こういう時の旦那の顔、堪んねぇなぁ。めちゃくちゃ興奮する」
「っ、貴様、こそ、色気が怖いほどにありすぎて、煽る、顔をして、おい……てっ」

ライブでの興奮とは似ているようで、質の異なる昂ぶりがまともな思考を徐々に、だが確実に灼いていく。
敏感な先端部分を全部口に含まれ、腰が跳ねた。

「んうっ!」
「蓮巳。口で一回イカせたい。もう我慢出来ねぇ」
「出来、な……って、離……! ああ!!」

深く咥えこまれて、口の中の濡れた熱さにまずいと思った時には遅かった。
止められない射精の衝動に任せて、鬼龍の口の中に熱を吐き出す。
と、同時に俺の足に熱いものが掛かった感触があった。
……ああ、なるほどな。我慢出来ないと言ったのは、そういうことか。
嚥下する音が聞こえ、俺のモノから鬼龍が一度離れる。
乱れた二人分の呼吸が部屋に響いたのを、どこか他人事のように感じながら、悦楽の波が引いていくのを待って上体を起こした。
案の定、脛から足の甲にかけて掛かっていたのは鬼龍の精液だ。

「悪ぃ、汚した」
「構わん。……触らずにイケる程、興奮してたのか」
「うるせぇ」

鬼龍がぶっきらぼうに返しながら、俺の足をティッシュで拭ってくれる。
やつが自分のモノもティッシュで拭おうとしたところで、その手を掴んで止めた。

「……俺にも口でさせろ」
「構わねぇけど、てめぇの後ろも慣らしながらでいいか。すぐ挿れたくなっちまうと思うから」
「いいだろう。場所、変えるか?」
「大丈夫だ。俺が動く」

鬼龍が俺と頭を逆にする形で移動し、俺の目の前にまだ固さを残している鬼龍のモノが来る。
先程、達した際に拭い切れてなかった精液を舐め取るようにしてから、鬼龍自身を口に含んだ。

「ん」
「っ!」

精液の残滓を吸い込むようにすると、びく、と鬼龍の腰が震えた。
口の中を独特の青臭いにおいが纏わり付くが不快ではない。多少、喉に絡む点はいただけないが、さっき鬼龍は俺が出したものは全部飲みきっていた。
ならば、俺もと吸いあげると、鬼龍の唇と舌が再び俺のモノに触れる。
こんな風にお互いがお互いの性器を口にするのも、すっかり抵抗がなくなってきたなと思いながら、鬼龍のモノを口に含んでいると、鬼龍が俺の肩に手を伸ばして、軽く叩いてきた。

「蓮、巳……っ。一回、口離せ。指挿れたい」
「…………ああ」

指を挿入される際の刺激は結構強いから、万が一にも、お互いに傷つけないようとの配慮からだろう。
言われたとおりに鬼龍のモノから口を離すと、間髪入れずに鬼龍の指が後孔を探ってきた。
孔の周囲を優しく潤滑剤のついた指の腹で撫でられ、声を零しそうになるのを堪える。
幾度か孔を軽く叩くように指先が動いたところで、もう一方の鬼龍の手が俺のモノを握った。

「待てっ、両方、触るの……は」
「こっちもまた大分固くなってきたな。でも、中の方は一度イッてるだけあって、柔らかそうだ……っ」
「うあっ!」

鬼龍の指がそっと中へと挿ってきて、内壁をゆっくり擦り始める。
それと同時に舌が鈴口を擽り始めて、快感が再び勢いを取り戻し、あっという間に悦楽に染められていく。
元来、排泄器官であるはずの場所が、こんな時は快感しか拾わない。
鬼龍を受け入れることをすっかり覚えたそこが、欲しいと疼き始める。
指で擦られるだけでは足りない。

「鬼龍……っ」
「やっぱり、中柔らけぇな。挿れちまっていいか?」

頷くと指が抜かれ、鬼龍が身体を起こした。
開いた足の間にやつが入りこみ、素早くゴムを自分のモノに被せたが、俺の方には着けない。

「どう、した」
「どうせ、明日休みでシーツも洗濯するから、このままでいいか? 汚しちまって構わねぇから」
「……貴様がいいのなら、それで構わん」

多分、俺は明日ろくに身動きが取れなくなるだろうから、洗濯は手伝えないぞと言外に含めたのは通じたらしい。
鬼龍がありがとよと呟いて、唇を重ねてくる。
キスしながら、鬼龍のモノが孔の周囲を焦らすように動くのに、声を零しそうになった。
唇が離れた瞬間、鬼龍が俺の中へと身を沈めて、割り開かれる感覚に、今度こそ声は抑えられなくなった。

「あっ、あああ!」
「は……す、み」

鬼龍が掠れた声で俺を呼んだのに応えて、腕をやつの背中へと回した。
汗ばんだ背中にしがみつくようにすると、鬼龍が抽挿を始める。
鬼龍とこうして情を交わすようになるまで知らなかった快感が、背筋に沿うようにして与えられ、身体の隅々までへと伝わっていった。
弱い場所を重点的に擦られ、みっともなく喘いでしまうばかりだ。

「あっ、ふ、まっ、そこ、いい……っ!」
「知って、るっ」
「く、ああ、うあ!」

ゴム使ってても分かるくらい感触が違うからなと耳元で聞こえた言葉には、もう応じる余裕がない。
見上げた顔が悦楽に歪んでいるのを、満たされた思いで確認し、鬼龍の手にモノを強めに握られて――今夜二度目の熱を吐き出す。
恐らく、同時に達しただろう鬼龍も身体を震わせ、俺の身体の上にのし掛かってきた。

「――紅郎」
「ん……」

下の名前で呼ぶと、鬼龍が照れくさそうに笑う。
こいつの表情とまだ重ねたままの身体から伝わる重みが、堪らなく幸せな気分にしてくれた。

[木曜日【AM11:00・Kiryu Side】]

俺が目を覚ました時、蓮巳の旦那はまだ隣で熟睡していた。
カーテンの隙間から差し込む光の明るさに、枕元のスマホで時間を確認してみたところ、既に昼に近かった。
普段だったら、慌てて大学に行く用意をするとこだが、俺と蓮巳が受けている午後の講義は、講師の都合で今日は休講となっている。
仕事も珍しく何も入っていないから、今朝はアラームを設定しなかった。
それが分かっていたからこそ、昨夜は思う存分、旦那を求めたんだが、こうなると蓮巳はまず起きられないのが常だ。
セックスすると旦那の方が絶対負担が大きいから、いつもなら俺より早くに起きている蓮巳は、セックスした翌朝に限っては俺より起きてくるのが遅い。
普段は旦那の方が起きるのが早いから、こうして旦那のあどけない寝顔を見るのは、こんな風にセックスした翌朝ぐらいなんだよな。
眼鏡を外している姿にしてもそうだ。
旦那は眼鏡を外すとほとんど見えなくなるくらいに視力が悪いから、セックスの最中に俺の様子が見られないことを嫌がって、セックスするときにも眼鏡は掛けたままだ。
蓮巳は眼鏡が似合うから、掛けている状態を見るのは好きだが、こうして眼鏡を外しているところを見られるのも、恋人ならではの特権みたいな感じがして、気分がいい。
そっと蓮巳の髪を撫でると、俺の方にすり寄ってくる。
蓮巳の身体に腕を回して抱き寄せると、旦那側からも俺の身体に腕を回してきた。
エアコンを効かせたままの部屋は適度に涼しいからか、こうして触れ合う人肌の温もりは素直に気持ち良い。

「……へへ」

こんな仕草は完全に無意識から来てるんだろうって思うと、嬉しくて口元がにやけちまう。
旦那が起きる前に、朝食――いや、もう昼食か。用意しておかねぇとって思うのに、旦那から離れがたくて、ベッドから出る気になれやしねぇ。
一緒に暮らし、ほぼ毎日顔をつきあわせるようになってから数年。何を今更って感じだが、一緒に住んでいたって中々見られねぇ表情や仕草はあるんだよな、これが。
その中々見られねぇもんが、ふとした拍子に見られるってところも同居ならではの醍醐味だ。
今日みてぇに、スケジュールを気にせずにいられる日なんてそう多くはねぇしな。
洗濯するのは午後でも十分だし、もうちょっと旦那の寝顔と体温を堪能することに決めた。

[金曜日【PM6:00・Hasumi Side】]

大学の講義が終わってすぐ、鬼龍、神崎と合流してマンションの近所にある大型スーパーに買い物に来ている。
今日は家で新曲の打ち合わせがてらに、三人で家飲みすることになっているからだ。
神崎は自宅住まいだが、大学は俺たちと同じだし、俺たちの家が事務所の計らいによって、防音仕様になっているから、ちょっとした打ち合わせや練習の時には、よく泊まりに来ている。
リビングに置いてあるソファベッドは、ほぼ神崎専用になりつつある程だった。

「蓮巳殿、鬼龍殿、何か料理のりくえすとはおありだろうか?」

三人で集まる時は、それぞれが何か料理を一品ずつ作るのが最近では恒例になりつつある。
だから、神崎は聞いてくれるのだろう。

「前にてめぇが作ってくれた鰹のたたき、美味かったな」
「ああ。それを応用してのサラダも美味かった。俺もあれが食いたい」

鬼龍が言った鰹のたたきは、前に神崎がやはり三人で集まった際に作ってくれたもので、半分はそのままたたきで、もう半分を数種の薬味と野菜で和えて、サラダにして食したが、酒が進む美味さだった。

「うむ、承知した! ならば、新鮮な鰹を買って参ろう!」
「あのサラダ、大葉も入ってたっけか」
「今、切らしているな。大葉も買って帰ろう」

そうして、食料と酒、それと少しばかりの日用品も買い込んで、三人で話をしながら、マンションへの帰路につく。

「それにしても、一緒に居を構えていると思考が似てくるのであろうか」

ふと、会話の中で神崎がそんなことを口にし、思わず鬼龍と二人で顔を見合わせる。

「ん? 俺たちがか?」
「いきなりどうしたよ」
「いや、先程、お二方にりくえすとをお伺いしたが、前回も前々回も、蓮巳殿と鬼龍殿が我にりくえすとされた料理が一緒だったのを思い出したのである」
「そう……だったか?」
「一緒だったっけか。確か、前集まった時に神崎に頼んだのは……」
「「海老と野菜の入った生春巻き」」

そこで、俺と鬼龍の声がピッタリと重なった。言った矢先に鬼龍が目を丸くしたが、俺も似たり寄ったりの顔をしていただろう。
神崎の言うとおり、確かに思い出してみれば、特に鬼龍と示し合わせてはいないのに、同じメニューを神崎にリクエストしていた。
神崎は前回、前々回と言ったが、多分その前も同じものを選んだような記憶がある。

「あー、何だかんだでほぼ毎日旦那と同じもん食ってるからなぁ。食いたくなるタイミングが似てくるかも知れねぇ」
「確かにな」

お互い、実家に戻ったとかでなければ、食生活はかなり近い。
家での食事は言うに及ばず、昼は弁当を作った時は同じメニューにしてあるし、弁当を作っていない場合は、ロケ先で支給される同じ弁当を食べていたりと、口にしているものはほぼ一緒だ。

「ふふ、お二方の同居生活が上手くいっているようで、我も嬉しい。仲良きことは素晴らしいであるな!」

神崎の言葉に他意はないことは分かっているが、それだけに少し後ろめたくもある。
俺たちの仲が良いというのは、ほぼ間違いなく神崎の想像以上の意味を含んでいるからだ。

「ま、仲が悪けりゃ同居なんて続かねぇしな」
「そういうことだ」

だが、それを口にするわけにもいかず、ただ、鬼龍と二人揃ってそう話を続けるしかなかった。
……こういう部分も阿吽の呼吸になりつつあるな、なんて少し嬉しく思いながら。

[土曜日【PM1:00・Kiryu Side】]

「じゃ、ちょっくら行ってくる」

昼飯を食って、昨夜家に泊まっていた神崎も自宅に戻った後、俺は実家に帰る準備をしていた。
実家で作業する為に持っていく作りかけの衣装と、ちょっとした手土産を確認してから玄関に行くと、蓮巳も見送りに来てくれる。

「ああ。気をつけてな。父親と妹によろしく」
「おう。寂しいかもしんねぇけど、明日の夕方には戻ってくるから」
「ん。遅くなるようなら連絡しろ」

挨拶代わりに、軽く額同士をコツンと合わせてから玄関を出た。
このマンションは真ん中部分が吹き抜けになっているから、玄関を出た段階ですぐに外の様子が分かるようになっている。
今日は雨が降っていて、早くもしっとりと纏わり付いてくる湿気に少しだけ足取りが重くなったのを自覚しつつ、エレベーターに乗り込んだ。
妹や父ちゃんの状況が気になるからと、俺はこうして時々実家に顔を出している。
これは旦那と同居するときから決めていたことだ。旦那と同居し始めた当初、妹がまだ小学生だったこともあって、家に残る妹と父ちゃんが心配だったからだが、最近は結構上手い具合にやっていってるらしい。
以前はもう少し実家に帰る頻度は高かったが、ここしばらくは半月から一ヶ月に一度ってくらいか。
勿論、実家に帰れば帰ったで楽しいし、変わりのない妹や父ちゃんの様子を確認出来ると心底ほっとするが、その間、蓮巳が家に一人だったり、他のやつと出掛けていたりというのを想像すると、何となく落ち着かねぇ。
旦那と一緒にいることが当たり前になってきちまっているから、別の場所で寝起きするってのが、まずしっくりこねぇんだろう。
旦那と一緒に住み始めた当初、俺が実家に戻る際に、旦那に俺がいない間寂しいかもしんねぇけど、って言ったら、たかが一日、二日で何を言うかって返されたもんだが、最近はそれもない。
蓮巳からわざわざ寂しいと口にすることはねぇが、感じてはいるらしく反論することがなくなった。
さっきみてぇにただ見送ってくれる。
エレベーターが一階について、エントランスを出、傘を差しながらマンションを見上げると、ベランダに出ていた蓮巳が小さく手を振ってくれたから、俺からも振り返した。
旦那は確か、今日は夕方まで掃除してから、夜には天祥院と飲みに行くとか言ってたっけ。
どうせ、外出するなら蓮巳も実家に戻ってもいいんじゃねぇかとは思うが、あんまり気は進まねぇらしい。

――どうせ、あと一ヶ月半もすれば、嫌でも数日実家に滞在するしな。別に今わざわざ帰ろうとは思わん。

旦那の実家は寺だから、盆や正月、彼岸辺りなんかはかなり忙しいらしく、その近辺はどうしても数日程、寺に手伝いで駆り出される。
蓮巳は次男で、寺は既に副住職になっている兄貴が継ぐことが決まってるって話だが、かといって全く無関係でやり過ごすわけにもいかねぇらしい。
紅月の仕事も余程の事情がない限り、夢ノ咲学院時代からそこら辺の日にちは避ける傾向があった。
夢ノ咲学院時代はそんなに気にしちゃいなかったが、一緒に住み始めてからというもの、その数日ってのが、妙に長く感じることがある。
俺が実家に戻る場合は正月を除けば、精々一日か二日ってところだが、旦那の場合は数日だ。
蓮巳は俺よりも実家に戻る頻度が低いとはいえ、纏まって数日いねぇのは予想していたより寂しいもんだった。
俺ほどじゃないかも知れねぇけど、多分、俺がいない間は蓮巳も寂しさを感じているんじゃねぇのかな。
そうであって欲しいっていう願望も混じっているが、きっと、そう外しちゃいねぇはずだ。

「明日の夕飯、何作るかな」

今日、実家で作る夕飯のメニューも決めねぇうちに、明日の夕飯について考える自分に笑っちまう。
家を空ける詫びって訳でもねぇけど、いつも実家に戻った後はこうして旦那の好きなもんを作ってやりたくなる。
蓮巳の旦那が喜ぶ顔見てぇんだよな。
夕飯一つで見られるなら安いもんだ。

[日曜日【PM3:00・Hasumi Side】]

昨日からの雨は今日も止む気配がない。
梅雨だから仕方ないとはいえ、雨はやはり少し憂鬱な気分を増幅させるように思う。
湿度が高いこともあって、午前中打ち合わせへ出掛ける前に、室内に干しておいた洗濯物はまだ乾いていない。
シーツや布団カバーだけは乾燥機を使ったが、洗濯物全部に使うのも経済的ではないように思うし、衣装の類は乾燥機を使えないものも多いから、うちでは乾かすのに場所をとるものだけ乾燥機を使っている。
とりあえず、乾燥機の中から今朝突っ込んでおいたシーツや布団カバーを取り出し、部屋に持っていく。半分は俺の洗濯物だが、もう半分は鬼龍のだ。
鬼龍は実家から戻ったら自分で洗濯すると言っていたが、どうせ乾燥機の容量にも余裕があったから、さっさと洗っておいたのを、自分の部屋で選り分ける。
鬼龍が留守だからと、シーツやカバーは外した後に新しいのに替えていなかった。洗濯が終わったのをまた使えばいいと、そのままにしていたからだ。
鬼龍の部屋に入り、洗い立てのシーツや布団カバーをかけている最中に、うっかり枕カバーだけ洗い忘れていたことに気付く。

「しまった。これは外し損ねていたな」

せっかく、シーツや布団カバーを替えたのだから、枕カバーも新しいものに替えなければと思ったが、枕を手にしたところでふわ、と鬼龍の香りが微かに漂った。
シャンプー等の日用品に対しての強い拘りはないから、やつと同居してからは同じものを使っているが、元来の体臭と混じり合うからか、お互いの香りは近いようで少しだけ違うのだと、こんな時に実感する。
何となく枕にそのまま頭を乗せ、鬼龍のベッドに横になると、鬼龍の香りがして落ち着くのと、乾燥機の熱が残っているシーツや布団カバーの温かさとの相乗効果からか、少し眠くなった。
スマホで時間を確認してみたところ、午後三時を回ったところ。

「二時間……はまだ帰ってこないな」

帰るのは夕方だと言っていたし、やつのことだから恐らく父親と妹の夕食の準備をしてからこっちに帰ってくるだろう。
ならば、一時間ウトウトしているくらいは問題なさそうだ。
夕食はカレーにしようと思っていたが、材料は一通りっているから準備を始めるのはその後でも間に合うし、枕カバーを替えるのも後回しでいい。
念の為にスマホのアラームを一時間後に設定して置いてから眼鏡を外し、少しだけ惰眠を貪ることに決めた。
妙に気怠い疲れが残っていて、いつもより眠く感じるのは、昨夜のせいもありそうだ。
英智と飲んでいた時に日々樹が乱入して来て、散々あのテンションで騒がれたのが影響しているのに違いない。
瞼の裏に得意げな表情をした日々樹の顔が浮かんだのを慌てて振り払う。
まったく……あいつが来ると分かっていたら、飲みに行かなかったものを。まぁ、そうと分かっているから英智も日々樹が来ることを黙っていたのだろうが。
おかげで、何となく飲み足りなさを感じたというか、気分良く酔えなかった。
鬼龍が帰ってきたら、軽く晩酌するのもいいかも知れない。
神崎が泊まりに来たときに買い込んだ酒も、まだ残っている。
鬼龍と二人で酌み交わす想像をしながら、意識が少しずつ遠のいていった。

***

「ん……?」

髪に触られたような気がして、目を開けるとぼんやりとだが鬼龍の姿が映った。

「貴様、帰って……きてたのか。お帰り」
「おう、ただいま。電話もメッセージも反応ねぇから、もしかしたら寝てんのかとは思ったが俺の部屋の方にいたとはな」
「あ……」

想定より寝過ぎたかと慌てて身体を起こし、眼鏡を掛けようと手を伸ばしたところで、鬼龍にその手を掴まれ眉間にキスされる。
反射的に目を閉じたところで、両方の瞼にもキスされ、唇が離れてから眼鏡を渡された。

「ほらよ」
「……帰ってくるのが早かったな」

スマホで確認した時間は、まだ三時半を少し過ぎたところだったから、寝過ぎていたわけではなかったらしい。
ただ、鬼龍の部屋で寝ていたことが何となく気恥ずかしく、つい、やつの視線から逃れるように、眼鏡を掛け直してしまう。
鬼龍の顔を直視は出来ないものの、やつが嬉しそうに笑っている表情が確認出来た。

「持っていった衣装分の作業が一通り終わっちまったから、こっち戻って来て続きやろうと思ってな。父ちゃんや妹も相変わらずだったし」
「そうか。息災だったなら何よりだ」
「――寂しかったか、旦那?」

鬼龍がいなかった間の心境を見透かされた気がして、咄嗟に言葉を返せない。
これではそうだと言っているのと変わらなかったが、鬼龍もそれ以上言葉を続けるでもなく、笑って俺を抱きしめた。
枕の残り香ではない、鬼龍本人の香りが心地良く、俺の方からも鬼龍の身体を抱きしめる。
こうして、すぐに抱きしめられるところにこいつがいるというのはやはり嬉しいものだ。

「俺のシーツや布団カバー、洗ってくれてたんだな。ありがとうよ」
「自分のついでだしな。ああ、洗ったばかりなのに、俺がついうたた寝して使ってしまったが」
「構わねぇよ。旦那のにおいが残ったなら、かえっていいくらいだ。じゃ、俺が洗濯する必要もなくなったし、ちょっと早いけど夕食の準備始めるか」

ぽんぽんと背中を叩かれて、鬼龍が俺から離れる。

「あ、俺が作……」
「いいって、俺がやる。蓮巳よう。今日カレー食いたくねぇか? 父ちゃんの実家から茄子とオクラが送られてきてたのを少し持ってきたから、それ使って夏野菜カレーなんてのはどうだ?」

俺もカレーにしようと考えていたから少し驚いたが、こうして考えていたメニューがバッティングするのも初めてではない。
先日、神崎への料理のリクエスト内容の件についてもそうだが、やはり一緒にいることでより思考が似通ってくる部分もあるのかも知れん。

「いいな。ああ、カレーならあと……」
「ビールも、だろ? 神崎来た時の残りもあるし、父ちゃんが何缶か持たせてくれたから、カレー食いながら飲もうぜ」
「……何で分かった」

カレーとビールは確かに合うが、普段夕食時に飲むことはほとんどしない。
だから、今度はかなり驚いたのだが。

「昨日、メッセージで日々樹も飲みに来ていたから、騒がしくて気分良く飲めねぇって、愚痴ってきたのは旦那だろ。飲み直したいんじゃねぇかって思ってな」
「あ」

次の鬼龍の言葉で納得した。
そういえば、酔っていたのもあって、少し記憶が曖昧だが、鬼龍にやたら長いメッセージを数回送ってしまっていたのを朧気に思い出す。

「旦那、酔うとちょっと面倒くさいとこあるからなぁ。天祥院相手だと気が抜けて、やつに絡むんじゃねぇかと思ったけど、日々樹もいたからか、俺の方にメッセージで絡んできたのは嬉しかったし、安心もしたけどよ」
酔いが回ってる旦那を、あんまり他のやつに見せたくないしなと続けた鬼龍に、変な心配をさせていただろうかと口を挟んだ。

「鬼龍。英智とは」

おまえに心配されるようなことは起こり得ない、と言おうとしたが、その間に口を鬼龍の手のひらで軽く塞がれた。

「知ってる。十分分かっちゃいるんだが、俺が勝手に嫉妬しちまうんだよ。悪ぃな」
「鬼龍」

そのまま、キッチンに向かった背中が、少しだけいつもより小さく見えて、つい鬼龍のシャツの裾を掴んで引き止め、鬼龍の背中にこつんと額をぶつける。

「おまえがいないのは寂しかったぞ、紅郎」

ベッド以外ではあまり呼ばない下の名前を呼ぶと、鬼龍が息を飲んだ音が聞こえた。
少しの間の後、微かな笑い声に続いて、後ろ手に俺の頭をぽんと叩かれる。

「寂しかったのは俺もだ。カレー一緒に作るか、敬人」
「ああ」

柔らかくなった空気に、ああ、いつもの空間が戻ってきたと安心感を抱いた。
二人でカレーを作る準備を進めながら、他愛のない話をするが、そんな一時が愛おしいし、満たされる。
燻っていた疲労感も、いつの間にか消え失せていた。
夕食後にはもしかしたら、別の疲れてしまうことをしてしまうかも知れないが、それもまぁ悪くない。
部屋に漂い始めた、カレーの香ばしいにおいを嗅ぎなながら、これだから同居生活はやめられそうにないんだと、しみじみと考えていた。

 

表紙画像

 

ただ推しカプが一緒に仲良く平和に日常生活を送るだけという、私の趣味がわかりやすく反映された話です。
そして、一つのイベントで二冊(両方オンデマで)を同時に発行する元気があった……w

これまた、!!でESが出て来たことにより、現在はもう書けなくなった類の話ではありますが、今も星奏館での寮生活が終わった以降はこんな感じで過ごすんじゃないかと勝手に思ってはいるので!

Web再録、ジャンルで活動中はやらないでおこうって思っていたのですが、何かもうあんスタがサービス終了しない限り、紅敬は書いていそうだなと思ったので(初年度から二次創作書いてるので既に8年目だし……)完売してからも時間が経ったものは気が向いた時にやっていこうと思ったのでした。

 

タグ:あんスタ紅敬R-18pixivUP済Web再録10000~15000文字蓮巳視点鬼龍視点未来捏造同棲設定2016年発行