玄冬が幼い頃を思い出しての一人語り。
イメージはプラスディスクでの新EDから。
初出:2006/06/22
文字数:936文字
幼い頃の俺の遊び場といえば、家の近くの草原だった。
雨の日は家の中で黒鷹が本を読んでくれたりしていたが、基本的には眩い空の下で色んな花や樹を眺めたりするのが俺はとても好きだったから、晴れた日には決まって外に出かけていき、日が暮れるまで一人で遊んでいた。
ある時は花を摘み、ある時は樹に登って風景を眺め、またある時は地面で蟻が這っている様子をじっと見ていたり。
あの頃、俺の世界といえば黒鷹と家の中と家の周辺だけ。
村にはまだ行ったことがなく、他の人間の存在というのは、本の中で漠然と知るだけのものでしかなかった。
そんな俺からしたら、どこまでも広がる空は眺めているだけで、世界が広がった気がして、胸が躍ったのを覚えている。
空の下で遊んでいられたのがただ楽しかった。
そうして、決まって空が暗くなりかけた辺りで俺がそろそろ帰らなければ、と思うよりも先に黒鷹が迎えに来ていたように思う。
大抵、鳥の姿で俺の傍まで来てから人型に変わっていた。
頭上から落ちる影と羽音であいつが来たのがわかって、上を向くと黒鷹は軽くその場で数度、挨拶代わりに羽ばたいてから、人の姿になる。
あいつの姿が変化する瞬間、羽根が日の光を受けて眩く輝きながら、輪郭がおぼろげになり、俺より小さかった鳥が俺よりもずっと大きな人になる。
日課、と言ってもいいようないつものことではあったけれど、それを見るのがたまらなく好きだった。
「もう暗くなってしまうよ。うちに帰ろう。……今日は何をしていたんだい? 玄冬」
そうして、その日あったことを色々話す。
他愛もない話。
日々大きな変化があるわけでもないし、何よりも子どものいうことだ。
話が繋がらなかったり、わかりにくい部分も結構あっただろう。
でも、黒鷹はただ笑ってそれを聞いて、相槌を打ってくれていた。
昔からあいつは人の話を聞くのが上手い。
それは楽しかったね、と頭を撫でてくれる手がいつも嬉しかった。
手を繋いで、二人並んで家に帰る道。
綺麗な色をした夕暮れ時の空とあたたかい手。
今でも茜色の空を見上げると昨日のことのように思い出せる、懐かしくも鮮やかな優しい記憶。
もう、あいつが迎えに来ることもないけれど、それでも夕暮れ時の空は心が温かくなる。
黒鷹の優しい笑いだけを思い出せるから。
夕暮れの空は優しい印象があったので、それを映し出せてればいいなぁと。
迎えに来ることがない、は単に成長したからその機会がなくなったのか、花に捧ぐEDの流れでもう黒鷹がいないからなのか、というのは読む側の解釈におまかせで。