この夜が明けたら
結婚式前夜の堀鹿+御子柴。
(ただし、堀先輩はほとんど出て来ない)
鹿島くんと御子柴が二人で飲み交わしています。
「いいのかよ。明日の主役が飲んでも」
お祝いにと貰ったらしいシャンパンが、二つのグラスに注がれていくのを見ながら、一応鹿島にそう問いかけてみる。
「一杯だけだって! 先輩もまだ帰ってこないし、少しくらいいいじゃん。……準備始めたら、式まであっという間だったなぁ」
「そうだなぁ。まずは式の準備お疲れ。本番は明日だけど」
お互いに手にしたグラスを軽く合わせて、かちんと鳴らす。
結婚祝いのシャンパンなのに、俺が先輩より先に飲んでもいいんだろうかとは思ったが、飲むようにすすめてきたのは鹿島だし、一応は一声掛けもしたしで、気にしないことにした。
「そうなんだよねぇ。御子柴にも色々付き合って貰ったよね、ありがとう」
「まさか、このタイミングで先輩があそこまで忙しくなるとは思わなかったからな」
結婚するのは堀先輩と鹿島だけど、式の日取りが決まった直後から、先輩の方には昇進の話やら、出張の話やらが次々と出て、どうしても日程の都合が合わないことが幾度か有り、式の打ち合わせ等に何度か俺が鹿島に同行するハメになった。
佐倉のとこは子どもがまだ小っちゃいし、瀬尾は海外留学中で日本には三日前にようやく戻ってきたところだ。
結局、先輩がダメなときは、ほとんど俺が鹿島に付き合わされた。
けど、鹿島だけじゃなく先輩にまで頭を下げられちゃ、嫌とも言えない。
ーーすまん、御子柴。迷惑かけるな。
俺にそう言ったときの堀先輩が、複雑そうな表情をしていたのには、あえて気付かないふりをした。
流石に親友の間柄とはいえ、先輩と籍を入れてしまえば、夫以外の男と二人で気安く外出ってわけにもいかねぇだろうし、俺としても親友と堂々と出かけられる残り少ないチャンスと思って付き合った。
鹿島はあくまでも俺にとっては親友で、それ以上でも以下でもない。
堀先輩と付き合う前は早くくっつけと思ったし、付き合った後は後で、さっさと結婚しちまえと思っていたのが本心だが、同時に親友を取られちまう寂しさもちょっとだけある。
「おまえが人妻になるってのも不思議な気分だな。明日から『堀遊』かぁ。おまえんとこ、姉妹二人だけど、名字は先輩の方にする形で問題なかったのか?」
「うん。うちの親はそういうのにこだわりないから、好きにしろって。先輩も本当にいいのかってちょっと気にしてたみたいだけど」
アルコールが入って、ほんのり頬が染まってきた鹿島は、親友としての欲目を抜きにして綺麗だった。
かつて、『学園の王子様』と呼ばれたイケメンの面影はあるものの、今の鹿島なら王子というより、姫という印象さえある。
これは一人の女性としての綺麗さだ。
多分、結婚を直前にしての幸せそうな空気が全身を包んでいるからだってのもあるんだろう。
こうして見てると、式の直前に女が綺麗になるってのは、ガセじゃなかったんだなぁとしみじみ思う。
そういや、佐倉の時も式直前のタイミングが一番輝いて見えた。
「明日、改めてちゃんと言うけど。おめでとう、鹿島」
「ありがとう、御子柴」
何となく、二人でもう一度グラスを合わせる。
小さく鳴った音が、今度はどこか切なく聞こえた。
この夜が明けたら、俺の親友は花嫁になる。
きっと、こんな風に鹿島と過ごせるのは今夜が最後だ。
先輩には悪いけど、あとちょっとだけ帰りが遅くなりますように、なんて願いながら、シャンパンの残りを飲み干した。
- Memo
- あくまでも親友同士で恋愛感情はないのだけど、ちょっと寂しいみたいな感じで。