黒翼祭出展作品。
元々は萌えフレーズ100題、No59の監禁の別ヴァージョン+エピソードです。
後に2005/01/16発行の個人誌『Ad una stella』で黒鷹視点も追加して収録。
タイトルでも薄らわかるように仄暗い春告げの鳥での黒玄。
初出:2004/06/05 ※黒鷹視点は2005/01/16
文字数:0000文字
[Kuroto's Side]
「お帰り、黒鷹。今日は遅かっ……黒鷹? どうし……っ!?」
いつものように部屋に戻ってきた黒鷹。
だが、その様子は明らかにおかしかった。
凍りつくような視線に酷く固い表情。
平素のあいつからは考えられないような……負の感覚といえばいいのだろうか。
近寄りがたい空気が漂っていた。
一瞬、近寄るのを躊躇ったが、結局は傍に駆け寄った。
放っておいていいようには思えなかったのだ。
そうして、黒鷹に触れようとした瞬間に、強く抱きこまれて、深く口付けされた。
一切の前触れなしに。
「……んっ…………」
軽い口付けから始まるのではなく、どこまでも深く、口の中を蹂躙されるようなそれに、戸惑う。
歯列を辿り、舌の裏も表も嬲るように。
こんな激しさをぶつける黒鷹は珍しい。
が、その珍しさが逆に煽り立てて、いともたやすく、動悸は早くなっていくのを自覚する。
そうして、唇が離れ、不意に力の抜けたその時。
床に身体を押しつけられるように倒された。
ゴツ、と石畳の床に頭がぶつかり、派手な音を立てる。
「いっ……た。ちょ……黒た…………か?」
抗議の声を上げようとして、言葉を飲みこむ。
いつもは強い輝きを放つ琥珀色の瞳が、深い闇に包まれてるかのように底知れなかった。
それに戸惑っている間に、黒鷹は胸元の赤いリボンタイをするりと外して、俺の両手首をきつく縛り付けた。
遠慮のない縛り方だから、肌とタイが擦れて微かに痛みが走る。
「おい! お前、どういうつも……」
「……少し黙っていたまえ」
「つっ……どうし、た……」
「黙っていたまえと言った。聞こえなかったかい?」
冷たく響く低い声。
……怖い。
初めてだった。黒鷹をそんな風に思ったのは。
「くっ……」
がり、と鎖骨に歯が立てられる感触。
甘噛みとかじゃない、傷つけるつもりでやっている。
俺の身体は傷が直ぐに塞がるけれど、傷つけられた瞬間に感じる痛みまで消えるわけじゃない。
一体何があった? どうしてだ?
……こんな黒鷹を俺は知らない。
なのに、触れ合う肌も、匂いも、何もかもが黒鷹以外の誰でもないことを示している。
戸惑う俺を余所に、黒鷹は俺のシャツの前を開け、ズボンと下着を纏めて脱がす。
そんな作業もどこか他人事のように見る。
時折、黒鷹が俺の身体のアチコチに噛み付くことによる、微かな痛みがただ妙に現実的だった。
しかし、さすがに身体をうつ伏せにされて、腰を上げられ、唐突に貫かれたときには悲鳴をあげた。
「あ……くぅ……っ! やっ……やめ……! 痛っ!」
繋がった箇所にいつもの甘い痛みはない。
当然だ。
いつもなら丁寧な前戯を施して、俺が黒鷹を受け入れられるように準備してくれるのに、今日はそれがない。
苦しささえ感じるような圧迫感と、鋭い熱い痛みが辛かった。
相手のことを考えていない、ただ激しい律動。
快感どころではない。
それでも、生理的に身体がなんとか少しでも痛みを逃そうとしてるのだろう。
何とか、苦痛だけではないものを感じ始めた頃に、背後で微かに呟きが聞こえた。
「もう、あれからどれほど経っただろうね」
「あ…………?」
「あの言葉は効いたね。……つくづく私は君に甘いのだと思ったよ」
「ふ……っ…………」
何のことを差しているのか、わからない。
『あれから』。そして、『あの言葉』。
言葉が繋がってない。
心当たりもない。
お前は何を言っている?
今、お前の中にあるのはなんだ?
黒鷹、何を考えている?
「さ……きから、何……」
俺の問いかけは、黒鷹には聞こえていない。
「……こんなことをされてもまだそういうのだろうか」
「うっ……くぅ!」
終わりに向かって、一層激しくなった動きに身体が震える。
「いっそ…………!」
「く……うああっ…………!」
どくりと繋がった場所に脈動を感じて、中で黒鷹が弾けたのを感じた瞬間、俺も達した。
さして、快楽がなくても達してしまえるものなんだと初めて知った。
腰を支えていた黒鷹が俺の中から離れて、手首のタイを解いても、しばらく俺はそのままうつ伏せのまま、顔を上げなかった。
痛みが引いて、ようやく顔を上げて見れば、随分と辛そうな、今にも泣きそうな顔の黒鷹がこっちを見ていた。
俺も辛かったけど、多分、黒鷹も全然気持ち良くなんてなかったんだろう。
でなきゃ、こんな顔してるはずない。
「…………何故、責めないんだい?」
しばらくの沈黙の後に、ようやく出て来た言葉。
先程までの冷たい響きはもうそこには含まれていなかった。
声がまだ沈んではいるけど、いつもの黒鷹だ。
「お前が…………」
「うん?」
「お前が訳もなく、あんなことをするはずがないから」
「玄冬」
「……そんな泣きそうな顔をしてる相手に、どうしろと?」
「っ!」
黒鷹の顔が悲しそうに歪む。
まさか、今の今まで自分がどんな顔をしているか気付いてなかった?
本当にそのまま泣き出してしまうかと思ったが、そんなことはなく。
黒鷹は静かに俺の肩に頭を乗せてきた。
きっと、顔を見られたくないからなんだろうと思ったから、そっと抱き寄せた。
少しでも落ちつくだろうかと、背中を撫でてやりながら。
俺が昔よくそうされたように。
ややあって、黒鷹の口から出た呟きは、やはりよく意味がわからなかった。
「咎……なのだろうね、やはり」
「黒鷹?」
「君は……何も悪くない」
悪くないんだ、とその言葉は俺に対してと言うよりは、黒鷹が自分自身に言い聞かせているような感じにも取れた。
背を撫でていない、床に置いていた手の方を優しく取られて、指先に軽く唇が落ちる。
「まだ痛むかい?」
手首に痕こそ残っていたけど、もう身体のどこにもほとんど痛みはなかった。
「いや、もう平気だ」
「そうか」
安堵したような響きの声にこっちもほっとする。
もう、完全にいつも通りの黒鷹だった。
何があったのかはわからないけど……どうしてだか、それを黒鷹に聞いてはいけないような気がした。
『咎』が何を指してのことなのかも。
「玄冬」
「何だ?」
「もう一度触れたいと言ったら、怒るかい?」
黒鷹が顔を上げて、何を言うかと思えば。
少し困ったような問いかけに、こちらもつられて苦笑いだ。
「……もう、痛いのはさすがにごめんだけどな」
「すまない。有り難う」
軽く唇が触れ合うだけのキス。
離れようとした、黒鷹の顔を両手で包んで告げる。
「なぁ、黒鷹」
「うん?」
「……言いたくないなら、そのまま言わなくたっていいけど。一人で黙って抱え込むことはするなよ。沈んでいるお前は見たくない」
「……あんまり君には言われたくないな」
「? 別に俺は抱え込んだりはしてない」
「…………そうだね」
どうしてだか、哀しく耳の中に残った言葉。
だけど、再び始まった行為にそれは容易く流されていった。
***
「玄冬」
「……うん?」
最初と違って、終始優しい交わりが一段落つき。
熱の残る身体に眠気に誘われつつあった、そんな時。
「もしも、私を殺してくれと言ったら、君は殺してくれるかい?」
一気に背筋に寒気が走ることを言われた。
「! 何を……バカなこと!」
思わず上げてしまった声に、黒鷹も驚いたらしい。
目を丸くしてこちらを見ているが、こっちはもっと驚いた。
質の悪い冗談にも程がある。
何を言い出すのかと思えば!
俺にそんなことできるわけがない。
「俺にはできない。お前を殺すのなら、俺が死んだほうがずっとマシだ」
俺の世界には黒鷹しかいない。
黒鷹が聞かせてくれる話や本で、他にもこの世界には人がいるのだということは知っている。
だが、俺には黒鷹だけだ。
黒鷹の居ない世界なんて、想像も出来ない。
それなのに、どうやってお前を殺せる?
だから、そう言ったら……黒鷹から低く小さな渇いた笑いが聞こえた。
「っくくく……はは。あぁ、そう……そう、か……ははは」
「……黒鷹?」
「いや、すまない。やっぱり、君は君なんだね」
「は?」
「……いいよ。気にしないでくれたまえ」
黒鷹に抱きしめられて、優しくそんなことを囁かれて。
先程の言葉の意図は分からないままだけど。
なぜか、理由の分からない罪悪感に襲われ、胸がちくりと痛んだ。
***
眠るときには確かに一緒にいたはずなのに、起きたときには黒鷹はいなかった。
そのまま、時間が過ぎて昼過ぎになっても、夕方になっても。
そして、もうじき、日が完全に落ちるという頃。
扉が開く音に振りかえれば、そこにいたのは、明るい桜の色の髪と目をした知らない男。
「……誰だ、お前」
問いながらも、俺は瞬時に理解してしまっていた。
ああ。
「初めまして、玄冬。……そして、さようなら」
『救世主』。俺を唯一殺せる存在。
――これから世界が続いて俺が生まれる限り……
そうだ、俺が黒鷹に頼んだんだ。
――俺を殺し続けてくれ。
他の誰にも頼めないからと。
昨夜の罪悪感の正体はこれだ。
なのに、黒鷹にすまない、と思いながら。
一方で俺は、この剣をかざして微笑む男を前に安堵している。
約束を守ってくれている黒鷹に。
これで、また世界が続いて。
「黒鷹は……どうした」
「多分、どっかで見てるんじゃない? 悪いね。……さっさと終わらせるから」
「そう……か」
いつか、また。
俺は黒鷹に逢える。
「怖がらないで。苦しまないよう、一瞬で終わらせてあげるから」
「ああ」
俺自身は今から死ぬことに恐怖はない。
ただ、俺の苦しみが長引けば、それをどこかで見ている黒鷹が苦しむことになるだろう。
その点、一瞬で終わらせてくれるというのは有り難かった。
「何か、言う事あるなら聞くよ?」
「黒鷹に。有り難うと」
「……それだけ?」
「ああ」
詑びも礼も。
何度言ったところで、どうせ追いつかない。
剣が下ろされる気配に目を閉じた。
俺の選ぶ選択はこの先もきっと同じものだから。
黒鷹に辛い思いをさせ続けていることがわかっても。
お前を殺す選択なんて、俺には選べない。
***
――有り難うって、伝えてって言われたから。じゃあ、確かに伝えたよ。
桜色の髪をした救世主が、去り際にそんなことを私に告げた。
「どうして、そんな言葉を遺していくのかね、君は」
扉を開けて、あの子と過ごした部屋に入ると、床に転がっている首のない胴体と、少し離れたとこにある頭が真っ先に目に入ってきた。
胴体を抱き上げてベッドの上に寝かせ、次いで、首を持ち上げた。
安らかな顔にほっとした気持ちと、腹のたつ気持ちと。
複雑な思いを込めて額に口付けた。
「君が君であることは、会う度に嬉しくも思うけど、哀しくもあるんだよ」
玄冬にはもう届かぬ言葉と知っていても、語らずにいられなかった。
「……約束を違えてしまえたら、どんなにいいだろうかと思うよ。いつも後悔するのに、結局は誘惑に負ける」
幾度も会えるということと、そうやって会える事を望んでくれていることが、私を縛る。
『お前にしか頼めない』と言ったあの言葉に、どんな意味が含められているかが、嫌というほどわかってしまっている。
私にしか叶えてやれない願い事。
存在をどれほどに強く求めてくれてるかということが、重荷であると同時に幸せでもある。
君がいない永い時はひどくつらいけど、会える間の時間は私にとっては、至上の幸福。
だから、いつまで経っても告げられない。
約束を守ってしまう。
「我が儘な親ですまないね」
その癖に一方では願ってしまう。
次の君は私を殺してくれるだろうかと。
世界よりも私よりも、自分自身を選んではくれまいかと。
春を告げる鶯の声を聞きながら。私は永い永い冬を思う。
――黒鷹。
そう君がまた私の名を呼んでくれるのは、何時になるだろう。
ねぇ、玄冬。
愛しい私の子。
次はいつ生まれてきてくれる?
[Kurotaka's Side]
また、幾度目かの時が訪れる。
命の器が満ちて、あの子を殺さなくてはならない時が。
本当に残酷な、そして優しい約束。
私はそれに後悔しつつも繰り返す。
愛し、慈しみ。あの子を育てていくことを。
***
狭い廊下に響き渡る、甲高い自分の足音が嫌に耳につく。
処刑台に向かう咎人なども、こういう気分になるものだろうか?
あの子の顔を見ておきたい。
だけど、見たくない。
相反する感情に苛立ちが益々募る。
こんな状態であの子に触れてはいけないと思うのに、いっそ感情の任せるままに動いて、愛想をつかしてしまえば良いのにとも思う。
まったくね。約束なんてするものじゃない。
玄冬の部屋の前まで来て、ほんの一瞬、扉を開けることを躊躇った手は、結局は予定のままに動いた。
開く扉に反応して、玄冬が私の方を向く。
『滅び』も何も知らない、今の君。
穏やかに笑む顔に心のどこかが焦がれる。
知らないのは、私が玄冬に教えなかったからなのに。
「お帰り、黒鷹。今日は遅かっ……黒鷹?」
また、失われるのか。
――貴方にもわかるはずです。再び時が訪れました。
片翼たる白梟の淡々と述べた言葉を思い出す。
――明日。救世主と共に貴方がたのところに参ります。……異存はありませんね?
この笑顔が。
穏やかな時間が。
あの約束の為に。
たまらないね、これで何度目だろう。
「どうし……っ!?」
私の様子を伺うように、玄冬がそっと近づいてきた。
躊躇いがちに触れようと伸ばしてきた手を捕らえて、強く抱きこんだ。
優しい温もりが伝わってくる。
この子は今、確かに『生きている』。
なのに、明日のこの時間には、もう……!
顎を捉えて、深く口付けた。
夢中で口の中の感触を貪る。
舌を、歯列を、粘膜を、唾液の味を、吐息を。
何度生まれ変わっても、愛してきたものを。
抱いた身体から、速くなりつつある鼓動が伝わる。
合わせた腰の中心で快感を示すモノの硬くなりつつ感触も。
壊してみようか。
この子が何も考えられなくなるように。
人形のようになってしまえば、言わないだろうか?
――これから世界が続いて俺が生まれる限り……
ねぇ、あの約束を。
――俺を殺し続けてくれ。
反故にさせて貰えるだろうか。
「……んっ…………」
口付けで力の抜けた身体を、強引に床に押し付けるように倒した。
床にぶつかる玄冬の身体が派手な音を立てる。
「いっ……た。ちょ……黒た…………か?」
不審な視線と戸惑いを露にした声には構わず、呆然としている玄冬の手首を縛るために、胸元のリボンタイを解いた。
逃げられないようにきつく縛る。
「おい! お前、どういうつも……」
「……少し黙っていたまえ」
何も知らないのだから。知らないままでいるといい。
「つっ……どうし、た……」
「黙っていたまえと言った。聞こえなかったかい?」
「くっ……」
鎖骨に歯を立てて、噛み付く。
音がするほどに派手に噛み付くのに、出来た傷と痣は直ぐに薄くなり、瞬く間に消え失せる。
私にはそんなものさえ残せない。
あの桜色の髪と血の色の目をした救世主にしか出来ない。
この子は私の、私だけのものなのに。
「黒鷹……」
消え入りそうな声で呼ばれる名前には反応を返さなかった。
訳が分からないといった様子で動けずにいるのを良いことに、玄冬の着ているものをどんどん脱がせていく。
シャツは中途半端で脱がせ、手首の辺りで纏める。
リボンタイで縛っているから、完全に脱がせるのは無理だし、さらに強い拘束にもなる。
肌に、時折噛み付きながら、手を下へと伸ばす。
強引なコトの運びに、口付けで反応しかけていた玄冬のモノはまた萎えた状態になっていた。
が、それには構わずに下衣を一気に引き摺り下ろす。
中心には触れず、太股の皮膚を噛む。
喰いちぎれそうな柔らかい肌。
「っつ!」
ああ、そうだね。
痕が残らずとも、痛みは感じるのだったっけ。
くるりと身体をうつ伏せにして、腰を持ち上げる。
準備もせず、潤滑剤も使わない。
そんな状態のままで一息に貫いた。
「あ……くぅ……っ! やっ……やめ……! 痛っ!」
悲鳴が上がるのも当然だろう。
無理矢理繋げた身体は、強張ってこちらの方まで痛みがくるほどだ。
きっと相当な苦痛だろう。
それでも激しく動き始める。
セックスとはコミュニケーションだ。
だけど今行ってるのは、ただ強引な排泄行為に等しい。
感情も何も挟まない、悦楽を逃すためだけの行為。
もう長いこと、玄冬が生まれてくるたびにこの子を抱くけれど、こんな風にしたことはただの一度だってなかった。
繰り返し……そう、あれからもう。
「もう、あれからどれほど経っただろうね」
最初にあれを玄冬に言われてから。
何度目の輪が巡っているのだろうか。
ああ、思い出せない。
「あ…………?」
――これが済んで、次に俺が生まれたら、必ず殺してくれ。
「あの言葉は効いたね。……つくづく私は君に甘いのだと思ったよ」
「ふ……っ…………」
――これから世界が続いて、俺が生まれる限り、俺を殺しつづけてくれ。
『殺せ』と子が親に。
そんな非情な約束を、どうして私は守ってしまう?
ずっと後悔しているのに。
あんな言葉を言わせるように仕向けてしまったことを。
――言っている意味は解るだろう。……お前にしか頼めないんだ。
ああ、あれか。
『私にしか』頼めない。とその言葉が私を縛っているんだろうか。
「さ……きから、何……」
――お前に育てられて、花白に殺される人生なら、何度繰り返しても悪くないと思う。
「……こんなことをされてもまだそういうのだろうか」
「うっ……くぅ!」
苦痛だろう?
こんなことをされたくて、育てられることを望んではいないだろう?
――だから、頼む。黒鷹。
育て方を間違えてしまった。
あんな頼まれごとをされたくて、育てたわけじゃない。
愛したわけじゃなかったのに。
最初の君が世界を愛したように、この世界を好きになるようにはしたかも知れない。
……でも、私は君に世界よりも、自分自身を選んで欲しかった。
――俺はお前に育てられて良かったと思う。
そう言ったときの君は記憶も戻っていなかったね。
どうして、そんな状態でそんなことを言えた?
「いっそ…………!」
「く……うああっ…………!」
あの約束を反故にしてしまえたら。
この時々訪れる苛立ちに終止符を打てるだろうか?
そんなことを考えながら、意思のないからくりのように、ひたすら腰を動かして、達した。
ただ、空虚な思いだけの残るセックス。
いや、違うな。これではただの強姦だ。
支えていた玄冬の腰をそっと床に下ろして、玄冬の中から抜けた。
繋がっていた場所から、零れ落ちた白濁に血が混じっている。
中を傷つけたか。
直ぐ塞がりはするだろうけど、痛かっただろう。
腕に巻きつけていたシャツと手首のリボンタイを解いてやっても、玄冬は顔を上げない。
微かに指先が震えている。
抱きしめてやりたい衝動に駆られても、今の私にそんな資格はない。
直ぐ後ろにある壁に寄りかかった。
……いっそこれで。愛想をつかしてくれたなら。
『お前なんて嫌いだ』とでも言ってくれれば。
約束を破ろうという気になるかも知れない。
約束を守ってしまうのは、何度でも繰り返し、君に会いたいからというのも勿論だけど、君が私に対して無条件の信頼を寄せてくれている上での言葉だと知っているからだ。
ひたむきに求めてくれる君をどうして拒める?
玄冬がようやく顔を上げて、私を見る。
どんな言葉を投げかけられるかと、期待と恐れを抱きつつ、口を開くのを待つ。
だけど、玄冬はじっと私を見つめるだけで何も言おうとはしない。
目の色には怒りも嘆きもない。
ただ静かに、労わりさえ篭められてるかのような目と沈黙に、結局耐えられなくなったのは私の方だった。
「…………何故、責めないんだい?」
あんな酷い抱き方で不満に思わないわけはないのに。
「お前が…………」
「うん?」
「お前が訳もなく、あんなことをするはずがないから」
「玄冬」
どうして。そうやって全部許そうとしてしまう?
「……そんな泣きそうな顔をしてる相手に、どうしろと?」
「っ!」
ああ、変わらない。君は本当に。いつだって優しすぎる。
そうやって育てているつもりなんてないんだけどね。
きっと、今の自分は情けない顔をしているだろう。
あまり見られたい顔じゃない。
隠すように、玄冬の肩に頭を乗せると、玄冬の腕が身体に回されて、抱き寄せるような形になった。
そうして、背中を優しく撫でられて。
本当にこのまま泣いてしまい気分になる。
「咎……なのだろうね、やはり」
もう一つの方法を告げられずにいる私の。
「黒鷹?」
「君は……何も悪くない」
ただ、偶然に君の魂が『玄冬』に選ばれただけ。
降りかかる宿命にどう動こうと私が何を言えるだろう。
『殺してくれ』というのが君の選択肢なら、今までと変わらず、私はそれを守ろう。
君が逝く都度、引き裂かれるような心の痛みは受けなければならないものだ。
方法を告げられずにいるのは私なのだから。
背を撫でていない、床に置いていたもう一方の手を優しく取って、指先に軽く唇を落とした。
まだ、手首に縛っていた痕が薄っすらと残っている。
「まだ痛むかい?」
「いや、もう平気だ」
「そうか」
やはり辛い思いをさせたままで逝かせたくはない。
身勝手だな、私は。
それでもやはりこの子が愛しいから、せめて、最後は優しく触れてやりたい。
「玄冬」
「何だ?」
「もう一度抱きたいと言ったら、怒るかい?」
顔を上げて、そう告げたら苦笑しながらも応じてくれた。
「……もう、痛いのはさすがにごめんだけどな」
「すまない。有り難う」
「なぁ、黒鷹」
「うん?」
「……言いたくないなら、そのまま言わなくたっていいけど。一人で黙って抱え込むことはするなよ。沈んでいるお前は見たくない」
「……あんまり君には言われたくないな」
遥か昔。最初に私が君を育てた頃。
私は何度君にそう思ったことか。
「? 別に俺は抱え込んだりはしてない」
「…………そうだね」
確かに。今の君は何も知らないから。
『玄冬』であるという事を。
またそれがもたらす意味を。
それでも、無理に事情を聞こうとせずにいるあたりなんかはやっぱり変わらない。
本当は気になるだろうに、踏み込むまいとする。
君は本当に優しい子だね。
口付けを交わして、再び行為を始めた。
先ほどと違い、慈しむように。
安堵した玄冬の表情に申し訳なさを感じながら。
***
「玄冬」
「……うん?」
互いにまだ火照ったままの身体を絡めて、睦みあっているときに、無駄だろうなと思いつつも、往生際悪く尋ねてみる。
「もしも、私を殺してくれと言ったら、君は殺してくれるかい?」
「! 何を……バカなこと!」
玄冬の顔色が、こちらがびっくりするほどに一瞬で変わった。
「俺にはできない。
お前を殺すのなら、俺が死んだほうがずっとマシだ」
低い声で、確固たる意思を秘めた言葉。
「っくくく……はは。あぁ、そう……そう、か……ははは」
ついおかしくて笑ってしまう。
なんて予想通りなのか。
何度生まれ変わっても、そんなところは一緒だよ。
「……黒鷹?」
「いや、すまない。やっぱり、君は君なんだね」
「は?」
「……いいよ。気にしないでくれたまえ」
そんな君だから。私はこんなにも君が愛しいのかも知れない。
***
「よろしいのですか?」
「何がだい?」
「あれの傍にいてやらなくて」
何かを咎める様な口調の白梟に、ふと笑いがこみ上げる。
「何がおかしいのです?」
「いや。貴方も変わったなぁと思ったまでさ」
「……私には、貴方のほうこそ変わったように思えますけどね」
「変わってないさ」
今までも、これからも。
繰り返し生まれる君を、慈しんで愛し、育てていく。
そう、何一つ変わってはいない。
変わっていないからこそ、残酷なのだ。
「別れは昨夜済ませた。貴方が気にすることもない」
「貴方はいつも、あれが死ぬときに傍にいないのですね」
「我が子が、腕の中で命の灯火を消すのを感じたくはないのでね」
「黒鷹」
「死の間際に、私が傍にいようと、いまいと、結果は同じだ。それとも、貴方は私があの子を連れて逃げることでも期待しているのかな。私があの子と共にいたら、救世主は無事な保証がないんだが」
我ながら、棘を含んだ言い方だ。
白梟の微かな動揺が伝わる。
「……すまない。貴方を責めてるのではないよ、白梟」
「いえ。…………すみません」
己の意地の悪さを自覚しながら、その後はただ押し黙っていた。
きっと、私が傍にいたら。
あの子は微笑みながら逝くだろう。
満足そうに。
……それが辛いから傍にはいないんだよ、白梟。
弱いのかも知れないね。私は。
そうして不意に。
存在の半分を持っていかれたような、なんとも言えない感覚が身に降りてきて、溜息をついた。
何度繰り返しても、これには慣れることはない。
ああ、終わったのだな。
あの子が逝くことで、自分の中の何かが失われていく空虚感。
少しでも苦しみが短く済んでくれただろうか。
……おやすみ、玄冬。
***
――有り難うって、伝えてって言われたから。じゃあ、確かに伝えたよ。
桜色の髪をした救世主が、去り際にそんなことを私に告げた。
「どうして、そんな言葉を遺していくのかね、君は」
扉を開けて、あの子と過ごした部屋に入ると、床に転がっている首のない胴体と、少し離れたとこにある頭が真っ先に目に入ってきた。
胴体を抱き上げてベッドの上に寝かせ、次いで、首を持ち上げた。
安らかな顔にほっとした気持ちと、腹のたつ気持ちと。
複雑な思いを込めて額に口付けた。
「君が君であることは、会う度に嬉しくも思うけど、哀しくもあるんだよ」
玄冬にはもう届かぬ言葉と知っていても、語らずにいられなかった。
「……約束を違えてしまえたら、どんなにいいだろうかと思うよ。
いつも後悔するのに、結局は誘惑に負ける」
幾度も会えるということと、そうやって会える事を望んでくれていることが、私を縛る。
『お前にしか頼めない』と言ったあの言葉に、どんな意味が含められているかが、嫌というほどわかってしまっている。
私にしか叶えてやれない願い事。
存在をどれほどに強く求めてくれてるかということが、重荷であると同時に幸せでもある。
君がいない永い時はひどくつらいけど、会える間の時間は私にとっては、至上の幸福。
だから、いつまで経っても告げられない。
約束を守ってしまう。
「我が儘な親ですまないね」
その癖に一方では願ってしまう。
次の君は私を殺してくれるだろうかと。
世界よりも私よりも、自分自身を選んではくれまいかと。
春を告げる鶯の声を聞きながら。私は永い永い冬を思う。
――黒鷹。
そう君がまた私の名を呼んでくれるのは、何時になるだろう。
ねぇ、玄冬。
愛しい私の子。
次はいつ生まれてきてくれる?
お題が『カジノ』『『…。』(3点リーダー)』『寿司』だったので、『『…。』(3点リーダー)』を選択して書きました。
お題見た瞬間にエロが浮かんだ結果ですw
(なので、ネタが出来たのは本当に早かったし、ワンライ前日に書き上げてた)
ただ、ワンライだとかける文字数に限界があるので、そうなるとホント最中を切り取ってこんな風になるか、挿入前にぶった切るかみたいな感じになっちゃいますね……。
これはpixivでの纏めに入れてないので、そのうち短いエロがたまったら纏める予定。