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「ちょっとだけ」

大学生堀&高校三年御子柴です。

[御子柴Side]

 

堀先輩が大学に入って、一人暮らしになったから、前よりも会える時間が増えたりなんかするだろうかって期待さえしていたというのに。

実際は入学したばかりだから、演劇研究会の歓迎会があるだとか、友人に頼まれての合コンだとかで、ここしばらく全然まともに先輩と会えちゃいない。

こんなはずじゃなかったのに、と正直面白くない。

最近、お守りのように持ち歩いてしまっている先輩のアパートの鍵を見て、つい溜め息を吐いた。

合鍵渡すから好きに来ていいって言われているけど、一人で帰りが遅くなる先輩を待つのも寂しいし、俺としても流石に頻繁には泊まれないしで、この合鍵を渡されてから一ヶ月近いが、ほとんど出番はないままになっている。

大学生は時間余裕あるなんて聞くけど、嘘だろって言いたい。

 

「…………顔見てぇなぁ」

 

今日も本当なら先輩と会う約束入れてたのに、先輩に飲み会に呼び出されたから断れなかったって、ドタキャンくらう形になってしまった。

そりゃ、新入生なら先輩に言われたら断りにくいんだろうけどさ。

たまにはこっち優先してくれてもいいんじゃねぇの。

そんなことを思っていたら、メッセージの着信を知らせる音が聞こえた。

もしや、と思ってスマホを手に取ると、送信元は先輩だった。

 

『今、飲み会終わって帰ってるとこだ。今日は悪かったな。今度奢る』

 

そんなメッセージだ。

帰ってるとこってことは今一人なんじゃねぇのかな。

いつもだったら、メッセージで電話してもいいかを確認してから電話するんだけど、ついそのまま衝動で先輩に電話をかけてみる。

三回コール音が鳴ったところで先輩が出た。

 

「おう、どうした」

「先輩、今一人ですか?」

「あ? ああ、そうだけど」

「今から会えませんか? ちょっと顔見るだけでもいいんで」

 

少しの間、沈黙が続いた。

当然だろう。

現在時刻は午前零時をちょっと回ったところ。

会うって言ったからって、会うような時間じゃない。

 

「……おまえ、この時間から家出て来れねぇだろ」

「コンビニ行くっていえば、数十分くらいは出られますって。

……ダメっすか、ね?」

「…………おまえん家の最寄り駅まで出て来られるか?

そこなら、あと数分で電車着くから」

「行きます!」

「じゃ、一旦切るぞ。後でな」

「はいっ」

 

自分でも声が弾んでしまったのが分かる。

急いで身支度をして、コンビニに行くとだけ親に告げて、その返事も待たずに玄関を飛び出した。

自転車に乗っていけば、駅までは数分で着く。

上手くいけば、先輩を全然待たせずに済むはずだ。

自転車を飛ばし気味に、駅まで急いで行くと駅のホームに電車が入ったところなのが見えた。

もしかしたら、あれじゃねぇのかなって思ったら、やっぱりそんなしないうちに先輩が出てきた。

 

「堀先輩!」

「お。おまえ、早かったな。……息切らせてまで、焦ってくるこたぁねぇだろう」

 

そう、先輩に苦笑いされながら言われて、初めて自分が息を荒くしていたことに気付いた。

 

「いや、だって、待たせても悪いなって。終電の時間だってあるだろうし」

「あー……まぁな。なんだ、そんなに俺に会えなくて寂しかったのかよ、おまえ」

「寂しかったです」

 

俺の髪をくしゃくしゃと指で掻き回していた先輩の手が、俺の言葉でぴたりと止まった。

 

「御子柴」

「だって、何だかんだでずっと会えてなかったじゃないっすか。

いや、声やメッセージで元気なのはわかってましたけど。

顔見たかったんです」

「…………イケメン面でそういうこと言うの、反則技だな」

 

ぽんと、頭を叩かれたが、反則技って何のことだ?

 

「は?」

「ん……ちょっと、こっち来い」

「え、はい」

 

先輩が少し街灯から逸れて、暗くなった部分に行ったのにつられて、俺も自転車を一旦その場に置いて後を追う。

先輩が足を止めたところで、くるっと俺の方を向いてーー胸元を引き寄せられて、キス、された。

軽く触れた唇は直ぐに離れたけど、柔らかい感触と温かさが分かる程度には余韻を残していて、つい顔が熱くなっていくのが分かった。

 

「ちょっ……ここ、外ですって」

「影になってて見えねぇだろ。多分。……おまえがそんな顔すんのが悪い」

 

それだけ言うと、先輩がまた駅の方に向かって歩き出したから、慌てて着いていく。

 

「御子柴。明日、学校終わったらどこにも寄らず、うちに来い」

「え?」

「夜は予定入っちまってるが、その前に一旦家に戻るから。

…………今の続きしようぜ」

「……っ!」

 

嬉しいけど、外で続きとか言わないで欲しい。

うっかり色々想像しちまって、ヤバいことになりかけてる。

そんなこっちの動揺を知ってか、知らずか。

先輩はさらに追い打ちをかけた。

 

「俺以外の前で、そんな可愛い表情すんのはやめとけ、実琴」

 

反則なのは先輩の方だ、って言い返すのがやっとだ。

辺りに人が居なかったことに、これほど感謝したことはない。

それでも、明日を楽しみにしながら、終電に乗って帰っていった先輩を見送って俺も家に戻った。

 

***

 

[堀Side]

 

駅まで一緒だった先輩と別れて、一人で電車に乗ってからようやく人心地ついた。

大学生活は色々新鮮で楽しいのは確かだが、何だかんだと忙しくて、ここしばらくまともに御子柴とセックスするどころか、顔を合わせることさえ出来ずにいた。

かろうじて声ぐらいは電話で聞いてるが、声だけじゃ消化不良だ。

しかも、顔を合わせられずにいるのは、もっぱら俺の方の事情が原因と来てるから後ろめたい。

こんな忙しさもずっと続かないのぐらいは分かっちゃいるが、まさかここまでとは俺も予想していなかった。

日中なら講義が入ってない時間はそこそこあるが、その時間だと御子柴は普通に高校の授業中だから、どうしようもない。

合鍵は渡してあるが、一人で家で待ってるのも落ち着かないらしい。

確かに、今日みたいに遅くなった場合は待ってる方としても堪んねぇだろう。

……くそ、今日は久々にあいつとゆっくり会えると思ったのに。

御子柴に飲み会が終わって帰っている最中であることを伝えるメッセージを送信しながらも出てきたのは溜め息だ。

断れない先輩からの飲み会に呼び出されたと御子柴に伝えた時の返信が、分かりました、の一言だけだったのが気になる。

 

「どうしたもんかな……っと!?」

 

スマホが電話の着信を知らせて、慌てて確認すると御子柴だった。

電車の中はほとんど人がいないのをいいことに、そのまま出ることにした。

 

「おう、どうした」

 

普段だったら、メッセージで今電話しても大丈夫かと確認してくるところを、一切せずにそのままかけてよこしたのが引っかかったからだ。

 

「先輩、今一人ですか?」

「あ? ああ、そうだけど」

「今から会えませんか? ちょっと顔見るだけでもいいんで」

 

俺だって本音を言えば、しばらくぶりに御子柴の顔ぐらいは見たい。

が、流石に日付が変わったばかりぐらいの時間だから躊躇う。

御子柴が俺と同じように一人暮らしだったらまだしも、あいつは実家に住んでる高校生なんだし。

 

「……おまえ、この時間から家出て来れねぇだろ」

「コンビニ行くっていえば、数十分くらいは出られますって。

……ダメっすか、ね?」

 

躊躇いがちな言葉の語尾が今にも泣きそうにも聞こえて、ダメだなんて言い返せなかった。

この電車はまだ終電ではない。

あと、三つ先の駅はちょうど御子柴の家の最寄り駅だった。

ならば、駅でちょっと落ち合って顔ぐらいは見られるか。

 

「…………おまえん家の最寄り駅まで出て来られるか?

そこなら、あと数分で電車着くから」

「行きます!」

「じゃ、一旦切るぞ。後でな」

「はいっ」

 

明るくなった声に自分の頬が緩んだのを自覚する。

駅三つ分はただ眠気に抗って帰るだけなら、まだ着かないのかとうんざりする過程だが、目的があれば駅一つを通り過ぎるたびにもう少しか、と心が躍る。

御子柴に告げたとおり、数分で電車が目的の駅に着き、降りる。

御子柴と関係を持つようになってから、幾度となく利用した駅は今更迷うこともない。

足早に御子柴の家のある方向の出口に向かうと、既に御子柴が自転車を傍らに佇んでいるのが見えた。

 

「堀先輩!」

「お。おまえ、早かったな。……息切らせてまで、焦ってくるこたぁねぇだろう」

 

余程慌てて来たのか、息を切らせて、頬を上気させて。

少しばかり、セックスの時のこいつを思い出してしまった自分に苦笑いするしかない。

 

「いや、だって、待たせても悪いなって。終電の時間だってあるだろうし」

「あー……まぁな。なんだ、そんなに俺に会えなくて寂しかったのかよ、おまえ」

 

そんな自分の心境を誤魔化すのも兼ねて、乱れた御子柴の髪を弄びながら軽く言ったつもりだった。

 

「寂しかったです」

 

なのに、真顔でそんな風に躊躇なく返されて。

つい、手の動きを止めてしまった。

 

「御子柴」

「だって、何だかんだでずっと会えてなかったじゃないっすか。

いや、声やメッセージで元気なのはわかってましたけど。

顔見たかったんです」

「…………イケメン面でそういうこと言うの、反則技だな」

「は?」

 

狡いよなぁ。

こいつ、すっげぇ感情分かりやすいから、その分ストレートにぐらっとくる。

まるで口説き文句を言われたみてぇだ。

御子柴の頭を一叩きすると、少し薄暗いところを探して、そっちに向かって歩いた。

駅前とはいえ、あまり人も通ってないし、まぁ大丈夫だろ。

 

「ん……ちょっと、こっち来い」

「え、はい」

 

御子柴が俺を追ってくる足音と、周囲を確認しながら、適度なところで足を止めて振り向く。

御子柴が近くなったところで待ちきれずに、胸元のシャツを掴んで引き寄せて、唇を重ねた。

舌を突っ込みたくなった衝動をどうにか抑え込んで離れる。

これ以上は流石に俺がマズい。

 

「ちょっ……ここ、外ですって」

「影になってて見えねぇだろ。多分。……おまえがそんな顔すんのが悪い」

 

夜目にも赤くなったのが確認出来てしまう顔を、これ以上まともに見ていたら、それこそ襲いたくなる。

だから、さっさと駅の方に踵を返した。

御子柴がそんな俺の後に急いでついてきて、隣に並ぶ。

 

「御子柴。明日、学校終わったらどこにも寄らず、うちに来い」

「え?」

「夜は予定入っちまってるが、その前に一旦家に戻るから。

…………今の続きしようぜ」

「……っ!」

 

ああ、この顔は知ってる。

これは色々思い出して、身体が反応してるときの顔だ。

今すぐ触って確かめたくなるが、それこそ明日のお楽しみってやつだ。

 

「俺以外の前で、そんな可愛い表情すんのはやめとけ、実琴」

「……反則なのは先輩の方じゃないっすか」

 

小さくぼやいた言葉は聞き流す。

終電の時間が間もなくという事情があったのは本当に幸いだ。

おかげで、気持ちの切り替えが出来た。

明日、ベッドの中でどうあいつを可愛がってやろうかと楽しみにしながら、家路についた。

Memo
比較的健全方向な堀みこ。
タイトルつけてなかったけど、サイト移転ついでに3つの恋のお題にあったやつからつけた←
堀Side書き足したら、ほんのりエロ要素入ったw
エロくなるのは、うちでは大抵堀先輩の所為。
pixivではShort Stories 02に収録してあります。

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