作品
現れたるは麗しの[裏]
屋敷内を一通り案内し終わってから、私は白様を自分達が使う部屋に連れて行った。
「こちらが私達の使う部屋になります。荷物はそちらに」
「まぁ。思っていたより広いお部屋ですのね。
お隣の部屋は他の侍女の方が詰めておいでなのかしら」
「ええ。ただ、この時間は夕飯の支度を始めているので、
今は部屋におりませんけど」
「……なるほど。なら、話をするには好都合ってわけだな」
白様が『白蓮』としての仮面を外し、忍びとしての顔を見せる。
同様に私も侍女ではなく、くのいちとしての接し方に切り替えた。
「…………白様。
白様がわざわざ出向かなければならなかったような理由は何ですか」
浅葱様は妹思いの方ではあるが、私心で忍軍副頭領を寄越すほど愚かではない。
引退間近の年寄りなんてのは、紫陽花様に対しての建前だ。
先ほどの私達の軽口のやりとりも、あの方を油断させる為の即興芝居。
今なお、忍軍屈指の実力者である白様でなければならなかった事情、そして、その事情は絶対に紫陽花様に悟られてはならない『何か』があるはずなのだ。確実に。
「……ふん。流石に察せられない程、呆けちゃいなかったか。
黒の奴が随分心配していたが、言ってたほど酷くはないな」
研ぎ澄まされた刃のような笑み。
造形が整っているだけに、胆力のないものなら、これだけで腰を抜かすような凄みがある。
恐らく、紫陽花様は一度たりとも見た事がないはずの、『忍軍副頭領・白』としての顔。
「……これでも、大谷家忍軍始まって以来の最強の双璧と謳われた貴方方
二人に鍛え上げられた身です。
演技と本気を見抜けぬ、貴方でもありますまい」
師に負けぬよう、こちらも強い意志を持って見返す。
最初に対面した時点で、『白蓮』が誰かなんて、直ぐに分かっていた。
分かったからこそ、紫陽花様には分からないよう振舞えと。
私の直感が告げていた。
そして、白様の反応を見る限りでは判断は正しかったようだ。
「そうだな。ま、黒はちょっと慎重過ぎる点があるからな。
だからこそ、頭領に向いていたのはあいつで、俺は副頭領なわけだが。
…………しばらく、時間は取れるか」
「半刻位は。貴方の案内等必要なのは屋敷内の全員が知るところですから」
「なら、いい。座れ。
お前、三年前に紫陽花様の先代達が殺された時の事は覚えているか?」
「……忘れるわけ、ないでしょう」
あれは苦い記憶。
養父上が忍びを続けられない程の手傷を負わされ、紫陽花様、浅葱様はご両親を喪った。
なのに、捕らえた賊はたった一人。
証拠となるものもほとんど得られず、賊の大半に逃げられるという不覚を取った。
「捕らえた奴が持っていた毒、覚えているか?」
「毒……確か、変わった成分が使われていたという?」
「そう。あの時の奴が持っていたのは、南蛮渡来のものが含まれていた特殊な毒だ。
……先日、紫陽花様を襲撃した賊の一人からも、それと近いものが僅かに検出された」
「…………!?」
当時、毒の分析には時間がかなり掛かった。
かろうじて、簡単に入手出来るものではないらしいとは判明したものの、それ以上の足がかりは掴めなかった。
原因の一端は、目の前の人が賊をいたぶり殺した所為だけど、あえて口には出さないでおく。
「三年前、屋敷を襲撃した奴らと関係がある、そういう事?」
「確信までは持てる段階じゃないがな。が、引っかかる。
俺だけじゃなく、吉継様や頭領も同意見だった。
少なくとも、ただの襲撃と捨ててはおけない、とな」
多少なりとも、手がかりとなりうるならば。
そんなところか。
本当に三年前の襲撃と関係があったのなら、基本的に吉継様の側近くに居る浅葱様が動けない以上、白様以上の適任者は居ない。
私としても、緊張感と安心感で仕事がやりやすい。
「だとしても……」
「うん?」
浮かんだ疑問がそのまま声に出た。
言おうかどうしようか迷ったが、聞かれた以上、多分黙っていても強制的に言わされる。
だから、突っ込まれるのは覚悟の上で白様に問いかけた。
「どうして、三年経った今になって?
紫陽花様を狙うなら、当時の方が絶対にやりやすかったはず」
まだ幼さを残す少女だった紫陽花様は、今のように弓の名手というほどの腕前でもなく、知謀についても知れ渡っていたわけではない。
考え方としては良くないが、紫陽花様が邪魔と感じるなら、襲撃直後だったら容易く仕留められた。
「一言で片付けるなら、紫陽花様を見くびっていたんだろうな。
生かしておいたところで、脅威にはなりえないと。
俺だって、年端もいかない小娘に何が出来ると思っていた」
「…………白様」
「そう怖い顔すんなって。
俺はお前さんや黒程、紫陽花様の人となりを知らなかったんだから。
今日は吉継様や黒が一目置く理由の片鱗を見た気はするけどな」
そこで少し笑い、一旦言葉を切ると、白様は私の耳元に口を寄せて、声を潜めた。
「……絶対に紫陽花様には悟られるなよ。
忍びじゃないとは言っても、流石は頭領の妹御なだけはある。
記憶力と勘の良さは半端じゃない。
流石に五年前の変装と重ねられるとは思わなかった」
私も紫陽花様が五年も前の幸若舞から白様を連想出来た事に驚いたけど、この人が本気で誰かに感嘆するなんて珍しい。
それだけ、あの方を認めているということか。
「分かっております。
私は――紫陽花様の為に此処に居るのですから」
二度と紫陽花様にあんな経験はさせない。
例え、この命に代えても。
くのいちとして生きることを選んだ時に、紫陽花様の為に生き、紫陽花様の為に死のうと誓ったのだから。
2010/03 up
表から数ヶ月、ブログ開設時に上げました。
白に色々話させると余計な方向に行きそうで、中々まとまらなかったのでw
- 2013/10/24 (木) 00:58
- 本編
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