『雪花亭』で配布されていた『花帰葬好きさんに22のお題』よりNo12。
2006年の父の日にUPした黒親子話。
初出:2006/06/18
文字数:1037文字
「くー…………にょー」
「く・ろ・た・か、だよ。玄冬」
「くー……にょー……あー?」
「うーん、まだ難しいかな」
そろそろ玄冬も言葉を話し出す頃合いだと思って、
私の名前を教えてみたのだが、さすがにまだ言葉にするには厳しいようだ。
『パパ』なら言葉としては言い易いだろうとは思うのだが、そう呼ばせるつもりはなかった。
――あの子をよろしくお願いします。
穏やかな面差しの人の良さそうな青年。……玄冬の実の父親。
彼の存在を思うと、どうしても気が進まないというのもある。
それに、名前を呼んで欲しかった。
『黒の鳥』、『終焉を呼ぶ鳥』、『不吉を招く鳥』。
そんな呼称は幾らでもあるけれども、私の名前を普通に呼んでくれる人といえば、もうこの箱庭にはいない、遠き地におられるあの方と、対の鳥とはいえ、今や敵対する形になり玄冬が生まれた直後以来会うことのないあの人くらいで。
寂しいからとか、悲しいからとか、そういう負の感情からではないとは思うが、何とはなしに玄冬には名前で呼んで貰いたかった。
玄冬がその魂に『玄冬』と刻み込まれているように、私はこの箱庭の黒の鳥という以前に『黒鷹』という存在で。
たった一人、運命を共有するものとしてやはり何か特別な証が欲しいといったところだろうか。
「うーん、まぁしゃべりだすと子どもは色々言葉を覚えるというから、慌てず行こうか」
実際、子どもの成長の早いことと言ったら。
一日だって目が離せやしない。
きっと、直ぐに私を呼んでくれる様になる。
「くにょたかー」
「うん? 何だい、玄…………え?」
そんな事を考えていた矢先に、呼ばれたような気がして。
じっと玄冬の顔を見つめると、もう一度玄冬が口を開いた。
「くにょたか?」
「呼んだ……かい? 私を? 玄冬、玄冬。もう一度言ってご覧」
「くにょたかー」
「おお! 呼んでくれたね!」
少したどたどしいけども、確かに私の名を呼んだ。
嬉しくて玄冬を抱き上げ、高い場所であやすと楽しそうにきゃっきゃっと笑う。
その様子が可愛くて、私のほうもつられて笑みが零れてしまう。
もう、君を育ててから何度こうやって楽しい思いをして笑っただろうか。
「玄冬」
「くにょたか!」
「……ふふ」
くすぐったいような、それでいて心地良い。
きっとこの先、何度もこの子は私を呼んでくれる様になるんだろう。
「……何があろうと、駆けつけるよ」
君が呼んでさえくれるのなら、世界の果てからでも。
だから、今はただ呼んで。そうやって微笑んでいてくれ。
可愛い私の子。
「くにょたか」とたどたどしく黒鷹を呼ぶ玄冬をとてもとても書きたかっただけの話でしたw
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