春告げの鳥EDで二人目の玄冬が亡くなった後の話。
当時、期間限定でやっていた黒親子誕生日企画サイト、K&K Birthday Party~Ver.2006でUPしていた誕生日企画小説でした。
※黒親子、としているのは誕生日のわからない黒鷹も玄冬とセットで祝っていたからです。
誕生日祝いなのに、当の本人がいない世界を描いているので、イマイチめでたくない玄冬追悼お花見話。
初出:2006/04/26
文字数:2340文字
「やっぱりここに来てたんだ」
「当たり前じゃないか。……お前こそ来たのだな」
「当たり前じゃない。…………特別な日だもの」
丁度満開になっている桜の木々。
ほんのりと暖かな風に乗って花弁が辺りに舞っている。
一際大きな木の根元に座っているタカの隣に僕も腰を下ろした。
直ぐ傍に置いてある開かれた重箱の中身を見て、つい笑いが零れる。
「……凄い。見事に肉しか入ってない」
串焼き、肉団子、腸詰肉、肉の燻製などなど。
玄冬が見ていたなら、さぞ眉を顰めたメニューだっただろうな。
勿論、僕はこの内容で異存はないけれども。
「そりゃあ、誰にも咎められることがないのがわかっているのだから、あえて緑のものなんて入れずともいいじゃないか」
「そりゃごもっとも。貰っていい?」
「好きに食したまえ。一人で食べきれる量ではないからな」
「何だ。僕が来るのを見越して用意してたんだ」
「……来ない筈がない、と思っていたさ」
そう言うとタカはグラスに残っていたものを一気に飲み干した。
微かに漂う匂いから判断するに、お酒みたいだ。
そういえば少し顔が赤い。
「ね、それ僕にも頂戴。玄冬が作ったやつなんでしょ」
「最後の一瓶なんだがね」
「へえ、そんな貴重なものを自分一人で飲む気?」
「まさか。『三人』で飲むつもりで持ってきた。ついでやろうじゃないか、そこの籠からグラスを出したまえ」
「ああ、これだね。どうも」
手にしたグラスに桃色をした液体が満たされていく。
タカは僕のグラスの方に注いだ後に、自分のグラスの方にも注いだ。
どちらからともなく、グラスをカチンと合わせる。
「それでは、私達の特別な日に」
「乾杯」
そうして、それぞれグラスを煽った。 甘い匂いと味が喉を滑り落ちていく。
それはどこか懐かしい味がした。 何だろうと記憶を辿ってみると、ふっとイメージが浮かぶ。
……ああ、思い出した。
――あれ、これ美味しいね。飲みやすい。
――気をつけろよ。飲み口はいいが案外強いらしいからな、これは。
――らしい?
――あー、この子はざるを通り越してわくでね。同じペースでお酒を飲んでるととんでもないことになるよ。
――へぇ……。
――と、いうわけだ! 成長途中のちびっこにあまり飲ませるわけには行かないから、残りは私が!
――何でそうなる。お前も程ほどにしろ。
そんなやりとりの後に、そのお酒を飲んだ後、僕は何か無性に可笑しい気分で笑いばかりがこみ上げていたのを覚えている。
タカはタカで上機嫌でやたらにうるさくて。
玄冬は何も変わらなかった。
あれって二、三年くらい前だったかな。
あの時のお酒と多分これは同じものだ。
「……懐かしいな」
「ああ。あの子がいなくなって一年以上経ってしまった。これで当分あの子の手製の果実酒が飲めなくなる」
タカが瓶に残っていたごく僅かな量を地面に撒いた。 玄冬が眠るその場所に。
伏せた眼差しは穏やかで優しい。
タカは玄冬のことを話したりする時に、いつも明らかに表情が柔らかくなる。
「また、玄冬が生まれてきたら育てるの」
「ああ」
「……今までの玄冬とは違うんだよ。果実酒だって作ってくれるかわからないのに」
「そうだな、また生まれて来ても、あの子にこの時代で過ごしたの記憶はないだろう。あの子が最初の生を受けた時代のことを何も覚えていなかったように。それでも玄冬は玄冬だ。魂の本質というのは、そう変わらないのだよ。お前もね。だから、私はまた玄冬にも会えるし、お前にも会える。きっとあの子は私にまた果実酒を作ってくれるし、野菜を食えと言うさ。……花白」
「何」
「いっそ、お前も育ててやろうか。案外面白いことになりそうだな」
「やめろよ。お前に育てられるのだけはごめんだ。……玄冬の代わりになんてなれないよ」
「するつもりはないさ。あの子の代わりなどいないからね。でも」
くいと帽子の縁を下ろして、目が隠れる。表情が伺えない。
「お前の代わりも何処にもいない」
届いた声はいつになく真面目な響き。
一瞬、辺りが静まりかえった気さえした。
「…………タカ……?」
「……少しだけ眠るよ。適度な頃に起こしてくれ」
「え、ちょっと待っ……」
止める間もなく聞こえ始めた寝息。
「嘘……本当に……眠ってる……の?」
信じられない。……だって。
――あいつ、酔うとうるさい。あの声、頭に響く。君も世話するの大変そうだね。
――酔ってはいない。……あれは酔ったフリなだけだ。本当に酔った時は寝てしまうからな。
――……はぁ? 何それ。
――雰囲気を盛り上げるのが好きなんだ。……本当は他人がいるところだと酔えないやつだから。
暗に自分もタカの中で他人なんだって言うことだったのはわかったし、その時はまぁそれでいいやとも思っていたんだけれど。
……どうしてかな、今は僕の前で酔って眠っているというのが嬉しいと思うのは。
何となく、優しい気持ちになれてしまうのは。
「……君がいたなら、何て言うのかな」
らしくない、と苦笑いでもされる気がする。そうだね、らしくない。
うん、そうだよ。
きっと今日が特別な日だからこんな気分になっているんだ。
だって、タカも僕もいつもとちょっと違うもの。
……今日は特別な日だから。
「…………来年も来るね。君に会いに」
僕達の一番大事だった君の誕生日に。
少しだけ優しい気分になれる日。
そうして、僕もほんのちょっとだけタカの肩に自分の肩を触れ合わせて目を閉じた。
どうか、君の夢が。
あの頃のように三人で笑って過ごしていた日々の夢が見られますように。
玄冬誕生日祝いというか、追悼ネタですが。
玄冬がいなくなって、ほぼ一年後という想定です。
食の面ではとても気が合う二人。
二人で時間を過ごしたことで、いつの間にか気を許せる間柄になっているところが書きたかった話でした。
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