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不器用で、だけど。<エリオスライジングヒーローズ・キスブラ>

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メインスト五章EDスチルからの勝手な妄想によるキスブラ。
自分なりの五章の解釈と整頓です。
体の関係がある前提なんでR-15にするか迷ったけど、そこまででもないかと全年齢。

初出:2020/11/06

文字数:22501文字

 

[Keith's Side]

ブラッドが中心になって【HELIOS】上層部に掛け合い、時にオレやジェイも口添えした結果、どうにかディノが組織に復帰することが承認された。
元々、ディノにはメンター経験があったことや、研修チームに所属しているとタワー内が生活の拠点となること、また人の目も多いということもあって、当面、監視――まぁこの言い方は気にくわねぇが――していく点でも都合がいいということで、オレ一人でメンターをやっていたウエストセクターのもう一人のメンターとして就任することになった。
部屋は元々一人分のスペースしか使ってなかったし、そもそもオレの部屋に置いていた荷物の一部はディノのものだったから、引っ越し作業はオレたち三人でやっちまおうと、仕事が終わった後の空いた時間を使ってやっていた。
今日もそんな感じで、元々オレの部屋に置いてあった荷物やディノの実家から送られてきた荷物を三人で片付けている。

「おーい、ディノ。このウェイトレスの衣装どうする?」
「あ、まだ結構綺麗じゃん。こっちの引き出しにしまっとくよ」
「しまうって……処分しねぇのかよ。いや、好きにすりゃいいけどさ。お前のもんなんだし」

昔、何かの罰ゲームで使った気がするが、この歳じゃもうそんな機会もねぇだろうに。いや、意外なところでまだ使うかもしれねぇけど。
ちょっと前にジュニアに着せて遊んだりしたしな。
そういや、昔コイツが着たときは罰ゲームとか言いつつ、凄ぇノリノリだったっけと思い出しながらディノに手渡す。
今ので一つダンボール箱が片付いたから畳み、別の箱を開けて探り始めたとこで、今度はブラッドがディノに話し掛ける声が聞こえた。

「ディノ。この置物はどうする。……昔、フューチャーランドに行った時に土産として買ったものだったか」
「そうそう。そこの棚に並べるよ。覚えてたんだね、ブラッド。懐かしいだろ?」
「そうだな。……俺は友人と泊まりがけで遠出したというのは、あの時が初めてだったからな。忘れようがない」

ブラッドの声に顔を上げると、ヤツの手のひらの上に水色の象の置物があった。

「あー、それってそん時のだっけ。妙に見覚えはあるけどなんだっけってずっと思ってた」

これもオレの部屋に置いといたディノの荷物に入っていたやつだ。言われてみればアカデミー時代、寮にいた頃にディノがずっと部屋に飾って置いていたような気はする。

「ええ、キースは覚えてないのかよ。お前そういうとこあるよな」
「ロストガーデンに忍び込んだ辺りはまぁ覚えてるけど、フューチャーランド自体の記憶はどうも曖昧なんだよなぁ」

まずランドの入口でセンスがいつの時代のだよ、これ。みたいに思った記憶はあるが、アトラクションとか土産物屋なんかの記憶はさっぱりだ。
かろうじて、ロストガーデンへの入口があった、シャングリラ城の外観や内装はある程度記憶に残っちゃいるけども。
ブラッドが溜め息を吐きながら、オレを一瞥した。

「ディノ、コイツの記憶力に期待するだけ無駄だ。ジェイの水槽をひっくり返したことさえ、当事者のくせにまともに覚えていなかったのだからな」
「なんだよ。10年近く前の記憶が昨日のようのことに出て来る方がおかしいだろ。大体、お前はいらねぇことまで覚えていすぎなんだよ。……っと、フューチャーランド行ったのがいらねぇことって言ってるわけじゃねぇけどさ」

フューチャーランド自体の記憶は曖昧でも、本当にあったロストガーデンへの入口を見つけた時の興奮はハッキリと覚えている。
実際に入口があったとわかった時、最初は渋って一刻も早く通報をと主張したブラッドをディノと二人で説き伏せて、ロストガーデンへと侵入したら、渋っていたはずのブラッドがいつの間にか誰よりも興味深そうにしていたからだ。
真面目一辺倒のブラッドにもこんな一面があったんだなと気付かされて、ロストガーデンを脱出し、ディノの実家でその日のことを三人で話した夜は確かに楽しかった。

「わかってるって。ブラッドもキースも相変わらずだなぁ。あ、そうだ。二人ともする時は言ってね。席外すよ。ジェイのとこに行くとか、オスカーのとこに行くとかするから」
「あ? するって何……いやいや、待て待て。タワーじゃセックスしねぇからな!?」

ディノはオレとブラッドが時折体の関係を持っていたことを知っている。
第10期のルーキーとして【HELIOS】に入所した時も、確かに同室だったディノとジェイが留守にしたタイミングを見計らってヤッたこともあった。
が、今のオレたちは一応メンターって立場だし、特にブラッドは第13期を統括するメンターリーダーだ。
うかつにタワー内で手を出そうなんて、まずブラッドが絶対に許すはずがねぇし、想像しただけで怖ぇ。
大体、研修チームのメンター部屋は基本何かあったときの出動や連絡が行き届きやすいよう、また、洗濯や掃除をしてくれるジャックが入りやすいように、ロックしねぇようにしてることが大半だ。
ここでセックスするには無理がある。

「――おい、キース」
「なるほど、タワー『じゃ』しない、ね。ま、ここじゃ隣にルーキーたちもいるから難しいか。しかも、片方はブラッドの弟だもんね。今、ブラッドはメンターリーダーもやってるし、バレたら気まずいどころじゃないのを考えると、キースの家が一番無難か」
「ぐ…………」」
「…………キース」

ディノの言ったことは全部本当なだけに否定のしようがねぇ。
さらに声の低くなったブラッドがオレを呼ぶ声に、ついびくついたのは仕方ねぇ。

「何だよ……ちょっと口滑らしただけじゃねぇか。ディノは元々知ってるんだし、小言なら勘弁してくれって」
「口を滑らせるというのは普段からの心掛けの問題だ。今のが俺たち以外の人間がいる場でのやりとりだったらどうする。大体、貴様というやつは――」
「ホント相変わらずだなぁ」

他人事だと思ってニコニコしているディノをよそに、ブラッドの方は完全にお小言スイッチが入っちまった。
半分くらいは聞き流してるが、それも当たり前のようにバレて、反省の色がないとさらに小言が続いていく。
どうしたもんかと思ってると、不意にディノのスマホが鳴って、メッセージの着信を知らせた。

「ん……? あ、俺ちょっとジェイの部屋行ってくるよ。以前、息子さんが読みたがってた絵本を貸しっぱなしになっていたから、それ引き取りに行ってくる」
「ああ……そういえば、ジェイがディノから絵本を借りっぱなしになってしまっていると以前聞いた覚えがある。それか」
「そう。そこそこの冊数あるから、タワーの部屋じゃなく自宅に置いてくれてたのを、タワーまで持ってきてくれたっていうからさ。すぐ戻ると思うから、適当に片付けてて!」
「おう、いってこい」

ディノが部屋を出て行った後、賑やかだった空間が何となく静かになる。
中断されたことで気が削がれたのか、ブラッドも小言の続きを言うつもりはなくなったらしい。
もういい、以降気をつけろ、と溜め息一つ聞こえた後は、箱を開ける作業に戻った。
内心助かったと思いつつ、俺も箱を開けていく。
もう少しで今片付けている箱が空くというところで、ブラッドが話し掛けてきた。

「そうだ。明日、屋上の慰霊碑からディノの名前を消すことが決まった」
「あー、そうか。そういやアレに名前残ってたままだったっけ。……ジェイはディノが生きてるってとっくに知ってたんだな?」
「ああ。4年前、最初に相談したのはジェイだったからな」
「……ホントに俺だけが知らなかったってことか」

つい、口をついて出てしまった言葉にブラッドが息を飲んだのが聞こえた。

「キース」
「あー、責めるつもりはねぇ。あの当時話聞いてたら、俺は勝手に動いちまってただろう。お前の判断は正しいよ。良い形にケリがついた今だから、ようやく冷静になれて色々考えられたけどな。……お前がウエストセクターのメンターをオレ一人にやらせて、本来ならもう一人いるはずのメンターの席を空けておいたのは、オレが迂闊に動かねぇようにってのとディノが戻ってくる可能性を考えてのことだったんだろ」

いくら、ブラッドがメンターリーダーで各セクターのメンターを決定する権限があっても、元来は必要とされるメンターに空きを作っておくには、多分色々面倒なことがあったはずだ。
メンターをやれる資格のあるヒーローは他にもいた。
どういう理屈で上を説き伏せて例外をねじ込んだかまでは知らねぇが、それが簡単ではなかっただろうことぐらいはわかる。
コイツは何らかの事情でディノが【HELIOS】に戻れた場合をちゃんと考えていた。

「様々な可能性を考慮した結果だ。それこそ、お前が言ったようにディノがイクリプスに弱みを握られていたとか、操られていたとかも含めてな。……他にも【HELIOS】が秘密裏にディノを暗殺するかもしれんというのも考えた」
「…………おい、ブラッド」

最後に告げた内容は、片付けの物音に紛れさせ、声が潜められてのものだったが、それがコイツの口から出たものだってことに驚きを隠せない。
時に【HELIOS】の命令に従えないなら追放もありうる、なんてこともぬかすブラッドが、その【HELIOS】に対して少しでも疑念を抱いていたなんて、正直予想外だ。

「サブスタンスについては日々研究が進められてはいるが、まだ不明瞭な点も多い。だが、それだけに情報が余所に流れるというのは組織にとって大きな痛手だ。ディノは優秀なヒーローだったし、【HELIOS】の情報を流した可能性があるという点も考慮すれば、制裁を理由に手を下すのもあり得ない話ではない。ならば、一先ず死んだということにしておけば、その点についてはしばらく心配する必要がなくなる。その間に手懸かりを掴んでいこうと思った。今のメジャーヒーロー、そしてメンターリーダーという立場ならまだしも、当時の俺はAAAになったばかりの一ヒーローでしかなかった。いくら元メンターのジェイには既に絶大な信頼があったとはいえ、俺の主張では弱い」
「ブラッド」
「あと、これは結果からの推測でしかないが――幼少時のディノが【HELIOS】に保護された時点でサブスタンスを投与されていたということも踏まえると、それこそ危険分子として制裁される可能性は益々高かっただろう。あくまで【HELIOS】が手を下すようなことをするのであれば、という仮定ではあるがな。……そうではないと思いたいが」

【ロスト・ゼロ】が起こる直前、オレとブラッドは昇格試験に合格して、AAAに上がった。だが、ディノは結局昇格試験の準備が足りず、その試験を受けなかった。
次の昇格試験でお前たちに追いつくよと言って、結局それっきりだ。
そして、オレたちは――ディノがいなくなってすっかりやる気を失い、AAAにはなったんだし、もうこのままで良いかなんて思っていたオレを、絶対に一緒にメジャーヒーローになるんだと言ってきかなかったブラッドの粘りで、一緒に昇格試験を受け、メジャーヒーローになったのは一昨年。
あの時のブラッドは有無を言わせねぇ勢いだった。

――階級が上がれば、相応に給金や責任が増えるのは確かだが。

ふと、当時ブラッドが言った言葉を思い出す。

――それ以上に自分の裁量でやれることが増えるし、立場も強固なものとなる。なれる力量がある以上、ならずにおくなど非効率的だ。

「……メジャーヒーローになったのは組織の中で動きやすくなるからか?」

少なくとも、メンターリーダーになるにはメジャーヒーローであることは必須条件だ。
アカデミーを飛び級していないという条件下なら、オレたちがメジャーヒーローに昇格したのは最短期間になる。
まして、アカデミー時代から優秀さを謳われていたブラッドなら、メジャーヒーローに昇格しちまえば、メンターリーダーの話が上がらない方がおかしい。

「上に信用される要素は多ければ多いほど効率もいい。無論、それだけが理由ではないし、元々メジャーヒーローにはなるつもりだったがな」
「お前、第13期のメンターリーダーになったときから、ディノのことは任期中に片をつけるつもりだったんだな」
「……今期はメンターリーダーでも、来期もそうだとは限らん。寧ろ、余程のことがない限り、俺が継続することはないはずだ。今が千載一遇のチャンスだと思った。研修チームに元チームメイトだったお前やジェイ、そして研究部にも籍を置くヴィクターを一緒に配属する形にすれば、もしもの時に何かと都合がいいと考えた」

何の変哲もない『一緒』という言葉が、何故か記憶の隅に引っかかった。

――ずっと一緒だったせいか、俺にとっては――

「ジン……クス……?」

ブラッドの手が止まったのか、物音が聞こえなくなった。
AAAの昇格試験の話をした時、アカデミーからずっと一緒だったからか、ジンクスみたいになってるって言ったのはディノだった。
効率重視のブラッドからしたら、そんなのは気の持ちようだとでも考えてそうだ、なんて勝手に思っていたが。
もしかしたら、あのAAAの昇格試験を一緒に受けられなかったディノがいなくなったことで、コイツがジンクスを気にして、メジャーヒーローの昇格試験をオレに一緒に受けさせたのだとしたら。
組織の中での立場だとか、都合だとかも勿論要因として大きいだろうが……ブラッドは何よりもオレがいなくなることを恐れていたのか?

「…………お前たち二人とも失うのだけは、絶対に嫌だった」

微かに震えた語尾が予想を確信に変えた。
どうして隠したかの理由まではわからなくても、ブラッドがディノの件を黙っていたのは、オレに妙な気を回したからだってわかっていた。
根がクソ真面目なコイツにとって、それがどれだけ苦しかったかも察しがつく。
けど、そうとわかってしまう分、悔しかった。
かまをかけても、頭の良いブラッド相手じゃ上手くいきやしねぇし、苛立ちと焦りが胸を焦がし続けた。
仮にあの時いなくなったのがオレだったとしたら、オレとディノの立場が入れ替わっていたなら、ブラッドはディノには見たままを告げただろう。
ブラッドに事実を言わせてやれず、抱え込ませたのはオレだ。

「言えよ、それ。――一言、オレまで失いたくないから無茶すんなって言ってくれりゃ良かったんだ」
「キース」

こっちを向こうとした顔を押さえて、ブラッドの背中から肩に腕を回す。
多分、今酷い顔してるから見られたくねぇ。
オレの意図を察したのか、ブラッドは無理に動こうとはせず、回したオレの腕に手を添える。
ディノが死んだと聞かされ、そのことでブラッドが何かをオレに隠していると悟って、ようやく得たと思った自分の居場所が揺らいだ気がした。
まともに眠れなくなって、酒を使って眠るようにしたら、もう歯止めが効かなかった。
結局、オレもあの親父と一緒かよと自嘲しながら酒の量が増えていき、煙草の本数もどんどん増えた。
いっそ、ブラッドが愛想つかしてくれたなら諦めもついたのかもしれない。
けど、ブラッドは人に迷惑をかけるくらいなら俺を呼べと、オレの手を離さなかった。
それが自分の役目だと言わんばかりに。
もしかしたら、オレに事実を伝えないでいることの贖罪のつもりだったのかもしれねぇが、それ以上にオレがいなくなることを恐れていたからか。
抱けば、快楽で乱れる本音を引き出せる。
セックスの時はオレを求める声も、もっととねだる視線も、これ以上はないくらいに分かりやすいってのに、普段は腐れ縁ってのを楯に中々そんな本音まで出さねぇもんだから拗れるんだ。

「小言はいくらでも出て来る癖に、肝心なとこで言葉足りねぇのどうにかしろよ。お前がそういうヤツなんだって、長いつきあいだからわかってるけどさ」
「…………わかっているのに望むのか」
「わかってるけど、わかんねぇことだってあるんだよ。オレ頭悪ぃの知ってんだろ。つか、そういうとこホント雑だよな、お前」

半ば八つ当たりだとわかってる。
オレがフラフラとくさっていた間にも、コイツは常に先を見据えて動いていた。
……オレがいなくても一人でやっていけるヤツなんだと。
ブラッドが本気でそう思っていたのなら、とっくの昔に愛想つかされてたはずなのにな。
そうじゃなかった時点で答えなんて出ていたようなもんだ。

「……ありがとな、ブラッド。ごめん」

何に対してかまでは言わない。言えない。そんなのあげていったらキリがねぇ。
けど、多分何に対してそれを一番言いたかったのかは伝わってるはずだ。

「……お前に手を焼かされるのは今に始まったことではない。今更だな」

今更だと言いながらも、その声の響きが優しい。
腕に置かれていた手が伸びて、オレの髪を撫でてくる。
手の優しさと、触れている部分から伝わるブラッドの体温の気持ち良さに抗えず、もうちょっとこうしていてぇな、でもそろそろディノが戻ってくるか、なんて思っていたタイミングで、オレとブラッドのスマホが同時に震えて、メッセージの着信を告げた。
ブラッドがオレから手を離し、自分のスマホを開くと、届いていたのはオレとブラッドとディノで作ったグループトークへのメッセージ。
ブラッドがオレにも読めるようにし、メッセージを開いたのをそのまま一緒に見る。

『ジェイが夜食に冷凍のピザ焼いてくれるっていうから、二人もちょっと片付けストップしてイーストの部屋においでよ! 一緒にピザ食べよう!!』

ピザの絵文字がずらりと並ぶメッセージを前に、思わず二人揃ってしばし無言になった。
どんだけピザ好きなんだ、アイツは。

「ええ…………おい、アイツが戻ってきてから、ピザ食うのこれで何度目だ?」
「少なくともここ数年分ぐらいを食っている気がするのは確かだな。夕食も普通に摂ったはずなんだが」

記憶違いじゃなきゃ、その夕食でもディノはピザを食っていた気がする。

「相変わらず燃費悪ぃなぁ、ディノのヤツ。オレたち30も近いってのにどうなってんだ」
「行くか。ディノはともかく、ジェイを待たせるわけにはいかん」
「そうだな。つうか、お前ピザあんま好きじゃねぇのに、毎回よく付き合うよな」

アカデミーの時から、アレは毎日食べるものじゃないと言ってたし、コイツが自主的にピザを注文して食っていたような覚えが全然ない。
いや、覚えてる限りじゃコイツがピザを口にしたのは、誰かと一緒に食ってるときくらい――つうか、九割九分ディノと一緒に食ってる時だ。

「確かにピザそのものは好きではないが、人と分け合って食べるという行為はその限りではないからな。……アカデミーにいた頃、お前たちと一緒にピザを食うことで知った」
「ふうん。ま、お前がそれでいいなら構わねぇんだけどさ」

何だかんだ、ブラッドは結構ディノに甘いんだよな。
ブラッドから腕を解いて立ち上がると、ブラッドも立ち上がり、何でかオレの腕を掴んで来た。

「キース」
「ん?」
「――当時の判断が間違っていたとは思わない。だが、お前にしてみれば良い気分はしなかっただろう。すまなかった」
「ブラッ……っ!?」

腕を引かれて、何かと思ったところでそのままブラッドに抱き込まれた。
さっき、背中から腕を回したときよりも触れあっている部分が広いからか、体温が少し上がったような気がする。

「ディノとアカデミーであわなければ、俺たちはこんな風に交流を持つことはなかっただろう」
「……そうだな」

それは俺も昔から思っていたことだ。
オレもブラッドも、ディノがいたから色々変わったが、アイツがいなけりゃ多分同期として最低限のやりとりしかなかっただろうし、ましてやセックスするような関係になんてなってなかった。
オレとブラッドじゃ何もかもが違いすぎて、だからこそ興味も湧いたが、ディノがいなけりゃ興味が湧く切欠そのものがまずなかったはずだ。
カタブツの坊ちゃんという印象から抜け出せねぇままだっただろう。

「ディノは大事な仲間であり、友人だ。だが、それはお前にしてもそうだ。……そもそも大事でもない相手に身を委ねるようなことなどしない。勝手にいなくなられてたまるか」
「ブラッド」
「お前までいなくなるようなことにならなくて、本当に良かった」

いつの間にかオレの背に回っていたブラッドの腕に力が籠められたのが伝わる。

――こんな真似は、二度とするな。

前に一人ロストガーデンに侵入して、しばらく電波のないところに潜っていた際、その間に送られていたブラッドからのメッセージの件数が凄ぇことになっていたのを思い出す。
正直あの件数は引いたが、それだけコイツは動揺したんだろうし、連絡を取れない状態は相当不安にさせたんだろう。
オレの行動が組織や他のヒーローにどんな影響を及ぼすか、と続けられてはいたが、恐らくブラッドが何より言いたかったのはあの一言だった。
ヒーロースーツに変わるインカムは、所有者の体内に投与されているサブスタンスに反応することで、生体反応は確認出来るようになっているが、位置については自分から通信しない限り詳細まではわからねぇ。
ブラッドの背中に腕を回し、ポンポンとあやすように叩いたら、首筋に唇が触れる。
ブラッドの唇の柔らかさと予想外の行動に思考が一瞬停止した。
……他に誰もいない場所とはいえ、タワー内でブラッドがキスしてきたとかマジか。
何事もなかったかのようにオレから離れ、メンター部屋の扉を開けようとしたブラッドの手を慌てて押さえて、ブラッドが振り返ったところで間髪入れずに唇を奪う。

「……っ!」

驚きに見開かれたネオンピンクの目が我に返る前にと、唇を割って舌を入れ上顎を軽く一舐めだけして、直ぐ引っ込めた。
ブラッドが呆然としてる隙にそのまま扉を開けて、共有スペースのリビングに足を踏み入れた瞬間。

「き……さまっ」
「って!」

怒りを含んだ声と共にブラッドが脇腹を突いてきた力には微塵も容赦がなく、マジで声が出た。
照れ隠しというには度を超している。理不尽だ。
痛む脇腹をさすりながら、ブラッドを睨み付ける。

「おま……先に仕掛けてきたのそっちだろ!?」
「俺は口にはしていない。時と場合を考えろ」
「首筋だったらセーフってならねぇだろ! あと考えたから部屋出る前にし……」

それ以上大声を出すな、とブラッドの目が語ってたが、ブラッドが制止したい理由については一応心配いらねぇってのを伝えるために、無視して言葉を続ける。

「あー、フェイスとジュニアなら部屋にはいねぇよ。二人ともライブだ。明日の朝に帰ってくるって聞いてる」

ルーキーたちに会話を聞かれる可能性はないとわかってか、ブラッドの視線と空気が少しだけ柔らかくなった。

「…………貴様、わかっていたのか」
「まぁ、アイツらがいても今の流れならやったかもしれねぇけどな。もう一回言うぜ。先に仕掛けたのはどっちだ?」
「………………」

不利だと悟ったらしく、ブラッドが黙り込んだ。
くそ、今のこそ謝るとこじゃねぇのかよ、コイツ。

「この後、ジェイとディノに顔を合わせるというのに羞恥心はないのか、貴様」
「はぁ? 何でだよ。アイツらの前でキスするわけじゃねぇんだし、何が問題なんだ」
「お前は問題ないかもしれんが、俺には問題だ。――意識するといたたまれない気分になる」
「えええ……」

多分、ルーキー時代にやらかしたアレコレを思い出すってことなんだろうけど、ちょっとしたキス一つでそれって、体の関係持ち始めて何年になるんだよと突っ込みたいところだ。
ホント、冷静そうなツラに誤魔化されてるけど、根がクソ真面目だから隠し事向いてねぇんだよなぁ、ブラッド。
ほんのり赤くなってる耳が、イーストの研修チーム部屋に行くまでに元に戻るかどうか。

「お前……よくそれで四年間隠し通したよな」

何かを隠しているっていうのはバレバレだったとはいえ、その何かまではつい先日までわからなかったんだから、コイツにしちゃ頑張ったっていうべきか。
……あーあ、しゃーねーな。ブラッドがどうにも可愛くて笑っちまう。
これでも、ずっと隠されていたことに関しちゃ、事情があるってわかってても、それなりに悔しかったり、苛立ったりしてたはずなんだけどな。
そんなんを全部もういいやって思ってしまうくらいには、オレはブラッドが好きなんだろう。
小言は本気で鬱陶しい時があるし、暴君だし、怒ったブラッドは怖ぇけど、コイツがいない日常を想像するのはもっと怖ぇ。
お前がいなくなるようなことにならなくて良かったって思っているのは、俺も同じだ。

「うるさい。……先程のは不意打ち過ぎて、対応出来なかっただけだ」
「不意打ち、ね。ま、そういうことにしておいてやるよ。これでチャラな」

先に仕掛けたお前が、オレの反撃を全く予想しなかったなんて思わねぇけど、とは心の中でだけ言うに留めておく。
共有スペースのリビングを抜け、廊下に出ようとした寸前、後ろから着いてきていたブラッドが、さっき思いっきりド突いてきた脇腹に軽く手を当てて、遠慮がちに撫でてから小声で呟いた。

「……一週間後のオフは午後を空けておけ。お前の家に行く」
「……あいよ。午後な」
「ああ」

背後でブラッドが笑ったのがわかった。
今すぐ振り返って触れたくなった衝動は抑え込んで、一週間後の楽しみにまわす。
中々素直にはなれねぇし、お互い不器用なのも今更だ。
ブラッドの体で触れてない場所なんざ、とっくにどこにも残っていねぇくせに、好きの一言だって言えやしない。
これで十数年過ごしてきてんだから、早々変わりゃしねぇけど、たまにはちゃんとゆっくり話をしてみようか。
なぁ、ブラッド。

[Brad's Side]

ディノの件を上に掛け合い、会議を繰り返すこと数日。
イクリプスに情報を流したのは確かだが、それは本人の意思によるものではないことや、【HELIOS】にヒーローとして所属していた時の功績、先日研究部の尽力により、ディノを洗脳していたと思われる細胞核に入り込んでいた異常を取り除けたこと、以降監視カメラのデータを確認しても不審な点がなくなったこと等を挙げ、話を詰めていった結果、いくつかの条件付きだが、ディノがいなくなった当時の階級のまま組織に復帰することが承認された。
監視の意味を含め、タワー内で生活する研修チームの一員として、枠に空きがあったウエストセクターでメンターとして就任。
目が行き届くタワー内の移動はともかく、ディノがタワー外に移動する場合はメジャーヒーロー一名以上が必ず付き添うこと。
それでも、万が一何か問題が起きた場合はメンターリーダーである俺や、元メンターであるジェイ、そして、同期のメジャーヒーローであるキースにも連帯責任が課せられるというのが条件だ。
復帰の際に条件がつくのは避けられないことだと考えていたし、条件の内容については本人も周囲も概ね納得済みだ。
可能なら、問題が起きた際の責任については俺一人でどうにか出来ればと思ったが、それは無理だった。
キースやジェイもその責任に連なるということでようやく承諾された。
特にスーパーヒーローとしてニューミリオンにその名を轟かせているジェイが、責任の一端を担うというのは効力が大きかったようだ。

――連帯責任とは言うが、問題が起きなければ、何も心配することはないんだからな。事情はどうであれ、元教え子の役に立てるのならお安い御用だ。

笑って応じてくれたジェイに、まだまだ彼には敵わないと実感しながら感謝し、どうにか諸々の手続きが片付いた。
キースがウエストセクターのメンター部屋を利用する際、もう一方のスペースはほとんど空けておいたことで、ディノの退院後、直ぐに引っ越して生活していくことが可能な状態になっていたことから、この数日は仕事が終わった後に三人で引っ越し作業をしていた。
今日もキースが所持していたディノの荷物や、ディノの実家から送られてきた荷物を一緒に片付けている。
本や普通の衣類は既に配置が決まっている場所に収めていき、わからないものについてはディノの指示を貰ってから片付けていく。

「おーい、ディノ。このウェイトレスの衣装どうする?」

キースが手にした鮮やかな色の衣装を横目で確認しながら、アカデミー時代のいつかの光景が頭に過る。

――ディノ・アルバーニ! トランプで負けた罰ゲームに則って、今日一日は二人専用のウェイトレスになりまーす! まずは飲み物用意するよ、何飲む? コーヒー? 緑茶? 紅茶やココアなんかも勿論用意出来るよ。未成年だからお酒はなしだけど!
――お前、すね毛まで剃ったの?
――剃ったよ? あると見苦しいだろ? あっ、処理が甘いのは勘弁してね! 地毛がこの色だからあんまり目立たないとは思うけど。
――いや、勘弁してねっつーかさ…………あー、アイスコーヒーで。
――………………俺は温かい緑茶を貰おうか。
――オッケー! カフェ『ラブアンドピース』特製の飲み物、直ぐに二人分用意しちゃうよー!

手でハート型を作りながら、呆気にとられていた俺たちに向かってウインクまで飛ばしていたディノの姿は何のてらいもなく、恐らく似合わないだろうと想像し女装を笑い飛ばそうとしていたキースは完全にそのタイミングを失っていたし、俺もどう反応を返していいのかわからずにいた。

――なぁ、ディノのヤツ凄ぇ楽しそうなんだけど、これって罰になんのか?
――なってないだろうな。……まぁ、いいんじゃないのか。

結局、ディノは丸一日あの衣装を着たままだったのを懐かしく思う。
寮内もあの衣装で普通に動き回っていたものだから、こちらが逆にいたたまれなくなったんだったな。

「あ、まだ結構綺麗じゃん。こっちの引き出しにしまっとくよ」
「しまうって……処分しねぇのかよ。いや、好きにすりゃいいけどさ。お前のもんなんだし」

キースの言ったようにディノの所有物だから好きにすればいいのだが、まだアレを使うつもりがあるのだろうか。
キースとの話が終わったところで、俺も手にしたものをどうするかをディノに尋ねようと話かけた。

「ディノ。この置物はどうする。……昔、フューチャーランドに行った時に土産として買ったものだったか」
「そうそう。そこの棚に並べるよ。覚えてたんだね、ブラッド。懐かしいだろ?」
「そうだな。……俺は友人と泊まりがけで遠出したというのは、あの時が初めてだったからな。忘れようがない」

今、俺が持っている水色の象の置物は、自分自身の強い意思を確立したい時に効果的らしいと、ディノがフューチャーランドの土産物屋で購入した物だった。
当時はディノにそれが必要だろうかと疑問に思ったものだが、今にして思えば当時から洗脳の影響でディノ本人が覚えていない空白の時間があって、それを不安に思っていた面があったのかもしれない。

「あー、それってそん時のだっけ。妙に見覚えはあるけどなんだっけってずっと思ってた」
「ええ、キースは覚えてないのかよ。お前そういうとこあるよな」
「ロストガーデンに忍び込んだ辺りはまぁ覚えてるけど、フューチャーランド自体の記憶はどうも曖昧なんだよなぁ」

一方のキースは昔から記憶力があやしい。
アカデミーの頃から、【HELIOS】に入所後の昇格試験に至るまで、どれほど試験の傾向と対策を叩き込むのに苦労したことか。
さらに性質の悪いことに、コイツは自分がやらかしたことほど忘れやすい傾向があるのに、本人はそれを全く意に介さない。
この十数年のアレコレを思い出すとつい溜め息が零れてしまう。

「ディノ、コイツの記憶力に期待するだけ無駄だ。ジェイの水槽をひっくり返したことさえ、当事者のくせにまともに覚えていなかったのだからな」
「なんだよ。10年近く前の記憶が昨日のようのことに出て来る方がおかしいだろ。大体、お前はいらねぇことまで覚えていすぎなんだよ。……っと、フューチャーランド行ったのがいらねぇことって言ってるわけじゃねぇけどさ」
「わかってるって。ブラッドもキースも相変わらずだなぁ。あ、そうだ。二人ともする時は言ってね。席外すよ。ジェイのとこに行くとか、オスカーのとこに行くとかするから」
「あ? するって何……いやいや、待て待て。タワーじゃセックスしねぇからな!?」
「――おい、キース」

俺が答えるより早くキースが口にした内容は、正に語るに落ちるといったものだった。
せっかくディノが直接的な表現を避けてくれたのに台無しだ。

「なるほど、タワー『じゃ』しない、ね。ま、ここじゃ隣にルーキーたちもいるから難しいか。しかも、片方はブラッドの弟だもんね。今、ブラッドはメンターリーダーもやってるし、バレたら気まずいどころじゃないのを考えると、キースの家が一番無難か」
「ぐ…………」」
「…………キース」

この応答では、今後キースと俺が二人揃って外出した先がキースの家だった場合、そうだと言っているようなものだ。
いくら、ディノが俺たちの関係を知っているとはいえ、うかつな受け答えをするのはどうなのか。

「何だよ……ちょっと口滑らしただけじゃねぇか。ディノは元々知ってるんだし、小言なら勘弁してくれって」
「口を滑らせるというのは普段からの心掛けの問題だ。今のが俺たち以外の人間がいる場でのやりとりだったらどうする。大体、貴様というやつは――」

口が軽いと言うほどではないが、浅慮が過ぎる。
言葉を発するときは、もう少し考えてから話せ、と続けるも、キースはまともに聞いていない。
目が泳いで、指先でディノの本のページをパラパラとめくりながら、早く小言終わんねぇかなとでも考えているのだろう。

「……反省の色がないな、貴様。聞いてないだろう」
「んなことねぇけどさ、今のは他のヤツラがいないからってのもあるだろ!? そもそもディノだって、他のヤツがいないから話題出してきたんだろうしさ」
「ホント相変わらずだなぁ。……ん……?」

何か曲が鳴り響いたかと思えば、ディノのスマートフォンからだった。
どうやら、何かメッセージが届いたらしい。

「あ、俺ちょっとジェイの部屋行ってくるよ。以前、息子さんが読みたがってた絵本を貸しっぱなしになっていたから、それ引き取りに行ってくる」
「ああ……そういえば、ジェイがディノから絵本を借りっぱなしになってしまっていると以前聞いた覚えがある。それか」
「そう。そこそこの冊数あるから、タワーの部屋じゃなく自宅に置いてくれてたのを、タワーまで持ってきてくれたっていうからさ。すぐ戻ると思うから、適当に片付けてて!」
「おう、いってこい」

タワー内だし、行き先はイーストの研修チーム部屋だ。
誰かがディノに付き添う必要もない。
二人残された部屋が静かになったことで、頭も少し冷え、キースに小言の続きを言う気は失せた。

「……もういい、以降気をつけろ」
「…………ハイ」

再び、箱の中を片付けていく。
ジェイに貸していた絵本が戻ってくるのであれば、それを実家に送り返すための箱を用意しておいた方がいいか。
先程までに片付けた箱はもう畳んでしまったが、この箱は空けても畳まずにおこう。
ふと、アカデミーの卒業証書を収めたディノの名前入りの筒を取りだし、棚に収めようとしたところで思い出す。

「そうだ。明日、屋上の慰霊碑からディノの名前を消すことが決まった」

これで本当にディノの件は一段落つく。
さすがに【HELIOS】に復帰するのに慰霊碑に名前が入ったままになっているのは、ディノ本人も複雑だっただろう。

「あー、そうか。そういやアレに名前残ってたままだったっけ。……ジェイはディノが生きてるってとっくに知ってたんだな?」
「ああ。4年前、最初に相談したのはジェイだったからな」
「……ホントに俺だけが知らなかったってことか」

感情を押し殺すように呟かれたそれに息を飲んだ。

「キース」
「あー、責めるつもりはねぇ。あの当時話聞いてたら、俺は勝手に動いちまってただろう。お前の判断は正しいよ。良い形にケリがついた今だから、ようやく冷静になれて色々考えられたけどな。……お前がウエストセクターのメンターをオレ一人にやらせて、本来ならもう一人いるはずのメンターの席を空けておいたのは、オレが迂闊に動かねぇようにってのとディノが戻ってくる可能性を考えてのことだったんだろ」
「様々な可能性を考慮した結果だ。それこそ、お前が言ったようにディノがイクリプスに弱みを握られていたとか、操られていたとかも含めてな」

その可能性の一つをキースに言おうか言うまいか、一瞬迷ったが、解決した今これ以上伏せておくのも不誠実かと言うことにした。

「……他にも【HELIOS】が秘密裏にディノを暗殺するかもしれんというのも考えた」
「…………おい、ブラッド」

驚きが含まれた声には気付かぬふりで、話を続ける。

「サブスタンスについては日々研究が進められてはいるが、まだ不明瞭な点も多い。だが、それだけに情報が余所に流れるというのは組織にとって大きな痛手だ。ディノは優秀なヒーローだったし、【HELIOS】の情報を流した可能性があるという点も考慮すれば、制裁を理由に手を下すのもあり得ない話ではない。ならば、一先ず死んだということにしておけば、その点についてはしばらく心配する必要がなくなる。その間に手懸かりを掴んでいこうと思った。今のメジャーヒーロー、そしてメンターリーダーという立場ならまだしも、当時の俺はAAAになったばかりの一ヒーローでしかなかった。いくら元メンターのジェイには既に絶大な信頼があったとはいえ、俺の主張では弱い」
「ブラッド」
「あと、これは結果からの推測でしかないが――幼少時のディノが【HELIOS】に保護された時点でサブスタンスを投与されていたということも踏まえると、それこそ危険分子として制裁される可能性は益々高かっただろう。あくまで【HELIOS】が手を下すようなことをするのであれば、という仮定ではあるがな。……そうではないと思いたいが」

【HELIOS】上層部も一枚岩ではない。
策を講じるなら、様々なケースの想定は不可避だ。
当時の俺は、ディノが【HELIOS】を裏切ったというのが信じられず、【HELIOS】にディノを裏切らせる何かがあったのかも知れないとも考えた。
動くのならば秘密裏に、ただ、何かの拍子にそれが上層部に知れた場合も、行動の理屈が無理なく通るようにしておきたかった。
その為にはAAAで留まらず、メジャーヒーローに、引いてはメンターリーダーになっておく必要があった。

「……メジャーヒーローになったのは組織の中で動きやすくなるからか?」
「上に信用される要素は多ければ多いほど効率もいい。無論、それだけが理由ではないし、元々メジャーヒーローにはなるつもりだったがな」

出来るだけ早く、というのを後押ししたのは、ディノの件が大きいが。
実績は少しでも多く積み上げておきたかった。

「お前、第13期のメンターリーダーになったときから、ディノのことは任期中に片をつけるつもりだったんだな」
「……今期はメンターリーダーでも、来期もそうだとは限らん。寧ろ、余程のことがない限り、俺が継続することはないはずだ。今が千載一遇のチャンスだと思った。研修チームに元チームメイトだったお前やジェイ、そして研究部にも籍を置くヴィクターを一緒に配属する形にすれば、もしもの時に何かと都合がいいと考えた」

研修チームのメンターは原則各セクターごとに二人。
メジャーヒーローが一人とAAA、もしくはAAのヒーローが一人。
ウエストセクターのメンターに空きを作っておくことを理由付け、上を説得するのは些か骨が折れたが、キースがメジャーヒーローの地位にあり、生活態度こそ褒められたものではないにせよ、ヒーローとしての実力は折り紙付きであるのも幸いし、結果として良い形に収まった。
少し心配したときもあったが、キースはウエストのルーキーたちと良い関係を築けているようだし、ディノもあの性格だ。
きっと上手くいくだろう。
キースと共にメジャーヒーローの昇格試験に合格しておいたのは正解だった、と考えていたその時。

「ジン……クス……?」

キースがポツリと呟いた言葉に思わず手が止まる。
折しも、片付けようと持っていた写真立てに入っていたのは、アカデミー卒業時に三人で撮った記念写真。屈託なく笑っているその写真はキースも俺も持っていて、気に入っている一枚だ。
ずっと三人一緒だった。
アカデミーでの選抜試験、トライアウトの合格、ルーキー時代のチーム、AAの昇格試験――そう、AAAの昇格試験の際、準備不足だから今回は残念だけど見送るとディノが言って、一人昇格試験を受けなかったあの時まではずっと一緒だったのに、AAAの昇格試験直後の【ロスト・ゼロ】でアイツがいなくなった。
この写真を撮ったときはディノがいなくなることなど、考えもしなかったのに。
アカデミーからずっと一緒だったからか、ジンクスみたいになってると言ったのはディノだ。
まさかと思う一方、もしも、これでメジャーヒーローの昇格試験をキースが一緒に受けないことで、キースまでいなくなるようなことがあったらと思うと、背筋が凍る思いがした。
ディノがいなくなったことで気力を失い、元から試験に対して面倒がるきらいがあったキースを必死で説き伏せ、絶対に一緒にメジャーヒーローに昇格するのだと試験を受け、無事にお互い昇格して――安心出来たのはしばらく時が経ってからだった。

「…………お前たち二人とも失うのだけは、絶対に嫌だった」

偽り続けることでキースの信用を無くしたとしても、この写真を撮ったときのように再び三人で笑えるようになる日が来なかったとしても、ディノがいなくなる前の関係には戻れなくなったとしても。
ディノが生きていれば、アイツが【HELIOS】を離れた理由を聞けたのなら、まだ道は閉ざされていないはずだと信じて。
だが、一人で考えても思考は纏まらず、迷った挙げ句、元メンターであるジェイに打ち明けて相談した。
様々な可能性を考慮し、一度ディノを死んだということにしておきたいことも。

――なるほど。お前の意見はわかった。しかし、キースには言わなくていいのか? 後で知った時、キースは傷つくだろうし、お前を責めるかも知れない。
――構わない。……キースの性格を考えると、下手に半端な情報を与えてしまえば、それだけを頼りに単身ロストガーデンに乗り込みかねない。アイツが強いのは知っている。だが、万が一にもキースまで……っ。

いなくなったら、と言葉を続けることも恐ろしくて出来なかった。
だが、察してくれたジェイがわかったと了承してくれ、以降何かと協力もしてくれた。

「言えよ、それ。――一言、オレまで失いたくないから無茶すんなって言ってくれりゃ良かったんだ」
「キース」

振り向こうとした顔はキースの手で押さえられ、背中側から肩を抱かれる。
今の顔を見られたくないのかと察して、肩に回されている腕に触れるに留めた。
――失いたくないことなど、当たり前のように伝わっていると思っていた。
いや、俺がキースを失いたくないと思っていても、キースの方はそうではないかもしれないと確認するのが怖かったのかもしれない。
表向き、ディノが死んだとされて以降、キースの生活は目に見えて荒れていった。
酒も煙草もキースは早くから覚えていたが、それまでは嗜む程度でしかなかったものに、どんどん溺れていき、暗い目をすることが多くなった。
いつだったか、酔い潰れたキースを迎えに行き、いつものようにベッドに寝かせ、帰ろうとしたところで、縋るような表情をしたキースに引き止められたことが一度だけある。

――眠れねぇんだよ。酒を飲めば余計なこと考えずに済むんだ。
――なぁ、ブラッド。なんで俺には言ってくれない……?

『余計なこと』が何かも、『言ってくれない』ことが何かも、わかってしまったが、こたえられなかった。
俺がディノの件で隠していることがあると、キースは早くに気付いてしまっていたのだ。
それで傷ついていることもわかっていたが、何も返せなかった。
だが、あの時にお前を失いたくないからだと言葉にしていれば、また違ったのだろうか。

「小言はいくらでも出て来る癖に、肝心なとこで言葉足りねぇのどうにかしろよ。お前がそういうヤツなんだって、長いつきあいだからわかってるけどさ」
「…………わかっているのに望むのか」
「わかってるけど、わかんねぇことだってあるんだよ。オレ頭悪ぃの知ってんだろ。つか、そういうとこホント雑だよな、お前」

わかるけど、わからない、というのは、俺にも心当たりがある。
言葉が足りていないのも、雑になってしまうというのも自覚していないわけではない。
キースに甘えてしまっているから、そうなっていることもわかってはいるのだが、そうと気付くのはいつだって後だ。
それをずっと繰り返してしまっている。

「……ありがとな、ブラッド。ごめん」

ストン、と胸の奥に落ちてきた言葉が温かい。
感謝も謝罪も望んではいなかったが、それでもキースの言葉で、胸につかえていたものがいくらか消えていったような気がした。

「……お前に手を焼かされるのは今に始まったことではない。今更だな」

傍にあるアッシュブロンドの頭を撫でると、心なしか肩に回ったキースの腕に力が入る。
ディノの復帰が決まってから、煙草の本数も酒の量も減ったらしく、少しだけ薄くなったそれらの匂いに交じって、本来のキースの匂いがすることに嬉しく思う。
過度な喫煙も飲酒も気掛かりだったから、このまま減っていってくれればいい。
そんな風に思っていたら、キースと俺のスマートフォンから同時にバイブ音がし、メッセージが入ったことを知らせる。
タイミングからして、ディノからのメッセージだろうとキースの髪から手を離し、スマートフォンを取りだして、予想通りの相手からのメッセージであるのを確認すると、キースにも画面が見えるようにしてそのメッセージを開いた。

『ジェイが夜食に冷凍のピザ焼いてくれるっていうから、二人もちょっと片付けストップしてイーストの部屋においでよ! 一緒にピザ食べよう!!』

時刻は既に22時を回っている。
大方、ジェイと話をしている最中にディノが腹を鳴らして、ジェイが気を遣ったのだろうが……またピザなのか、と少し呆れる。
キースからもええ……とぼやきが聞こえた。

「…………おい、アイツが戻ってきてから、ピザ食うのこれで何度目だ?」
「少なくともここ数年分ぐらいを食っている気がするのは確かだな。夕食も普通に摂ったはずなんだが」

夕食も三人でタワー内にある店で食べたが、量も少なくはなかったはずだ。
ディノからのメッセージにキースとそちらに向かうと返事を打ちながら、夕食のメニューを思い出す。
そういえば、あの時にもディノはハーフサイズのピザを頼んでいなかっただろうか。

「相変わらず燃費悪ぃなぁ、ディノのヤツ。オレたち30も近いってのにどうなってんだ」
「行くか。ディノはともかく、ジェイを待たせるわけにはいかん」
「そうだな。つうか、お前ピザあんま好きじゃねぇのに、毎回よく付き合うよな」
「確かにピザそのものは好きではないが、人と分け合って食べるという行為はその限りではないからな。……アカデミーにいた頃、お前たちと一緒にピザを食うことで知った」

それまで、食事は必要な栄養素を取れて、苦手な食感や味でなければいいと思っていた。
誰かと一緒に食事をしても特に楽しいと思わず、寧ろ一人で食べる方が人にペースを崩されずに済み、効率的だと思っていたが、キースやディノと話をしながら食事したり、同じものを分け合って食べるという楽しさを知った。
ディノがいると食べるものがピザばかりになるのは辟易することもあるが、数年一緒に食事することもなかった分、もうしばらくは付き合うのも悪くないと思っている。
大体、それを言ってしまえば、キースが何だかんだピザを食うのに付き合っているのも、きっと似た理由のはずだ。

「ふうん。ま、お前がそれでいいなら構わねぇんだけどさ」

するりと触れていたキースの腕が離れ、立ち上がる。
離れた体温が少し名残惜しい。
二人を待たせるわけにはいかないが、あと少しくらいは時間がある。
立ち上がって、離れていったばかりのキースの腕を掴んだ。

「キース」
「ん?」
「――当時の判断が間違っていたとは思わない。だが、お前にしてみれば良い気分はしなかっただろう。すまなかった」
「ブラッ……っ!?」

キースの腕を引いて、近くに寄った体を抱きしめる。
この温もりが手放せないものだと自覚したのはいつだったか。

「ディノとアカデミーであわなければ、俺たちはこんな風に交流を持つことはなかっただろう」
「……そうだな」

ディノと話すようになる前から、教師に頼まれていたからキースを注意して見てはいたが、ディノを介さなければ恐らく『見ていた』だけで終わっていた。
キースの上っ面しか理解出来なかっただろう。
いや、それさえ理解出来なかった可能性の方が高い。
ディノがいなければ、きっとキースとは平行線の関係しか築けなかった。

「ディノは大事な仲間であり、友人だ。だが、それはお前にしてもそうだ。……そもそも大事でもない相手に身を委ねるようなことなどしない。勝手にいなくなられてたまるか」
「ブラッド」

一番最初のセックスは若さゆえの好奇心があったのは否めない。
だが、それだけで十年以上も関係を続けてきたわけじゃない。
快楽に任せ、互いを貪る瞬間は体だけではなく、心も重なっていた。
普段は踏み込めないキースの内面に触れて、繋がって、溶けて――。
いつからか理屈ではない何かでコイツのことがわかるようになっていた。
勿論、わからないことも沢山あるが、感覚で『わかって』しまうことに慣れて、甘えていたのだ。
大事な仲間で、友人で――けど、キースの場合はそれだけに留まらない。

「お前までいなくなるようなことにならなくて、本当に良かった」

キースまでいなくなっていたら、どうしていたかわからない。
少なくとも俺にとってこの四年は、キースの存在が時に原動力となり、救いとなっていた。
俺がキースに隠していることがあると知りながら、同じように接してくれ、酔って動けなくなれば、俺を呼んで必要だと求めてくれたから、何がなんでもディノの件を解決させなければと思えた。
キースにも俺にも大事な存在であるアイツをそのままになんてしてたまるかと。
キースの強さは誰よりも俺が知っている。
ヒーロー能力や体術については勿論だが、戦況を的確に読み取る力にも長けている。
ディノの件の思惑があったとはいえ、元々メンターを一人でこなすには十分な実力がキースにはあるのだ。
普段はやる気のなさで台無しにしているものの、本気になったキースほど戦場で頼りになる男はいない。
それでも、数日連絡が取れなかったときは狼狽えた。
繰り返された電波の届かない場所にいることを告げるアナウンスに判断を誤ったかと焦り、ようやくキースの声が聞けたときには、腹立たしかったのと同時にどれだけ安堵したか。
インカムからわかる生体反応でキースが生きていることは確認出来ても、無事だとは限らない。
あんなことを繰り返されるのはもうごめんだ。
返事のように背中を優しく叩かれて、たまらずに傍にある首筋に唇を押し当てた。
キースの脈が微かに感じられて、無事に生きていることの実感を噛みしめる。
これ以上遅くなるとディノたちに不審がられるかと、キースから離れ、イーストの研修チーム部屋に向かうためにメンター部屋の扉を開けようとしたところで手が掴まれる。
反射的にキースの方を振り向いた瞬間、思った以上に近くにあった顔がさらに近付いて――口付けされた。

「……っ!」

口の中に入ってきた舌は軽く動いただけで直ぐに離れていったが、そんな風に口付けをされれば、唇や舌が触れた感覚もキースの熱も残る。
それなのに、何食わぬ顔でキースが扉を開けてリビングに足を進めたものだから、腹が立った。

「き……さまっ」
「って!」

苛立ちのままにキースの脇腹を突くと、振り返ったキースが脇腹をさすりながら睨み付けてきた。

「おま……先に仕掛けてきたのそっちだろ!?」
「俺は口にはしていない。時と場合を考えろ」
「首筋だったらセーフってならねぇだろ! あと考えたから部屋出る前にし……」

大声でルーキーたちに話を聞かせるつもりかと睨み付けたが、キースはひらひらと手を振った。

「あー、フェイスとジュニアなら部屋にはいねぇよ。二人ともライブだ。明日の朝に帰ってくるって聞いてる」
「…………貴様、わかっていたのか」
「まぁ、アイツらがいても、今の流れならやったかもしれねぇけどな。もう一回言うぜ。先に仕掛けたのはどっちだ?」
「………………」

つい、衝動から触れてしまっただけだという言い訳が通じるはずもないのくらいは弁えている。
先に仕掛けたと言われてしまれば、確かにこちらの方だ。
煽るつもりもなかったが、結果として煽ったことにもなるのだろう。
返せる言葉はない。
だが、この後ジェイとディノに会うことを考えると心境は複雑だ。出来ればやり返さないで欲しかった。

「この後、ジェイとディノに顔を合わせるというのに羞恥心はないのか、貴様」
「はぁ? 何でだよ。アイツらの前でキスするわけじゃねぇんだし、何が問題なんだ」
「お前は問題ないかもしれんが、俺には問題だ。――意識するといたたまれない気分になる」
「えええ……」

俺としては、先程首筋にしたキスには性的な意味を持たせたつもりはない。
しかし、キースがしてきたキスは明らかに性的な意図を伴ったものだったから、どうしてもルーキーだった頃のことを思い出す。
……当時、同室だったディノやジェイがいないタイミングで、何度かキースと研修チームの部屋でセックスしたことがある。
留守ならば二人には気付かれないと思っていたが、当時の研修チームの部屋は思いの外壁が薄く、他の部屋に行為の際に立てた物音や声が聞こえていて――メンターだったジェイのところに注意がいった。
婉曲的にジェイにそれを諭された時の記憶は、正直今でも消し去りたい。
以降、タワー内では暗黙の了解として性的な接触はしないようにしていた。……本当につい先程までキス一つ交わさなかった。
タワーじゃセックスはしない、とディノに伝えた矢先にこれはどうにも後ろめたい。
キースはしばらく納得出来ねぇと言いたげな顔をしていたが、やがて、小さく笑った。

「お前……よくそれで四年間隠し通したよな」
「うるさい。……先程のは不意打ち過ぎて、対応出来なかっただけだ」
「不意打ち、ね。ま、そういうことにしておいてやるよ。これでチャラな」

ペリドットの瞳が優しい眼差しを向け、穏やかな声でそう言った。もういいのだと。
それは今のキスのやりとりについてだけでなく、恐らくは他の様々なことも含めているようにも感じられた。
理由はどうあれ、ずっとディノのことを偽っていたことは許されなくても仕方ないと思っていたのに、いいと言ってくれるのか。
先に歩き出したキースの後ろについていきながら、先程、腹立たしさに思わず全力で突いてしまったキースの脇腹にそっと触れ、撫でる。
回復は早いから、痛んでも今夜ぐらいだろうが。
廊下に出る前にと予定を告げる。

「……一週間後のオフは午後を空けておけ。お前の家に行く」
「……あいよ。午後な」
「ああ」

キースの嬉しそうな声に、こちらの口元まで緩んだのを自覚する。
きっと、この先も言葉が足りねぇ、怖ぇ顔すんなと言われることはあるだろう。
長年の癖だ。すぐにどうにか出来るとは思っていない。
だけど、努力していくのは出来る。
普段のキースを見ていると、どうしても小言が先に口をついて出てしまうが、それだけではなくお前が大事なのだと、愛しく思っているのだと――すぐには言えないかも知れないが、いつかは必ず言葉で伝えよう。

 

結局話にしないと自分の中で飲み込めないなぁということで書いたメインスト5章の自分なりの解釈と整頓です。
健全話(一応)でこの文字数書いたの久々では!?w
読めばわかりますが、個人的にはあんまりキスブラ観は5章前と後で変わってません。
あえて言うなら、思ってたより凄かった。
自分たちをセットで捉えてて、妙に通じ合ってる感ある割には会話が足りてないし、いらんとこまでシンクロしてるこの人たち何???っていう……w
ポイピクにネタを投げたときはディノ視点で、本当はディノ視点&ジェイ視点も入れようかと思ってたんですが、途中でそっち二人とキスブラでの空気感の違いが凄すぎてボツになりましたw
おまけとしていつか書くかもしれないけど、他に書きたい話あるし予定は未定。

 

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