2002年か2003年あたりに発行されたシャカムウアンソロジー『高天原』に寄稿したものです。
サガの乱終了後ぐらいの感じで。
シャカムウは飄々としていてどこか人間離れした感じが好きです。
初出:2002年か2003年
文字数:1895文字
「シャカ、お茶のお代わりはいかがですか?」
「貰おう」
ただ、簡潔にそれだけを述べて、シャカが手にしていた器をテーブルに置く。
心なしか、その音が空間に甲高く響いた。
まるで何かにあてつけてでもいるかのように。
「……シャカ。何か、機嫌悪くありませんか?」
「気のせいだ」
問いかけはごくそっけなく、切り捨てるかのように返される。
元々愛想のある返答をするタイプではないが、それを差し引いても明らかにおかしい。
機嫌が悪いと全身で言っているようなもの。
相変わらずわかりやすい人だ。とムウは相手に悟られないように溜息を吐く。
口では気のせいだと言いつつも、シャカがその身に纏う小宇宙は刺々しさを隠してはいない。
実際、お茶のひと時をいつもなら一緒に楽しむ貴鬼は、不穏な空気を感じてか、自分の部屋に篭ったまま出てこない。
せっかくの休息の一時にあまりに無粋といえば無粋な態度に、結局ムウが折れた。;
「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうですか。……鬱陶しい」
「その言葉はそっくりそのまま。君に返そうじゃないか」
「私が何を?」
「……いつだって、何も言わないのは君だろう」
いつもは閉ざされている瞳が開かれ、真っ直ぐにムウを見据える。
深い海の色をした眼に宿るのは怒りを秘めたかのような炎。
「……シャカ?」
「十三年前のことも、弟子を取ったときも。……今回だってだ。あの娘が本当の女神だと。君は知っていて、言わなかった」
「それ……は」
「なんでも、自分の中で収めてしまおうとするのは君の悪い癖だ。どこまで自覚しているのかは知らないが。……私は君が心情を吐露するに値しない人間かね」
「言わなかったのじゃありませんよ。……言えなかった。口にできなかっただけです。少なくとも十三年前のアレについては、ね」
ムウが苦笑を浮かべて、シャカの言葉に応じた。
「言霊、というのをご存知ですか」
「無論だ」
「それですよ。……あの時、起きてしまった様々なことについて、私は口にすることができなかった。もし、言ってしまったら」
ムウの眼が伏せられる。
「……本当にシオンが帰ってこない。そして、サガも。シオンを殺めたのもサガには違いなかった。ですが、私達若輩の黄金聖闘士に優しく、時に厳しく指導をし、相談に乗ってくれたのもサガでしたから。自分の中で認めたくなかったのですね、要するに。だから、目を背けるように聖域を去った。……口になんてしたくなかった。全て認めてしまうことになりそうでしたからね」
「……君はもっとリアリストだと思っていた」
ムウの能力ではそれが現実か、否かをわからないはずはないのに。
わかっていても、否定をしたかったということなのだろう。
理屈ではなく、感情の上で。
「そうですか」
「……言いたくないことを言わせてしまったかね」
「いいえ。もう、大丈夫ですよ。口にできるようになったのは、自分の中で片がついたからです」
気遣いをみせたシャカの言葉にムウが穏やかに微笑んだ。
「それに、話したのが貴方相手ですからね。気になさらなくて結構ですよ」
「……そういう言い方は卑怯だ」
「どうしてですか?」
「何も言い返せなくなる」
『特別』な相手だからと、暗に言葉に含まれていることに気が付かないわけがない。
「言い返さなければいいじゃありませんか」
「ただ、黙って頷いていろというのかね?」
「いけませんか」
「……癪だな」
「子どもみたいな人ですね」
「君が相手だから言っている」
そう、知っている。
こんな風に拗ねてみせるのは、自分の前だからということは。
「そうですね……。では、別の言葉をいただけませんか?」
言い返す言葉ではなく、その代わりに。
「何を言わせる気かね」
「ふふ……耳を貸してください」
こそりとシャカの耳元で呟いたムウの言葉に、シャカの目が一瞬大きく見開かれ……次いで、口元に笑みが浮かんだ。
「……そう、口にさせようということは、今宵は眠れない覚悟はできているのだろうな」
「おや、つついてしまいましたかね」
「当然だ」
「いいですよ。そのくらいの覚悟はしています。言ってくださいますか?」
「いいだろう」
シャカがムウの手を取り、そっと指先に口付けを落として、言葉を紡いだ。
「私は前触れもなしに、君の傍からいなくなったりはしない」
シャカには珍しいほどに柔らかい声で。
「この存在のある限り。君の全てを望もう。君の傍にいて、君の姿を見て、君の言葉を聞こう。ムウ。……愛しきものよ」
思いを込めた誓いの言葉。
叶うことを心底望み、嬉しく感じる、その言霊を。
タグ:聖闘士星矢, シャカムウ, pixivUP済, 500~3000文字, アンソロジー寄稿分