No.41
キスブラ版ワンドロライ第10回でのお題から『似顔絵』を使って書いた話(修正版)です。
『断捨離』も混ぜようとしたけど、あまり含まれない内容になったので似顔絵だけ。
ED3CDのネタバレを若干含みます。
執筆時間は合計2時間半ちょっとくらい。
【Keith's Side】
期限がとっくに過ぎているのに未提出の報告書があるから出せと、ウエストセクターの研修チーム部屋まで訪れたブラッドに言われて、その提出していない報告書を共有スペースで探していたが、何でか見当たらない。
ディノがウエストセクターのメンターになって以降、ヤツに報告書の作成を手伝って貰うこともあるから、共有スペースの方に置くようにしてんだけどな。
でも、ディノが勝手に報告書の場所を移すってことはしねぇから、ここにねぇならオレが自室に置きっぱなしにしてる可能性が高い。
というか、自宅に報告書を持って帰ることはしねぇし、ほぼ間違いなくそのパターンだ。
「こっちにねぇってことは自室の方か?」
独り言のつもりだったが、ブラッドにもしっかり聞こえていて、呆れたように溜め息を吐かれた。
「貴様……いい加減、書類の管理くらいまともに出来んのか。自室だな。探すぞ」
「はいよ、悪ぃな」
「本気で悪いと思っているなら、何故期限内に提出しない。これで何度目だと思っている」
「………………すんません」
ブラッドの仕事を余計に増やした自覚はあるから、小言が続く前に大人しく引き下がる。
二人でメンター部屋に入り、オレの机の上に重なっている紙の束をブラッドと一緒にチェックしていった。
どうせ、ブラッドに見られて困る書類はねぇし、基本、報告書の類は九割方ブラッドに提出するやつだ。
ついでにブラッドの方が書類の内容をチェックしながら、用途別に分けておいてくれるだろうって期待もある。
目的の書類を探していると、ふとブラッドが動きを止めた。
「…………何だ、これは」
ブラッドが困惑した様子で数枚捲って首を傾げてたから、何の書類かと覗き込んだら、ブラッドが持っていたのは仕事の書類じゃなかった。
「ん? あー、こりゃこの前ノヴァ博士作の似顔絵製造マシーンってヤツで、オレが寝てる間に描かれた似顔絵の数々だ。あ、この一枚だけフェイスを描いたヤツな」
似顔絵製造マシーンってのは、ディノの快気祝いって名目でやったパーティーで、ディノがノヴァ博士が入院中の退屈しのぎに持ってきてくれたのだと、場を盛り上げる為に出したものだ。
オレはそれを使ってる途中で酔い潰れて記憶がねぇが、翌朝ディノがせっかくだから描いたものはやるよと纏めてオレによこしてきた。
人が寝てる間に何やってんだって思ったし、自分の似顔絵なんざ、持っててもしゃーねーなと適当にどっかに置いた記憶はあるが、こんなとこに紛れ込んでいたのか。
「なぜ、それが仕事の書類に交じっている。……まぁ、いい。これは別に避けておくぞ。…………? 何だ?」
あの時、フェイスを見て描かれた似顔絵と、目の前のブラッドの顔を改めて見比べてみる。
…………アイツら、この絵を見てフェイスよりブラッドと似てるなんて言ってたけど、やっぱりブラッドとは違うよなぁ。
ブラッドも顔は整ってるし、フェイスと似てねぇってこともねぇんだが、細面ってわけじゃねぇし、何より纏う空気というか、雰囲気が全く違う。
あえて言うなら、ブラッドが市民に営業スマイルで対応してる時はちょっとこれに近くなるかもしれねぇけど、あの表情は未だに違和感しかねぇんだよな。笑ってるんだけど、笑ってねぇっていうか、作り物って印象が拭えねぇ。
顰め面してる方が余程ブラッドらしい。
「いや、やっぱり違うなって思ってさ」
「何のことだ。――ああ、これだな。記入もろくにしていない。今すぐこの場で書け」
「へいへい」
ブラッドが持っていた紙の束の方に目的の書類があったらしく、机の上に転がっていたペンと一緒に書類を渡されたから、自分が持っていた紙の束を代わりにブラッドに渡す。
一瞬だけ眉を顰められたが、直ぐにオレがこれを書いているのを待つ間に、自分が書類を整頓した方が効率がいいと思ったんだろう。
文句は言わずに紙の束を分類し始めた。
ブラッドが書類を片付ける物音をBGMに書いていたら、ふとその音がやんだ。
ヤベぇ、報告書を書き上げるよりもブラッドが整頓する方が早かったかと様子を窺うと、ブラッドは先程別に避けておいたオレの似顔絵を見ているようだった。
オレには自分の似顔絵をじっくり見る趣味もねぇから、ざっくりとしか見てねぇけど、結構な枚数あったんだよな、アレ。
何でも、色んな画風で描けるとかで、ここぞとばかりに試しまくったらしい。
何となくブラッドに見られてるのが気恥ずかしく、さっさと書類を書き上げてブラッドに渡そうと、心持ち早く筆を進めて最後の署名をしていたら、ブラッドが笑った気配がして思わず顔を上げた。
作り上げた営業スマイルとは全く違う、ふわ、と周りの空気まで緩むような柔らかな笑みに、ついかける言葉を失う。
「…………意外に良く描けているな。これなんかは、お前が寝てるときの様子そのものだ」
「ええ……何か、それ実際の年齢よりガキっぽくみえねぇ?」
ブラッドが取りだした似顔絵の一枚は、中途半端にデフォルメされた絵柄のものだった。
「いや、お前が寝てるときの表情はこんな感じだぞ。この一枚、貰っていってもいいか?」
「え、いるのかよ! いや、別にいいけどさ。ほい、報告書も出来たぜ」
「確認する。――――ふむ。少し記載に甘い点があるが、まぁいい。確かに受け取った。今度からは提出日時をまず一番に確認しろ。とりあえず、ここの書類は提出日が近い順に並べておいたから、後で確認して、出来れば早い内に出せるものは出せ」
「あいよ。片付けサンキュ」
書類の確認であっという間に引っ込んでしまった笑みが惜しい。
オレの似顔絵で浮かべていたはずの笑みが、オレで引っ込むってのもどうなんだ。
今してる表情の方がブラッドらしいといえばらしいけど、何となく悪戯心が湧いた。
隙をついて、部屋を出ようとしたブラッドの頬にキスすると、ブラッドが目を丸くする。
「……何だ」
「いや、似顔絵のオレじゃ、お前にキスは出来ねぇよなって思っただけ」
「…………自分の似顔絵に妬くなど、それこそ子どもでもしないが」
「妬いてるわけじゃねぇよ」
「…………そういうことにしておいてやろう」
再び、浮かんだ柔らかい笑みが近付いて来て、オレの頬に軽く口付けて離れていく。部屋を出ようとした背中に慌てて声を掛けた。
「ブラッド、次のオフ――」
「三日後だ。お前の家に行く。それでいいな?」
「了解」
ブラッドは返事だけしてこっちを振り返らなかったが、部屋からいなくなる寸前、耳が微かに赤くなっていたのを確かに見た。
去り際のブラッドの表情が見られなかったのは惜しいが、これ以上のお楽しみは三日後にとっておくと決めて、ブラッドが片付けてくれた書類を確認する。
せめて、休みの前に出せる報告書は出しておこうと、再びペンを手に取った。
【Brad's Side】
キースをメンターにしたときに多少は覚悟していたものの、ヤツの報告書のミスの多さと、提出期限の守らなさには呆れるばかりだ。
今日も、これ以上は待てない未提出の報告書の催促で、ウエストセクターの研修チーム部屋に足を運んだ。
案の定、キースは言い出すまでその報告書のことを忘れていたらしく、探し始めたが中々見つからないようだ。
ディノのサポートで少しはマシになってきているが、一体いつになったら報告書の不備がなくなるのか。
「こっちにねぇってことは自室の方か?」
ぼそりと呟いたキースに、溜め息が出てしまう。
「貴様……いい加減、書類の管理くらいまともに出来んのか。自室だな。探すぞ」
キース一人に任せるより、俺も一緒に探した方が間違いなく早い。
「はいよ、悪ぃな」
「本気で悪いと思っているなら、何故期限内に提出しない。これで何度目だと思っている」
「………………すんません」
寧ろ、ディノに甘えて書類の提出期限を覚えていない可能性もありそうだ。
ディノには悪いが、その辺りも含めて確認して貰った方がいいだろう。
メンター部屋のキースのスペースに入り、机の上に積まれていた紙の束をチェックしていく。
この際だから、内容を確認しつつ、提出期限の早いものから改めて重ねていくと、ふいに全然仕事とは関係のない――似顔絵と思しきものが数枚連なって出て来た。
「…………何だ、これは」
描かれているのは恐らくほとんどがキースだが、描いているのは一人ではなさそうだ。
様々な画風で描かれているが、共通しているのはどれもキースの寝顔を描きだしているということ。
一枚だけ、恐らくフェイスを描いたものだろうというのはあったが、一体何があったのか。
「ん? あー、こりゃこの前ノヴァ博士作の似顔絵製造マシーンってヤツで、オレが寝てる間に描かれた似顔絵の数々だ。あ、この一枚だけフェイスを描いたヤツな」
「なぜ、それが仕事の書類に交じっている。……まぁ、いい。これは別に避けておくぞ」
せめて、仕事とそうでないものくらいは分けておいて欲しいものだと、似顔絵をざっと確認してそれだけ書類とは別にする。
再び、書類を確認しようとしたら、キースに見られていることに気付いた。
「…………? 何だ?」
「いや、やっぱり違うなって思ってさ」
「何のことだ。――ああ、これだな。記入もろくにしていない。今すぐこの場で書け」
「へいへい」
違うのが何についてかはわからなかったが、今は報告書を書き上げて貰うことが最優先だ。
机の上に無造作に転がっていたペンも一緒に渡すと、当たり前のようにキースが自分の持っていた紙の束を俺に押し付ける。
……まぁ、キースが書類を書き上げる間に俺がこれを整頓しておいた方が、この後キースがやりやすいだろうと、先程チェックした書類と合わせて確認していった。
提出期限、そしておよその内容から並び替えたのを積むと、先程別に避けた似顔絵の方に手を伸ばす。
そういえば、ディノがノヴァ博士の機械を使って、キースが寝ているところを色々描いたようなことを言っていた。
それがこれか。
酒で酔い潰れてしまうと、ちょっとやそっとではキースは起きない。
そんな無防備な様子がこの似顔絵の数々からも伝わる。
何とはなしに見ていき、数枚目に出て来たものに思わず手が止まった。
自分でも幾度となくみてきたキースのあどけない寝顔。
それがよく描き出されていて、つい口元が緩むのを自覚する。
「…………意外に良く描けているな。これなんかは、お前が寝てるときの様子そのものだ」
「ええ……何か、それ実際の年齢よりガキっぽくみえねぇ?」
「いや、お前が寝てるときの表情はこんな感じだぞ。この一枚、貰っていってもいいか?」
仕事の書類と交ぜているくらいなら、似顔絵にさほど執着もないだろうと聞いてみたら、予想通りキースは驚きはしたものの、俺が貰うことには異論がなさそうだった。
「え、いるのかよ! いや、別にいいけどさ。ほい、報告書も出来たぜ」
「確認する。――――ふむ。少し記載に甘い点があるが、まぁいい。確かに受け取った。今度からは提出日時をまず一番に確認しろ。とりあえず、ここの書類は提出日が近い順に並べておいたから、後で確認して、出来れば早い内に出せるものは出せ」
「あいよ。片付けサンキュ」
これで俺も今日の仕事には一区切りついた。
部屋に戻ってから、もう一度この似顔絵をじっくりと見るとするか――と考えていたら、キースが頬に音を立てて口付けてきた。
その表情がどうも拗ねているように見えるのは気のせいだろうか。
「……何だ」
「いや、似顔絵のオレじゃ、お前にキスは出来ねぇよなって思っただけ」
返ってきた言葉は予想外のものだったが、拗ねているように思えたのは間違いではなかったようだ。
似顔絵はキースが良く描かれているから欲しいと思ったが、それでも似顔絵はあくまでも似顔絵でしかない。
「…………自分の似顔絵に妬くなど、それこそ子どもでもしないが」
「妬いてるわけじゃねぇよ」
自覚がないのか、あっても認めたくないのか。
こんなにもわかりやすく、俺がキースの似顔絵に興味を持ったのが面白くないと、その表情が告げているというのに。
仕方のないヤツだ。
「…………そういうことにしておいてやろう」
俺の方からもキースの頬に口付けを返し、部屋を出ようとしたところでキースから声が掛かる。
「ブラッド、次のオフ――」
「三日後だ。お前の家に行く。それでいいな?」
「了解」
休みにキースの家に行くというのは、明確な目的があってのことだ。
それをキースも分かっている。
了解と応じた声には明らかに喜びの感情が含まれていた。
……口付けは頬に留めておいて正解だったな。
それ以上に触れ合うのは後日の楽しみと思えば、その分当日の高揚感が増す。
丸めたキースの似顔絵をどこにしまうかを考えながら、自室へと戻っていった。
Close
#キスブラ #ワンライ
『断捨離』も混ぜようとしたけど、あまり含まれない内容になったので似顔絵だけ。
ED3CDのネタバレを若干含みます。
執筆時間は合計2時間半ちょっとくらい。
【Keith's Side】
期限がとっくに過ぎているのに未提出の報告書があるから出せと、ウエストセクターの研修チーム部屋まで訪れたブラッドに言われて、その提出していない報告書を共有スペースで探していたが、何でか見当たらない。
ディノがウエストセクターのメンターになって以降、ヤツに報告書の作成を手伝って貰うこともあるから、共有スペースの方に置くようにしてんだけどな。
でも、ディノが勝手に報告書の場所を移すってことはしねぇから、ここにねぇならオレが自室に置きっぱなしにしてる可能性が高い。
というか、自宅に報告書を持って帰ることはしねぇし、ほぼ間違いなくそのパターンだ。
「こっちにねぇってことは自室の方か?」
独り言のつもりだったが、ブラッドにもしっかり聞こえていて、呆れたように溜め息を吐かれた。
「貴様……いい加減、書類の管理くらいまともに出来んのか。自室だな。探すぞ」
「はいよ、悪ぃな」
「本気で悪いと思っているなら、何故期限内に提出しない。これで何度目だと思っている」
「………………すんません」
ブラッドの仕事を余計に増やした自覚はあるから、小言が続く前に大人しく引き下がる。
二人でメンター部屋に入り、オレの机の上に重なっている紙の束をブラッドと一緒にチェックしていった。
どうせ、ブラッドに見られて困る書類はねぇし、基本、報告書の類は九割方ブラッドに提出するやつだ。
ついでにブラッドの方が書類の内容をチェックしながら、用途別に分けておいてくれるだろうって期待もある。
目的の書類を探していると、ふとブラッドが動きを止めた。
「…………何だ、これは」
ブラッドが困惑した様子で数枚捲って首を傾げてたから、何の書類かと覗き込んだら、ブラッドが持っていたのは仕事の書類じゃなかった。
「ん? あー、こりゃこの前ノヴァ博士作の似顔絵製造マシーンってヤツで、オレが寝てる間に描かれた似顔絵の数々だ。あ、この一枚だけフェイスを描いたヤツな」
似顔絵製造マシーンってのは、ディノの快気祝いって名目でやったパーティーで、ディノがノヴァ博士が入院中の退屈しのぎに持ってきてくれたのだと、場を盛り上げる為に出したものだ。
オレはそれを使ってる途中で酔い潰れて記憶がねぇが、翌朝ディノがせっかくだから描いたものはやるよと纏めてオレによこしてきた。
人が寝てる間に何やってんだって思ったし、自分の似顔絵なんざ、持っててもしゃーねーなと適当にどっかに置いた記憶はあるが、こんなとこに紛れ込んでいたのか。
「なぜ、それが仕事の書類に交じっている。……まぁ、いい。これは別に避けておくぞ。…………? 何だ?」
あの時、フェイスを見て描かれた似顔絵と、目の前のブラッドの顔を改めて見比べてみる。
…………アイツら、この絵を見てフェイスよりブラッドと似てるなんて言ってたけど、やっぱりブラッドとは違うよなぁ。
ブラッドも顔は整ってるし、フェイスと似てねぇってこともねぇんだが、細面ってわけじゃねぇし、何より纏う空気というか、雰囲気が全く違う。
あえて言うなら、ブラッドが市民に営業スマイルで対応してる時はちょっとこれに近くなるかもしれねぇけど、あの表情は未だに違和感しかねぇんだよな。笑ってるんだけど、笑ってねぇっていうか、作り物って印象が拭えねぇ。
顰め面してる方が余程ブラッドらしい。
「いや、やっぱり違うなって思ってさ」
「何のことだ。――ああ、これだな。記入もろくにしていない。今すぐこの場で書け」
「へいへい」
ブラッドが持っていた紙の束の方に目的の書類があったらしく、机の上に転がっていたペンと一緒に書類を渡されたから、自分が持っていた紙の束を代わりにブラッドに渡す。
一瞬だけ眉を顰められたが、直ぐにオレがこれを書いているのを待つ間に、自分が書類を整頓した方が効率がいいと思ったんだろう。
文句は言わずに紙の束を分類し始めた。
ブラッドが書類を片付ける物音をBGMに書いていたら、ふとその音がやんだ。
ヤベぇ、報告書を書き上げるよりもブラッドが整頓する方が早かったかと様子を窺うと、ブラッドは先程別に避けておいたオレの似顔絵を見ているようだった。
オレには自分の似顔絵をじっくり見る趣味もねぇから、ざっくりとしか見てねぇけど、結構な枚数あったんだよな、アレ。
何でも、色んな画風で描けるとかで、ここぞとばかりに試しまくったらしい。
何となくブラッドに見られてるのが気恥ずかしく、さっさと書類を書き上げてブラッドに渡そうと、心持ち早く筆を進めて最後の署名をしていたら、ブラッドが笑った気配がして思わず顔を上げた。
作り上げた営業スマイルとは全く違う、ふわ、と周りの空気まで緩むような柔らかな笑みに、ついかける言葉を失う。
「…………意外に良く描けているな。これなんかは、お前が寝てるときの様子そのものだ」
「ええ……何か、それ実際の年齢よりガキっぽくみえねぇ?」
ブラッドが取りだした似顔絵の一枚は、中途半端にデフォルメされた絵柄のものだった。
「いや、お前が寝てるときの表情はこんな感じだぞ。この一枚、貰っていってもいいか?」
「え、いるのかよ! いや、別にいいけどさ。ほい、報告書も出来たぜ」
「確認する。――――ふむ。少し記載に甘い点があるが、まぁいい。確かに受け取った。今度からは提出日時をまず一番に確認しろ。とりあえず、ここの書類は提出日が近い順に並べておいたから、後で確認して、出来れば早い内に出せるものは出せ」
「あいよ。片付けサンキュ」
書類の確認であっという間に引っ込んでしまった笑みが惜しい。
オレの似顔絵で浮かべていたはずの笑みが、オレで引っ込むってのもどうなんだ。
今してる表情の方がブラッドらしいといえばらしいけど、何となく悪戯心が湧いた。
隙をついて、部屋を出ようとしたブラッドの頬にキスすると、ブラッドが目を丸くする。
「……何だ」
「いや、似顔絵のオレじゃ、お前にキスは出来ねぇよなって思っただけ」
「…………自分の似顔絵に妬くなど、それこそ子どもでもしないが」
「妬いてるわけじゃねぇよ」
「…………そういうことにしておいてやろう」
再び、浮かんだ柔らかい笑みが近付いて来て、オレの頬に軽く口付けて離れていく。部屋を出ようとした背中に慌てて声を掛けた。
「ブラッド、次のオフ――」
「三日後だ。お前の家に行く。それでいいな?」
「了解」
ブラッドは返事だけしてこっちを振り返らなかったが、部屋からいなくなる寸前、耳が微かに赤くなっていたのを確かに見た。
去り際のブラッドの表情が見られなかったのは惜しいが、これ以上のお楽しみは三日後にとっておくと決めて、ブラッドが片付けてくれた書類を確認する。
せめて、休みの前に出せる報告書は出しておこうと、再びペンを手に取った。
【Brad's Side】
キースをメンターにしたときに多少は覚悟していたものの、ヤツの報告書のミスの多さと、提出期限の守らなさには呆れるばかりだ。
今日も、これ以上は待てない未提出の報告書の催促で、ウエストセクターの研修チーム部屋に足を運んだ。
案の定、キースは言い出すまでその報告書のことを忘れていたらしく、探し始めたが中々見つからないようだ。
ディノのサポートで少しはマシになってきているが、一体いつになったら報告書の不備がなくなるのか。
「こっちにねぇってことは自室の方か?」
ぼそりと呟いたキースに、溜め息が出てしまう。
「貴様……いい加減、書類の管理くらいまともに出来んのか。自室だな。探すぞ」
キース一人に任せるより、俺も一緒に探した方が間違いなく早い。
「はいよ、悪ぃな」
「本気で悪いと思っているなら、何故期限内に提出しない。これで何度目だと思っている」
「………………すんません」
寧ろ、ディノに甘えて書類の提出期限を覚えていない可能性もありそうだ。
ディノには悪いが、その辺りも含めて確認して貰った方がいいだろう。
メンター部屋のキースのスペースに入り、机の上に積まれていた紙の束をチェックしていく。
この際だから、内容を確認しつつ、提出期限の早いものから改めて重ねていくと、ふいに全然仕事とは関係のない――似顔絵と思しきものが数枚連なって出て来た。
「…………何だ、これは」
描かれているのは恐らくほとんどがキースだが、描いているのは一人ではなさそうだ。
様々な画風で描かれているが、共通しているのはどれもキースの寝顔を描きだしているということ。
一枚だけ、恐らくフェイスを描いたものだろうというのはあったが、一体何があったのか。
「ん? あー、こりゃこの前ノヴァ博士作の似顔絵製造マシーンってヤツで、オレが寝てる間に描かれた似顔絵の数々だ。あ、この一枚だけフェイスを描いたヤツな」
「なぜ、それが仕事の書類に交じっている。……まぁ、いい。これは別に避けておくぞ」
せめて、仕事とそうでないものくらいは分けておいて欲しいものだと、似顔絵をざっと確認してそれだけ書類とは別にする。
再び、書類を確認しようとしたら、キースに見られていることに気付いた。
「…………? 何だ?」
「いや、やっぱり違うなって思ってさ」
「何のことだ。――ああ、これだな。記入もろくにしていない。今すぐこの場で書け」
「へいへい」
違うのが何についてかはわからなかったが、今は報告書を書き上げて貰うことが最優先だ。
机の上に無造作に転がっていたペンも一緒に渡すと、当たり前のようにキースが自分の持っていた紙の束を俺に押し付ける。
……まぁ、キースが書類を書き上げる間に俺がこれを整頓しておいた方が、この後キースがやりやすいだろうと、先程チェックした書類と合わせて確認していった。
提出期限、そしておよその内容から並び替えたのを積むと、先程別に避けた似顔絵の方に手を伸ばす。
そういえば、ディノがノヴァ博士の機械を使って、キースが寝ているところを色々描いたようなことを言っていた。
それがこれか。
酒で酔い潰れてしまうと、ちょっとやそっとではキースは起きない。
そんな無防備な様子がこの似顔絵の数々からも伝わる。
何とはなしに見ていき、数枚目に出て来たものに思わず手が止まった。
自分でも幾度となくみてきたキースのあどけない寝顔。
それがよく描き出されていて、つい口元が緩むのを自覚する。
「…………意外に良く描けているな。これなんかは、お前が寝てるときの様子そのものだ」
「ええ……何か、それ実際の年齢よりガキっぽくみえねぇ?」
「いや、お前が寝てるときの表情はこんな感じだぞ。この一枚、貰っていってもいいか?」
仕事の書類と交ぜているくらいなら、似顔絵にさほど執着もないだろうと聞いてみたら、予想通りキースは驚きはしたものの、俺が貰うことには異論がなさそうだった。
「え、いるのかよ! いや、別にいいけどさ。ほい、報告書も出来たぜ」
「確認する。――――ふむ。少し記載に甘い点があるが、まぁいい。確かに受け取った。今度からは提出日時をまず一番に確認しろ。とりあえず、ここの書類は提出日が近い順に並べておいたから、後で確認して、出来れば早い内に出せるものは出せ」
「あいよ。片付けサンキュ」
これで俺も今日の仕事には一区切りついた。
部屋に戻ってから、もう一度この似顔絵をじっくりと見るとするか――と考えていたら、キースが頬に音を立てて口付けてきた。
その表情がどうも拗ねているように見えるのは気のせいだろうか。
「……何だ」
「いや、似顔絵のオレじゃ、お前にキスは出来ねぇよなって思っただけ」
返ってきた言葉は予想外のものだったが、拗ねているように思えたのは間違いではなかったようだ。
似顔絵はキースが良く描かれているから欲しいと思ったが、それでも似顔絵はあくまでも似顔絵でしかない。
「…………自分の似顔絵に妬くなど、それこそ子どもでもしないが」
「妬いてるわけじゃねぇよ」
自覚がないのか、あっても認めたくないのか。
こんなにもわかりやすく、俺がキースの似顔絵に興味を持ったのが面白くないと、その表情が告げているというのに。
仕方のないヤツだ。
「…………そういうことにしておいてやろう」
俺の方からもキースの頬に口付けを返し、部屋を出ようとしたところでキースから声が掛かる。
「ブラッド、次のオフ――」
「三日後だ。お前の家に行く。それでいいな?」
「了解」
休みにキースの家に行くというのは、明確な目的があってのことだ。
それをキースも分かっている。
了解と応じた声には明らかに喜びの感情が含まれていた。
……口付けは頬に留めておいて正解だったな。
それ以上に触れ合うのは後日の楽しみと思えば、その分当日の高揚感が増す。
丸めたキースの似顔絵をどこにしまうかを考えながら、自室へと戻っていった。
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#キスブラ #ワンライ
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