かつてブラッドがほぼ全身が鋼鉄化しかけたときの妄想によるキスブラ。
Junkとポイピクに置いてた書きかけの完成品です。
初出:2020/10/03
文字数:7120文字
[Brad's Side]
――ブラッド。オーバーフロウに頼るのは危険だ。
いつになく強張った表情で、俺にそう告げたジェイの声が脳裏によみがえった。
――オーバーフロウを使ったところで早ければ数時間、遅くとも一晩休めば回復する。危険というほどのものでもないと思うが。
――今はそうでも、この先もそうだとは限らない。休んで回復するぐらいならいいが、それで済まなくなる可能性だってあるんだ。……お前はオーバーフロウを使わずとも強い。オーバーフロウを使って力を誇示せずとも、皆それを知っている。いいな。無茶な使い方は絶対にやめるんだ。
きっと、ジェイには俺の傲りが見透かされていたのだろう。
オーバーフロウさえあれば、どんな状況でも勝てる。負けはしないと高を括っていた。
……あなたが正しかったな、ジェイ。
一人でどうにか出来ると思っていた自分の甘さを後悔しても遅い。
咎められることなく、思う存分オーバーフロウを使えるようにジェイたちから離れ、人気のない場所にイクリプスを誘い出し、全滅させたところまでは順調だと思っていた。
が、襲撃してきたイクリプスの人数が多く、それならば一気に殲滅させようと、これまで試したことのない域までオーバーフロウを使った反動は、想定していたよりずっと大きかったのだ。
ヤツらを全滅させ、タワーに戻ろうとした直後――足から力が抜け、立っていられなくなり、地に倒れ込んだところで全身の感覚の異様さに気付き、血の気が引いた。
鋭い痛みが走った場所から、次々と感覚が失われていく恐怖。
体が鋼鉄化するスピードも、その範囲の広さも、それまでに経験したことがないものだった。
既に腰から下の感覚は失われていて動かせない。右腕もだ。
左腕はまだ辛うじて動かせるが、移動出来るほどの力は残されていない。
身動きが取れないのは致命的だ。
まだ敵に見つかってないとはいえ、これでは時間の問題だろう。
インカムをしている右側も鋼鉄化が進んでいて、右耳と右目がもう使い物にならなくなっている。
左耳でインカムから声がしているのはわかるが、言葉を認識出来るところまでは聞こえてこない。
ここまで鋼鉄化してしまった状態から元の体に戻れるのか。
いや、そもそもタワーまで生きて帰れるかが怪しい。
ヒーローという仕事を選択した以上、いつか己の身に何かあるかも知れないとは思っていたが、まだ一年目のルーキーで何もまともに成し遂げられていないというのに。
だが、今日のは完全に自業自得でしかない。
メンターであるジェイの忠告を聞かなかったのは俺だ。
いや、ジェイだけではない。
――お前、オーバーフロウが使えるようになってから、少しおかしいぞ。何をそんなに焦ってるんだ?
そう言っていたのはキースだ。
焦ってなどいないと返した俺に、納得してない様子だったのを思い出す。
そういえば、ディノにも妙に気遣われていたな。
過剰な心配が鬱陶しいとさえ感じていたあたり、キースが言うようにおかしかったのだろう。
少し前のそれらの出来事が妙に懐かしく、頭に浮かんでは消えていく。
重くなり始めた瞼にまずいと思い、どうにか意識を保とうとしている中、微かに聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。
「…………ド。ブラッド! 聞こえてたら返事しろ!」
いや、気のせいではない。俺を呼んでいる声はキースのものだ。近くにいるのか。
「……キ……」
キースと言おうとしたが、口が上手く回らない。
これでは気付かないかも知れないと諦めかけたが、足音と振動がこちらに向かってきたのが、地面から伝わった。
「ブラッド! ……ジェイ! ディノ! 見つけたぜ! ポイントはPの43付近!! ……よ……っと!」
「っ!」
体が地面から浮き上がったかと思えば、キースの背中に担がれる形になる。
サイコキネシスか、と認識した時にはジェイとディノの声も聞こえてきた。
「ブラッド! キース! 無事か!?」
「……まずいな。鋼鉄化が大分進んでいる。直ぐに対処しないと間に合わなくなる。キース、タワーまでブラッドを連れて行けるか? 敵は俺とディノで食い止める」
「ああ。後は任せた」
返事を言い終わらないうちに、キースが地を蹴った。
先程の戦闘の影響で、この近辺の足場はかなり悪いはずだ。
しかし、激しく飛んだり走ったりしている割にあまり振動が来ない。
恐らくキースの能力によるものだ。
俺の体に衝撃を与えないよう、支えながら移動してくれているのだろう。
ならば、なるべく動かないように体力を少しでも温存しておこうと目を閉じ、キースに身を委ねたが、そうしないうちにキースの動きが止まる。
「……ちっ、囲まれたか」
舌打ちと共に聞こえた呟きに目を開ければ、三人……いや四人か?
周囲から殺意が俺たちに向けられているのがわかる。
流石に今の状態では俺は戦えない。
キースの足を引っ張るだけの身が歯痒い。
「しゃーねーな。……ブラッド。少しの間だけ、腕に力入れられるか? オレにしがみついてろ」
声は上手くだせなかったが、どうにかキースの肩に回していた手に力を入れると、それを合図にしたかのように、キースの全身が鮮やかな光に包まれる。
「……お前ら、邪魔なんだよ。退け」
低い呟きに続いて、周囲にある無数の大小の岩や、欠けたブロック塀が、一斉に四方に向かって降り注いだ。
キースの攻撃で上がる轟音と断末魔の叫び。
その一方で、俺が背から滑り落ちたりしないよう、俺の体もキースのサイコキネシスで支えられていた。
攻撃をしながら隙をつき、上空に飛び上がるようにして脱出したのも、サイコキネシスによるもの。
絶妙な力加減をしながら、いくつもの物体を同時に動かせる。
過去、サイコキネシスの能力を得たヒーローは他にもいるが、ここまで使いこなせたものは例がないと聞いた。
それをこの男はオーバーフロウもなしにやってのける。
希有な才能と言わずに何と言うのか。キースはヒーローになるべくしてなったのだ。
――人を助けたいとか、守りたいとか、そんな崇高な目標なんてねぇよ。俺は俺の環境を変えたかった。ヒーローを目指した理由なんざそれだけだ。ヒーローに出自は関係ねぇからな。
かつて、自嘲するようにキースが言ったことがあるが、それを成し遂げるには簡単ではなかっただろうことぐらいは察しがつく。
詳しいことまでは聞いてないが、親があてにならないからと、自分で学費や生活費を稼ぎ、本人曰くアカデミーに入学する前は堂々と人に言えないようなこともしたそうだ。
だが、そうして自分の力で道を切り開いてきた結果、ヒーローとして在るのはキースの努力に他ならない。
……だから、俺はコイツに惹かれたんだ。
ヒーローを目指した理由がなんであれ、自分自身でここまで這い上がってきた強さと、人を信じられなくなるような経験をしてきただろうに、今もこうして馬鹿な真似をした俺を見捨てず守ろうとする深い情に。
言葉にすれば、本人はむず痒いとでも言って否定するのだろうが、キースは優しく強い、ヒーローとしてふさわしい男だ。
――自信はあったぜ? 喧嘩強かったし、ヒーローだろうと、そんじょそこらのヤツにゃ負けねぇって思ってた。
アカデミーの教師陣もキースの素行や座学の成績に頭を抱えながらも、退学させるどころか俺に見張っているよう指示していたのは、それらのマイナス点を踏まえてもなお、キースの実力が桁外れだったからだ。
ヒーロー能力が備わっていなかった時点でもそうだったのに、サブスタンスを接種し、ヒーロー能力を手に入れてから、さらに強さは増した。
数年もすれば、確実にメジャーヒーローの地位を手に入れているだろう。
惜しむらくは――コイツのやる気のなさだ。
「……いつ、も、そう、なら」
キースが常に本気を出したのなら、俺は敵わない。
表面上でしかキースを判断出来ないようなヤツらだって、何も言えなくなるはずだ。
ヒーローの代名詞として謳われつつあるジェイのメンティーの一人として、誇れる者でありたかった。
キースに気後れすることのない、並び立てる強さが欲しいと願い、無茶した結果がこれだ。
何と浅はかで滑稽だったことか。
「ブラッド!? おい、しっかり――くそっ!」
失われていく感覚の中、キースから伝わる体温が、かろうじて残った感覚を繋ぎ止めていてくれる。
意識が遠のく中、絶対に助けるという声を聞いた気がした。
[Keith's Side]
「あ……っの馬鹿が」
あちこちの岩場が崩れ、ズタズタになって、辺りには粉塵が舞っている。
ブラッドが能力を使った後だろうってのは、真新しい岩の切断面と無残な敵の残骸から察せられた。
規模からして、これまでのオーバーフロウとは比べもんにならないぐらいの力を使ってる。
だからこそ、多分それで動けなくなって、この近くにはいるはずだって確信があった。
インカムはブラッドの生体反応による信号が途絶えてねぇから、今も繋がっているはずだが、周囲の雑音と時折何かが動くような音が聞こえるだけで、何度呼びかけてもブラッドからの反応はない。
応答できる状態じゃないってことだろう。
生きてはいるが、楽観視も出来ない。
焦りそうになるのをどうにか抑え、耳を澄ませて、ブラッドに繋がっているはずのインカムから聞こえる雑音と、もう一方の耳で聞こえる音を拾っていく。
人は何か体の機能を失うとそれを補うように残りの部分が研ぎ澄まされることがある、と教えてくれたのはジェイだった。
俺の左目が義眼になってからもう長いが、そのせいなのか、どうも聴力や嗅覚は他のヤツらに比べてかなり良いらしい。
視野がどうしても狭くなる分、耳や鼻を使って周囲の感覚を掴むってのが、自然と身についていたことをヒーローになってから知った。
粉塵に咽せそうになりながら音や匂いを探っていると、ふと、インカムから聞こえる風の音と、実際に聞こえている風の音が重なった。
間違いねぇ、かなりブラッドの近くにいるはずだ。
「……ブラッド、ブラッド! 聞こえてたら返事しろ!」
出来るだけ大声を出しての呼びかけの直後、微かに自分の声ではない何かが聞こえた。
音の方向を確認して、そっちに向かって走る。
ビンゴだ。地面に倒れ込んでいるブラッドを見つけた。
すかさず、インカムのスイッチを切り替えて、ジェイとディノに呼びかける。
「ブラッド! ……ジェイ! ディノ! 見つけたぜ! ポイントはPの43付近!! ……よ……っと!」
「っ!」
サイコキネシスでブラッドの体を浮かせて、背負った。
ずっとサイコキネシスで運ぶにはこっちの負担が大きくなるが、俺の体と触れてる状態にしときゃ動かす感覚が掴みやすいから、運ぶのに使う能力は最小限で済む。
ヒーロースーツ越しに感じるブラッドの体の違和感が、これまでにないレベルで鋼鉄化していることを伝えている。
馬鹿が、無茶しやがって。
ブラッドの腕を自分の肩に巻き付けたところで、ジェイとディノも来た。
「ブラッド! キース! 無事か!?」
ジェイは俺が背負っているブラッドを見た瞬間に顔を曇らせる。
「……まずいな。鋼鉄化が大分進んでいる。直ぐに対処しないと間に合わなくなる。キース、タワーまでブラッドを連れて行けるか? 敵は俺とディノで食い止める」
「ああ。後は任せた」
このチームならサイコキネシスが使える俺が、このままブラッドを連れて行くのが最適なのは分かっていた。
返事しながら、直ぐに走り出す。
なるべく障害物のない道を選んで、タワーに近くなったら、能力を使って、ビルとビルの間を飛んでいけりゃ、どうにか十分は切るはずだ。
ブラッドの体にこれ以上の衝撃を与えないよう気をつけながら、でも極力急いで移動していく。
インカムのスイッチを再び切り替え、タワーで待機している司令に繋いだ。
「こちら、キース・マックス。ブラッドの鋼鉄化が大分進んでいる。十分以内にタワーに到着出来るから、着いたらすぐ対応出来るよう頼む!」
「了解! 医療チームは待機済みだ。付近にイクリプスと思しき反応がある。移動の際には気をつけろ」
「おう」
これでタワーに到着さえ出来りゃ大丈夫だ。
が、いくらジェイとディノで敵を抑えてくれているって言っても、限界がある。
司令が言ってたイクリプスらしい反応ってやつを直ぐにオレも捉えた。
こちらを窺うような気配は四人。
実力は――大したことなさそうだが、人数がちと面倒だ。
「……ちっ、囲まれたか」
四方から囲まれ、一旦足を止めると、ブラッドもまだ意識があるらしく身動いだ。
「しゃーねーな。……ブラッド。少しの間だけ、腕に力入れられるか? オレにしがみついてろ」
四人なら、本気でいかねぇと無理だ。
背負ってるブラッドが落ちねぇようにはするが、出来るだけ本人がしがみついていてくれた方が制御しやすい。
ブラッドがオレの肩に回している手に力を入れたのが伝わったところで、改めてヤツらの位置を確認する。――よし、これならいける。
「……お前ら、邪魔なんだよ。退け」
動かせるだけの岩や崩れた塀を、容赦なくヤツらに対してぶつけていく。
轟音と叫び声を聞きながら、その場を素早く離脱した。
ここまでやっときゃ、追ってこれるような状態じゃねぇだろ。
……まぁ、やり過ぎってことで後で始末書書かされるかもしれねぇが、人命最優先ってことで勘弁して欲しいところだ。
あと、一、二度、今みたいに囲まれるぐらいなら、どうにか対処出来る。
ビルの屋上を飛んでいくように移動していくと、不意にブラッドが何か言った気がした。
「…………も…………う、な……」
続いて、肩に回っていた腕の力が急に抜けた。
ぐらついたブラッドの体を支え直しながら、呼びかけるが返事はない。
「ブラッド!? おい、しっかり――くそっ!」
呼吸はしているが、鋼鉄化の影響が内臓にも出始めたのか、やや乱れている。
マジで時間がねぇ。目的地であるタワーはもう見えていた。
あと少しでいいから踏ん張ってくれと、願いながら駆けていく。
――強くありたい。力さえあれば、その分市民を守れる。
オレとブラッドはヒーローを目指した理由は正反対と言って良い。
オレはとにかくクソみてぇな自分の環境を変えたかったからで、誰かを助けたいなんて立派な志を持っちゃいなかったが、ブラッドは本心から人を助け、平和を守りたいと願い、ヒーローになったヤツだ。
コイツは口うるさいし、その癖言葉は最小限にしちまうから足りてねぇし、整ったツラしてるものの、浮かべる表情は顰め面ばかりだから人に誤解されやすいが、胸の内には誰よりも熱いものを抱えているのを知っている。
ブラッドの小言は常に人を想って発せられるものだ。
鬱陶しいと思ってしまうのも確かだが、これがなけりゃオレの生活はもっとぐだぐだしたもんになってただろうし、そもそもアカデミーを卒業出来たかどうかも怪しいもんだ。
……コイツが上っ面だけで綺麗事を振りかざす、融通のきかねぇただの坊ちゃんなら、興味なんて持たなかった。
――俺にはお前の経験してきたことはわからん。だが、経緯がどうであれ、今ここにいるのはお前がヒーローとして適性が備わっている何よりの証だ。向いていないわけがない。自分を誇れ。
いくらヒーローに出自が関係ないとは言っても、アカデミーに入学した当初はそれをよく思わねぇヤツらに絡まれた。
オレとしても面白くねぇんだろうなと察するところもあったから、適当にあしらっていたが、ある時、その現場をブラッドに見つかった。
絡んできた相手にブチ切れたのはブラッドの方だった。
――くだらん真似をする。言いがかりをつけるような貴様らに、ヒーローたる資格があるとでも? 笑わせる。実力がないばかりか、人を平気で貶めるような輩が。少なくともキースは申し分のない実力があり、いたずらに人を貶めるようなこともしない。
オレと違って、当時から非の打ち所のねぇようなブラッドにそんな風に言われて、まともに反論出来るわけもなく、絡んでたヤツらが顔面蒼白で立ち去ったっけな。
オレはとっくにそん時には免疫が出来ていたが、綺麗なツラしたブラッドが凄むと妙な迫力もある。
――お前もお前だ。何故、あんなヤツらに好き勝手言わせておく。
――言い返すのも面倒だったんだよ。ちょっと面白くねぇって思っちまうのもわかるしな。
――そんなものわかる必要などない。……お前は自分で思っているよりも、この場にいることにふさわしい資格があるともう少し認識しろ。あぁ、それはそれとして課題はちゃんと出せ。これを預かってきた。再提出だそうだ。
――うげ。
あの頃から、ブラッドは小言を交えながらもオレがヒーローにふさわしいと言い続け、オレがヒーローには向いてねぇって思うたびにそれを強く否定した。
誰よりもヒーローらしいブラッドがそう言ってくれるのなら、ここに居てもいいのだと救われた部分もある。
だが、オーバーフロウを使えるようになったブラッドは、どこか生き急いでいるように見えて不安になった。
強力な力を得て無茶することで、周りも自分自身も見えなくなってしまっていないかと。
オレも言ってやれば良かった。
オーバーフロウなんか使わなくても、お前は誰よりもヒーローにふさわしいって。
芯の強さも、豊富な知識も、元来は冷静な判断力も――何より人を思いやって動けるその優しさと強さがヒーローとしてふさわしいのだと。
――そんなお前だから惹かれたんだと。
ブラッドがここで終わっていいはずがない。
何もかもこれからじゃねぇか。
「……絶対に助ける、からな……っ」
死なせてたまるかよ。
神様なんてもんを信じたことはねぇが、もしも、万が一にでもいるのだとしたら、コイツを連れていくのはどうか勘弁してくれと祈りながら、タワーへの道を急いだ。
手持ちのネタで五章が来る前には上げておかないと!と一番強く思ったのがこれだったので、優先順位を上げて書きました。
本当は1本の話じゃなく、別の話の一部分になる予定でした。
性格も正反対だし、ヒーローを目指した理由も全然違うけど、お互いがお互いをヒーローたるにふさわしいと強く思っていたらいいなと!
あと、どっちも自分が相手にあれこれ言われる分にはいつものきたかーって感じだけど、他人があれこれ言うのは面白くなくて、静かにキレたり、フォローを入れたりすると思う……w
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