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2021年2月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
キスブラ版ワンドロライ第15回でのお題から『本音』『バレンタインデー』を使って書いた話です。
バレンタインデー限定のホームボイスネタが含まれます。
「…………何だ、この有様は」
バレンタインデーから数日後。
お互いのオフに合わせる形でキースの家を訪れたら、そこには解かれた包装と酒瓶で山が出来上がっていた。
元々、整理整頓の得意ではないキースの家やタワーの研修チーム部屋が散らかっているのは日常茶飯事だが、今日は特に酷い状態だ。
足の踏み場もないとはこのことだろう。
雑多に散らばっている包装に使われていた箱や包み紙を軽く纏め、どうにか道を作ってキースの元まで行くと、俺が来るのを待っている間に少し飲んでいたらしいキースが、少し赤みがかった顔でニヤリと笑った。
「バレンタインデーに市民から貰ったヤツだよ。オレなんかに贈って寄越すような市民はちゃんと好み覚えててくれてんだよなー。大体が酒かウイスキーボンボンをくれたんだよ。これでしばらくは飲むのに困らねぇ」
「……そういうことか」
キースは積極的にファンサービスを行うタイプではないが、曲がりなりにもメジャーヒーローだ。
特にルーキー研修終了後からはずっとウエストセクターに所属し、ここ数年はウエストセクターのバーを中心に日々飲み歩いていることもあって、他地域はともかくウエストではそれなりに知名度が高い。
キースが甘い物を好まず、酒を好むことは、特にバーでキースを見かけることがある者なら容易にわかるだろう。
よくよく見れば、確認出来る範疇の酒は大体が良いものだとラベルからわかるし、別途分けて置かれていたメッセージカードも結構な量になっている。
どれもキースのことを考えた上で贈られているのが伝わって来た。
ウエストのセクターランキングが順調なのもあってか、例年よりも多いような気がする。
恐らく、タワーの部屋にもまだプレゼントはあるはずだ。
「今年は随分貰ったようだな」
「はぁ? お前がそれ言うのかよ? アカデミー時代から抱えきれない量のプレゼント貰ってたお前が。今回だってどうせ沢山貰ってるんだろうが」
「否定はしない。少なくはないだろうな」
「だよなー。知ってた。ま、それはそれとしてお前もくれるんだろ?」
当たり前のように手を差し出して来た相手に、つい溜め息を吐きながら、持参していた紙袋ごと渡す。
受け取ったキースが直ぐさま袋から中身を取りだし、包装を取り除く。
箱を開けた途端にキースの目の色が変わった。
「おお、日本酒とチョコの組み合わせか」
「ああ。そのチョコは同梱されている日本酒を使って作られたものだそうだ」
日本酒であれば、他の者からのプレゼントとは恐らく被らないだろうと選んだ一品だ。
「いいねぇ。サンキュ。じゃ、早速……っと。お、チョコの方も甘さ控えめでいいな。こりゃ、日本酒の方も期待出来そうだ。なぁブラッド」
「? 何…………っ!」
手招きされて、キースにもう少し近寄ると頭をおさえられ、唇を重ねられる。
酒とチョコの混じった香りを纏った舌が唇をこじ開け、俺の口の中に溶けかけたチョコを押し込んできた。
ふわ、と甘い香りが一際強くなる。
口の中のチョコを転がすのと同時に、舌で歯茎や上顎も擦られて、チョコが溶けきった頃にはすっかり息が上がってしまい、気付いた時にはいつの間にかベッドの上だった。
どうやら、口付けを交わしている間にサイコキネシスで移動させられていたらしい。
油断のならない男だ。
「……酔っ払いとはしたくないが」
「大して酔ってねぇのくらいわかってんだろ。記憶飛ぶほど飲んじゃいねぇし、勿論、勃たなくなるような状態でもねぇ」
「んっ」
俺に覆い被さったキースが腰を押し付けてくる。
布地越しでも既に固さも熱も持っていると伝わるそれに、こっちもつられて反応してしまう。
「キー、ス」
「プレゼントは有り難いけど、どうしてもこの時期はカロリーオーバーが気になるよなー。ってことで、早速運動して消費するとしようぜ。俺からお前にやる分のチョコはもうちょっと冷蔵庫で冷やしときたいしさ」
「……何か作ってくれたの、か」
早くも体を這い始めた指に翻弄される前に確認したくて問いかけたら、キースが目を細めた。
バレンタインデーに何かを贈りあうことはしても、それが手作りだったことはまだない。
イベントごとは面倒がる傾向もあるし、何かをくれるだけでも十分だと思っていたのだが、どうやら今年は少し勝手が違うようだ。
「まぁな。何かは後のお楽しみってやつだけど。――楽しみだろ?」
「ああ。楽しみ、だ」
キースの作るものに外れはない。
冷蔵庫にあるというチョコが楽しみというのは紛う方ない本音だ。
だが、それ以上にわざわざ手をかけて作ってくれたことが嬉しい。
きっと、俺が他の者とのプレゼントとは被らないようにと選んだのと同じように、キースも他者とは被らないようにとそれを作ってくれたのだろうから。
癖のあるアッシュブロンドを撫でながら、俺からもキスを仕掛け、部屋の惨状には一先ず目を瞑り、束の間の行為に没頭しようと決めた。
Close
#キスブラ #ワンライ
バレンタインデー限定のホームボイスネタが含まれます。
「…………何だ、この有様は」
バレンタインデーから数日後。
お互いのオフに合わせる形でキースの家を訪れたら、そこには解かれた包装と酒瓶で山が出来上がっていた。
元々、整理整頓の得意ではないキースの家やタワーの研修チーム部屋が散らかっているのは日常茶飯事だが、今日は特に酷い状態だ。
足の踏み場もないとはこのことだろう。
雑多に散らばっている包装に使われていた箱や包み紙を軽く纏め、どうにか道を作ってキースの元まで行くと、俺が来るのを待っている間に少し飲んでいたらしいキースが、少し赤みがかった顔でニヤリと笑った。
「バレンタインデーに市民から貰ったヤツだよ。オレなんかに贈って寄越すような市民はちゃんと好み覚えててくれてんだよなー。大体が酒かウイスキーボンボンをくれたんだよ。これでしばらくは飲むのに困らねぇ」
「……そういうことか」
キースは積極的にファンサービスを行うタイプではないが、曲がりなりにもメジャーヒーローだ。
特にルーキー研修終了後からはずっとウエストセクターに所属し、ここ数年はウエストセクターのバーを中心に日々飲み歩いていることもあって、他地域はともかくウエストではそれなりに知名度が高い。
キースが甘い物を好まず、酒を好むことは、特にバーでキースを見かけることがある者なら容易にわかるだろう。
よくよく見れば、確認出来る範疇の酒は大体が良いものだとラベルからわかるし、別途分けて置かれていたメッセージカードも結構な量になっている。
どれもキースのことを考えた上で贈られているのが伝わって来た。
ウエストのセクターランキングが順調なのもあってか、例年よりも多いような気がする。
恐らく、タワーの部屋にもまだプレゼントはあるはずだ。
「今年は随分貰ったようだな」
「はぁ? お前がそれ言うのかよ? アカデミー時代から抱えきれない量のプレゼント貰ってたお前が。今回だってどうせ沢山貰ってるんだろうが」
「否定はしない。少なくはないだろうな」
「だよなー。知ってた。ま、それはそれとしてお前もくれるんだろ?」
当たり前のように手を差し出して来た相手に、つい溜め息を吐きながら、持参していた紙袋ごと渡す。
受け取ったキースが直ぐさま袋から中身を取りだし、包装を取り除く。
箱を開けた途端にキースの目の色が変わった。
「おお、日本酒とチョコの組み合わせか」
「ああ。そのチョコは同梱されている日本酒を使って作られたものだそうだ」
日本酒であれば、他の者からのプレゼントとは恐らく被らないだろうと選んだ一品だ。
「いいねぇ。サンキュ。じゃ、早速……っと。お、チョコの方も甘さ控えめでいいな。こりゃ、日本酒の方も期待出来そうだ。なぁブラッド」
「? 何…………っ!」
手招きされて、キースにもう少し近寄ると頭をおさえられ、唇を重ねられる。
酒とチョコの混じった香りを纏った舌が唇をこじ開け、俺の口の中に溶けかけたチョコを押し込んできた。
ふわ、と甘い香りが一際強くなる。
口の中のチョコを転がすのと同時に、舌で歯茎や上顎も擦られて、チョコが溶けきった頃にはすっかり息が上がってしまい、気付いた時にはいつの間にかベッドの上だった。
どうやら、口付けを交わしている間にサイコキネシスで移動させられていたらしい。
油断のならない男だ。
「……酔っ払いとはしたくないが」
「大して酔ってねぇのくらいわかってんだろ。記憶飛ぶほど飲んじゃいねぇし、勿論、勃たなくなるような状態でもねぇ」
「んっ」
俺に覆い被さったキースが腰を押し付けてくる。
布地越しでも既に固さも熱も持っていると伝わるそれに、こっちもつられて反応してしまう。
「キー、ス」
「プレゼントは有り難いけど、どうしてもこの時期はカロリーオーバーが気になるよなー。ってことで、早速運動して消費するとしようぜ。俺からお前にやる分のチョコはもうちょっと冷蔵庫で冷やしときたいしさ」
「……何か作ってくれたの、か」
早くも体を這い始めた指に翻弄される前に確認したくて問いかけたら、キースが目を細めた。
バレンタインデーに何かを贈りあうことはしても、それが手作りだったことはまだない。
イベントごとは面倒がる傾向もあるし、何かをくれるだけでも十分だと思っていたのだが、どうやら今年は少し勝手が違うようだ。
「まぁな。何かは後のお楽しみってやつだけど。――楽しみだろ?」
「ああ。楽しみ、だ」
キースの作るものに外れはない。
冷蔵庫にあるというチョコが楽しみというのは紛う方ない本音だ。
だが、それ以上にわざわざ手をかけて作ってくれたことが嬉しい。
きっと、俺が他の者とのプレゼントとは被らないようにと選んだのと同じように、キースも他者とは被らないようにとそれを作ってくれたのだろうから。
癖のあるアッシュブロンドを撫でながら、俺からもキスを仕掛け、部屋の惨状には一先ず目を瞑り、束の間の行為に没頭しようと決めた。
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#キスブラ #ワンライ
2021年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
キスブラ版ワンドロライ第13回でのお題から『共有』を使って書いた話です。
ヤッてはいないけど、性描写がちょっと含まれるのでR-15くらいで。
数年後、キスブラが同棲し始めたという前提の元に書いてます。
「キース、準備はいいか」
「おう。いつでも行けるぜ。つうか、借りといてなんだけど、やっぱりこういう服どうも落ち着かねぇな」
「仕方あるまい。明後日には荷物も届くようだし、一、二日くらいは我慢しろ」
「へいへい、わかってるって」
キースが今着ているのは、下着を除く全てが俺の服だ。
キースと俺は服の趣味が全く異なるのもあって、本人は落ち着かないと言うが、良く似合っているし、時々はこうして俺の服を着るキースを見たいくらいだが、それを口にすると反発されるのは目に見えているのでやめておいた。
二人で一緒に住むことを決め、セントラルに新たにマンションを借り、引っ越して来たのが昨日のことだ。
が、キースが引っ越しに利用した業者の方でトラブルが発生し、他の客との荷物が混じってしまい、分別に時間が掛かっているとのことで、本来は今日のうちに届くはずだったキースの荷物は、明後日に届くという連絡が入った。
さすがに下着については、荷物遅延の連絡が入った時点で身近な店から数枚購入したが、他の衣類まではその店だとほとんど置いていなかったこともあって貸した。
俺たちの体格は近く、サイズの問題は全くないのだし、これから買い物に行くことを除けば、明後日までは仕事以外の外出予定もない。
家を出て、地下の駐車場に向かい、車に乗り込んで、ナビにショッピングセンターの情報を入れる。
道の混雑状況から最適なルートを導き出したナビが所要時間を告げ、車を走らせると、助手席に座っていたキースがそういえば、と口を開いた。
「日用品だけどさ。オレたちがそれぞれで使ってたヤツ、使い切った後どうする? 同じヤツ使うようにして纏めちまうか? シャンプーとかはこだわりがあれば分けるとしても、食器用の洗剤なんかは分けるの逆に面倒だろ?」
「そうだな。俺はお前が使っていたボディソープを継続して使うのであれば、他はどちらのものに変えても構わない。統一出来る物はしてしまった方が今後買い物する際にも都合がいいだろう」
「……ん? ボディソープってオレの? お前の、じゃなくて?」
「ああ。……香りが気に入っているからな」
キースの家に泊まった際にずっと使っていたのもあって、俺としても馴染みがある。
キースは喫煙者だから、一緒にいるとどうしても煙草の匂いの方が強く出るが、それでもふとした拍子にボディソープの方の香りを感じることもあったし、何より――セックスの際はシャワーを浴びてすぐ、というのが大半だから、触れ合った際には煙草よりもボディソープの香りの方が強く出る。
別々に住んでいた時はわざわざ同じ物で揃えるのは躊躇われたが、住まいが一緒であれば、同じ物で揃える理由としては十分だろう。
「…………うわ、エロ」
「……何故、そうなる」
キースの使っているボディソープを選んだ理由に下心がなかったわけではないから、微かに動揺はしたが、表情には出さなかったはずだ。
「ええ……考えてなかった、なんて言わせねぇぞ。オレ、普段は酒と煙草の匂いしかしねぇだろ。ボディソープの香りがわかるタイミングなんて限られてるじゃねぇか。それこそ、セックスの前後とか――ああ、あとフェラの時なんか特に分かりやすいよな。毛に匂い絡みつくから」
「…………キース」
車の中とはいえ、外でするような話ではない。
信号で止まった際に睨み付けたが、キースは涼しげな顔だ。
「なんだよ、お前が最初に言ったんじゃねぇか」
「俺はボディソープの話をしただけだが」
「そうだなー。香りが気に入っているって言った割には、自分で買わずに別のを使っていたってボディソープの話な。こっちはずっと同じ物を何年も使っているってのに、お前が買わないまんまで、あえて別のを使っていたって理由をちゃんと教えてくれるなら、ここで話切り上げてやってもいいぜ」
「…………そこまで言うのであれば、理由など察しているんだろう」
「どうだろうなぁ。案外間違ってるかもしれねぇし、お前の口から説明して欲しいとこだな、オレとしちゃ」
俺の耳に触れてきたキースの手を撥ね除けてしまいたいが、そんなタイミングで信号が変わる。
こちらが手が出せないのをいいことに、キースの指は離れていかない。
さすがに運転中だから、本当に危なくなるような動き方はしないが、話していた内容が内容なだけに、ただ触れられているだけでも妙な意識をしてしまう。
諦めて白旗を挙げたのは俺の方だった。
「…………買い物が終わって家に戻ったら説明する。だから、一旦その指を離せ」
「よし、言質は取ったからな。ちゃんと説明しろよ。ああ、買い物するならボディソープも買っていこうな。オレが使っていたヤツ、まだ届いてねぇし」
俺が使っていたボディソープならまだある、と喉元まで出かけたが、結局は口を閉ざす。
こうなると、今、キースが着ているのが俺の服だというのもまずかった。
それこそ脱ぐ前から柔軟剤による同じ香りで、必要以上に意識してしまいそうだ。
せめて、買い物を終わらせる前に何か反撃の糸口を見つけようと考えながら、ショッピングセンターへと向かった。
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#キスブラ #ワンライ
ヤッてはいないけど、性描写がちょっと含まれるのでR-15くらいで。
数年後、キスブラが同棲し始めたという前提の元に書いてます。
「キース、準備はいいか」
「おう。いつでも行けるぜ。つうか、借りといてなんだけど、やっぱりこういう服どうも落ち着かねぇな」
「仕方あるまい。明後日には荷物も届くようだし、一、二日くらいは我慢しろ」
「へいへい、わかってるって」
キースが今着ているのは、下着を除く全てが俺の服だ。
キースと俺は服の趣味が全く異なるのもあって、本人は落ち着かないと言うが、良く似合っているし、時々はこうして俺の服を着るキースを見たいくらいだが、それを口にすると反発されるのは目に見えているのでやめておいた。
二人で一緒に住むことを決め、セントラルに新たにマンションを借り、引っ越して来たのが昨日のことだ。
が、キースが引っ越しに利用した業者の方でトラブルが発生し、他の客との荷物が混じってしまい、分別に時間が掛かっているとのことで、本来は今日のうちに届くはずだったキースの荷物は、明後日に届くという連絡が入った。
さすがに下着については、荷物遅延の連絡が入った時点で身近な店から数枚購入したが、他の衣類まではその店だとほとんど置いていなかったこともあって貸した。
俺たちの体格は近く、サイズの問題は全くないのだし、これから買い物に行くことを除けば、明後日までは仕事以外の外出予定もない。
家を出て、地下の駐車場に向かい、車に乗り込んで、ナビにショッピングセンターの情報を入れる。
道の混雑状況から最適なルートを導き出したナビが所要時間を告げ、車を走らせると、助手席に座っていたキースがそういえば、と口を開いた。
「日用品だけどさ。オレたちがそれぞれで使ってたヤツ、使い切った後どうする? 同じヤツ使うようにして纏めちまうか? シャンプーとかはこだわりがあれば分けるとしても、食器用の洗剤なんかは分けるの逆に面倒だろ?」
「そうだな。俺はお前が使っていたボディソープを継続して使うのであれば、他はどちらのものに変えても構わない。統一出来る物はしてしまった方が今後買い物する際にも都合がいいだろう」
「……ん? ボディソープってオレの? お前の、じゃなくて?」
「ああ。……香りが気に入っているからな」
キースの家に泊まった際にずっと使っていたのもあって、俺としても馴染みがある。
キースは喫煙者だから、一緒にいるとどうしても煙草の匂いの方が強く出るが、それでもふとした拍子にボディソープの方の香りを感じることもあったし、何より――セックスの際はシャワーを浴びてすぐ、というのが大半だから、触れ合った際には煙草よりもボディソープの香りの方が強く出る。
別々に住んでいた時はわざわざ同じ物で揃えるのは躊躇われたが、住まいが一緒であれば、同じ物で揃える理由としては十分だろう。
「…………うわ、エロ」
「……何故、そうなる」
キースの使っているボディソープを選んだ理由に下心がなかったわけではないから、微かに動揺はしたが、表情には出さなかったはずだ。
「ええ……考えてなかった、なんて言わせねぇぞ。オレ、普段は酒と煙草の匂いしかしねぇだろ。ボディソープの香りがわかるタイミングなんて限られてるじゃねぇか。それこそ、セックスの前後とか――ああ、あとフェラの時なんか特に分かりやすいよな。毛に匂い絡みつくから」
「…………キース」
車の中とはいえ、外でするような話ではない。
信号で止まった際に睨み付けたが、キースは涼しげな顔だ。
「なんだよ、お前が最初に言ったんじゃねぇか」
「俺はボディソープの話をしただけだが」
「そうだなー。香りが気に入っているって言った割には、自分で買わずに別のを使っていたってボディソープの話な。こっちはずっと同じ物を何年も使っているってのに、お前が買わないまんまで、あえて別のを使っていたって理由をちゃんと教えてくれるなら、ここで話切り上げてやってもいいぜ」
「…………そこまで言うのであれば、理由など察しているんだろう」
「どうだろうなぁ。案外間違ってるかもしれねぇし、お前の口から説明して欲しいとこだな、オレとしちゃ」
俺の耳に触れてきたキースの手を撥ね除けてしまいたいが、そんなタイミングで信号が変わる。
こちらが手が出せないのをいいことに、キースの指は離れていかない。
さすがに運転中だから、本当に危なくなるような動き方はしないが、話していた内容が内容なだけに、ただ触れられているだけでも妙な意識をしてしまう。
諦めて白旗を挙げたのは俺の方だった。
「…………買い物が終わって家に戻ったら説明する。だから、一旦その指を離せ」
「よし、言質は取ったからな。ちゃんと説明しろよ。ああ、買い物するならボディソープも買っていこうな。オレが使っていたヤツ、まだ届いてねぇし」
俺が使っていたボディソープならまだある、と喉元まで出かけたが、結局は口を閉ざす。
こうなると、今、キースが着ているのが俺の服だというのもまずかった。
それこそ脱ぐ前から柔軟剤による同じ香りで、必要以上に意識してしまいそうだ。
せめて、買い物を終わらせる前に何か反撃の糸口を見つけようと考えながら、ショッピングセンターへと向かった。
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#キスブラ #ワンライ
キスブラ版ワンドロライ第12回でのお題から『手料理』『頼み事』『ワイン』を使って書いた話です。
+15分。
頂き物だっていうワインに合う和風のつまみを作って欲しい――とブラッドに言われたのは先週のことだ。
「父が付き合いのある他国の外交官から贈って貰ったワインだそうだが、二本貰ったから一本は俺に譲ると貰い受けてきた」
「贈って貰った……って、これ凄ぇ高いヤツじゃねぇかよ……」
オレが飲むのはビールが多いとはいえ、ワインや日本酒なんかも飲むことがある。
リカーショップに行きゃ、買わない酒も目に入るし、それが飛び抜けた値段だったりなんかしたら、嫌でも記憶に残る。
ブラッドの親父さんが贈って貰ったってワインは、オレの月収半月分は軽く飛ぶような代物だ。
ヒーロー、特にメジャーヒーローともなれば、それなりの金額を貰っているのに。
それを二本も贈って寄越す相手ってどんなんだよ。
「ああ。お前は知っていたか」
「そりゃ、店で目にすることくらいはあるからなー。買おうと思ったことはさすがにねぇけど」
「そうか。俺も金額を聞いて一度は断ったが、酒が好きな者が飲んだ方がワインも本望だろうと言われれば、それも一理あるなと受け取ってきた。両親も酒は嗜むが、特別好むというわけでもないからな」
一瞬、ブラッドの言葉を聞き流しそうになったが、酒が好きな者が飲んだ方が、って内容に引っかかった。
「……待て。酒が好きなヤツってそれ……」
「お前を想定してのことだろうな。両親の中ではお前は酒好き、ディノはピザ好きで覚えられている」
「そうかよ」
まぁ、アカデミーの頃からの付き合いだし、ルーキー時代に呼ばれた何かのパーティーでブラッドの父親に直接会ったこともあるから、知っててもおかしくはねぇんだけど。
「そして、どうせ良いワインを飲むのであれば、美味く飲みたい。お前がワインに合うつまみを作ってくれるなら、ちょうどいいだろう」
「あー、マリアージュってヤツか」
ワインと料理の相性を結婚に例えて、そう呼ばれるって教えてくれたのはジェイだ。
ルーキー時代、オレたち三人が酒が飲めるようになった時に、ヒーローだと今後何かとパーティー等に呼ばれる機会も多くなるからと、酒の楽しみ方を最初に色々と教えてくれた。
マリアージュの話もその時に聞いたし、研修チーム部屋で共同生活をおくっていた当時、部屋でワインを開けて、飲みながらつまみを作ったりしたこともある。
あの時のワインは安物だったが、それでも料理との相性次第で変わるっていうのは実感した。
「美味く飲みたいってのはわかったけど、つまみは和風がいいってのは完全にお前の趣味だよな?」
「…………ダメか?」
「いや、ダメってこたねぇけど……ワインに和風のつまみって合うのか?」
日本酒ならルーツ的にわからなくもねぇけど、ワインと和食という組み合わせは経験がねぇからか、どうもピンと来ない。
「合うものもあるようだ。例えば、こういうのなんかはどうだろう」
ブラッドが手にしていたタブレットを操作し、何かのサイトを表示してからオレに寄越した。
元は日本語で書かれていただろうサイトは翻訳されていて、オレにも内容がわかるようになっていた。
レシピなんかもいくつか掲載されている。
こりゃ、オレに話持ってくる前にガッツリチェックしてたな、ブラッドのヤツ。
ま、ブラッドと飲める機会もそんな多くねぇし、この先飲む機会があるかどうかもわかんねぇような高い酒飲ませて貰うなら、多少面倒なもんでも作ってやるとするか。
「で、お前が食いたいのってどれだよ?」
「……いいのか?」
「どうせ、目星つけてあんだろ。来週のオフでいいよな? 材料なんかも揃えられるか確認しねぇとなんねぇし」
グリーンイーストのリトルトーキョーなら、調味料なんかは結構揃うが、食材によっては季節に左右されるもんも少なからずある。
「ああ。感謝する」
表情こそ大した差はねぇが、ブラッドの声が弾んでるのが伝わってきた。
***
「うわ……美味……。いや、美味いのは想像してたけど、マジで料理と合うな」
ブラッドの頼み事からほぼ一週間後。
事前にチェックしていた食材を昼のうちにブラッドと一緒にグリーンイーストまで買いに行って、オレの家で一緒に作り、夕食として作ったつまみとワインを楽しんでいるが、想像以上のモンだった。
最初、ワインだけ口にしたときは、美味いのは美味いけど、これまでにもパーティーで口にしてきたヤツとそう大差ねぇかも?なんて思ってたぐらいだったが、料理と合わせた瞬間驚いた。
味の世界の広がり方が、これまで経験してきたのとは比較になんねぇレベルだ。
作ったつまみも味見しながらだったから、味はわかっていたつもりだが、こっちもこっちでワインと合わせることによって美味さがより引き立つ。
こりゃ、酒もつまみも進む一方だなと思っていたら、ブラッドも普段よりも酒の進みが早い。
ソファに隣り合って座ってるから、飲み食いするスピードが分かりやすい。
「ああ。最高だな。お前の料理が美味いのは今に始まったことではないが、今まで食ってきた中でも一際美味い」
「酒がめちゃくちゃ良いからなー。……これ、今日で全部空けちまってもいいのか?」
「構わん。料理の方が足りなくなりそうだがな」
「和風じゃなくてもいいなら、あり合わせので何か作ってやるよ」
「それは楽しみだ」
ブラッドの空になったワイングラスにワインを注ぎながら、残ってる食材でこのワインに合いそうなメニューを考えていたら、不意にブラッドが体を寄せて、オレの肩にことんと頭を乗せてくる。
酔ってるせいなのか、食事中にこんな風に甘えてくるのは珍しい。
ワインを注ぎ終わってから、乗っかった頭を撫でてやると微かに笑い声がした。
午後から買い物とつまみ作りにかかりきりだったけど、たまにはこんなオフも悪くないと思いながら、ブラッドの髪にそっとキスをした。
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#キスブラ #ワンライ
+15分。
頂き物だっていうワインに合う和風のつまみを作って欲しい――とブラッドに言われたのは先週のことだ。
「父が付き合いのある他国の外交官から贈って貰ったワインだそうだが、二本貰ったから一本は俺に譲ると貰い受けてきた」
「贈って貰った……って、これ凄ぇ高いヤツじゃねぇかよ……」
オレが飲むのはビールが多いとはいえ、ワインや日本酒なんかも飲むことがある。
リカーショップに行きゃ、買わない酒も目に入るし、それが飛び抜けた値段だったりなんかしたら、嫌でも記憶に残る。
ブラッドの親父さんが贈って貰ったってワインは、オレの月収半月分は軽く飛ぶような代物だ。
ヒーロー、特にメジャーヒーローともなれば、それなりの金額を貰っているのに。
それを二本も贈って寄越す相手ってどんなんだよ。
「ああ。お前は知っていたか」
「そりゃ、店で目にすることくらいはあるからなー。買おうと思ったことはさすがにねぇけど」
「そうか。俺も金額を聞いて一度は断ったが、酒が好きな者が飲んだ方がワインも本望だろうと言われれば、それも一理あるなと受け取ってきた。両親も酒は嗜むが、特別好むというわけでもないからな」
一瞬、ブラッドの言葉を聞き流しそうになったが、酒が好きな者が飲んだ方が、って内容に引っかかった。
「……待て。酒が好きなヤツってそれ……」
「お前を想定してのことだろうな。両親の中ではお前は酒好き、ディノはピザ好きで覚えられている」
「そうかよ」
まぁ、アカデミーの頃からの付き合いだし、ルーキー時代に呼ばれた何かのパーティーでブラッドの父親に直接会ったこともあるから、知っててもおかしくはねぇんだけど。
「そして、どうせ良いワインを飲むのであれば、美味く飲みたい。お前がワインに合うつまみを作ってくれるなら、ちょうどいいだろう」
「あー、マリアージュってヤツか」
ワインと料理の相性を結婚に例えて、そう呼ばれるって教えてくれたのはジェイだ。
ルーキー時代、オレたち三人が酒が飲めるようになった時に、ヒーローだと今後何かとパーティー等に呼ばれる機会も多くなるからと、酒の楽しみ方を最初に色々と教えてくれた。
マリアージュの話もその時に聞いたし、研修チーム部屋で共同生活をおくっていた当時、部屋でワインを開けて、飲みながらつまみを作ったりしたこともある。
あの時のワインは安物だったが、それでも料理との相性次第で変わるっていうのは実感した。
「美味く飲みたいってのはわかったけど、つまみは和風がいいってのは完全にお前の趣味だよな?」
「…………ダメか?」
「いや、ダメってこたねぇけど……ワインに和風のつまみって合うのか?」
日本酒ならルーツ的にわからなくもねぇけど、ワインと和食という組み合わせは経験がねぇからか、どうもピンと来ない。
「合うものもあるようだ。例えば、こういうのなんかはどうだろう」
ブラッドが手にしていたタブレットを操作し、何かのサイトを表示してからオレに寄越した。
元は日本語で書かれていただろうサイトは翻訳されていて、オレにも内容がわかるようになっていた。
レシピなんかもいくつか掲載されている。
こりゃ、オレに話持ってくる前にガッツリチェックしてたな、ブラッドのヤツ。
ま、ブラッドと飲める機会もそんな多くねぇし、この先飲む機会があるかどうかもわかんねぇような高い酒飲ませて貰うなら、多少面倒なもんでも作ってやるとするか。
「で、お前が食いたいのってどれだよ?」
「……いいのか?」
「どうせ、目星つけてあんだろ。来週のオフでいいよな? 材料なんかも揃えられるか確認しねぇとなんねぇし」
グリーンイーストのリトルトーキョーなら、調味料なんかは結構揃うが、食材によっては季節に左右されるもんも少なからずある。
「ああ。感謝する」
表情こそ大した差はねぇが、ブラッドの声が弾んでるのが伝わってきた。
***
「うわ……美味……。いや、美味いのは想像してたけど、マジで料理と合うな」
ブラッドの頼み事からほぼ一週間後。
事前にチェックしていた食材を昼のうちにブラッドと一緒にグリーンイーストまで買いに行って、オレの家で一緒に作り、夕食として作ったつまみとワインを楽しんでいるが、想像以上のモンだった。
最初、ワインだけ口にしたときは、美味いのは美味いけど、これまでにもパーティーで口にしてきたヤツとそう大差ねぇかも?なんて思ってたぐらいだったが、料理と合わせた瞬間驚いた。
味の世界の広がり方が、これまで経験してきたのとは比較になんねぇレベルだ。
作ったつまみも味見しながらだったから、味はわかっていたつもりだが、こっちもこっちでワインと合わせることによって美味さがより引き立つ。
こりゃ、酒もつまみも進む一方だなと思っていたら、ブラッドも普段よりも酒の進みが早い。
ソファに隣り合って座ってるから、飲み食いするスピードが分かりやすい。
「ああ。最高だな。お前の料理が美味いのは今に始まったことではないが、今まで食ってきた中でも一際美味い」
「酒がめちゃくちゃ良いからなー。……これ、今日で全部空けちまってもいいのか?」
「構わん。料理の方が足りなくなりそうだがな」
「和風じゃなくてもいいなら、あり合わせので何か作ってやるよ」
「それは楽しみだ」
ブラッドの空になったワイングラスにワインを注ぎながら、残ってる食材でこのワインに合いそうなメニューを考えていたら、不意にブラッドが体を寄せて、オレの肩にことんと頭を乗せてくる。
酔ってるせいなのか、食事中にこんな風に甘えてくるのは珍しい。
ワインを注ぎ終わってから、乗っかった頭を撫でてやると微かに笑い声がした。
午後から買い物とつまみ作りにかかりきりだったけど、たまにはこんなオフも悪くないと思いながら、ブラッドの髪にそっとキスをした。
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#キスブラ #ワンライ
ブラキス版ワンドロ&ワンライ第7回でのお題から『得意料理』を使って書いた話です。
思い出話もつっこみたかったけど、時間が足りなかった!
クッキングイベのPトークネタが入ってます。
「キース。こちらで受け持っていた食材は一通り切り終わった」
「おー、お疲れさん。じゃ、切ったヤツボウルに入れたら、ちょっと奥のコンロで作ってるヤツの火加減見といてくれ。吹きこぼれそうになったら、差し水で」
「わかった」
今日は一日オフだからと、ブラッドに頼まれて……いや、押し切られてと言うべきだな。久々に夕飯に和食を作っていた。
和食は色々と面倒だから、あんまり作りたくねぇんだが、ブラッドが和食を作って欲しいって言うときは、こっちに打診する時点でレシピと材料、なければ調味料なんかも纏めて持ってきてから言うもんだから、それらを無駄にするのも気が咎めて、結局作る羽目になる。
まぁ、材料費が全部ブラッド持ちな上に、和食の面倒さの一端である食材を切るのも、ブラッドに任せときゃ丁寧にやってくれるから、ヤツも必ず手伝うって条件でたまに作ってやっていた。
アカデミー時代やルーキーの頃なんかはともかく、今は料理する機会が減ってるってこともあって、調味料は期限内にも使い切れるくらいの少なめの量で選ぶし、食材もほぼその時に使い切れるような量にしてるから、かえって店で食うより割高なんじゃねぇかと思うけど、オレの作る料理だから食いたいと言われちまえば、しゃーねーなってなっちまう。
ブラッドに火加減見といて貰ってる間に、こっちでも一品作っていると、ブラッドがふいに話し掛けてきた。
「ウィルに和食は作れないと言ったそうだな」
「ん? あー、そういや言ったかも知れねぇ」
少し前に、俺がレストランを経営してる飲み仲間からの依頼で、最近の経営状況があんまよくねぇからヒーローと協力して店の話題性が欲しいってことで、オスカー、ウィルと一緒にそのレストランの話題作りとして、メニューの考案、そして、初日はヒーローである自分たちの手で料理を作るってことをやった。
その時に、雑談で得意料理を聞かれて、得意料理は意識したことねぇけど、和食はとにかく面倒くさいから作れねぇとは言ったような気がする。
「お前相手にも滅多に作んねぇようなもんは、表向き作れねぇって言っといた方が手っ取り早いからなー。実際、和食の中でも特に面倒そうなもんって作れねぇし」
ブラッドが日本好きってこともあって、話だけならコイツから伝え聞いて知ってるっていうのもあるが、年明けに食うっていうおせち料理だとか、懐石料理だとかは試しに作ってみようっていう気にさえならねぇ。
精々、日常的に一般家庭で食べるだろうっていうメニューならってくらいだ。それでも、ものによっては避けたい。
ブラッドもそこら辺はわかってるらしく、面倒すぎるメニューは持ってこねぇからどうにかなってるけど。
「作ろうと思えば、作れなくもなさそうだがな、お前なら」
「やだよ、面倒くせぇ。手順が特に大変そうなのは、それこそ店に行って食えよ。金はかかるけど席で待ってるだけで出て来る、しかも場合によっちゃ作るより金もかかんねぇんだから、それこそお前が好きな『効率』が良いって話じゃねぇか」
「そうだな。…………だが、お前が表向き他人には作れないと言っている和食を、作れることを知っていて、かつ味も知っているという優越感は効率の話ではどうにもならんものだ」
「……包丁使ってるときにしれっとそういうこと言うのやめろよなー……」
「? 何か問題がある内容だったか?」
「何でもねぇよ」
オレだって、お前だから面倒な和食でもたまに作ってやろうかってなるし、お前相手じゃなきゃいくら材料やら何やら用意されてても最初から作んねぇよと言おうと思ったが、涼しげなブラッドの笑みにとっくに見透かされている気がして口にするのはやめておく。
どうせ、作るなら出来るだけ美味いものを食わせてやろうって思っちまってる時点で、ブラッドに勝てねぇのを自覚しながら、メニュー最後の一品を完成させた。
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#ブラキス #ワンライ
思い出話もつっこみたかったけど、時間が足りなかった!
クッキングイベのPトークネタが入ってます。
「キース。こちらで受け持っていた食材は一通り切り終わった」
「おー、お疲れさん。じゃ、切ったヤツボウルに入れたら、ちょっと奥のコンロで作ってるヤツの火加減見といてくれ。吹きこぼれそうになったら、差し水で」
「わかった」
今日は一日オフだからと、ブラッドに頼まれて……いや、押し切られてと言うべきだな。久々に夕飯に和食を作っていた。
和食は色々と面倒だから、あんまり作りたくねぇんだが、ブラッドが和食を作って欲しいって言うときは、こっちに打診する時点でレシピと材料、なければ調味料なんかも纏めて持ってきてから言うもんだから、それらを無駄にするのも気が咎めて、結局作る羽目になる。
まぁ、材料費が全部ブラッド持ちな上に、和食の面倒さの一端である食材を切るのも、ブラッドに任せときゃ丁寧にやってくれるから、ヤツも必ず手伝うって条件でたまに作ってやっていた。
アカデミー時代やルーキーの頃なんかはともかく、今は料理する機会が減ってるってこともあって、調味料は期限内にも使い切れるくらいの少なめの量で選ぶし、食材もほぼその時に使い切れるような量にしてるから、かえって店で食うより割高なんじゃねぇかと思うけど、オレの作る料理だから食いたいと言われちまえば、しゃーねーなってなっちまう。
ブラッドに火加減見といて貰ってる間に、こっちでも一品作っていると、ブラッドがふいに話し掛けてきた。
「ウィルに和食は作れないと言ったそうだな」
「ん? あー、そういや言ったかも知れねぇ」
少し前に、俺がレストランを経営してる飲み仲間からの依頼で、最近の経営状況があんまよくねぇからヒーローと協力して店の話題性が欲しいってことで、オスカー、ウィルと一緒にそのレストランの話題作りとして、メニューの考案、そして、初日はヒーローである自分たちの手で料理を作るってことをやった。
その時に、雑談で得意料理を聞かれて、得意料理は意識したことねぇけど、和食はとにかく面倒くさいから作れねぇとは言ったような気がする。
「お前相手にも滅多に作んねぇようなもんは、表向き作れねぇって言っといた方が手っ取り早いからなー。実際、和食の中でも特に面倒そうなもんって作れねぇし」
ブラッドが日本好きってこともあって、話だけならコイツから伝え聞いて知ってるっていうのもあるが、年明けに食うっていうおせち料理だとか、懐石料理だとかは試しに作ってみようっていう気にさえならねぇ。
精々、日常的に一般家庭で食べるだろうっていうメニューならってくらいだ。それでも、ものによっては避けたい。
ブラッドもそこら辺はわかってるらしく、面倒すぎるメニューは持ってこねぇからどうにかなってるけど。
「作ろうと思えば、作れなくもなさそうだがな、お前なら」
「やだよ、面倒くせぇ。手順が特に大変そうなのは、それこそ店に行って食えよ。金はかかるけど席で待ってるだけで出て来る、しかも場合によっちゃ作るより金もかかんねぇんだから、それこそお前が好きな『効率』が良いって話じゃねぇか」
「そうだな。…………だが、お前が表向き他人には作れないと言っている和食を、作れることを知っていて、かつ味も知っているという優越感は効率の話ではどうにもならんものだ」
「……包丁使ってるときにしれっとそういうこと言うのやめろよなー……」
「? 何か問題がある内容だったか?」
「何でもねぇよ」
オレだって、お前だから面倒な和食でもたまに作ってやろうかってなるし、お前相手じゃなきゃいくら材料やら何やら用意されてても最初から作んねぇよと言おうと思ったが、涼しげなブラッドの笑みにとっくに見透かされている気がして口にするのはやめておく。
どうせ、作るなら出来るだけ美味いものを食わせてやろうって思っちまってる時点で、ブラッドに勝てねぇのを自覚しながら、メニュー最後の一品を完成させた。
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#ブラキス #ワンライ
キスブラ版ワンドロライ第11回でのお題から『おにぎり』を使って書いた話です。
少し、クッキングイベのキース☆3カドストのネタバレを含みます。
アカデミー時代、様々な料理を作れる上に、どれをとっても美味かったキースに、一度和食を作ってみる気はないかと聞いたところ、数秒の沈黙の後、めんどくせぇと一蹴された。
「和食ってやつは、具材の切り方が細かかったり、調味料が多様だったりで、繊細過ぎるっていうか……ちょっと手ぇ出すには面倒なんだよ。大体、お前の好きな寿司に至ってはそれ専門の職人がいるってぐらいだしさ」
今にして思えば、和食を好む俺を考えて、一応ざっくりと調べてくれた上でのことだったのだと理解出来る。
全くその気がなければ、面倒だということもわからないのだから。
「ああ、確かに寿司職人といわゆる和食の板前とはまた違うものらしいな」
「っつーわけだ。悪ぃな、諦めてくれ」
「…………そうか」
残念だが、本人にその気がないのに押し通すことも出来ない。
和食でなくともキースの料理は美味いし、作ってくれる機会があるだけいいかと納得した。
だが、キースの方はそれをずっと気にしていたようだ。
第10期生ルーキーとして、タワーで共同生活を送るようになったある日。
ジェイもディノも不在だったことで箍が外れ、昼間からキースとセックスして――眠ってしまい、目が覚めたら夕食の時間だった。
今日の夕食を作るのは俺だったと慌てて起きたら、キースが部屋まで何かを持ってきた。
「お、目ぇ覚めたか。体大丈夫か? 食えそうなら夕飯にしようぜ。簡単なもんにしちまったけど」
「すまない。今日は俺が作るはずだったのに――これは、おにぎりか?」
キースがトレイに乗せていたのは、おにぎりと味噌汁と卵焼き、それにお茶。
確かに米や味噌、他日本の調味料は俺がキッチンに持ち込んでいた分があるとはいえ、炊飯器が少し前に壊れて、新たに買い直さねばと思っていたところだったから、米を炊く発想はなかった。
「そ。まぁ、簡単なものならって思ってな。お前、和食で使うような調味料色々持ち込んでいたし」
「……炊飯器は壊れていたはずだが」
「んなの、鍋がありゃ炊けるっての。まぁ、炊飯器で炊くみたいに均等にはならなくて、ちょっと焦げ付いた部分とかあるけどな。これはこれでいいだろ」
キースの言うように確かにおにぎりに少し焦げた部分があったが、その焦げが逆に香ばしく食欲をそそってくる。
手を合わせてから、まずは味噌汁、そしておにぎりと手をつける。
味噌汁は揚げた茄子に長ネギ。少し濃いめの味付けだが、今の体にはちょうどいい。
そして、おにぎりも塩加減が絶妙だった。
これなら、卵焼きもと期待をして箸を伸ばせば、やはり美味い。
綺麗に巻かれたそれは色や形だけでなく、だしの味が生かされていて、おにぎりによく合っていた。
「美味い。……やはりお前の作る料理には外れがないな」
キースは簡単なものにしたと言ったが、鍋で米を炊くには火加減に気を配る必要があるし、味噌汁に入っていた茄子も揚げてあった。
何より、味噌汁や卵焼きのだしの味から察するに、インスタントは使っていない。
どれもそれなりに手がかかるはずだ。簡単だったとは言えない。
だからこそ、かつて面倒だと言われたのだが、結局は数年越しでも作ってくれた。
それを思うと、さらに美味しく感じ、あっという間に平らげてしまった。
キースよりも早く食い終わった俺を見て、キースが表情を綻ばせたのを覚えている。
「だったら良かったけどさ」
「……出来れば、また作って欲しい」
「まー、気が向いたらな」
――そんなやりとりをしたのが少し懐かしい。
あれから数年。
ルーキーとしての研修チーム部屋での共同生活を終え、キースの自宅に少しずつ、炊飯器等の調理器具や、日本の調味料を持ちこんだのもあってか、時折キースは和食の類も作ってくれるようになった。
日本酒を持ち込んだときにも、つまみと称して作ってくれるし、あの時のように朝食におにぎりを作ってくれることもある。
「……おい、ブラッド。何か棚ん中に見たことない調味料増えてんだけど」
「グリーンイーストの店に入荷されていたから、試しに買ってみた」
「お前、自分のセクター部屋に持っていく前にここで試すなよなー。……で、これでどんなの作れるんだ?」
「作ってくれるのか?」
「そのために持ってきといてよく言うぜ。ほら、レシピ寄越せ。失敗しても文句言うなよ。あと、お前も手伝え」
「……感謝する」
そうは言いながらも、キースが失敗することはほとんどない。
タブレットであらかじめ開いておいたレシピを端末ごとキースに手渡しながら、俺も手渡されたエプロンを身に着けた。
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#キスブラ #ワンライ
少し、クッキングイベのキース☆3カドストのネタバレを含みます。
アカデミー時代、様々な料理を作れる上に、どれをとっても美味かったキースに、一度和食を作ってみる気はないかと聞いたところ、数秒の沈黙の後、めんどくせぇと一蹴された。
「和食ってやつは、具材の切り方が細かかったり、調味料が多様だったりで、繊細過ぎるっていうか……ちょっと手ぇ出すには面倒なんだよ。大体、お前の好きな寿司に至ってはそれ専門の職人がいるってぐらいだしさ」
今にして思えば、和食を好む俺を考えて、一応ざっくりと調べてくれた上でのことだったのだと理解出来る。
全くその気がなければ、面倒だということもわからないのだから。
「ああ、確かに寿司職人といわゆる和食の板前とはまた違うものらしいな」
「っつーわけだ。悪ぃな、諦めてくれ」
「…………そうか」
残念だが、本人にその気がないのに押し通すことも出来ない。
和食でなくともキースの料理は美味いし、作ってくれる機会があるだけいいかと納得した。
だが、キースの方はそれをずっと気にしていたようだ。
第10期生ルーキーとして、タワーで共同生活を送るようになったある日。
ジェイもディノも不在だったことで箍が外れ、昼間からキースとセックスして――眠ってしまい、目が覚めたら夕食の時間だった。
今日の夕食を作るのは俺だったと慌てて起きたら、キースが部屋まで何かを持ってきた。
「お、目ぇ覚めたか。体大丈夫か? 食えそうなら夕飯にしようぜ。簡単なもんにしちまったけど」
「すまない。今日は俺が作るはずだったのに――これは、おにぎりか?」
キースがトレイに乗せていたのは、おにぎりと味噌汁と卵焼き、それにお茶。
確かに米や味噌、他日本の調味料は俺がキッチンに持ち込んでいた分があるとはいえ、炊飯器が少し前に壊れて、新たに買い直さねばと思っていたところだったから、米を炊く発想はなかった。
「そ。まぁ、簡単なものならって思ってな。お前、和食で使うような調味料色々持ち込んでいたし」
「……炊飯器は壊れていたはずだが」
「んなの、鍋がありゃ炊けるっての。まぁ、炊飯器で炊くみたいに均等にはならなくて、ちょっと焦げ付いた部分とかあるけどな。これはこれでいいだろ」
キースの言うように確かにおにぎりに少し焦げた部分があったが、その焦げが逆に香ばしく食欲をそそってくる。
手を合わせてから、まずは味噌汁、そしておにぎりと手をつける。
味噌汁は揚げた茄子に長ネギ。少し濃いめの味付けだが、今の体にはちょうどいい。
そして、おにぎりも塩加減が絶妙だった。
これなら、卵焼きもと期待をして箸を伸ばせば、やはり美味い。
綺麗に巻かれたそれは色や形だけでなく、だしの味が生かされていて、おにぎりによく合っていた。
「美味い。……やはりお前の作る料理には外れがないな」
キースは簡単なものにしたと言ったが、鍋で米を炊くには火加減に気を配る必要があるし、味噌汁に入っていた茄子も揚げてあった。
何より、味噌汁や卵焼きのだしの味から察するに、インスタントは使っていない。
どれもそれなりに手がかかるはずだ。簡単だったとは言えない。
だからこそ、かつて面倒だと言われたのだが、結局は数年越しでも作ってくれた。
それを思うと、さらに美味しく感じ、あっという間に平らげてしまった。
キースよりも早く食い終わった俺を見て、キースが表情を綻ばせたのを覚えている。
「だったら良かったけどさ」
「……出来れば、また作って欲しい」
「まー、気が向いたらな」
――そんなやりとりをしたのが少し懐かしい。
あれから数年。
ルーキーとしての研修チーム部屋での共同生活を終え、キースの自宅に少しずつ、炊飯器等の調理器具や、日本の調味料を持ちこんだのもあってか、時折キースは和食の類も作ってくれるようになった。
日本酒を持ち込んだときにも、つまみと称して作ってくれるし、あの時のように朝食におにぎりを作ってくれることもある。
「……おい、ブラッド。何か棚ん中に見たことない調味料増えてんだけど」
「グリーンイーストの店に入荷されていたから、試しに買ってみた」
「お前、自分のセクター部屋に持っていく前にここで試すなよなー。……で、これでどんなの作れるんだ?」
「作ってくれるのか?」
「そのために持ってきといてよく言うぜ。ほら、レシピ寄越せ。失敗しても文句言うなよ。あと、お前も手伝え」
「……感謝する」
そうは言いながらも、キースが失敗することはほとんどない。
タブレットであらかじめ開いておいたレシピを端末ごとキースに手渡しながら、俺も手渡されたエプロンを身に着けた。
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#キスブラ #ワンライ
ブラキス版ワンドロ&ワンライ第6回でのお題から『サングリア』『お前はいつもそうだ』を使って書いた話です。
甘いの得意じゃないキースがサングリア作るのって、人に飲ませたいからだよね……。
夕方からちらつき始めた雪はまだしばらく止みそうにない。
仕事がおしてしまった結果、予定していた時刻よりキースの家への到着が遅くなった。
先に仕事を終えたキースにその旨連絡はしてあり、今日の夕食は各自で済ませるよう告げてあるが、当初の予定では夕食も一緒に取るつもりだったから、その点は少し残念だ。
珍しく、キースの方から何か作ってやるよと言ってきたというのに。
アカデミー時代やルーキーだった頃なんかは、よく料理を作っていたが、元来面倒がりなのもあって、年々作る機会は減っている。
キースの自宅近くの駐車場に車をとめて降りると、思っていた以上に雪の勢いは強い。
車のトランクから傘を出そうか迷ったが、キースの家は目と鼻の先だ。
結局、そのまま傘は出さずに歩き出す。
この家の合い鍵は持っているが、キースがいるのはわかっているから、それは使わずにチャイムを鳴らすと直ぐに家の主が玄関のドアを開けた。
「すまない。遅くなった」
「お、お帰り。あー、雪、結構降ってんのな」
「ああ。駐車場からここまでの少しの距離を歩いただけでこれだ」
玄関先で雪を振り払い、コートを脱ごうとすると、それより早くキースが俺の手を引いた。
「おい」
「ここじゃ冷えるだろ。脱ぐの中でいいから。どうせ、元々家ん中散らかってんだし。仕事で夕飯もまともなもん食ってねぇよな? スープとホットサングリアがあるから、それ飲めよ。あり合わせで作ったヤツで悪ぃけど」
「――頂こう」
キースの言ったように、夕食はプロテインバーを少し口にしただけだったし、冷えたことで温かいものが欲しいと思っていたから、キースの申し出を有り難く受ける。
俺がコートを脱ぎ、ハンガーに掛けている間に、テーブルにスープとホットサングリアが並んだ。
ソファに腰掛けると、キースも向かい側の椅子に座り、自分用のホットサングリアだけを手にして飲み始めた。
俺もそれに誘われるように、先にホットサングリアから口をつける。
「……美味い」
かぐわしいワインの香りに加え、林檎とオレンジ、そしてシナモンの香りが、ふわりと優しく交じって鼻腔をくすぐった。
少し冷えた体がじわりと温かくなっていくのを実感する。
「そりゃ、良かった。やっぱり冬は酒も温かいのが良いよなー。今度、日本酒でも何か入れて試すかぁ」
「試す……とは、サングリアのようにフルーツを日本酒に入れるということか?」
熱燗については以前キースに教えたことはあるから、幾度か試しているようだがフルーツを入れるというのは初めて聞いた。
「おう。日本酒でも結構合うらしいぜ。多分、お前が好きな感じになるんじゃねぇの」
「そうか。ならば調べて向いていそうなのを取り寄せてみよう」
「頼むわ。おー、これでまた新しい日本酒が飲める」
確かにキースよりは俺の方の好みに合いそうだ。
あり合わせで作った、とは言ったが、キースはあまり甘い物を好まない。
酒は飲めれば何でもと言いつつ、本人が好んで飲むのはビールだし、ワインや日本酒も嗜むものの辛口の方を好む傾向があるし、サングリアに入れるフルーツの類は普段あまり口にしていないように思う。
何より、タワーを生活の拠点としている今、この自宅を使う機会は限られているから、傷みやすい食材であるフルーツを買い置きしていたとは考えにくい。
今日に限らず、キースがサングリアを作るのは俺に飲ませるためだろう。
だが、コイツはそうして相手を気遣って行動しているのだと、人に悟られることをよしとしない。
人をよく見ているが、そうと思われたくないようだ。
どうも、善意で行動することに気恥ずかしさや抵抗があるらしく、今も自分が新しい日本酒が飲めるのが嬉しいというのを表に出す一方で、俺の好みに合ったものを飲ませたいのだという意図を感じる。
「……お前はいつもそうだ」
俺やディノ、それにジェイなんかもそんなキースの気質をわかっているからいいものの、これがキースの人となりについての誤解を招く一因になっているのはもったいなく思う。
が、そう思うのと同時に、それをわかっているという優越感を手放せずにいるのだから仕方がない。
きっと、俺はこの先も言及できないままだろう。
「ブラッド? 今、何か言ったか?」
「何でもない。ホットサングリアのおかわりはあるか?」
「おう。注いでくるぜ」
空になったカップが、キースの能力で浮いて、ヤツの手元へと落ちる。
キースがホットサングリアをカップに注ぎにキッチンに行く後ろ姿をみながら、優しい味わいのコンソメスープを口にした。
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#ブラキス #ワンライ
甘いの得意じゃないキースがサングリア作るのって、人に飲ませたいからだよね……。
夕方からちらつき始めた雪はまだしばらく止みそうにない。
仕事がおしてしまった結果、予定していた時刻よりキースの家への到着が遅くなった。
先に仕事を終えたキースにその旨連絡はしてあり、今日の夕食は各自で済ませるよう告げてあるが、当初の予定では夕食も一緒に取るつもりだったから、その点は少し残念だ。
珍しく、キースの方から何か作ってやるよと言ってきたというのに。
アカデミー時代やルーキーだった頃なんかは、よく料理を作っていたが、元来面倒がりなのもあって、年々作る機会は減っている。
キースの自宅近くの駐車場に車をとめて降りると、思っていた以上に雪の勢いは強い。
車のトランクから傘を出そうか迷ったが、キースの家は目と鼻の先だ。
結局、そのまま傘は出さずに歩き出す。
この家の合い鍵は持っているが、キースがいるのはわかっているから、それは使わずにチャイムを鳴らすと直ぐに家の主が玄関のドアを開けた。
「すまない。遅くなった」
「お、お帰り。あー、雪、結構降ってんのな」
「ああ。駐車場からここまでの少しの距離を歩いただけでこれだ」
玄関先で雪を振り払い、コートを脱ごうとすると、それより早くキースが俺の手を引いた。
「おい」
「ここじゃ冷えるだろ。脱ぐの中でいいから。どうせ、元々家ん中散らかってんだし。仕事で夕飯もまともなもん食ってねぇよな? スープとホットサングリアがあるから、それ飲めよ。あり合わせで作ったヤツで悪ぃけど」
「――頂こう」
キースの言ったように、夕食はプロテインバーを少し口にしただけだったし、冷えたことで温かいものが欲しいと思っていたから、キースの申し出を有り難く受ける。
俺がコートを脱ぎ、ハンガーに掛けている間に、テーブルにスープとホットサングリアが並んだ。
ソファに腰掛けると、キースも向かい側の椅子に座り、自分用のホットサングリアだけを手にして飲み始めた。
俺もそれに誘われるように、先にホットサングリアから口をつける。
「……美味い」
かぐわしいワインの香りに加え、林檎とオレンジ、そしてシナモンの香りが、ふわりと優しく交じって鼻腔をくすぐった。
少し冷えた体がじわりと温かくなっていくのを実感する。
「そりゃ、良かった。やっぱり冬は酒も温かいのが良いよなー。今度、日本酒でも何か入れて試すかぁ」
「試す……とは、サングリアのようにフルーツを日本酒に入れるということか?」
熱燗については以前キースに教えたことはあるから、幾度か試しているようだがフルーツを入れるというのは初めて聞いた。
「おう。日本酒でも結構合うらしいぜ。多分、お前が好きな感じになるんじゃねぇの」
「そうか。ならば調べて向いていそうなのを取り寄せてみよう」
「頼むわ。おー、これでまた新しい日本酒が飲める」
確かにキースよりは俺の方の好みに合いそうだ。
あり合わせで作った、とは言ったが、キースはあまり甘い物を好まない。
酒は飲めれば何でもと言いつつ、本人が好んで飲むのはビールだし、ワインや日本酒も嗜むものの辛口の方を好む傾向があるし、サングリアに入れるフルーツの類は普段あまり口にしていないように思う。
何より、タワーを生活の拠点としている今、この自宅を使う機会は限られているから、傷みやすい食材であるフルーツを買い置きしていたとは考えにくい。
今日に限らず、キースがサングリアを作るのは俺に飲ませるためだろう。
だが、コイツはそうして相手を気遣って行動しているのだと、人に悟られることをよしとしない。
人をよく見ているが、そうと思われたくないようだ。
どうも、善意で行動することに気恥ずかしさや抵抗があるらしく、今も自分が新しい日本酒が飲めるのが嬉しいというのを表に出す一方で、俺の好みに合ったものを飲ませたいのだという意図を感じる。
「……お前はいつもそうだ」
俺やディノ、それにジェイなんかもそんなキースの気質をわかっているからいいものの、これがキースの人となりについての誤解を招く一因になっているのはもったいなく思う。
が、そう思うのと同時に、それをわかっているという優越感を手放せずにいるのだから仕方がない。
きっと、俺はこの先も言及できないままだろう。
「ブラッド? 今、何か言ったか?」
「何でもない。ホットサングリアのおかわりはあるか?」
「おう。注いでくるぜ」
空になったカップが、キースの能力で浮いて、ヤツの手元へと落ちる。
キースがホットサングリアをカップに注ぎにキッチンに行く後ろ姿をみながら、優しい味わいのコンソメスープを口にした。
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#ブラキス #ワンライ
キスブラ版ワンドロライ第10回でのお題から『似顔絵』を使って書いた話(修正版)です。
『断捨離』も混ぜようとしたけど、あまり含まれない内容になったので似顔絵だけ。
ED3CDのネタバレを若干含みます。
執筆時間は合計2時間半ちょっとくらい。
【Keith's Side】
期限がとっくに過ぎているのに未提出の報告書があるから出せと、ウエストセクターの研修チーム部屋まで訪れたブラッドに言われて、その提出していない報告書を共有スペースで探していたが、何でか見当たらない。
ディノがウエストセクターのメンターになって以降、ヤツに報告書の作成を手伝って貰うこともあるから、共有スペースの方に置くようにしてんだけどな。
でも、ディノが勝手に報告書の場所を移すってことはしねぇから、ここにねぇならオレが自室に置きっぱなしにしてる可能性が高い。
というか、自宅に報告書を持って帰ることはしねぇし、ほぼ間違いなくそのパターンだ。
「こっちにねぇってことは自室の方か?」
独り言のつもりだったが、ブラッドにもしっかり聞こえていて、呆れたように溜め息を吐かれた。
「貴様……いい加減、書類の管理くらいまともに出来んのか。自室だな。探すぞ」
「はいよ、悪ぃな」
「本気で悪いと思っているなら、何故期限内に提出しない。これで何度目だと思っている」
「………………すんません」
ブラッドの仕事を余計に増やした自覚はあるから、小言が続く前に大人しく引き下がる。
二人でメンター部屋に入り、オレの机の上に重なっている紙の束をブラッドと一緒にチェックしていった。
どうせ、ブラッドに見られて困る書類はねぇし、基本、報告書の類は九割方ブラッドに提出するやつだ。
ついでにブラッドの方が書類の内容をチェックしながら、用途別に分けておいてくれるだろうって期待もある。
目的の書類を探していると、ふとブラッドが動きを止めた。
「…………何だ、これは」
ブラッドが困惑した様子で数枚捲って首を傾げてたから、何の書類かと覗き込んだら、ブラッドが持っていたのは仕事の書類じゃなかった。
「ん? あー、こりゃこの前ノヴァ博士作の似顔絵製造マシーンってヤツで、オレが寝てる間に描かれた似顔絵の数々だ。あ、この一枚だけフェイスを描いたヤツな」
似顔絵製造マシーンってのは、ディノの快気祝いって名目でやったパーティーで、ディノがノヴァ博士が入院中の退屈しのぎに持ってきてくれたのだと、場を盛り上げる為に出したものだ。
オレはそれを使ってる途中で酔い潰れて記憶がねぇが、翌朝ディノがせっかくだから描いたものはやるよと纏めてオレによこしてきた。
人が寝てる間に何やってんだって思ったし、自分の似顔絵なんざ、持っててもしゃーねーなと適当にどっかに置いた記憶はあるが、こんなとこに紛れ込んでいたのか。
「なぜ、それが仕事の書類に交じっている。……まぁ、いい。これは別に避けておくぞ。…………? 何だ?」
あの時、フェイスを見て描かれた似顔絵と、目の前のブラッドの顔を改めて見比べてみる。
…………アイツら、この絵を見てフェイスよりブラッドと似てるなんて言ってたけど、やっぱりブラッドとは違うよなぁ。
ブラッドも顔は整ってるし、フェイスと似てねぇってこともねぇんだが、細面ってわけじゃねぇし、何より纏う空気というか、雰囲気が全く違う。
あえて言うなら、ブラッドが市民に営業スマイルで対応してる時はちょっとこれに近くなるかもしれねぇけど、あの表情は未だに違和感しかねぇんだよな。笑ってるんだけど、笑ってねぇっていうか、作り物って印象が拭えねぇ。
顰め面してる方が余程ブラッドらしい。
「いや、やっぱり違うなって思ってさ」
「何のことだ。――ああ、これだな。記入もろくにしていない。今すぐこの場で書け」
「へいへい」
ブラッドが持っていた紙の束の方に目的の書類があったらしく、机の上に転がっていたペンと一緒に書類を渡されたから、自分が持っていた紙の束を代わりにブラッドに渡す。
一瞬だけ眉を顰められたが、直ぐにオレがこれを書いているのを待つ間に、自分が書類を整頓した方が効率がいいと思ったんだろう。
文句は言わずに紙の束を分類し始めた。
ブラッドが書類を片付ける物音をBGMに書いていたら、ふとその音がやんだ。
ヤベぇ、報告書を書き上げるよりもブラッドが整頓する方が早かったかと様子を窺うと、ブラッドは先程別に避けておいたオレの似顔絵を見ているようだった。
オレには自分の似顔絵をじっくり見る趣味もねぇから、ざっくりとしか見てねぇけど、結構な枚数あったんだよな、アレ。
何でも、色んな画風で描けるとかで、ここぞとばかりに試しまくったらしい。
何となくブラッドに見られてるのが気恥ずかしく、さっさと書類を書き上げてブラッドに渡そうと、心持ち早く筆を進めて最後の署名をしていたら、ブラッドが笑った気配がして思わず顔を上げた。
作り上げた営業スマイルとは全く違う、ふわ、と周りの空気まで緩むような柔らかな笑みに、ついかける言葉を失う。
「…………意外に良く描けているな。これなんかは、お前が寝てるときの様子そのものだ」
「ええ……何か、それ実際の年齢よりガキっぽくみえねぇ?」
ブラッドが取りだした似顔絵の一枚は、中途半端にデフォルメされた絵柄のものだった。
「いや、お前が寝てるときの表情はこんな感じだぞ。この一枚、貰っていってもいいか?」
「え、いるのかよ! いや、別にいいけどさ。ほい、報告書も出来たぜ」
「確認する。――――ふむ。少し記載に甘い点があるが、まぁいい。確かに受け取った。今度からは提出日時をまず一番に確認しろ。とりあえず、ここの書類は提出日が近い順に並べておいたから、後で確認して、出来れば早い内に出せるものは出せ」
「あいよ。片付けサンキュ」
書類の確認であっという間に引っ込んでしまった笑みが惜しい。
オレの似顔絵で浮かべていたはずの笑みが、オレで引っ込むってのもどうなんだ。
今してる表情の方がブラッドらしいといえばらしいけど、何となく悪戯心が湧いた。
隙をついて、部屋を出ようとしたブラッドの頬にキスすると、ブラッドが目を丸くする。
「……何だ」
「いや、似顔絵のオレじゃ、お前にキスは出来ねぇよなって思っただけ」
「…………自分の似顔絵に妬くなど、それこそ子どもでもしないが」
「妬いてるわけじゃねぇよ」
「…………そういうことにしておいてやろう」
再び、浮かんだ柔らかい笑みが近付いて来て、オレの頬に軽く口付けて離れていく。部屋を出ようとした背中に慌てて声を掛けた。
「ブラッド、次のオフ――」
「三日後だ。お前の家に行く。それでいいな?」
「了解」
ブラッドは返事だけしてこっちを振り返らなかったが、部屋からいなくなる寸前、耳が微かに赤くなっていたのを確かに見た。
去り際のブラッドの表情が見られなかったのは惜しいが、これ以上のお楽しみは三日後にとっておくと決めて、ブラッドが片付けてくれた書類を確認する。
せめて、休みの前に出せる報告書は出しておこうと、再びペンを手に取った。
【Brad's Side】
キースをメンターにしたときに多少は覚悟していたものの、ヤツの報告書のミスの多さと、提出期限の守らなさには呆れるばかりだ。
今日も、これ以上は待てない未提出の報告書の催促で、ウエストセクターの研修チーム部屋に足を運んだ。
案の定、キースは言い出すまでその報告書のことを忘れていたらしく、探し始めたが中々見つからないようだ。
ディノのサポートで少しはマシになってきているが、一体いつになったら報告書の不備がなくなるのか。
「こっちにねぇってことは自室の方か?」
ぼそりと呟いたキースに、溜め息が出てしまう。
「貴様……いい加減、書類の管理くらいまともに出来んのか。自室だな。探すぞ」
キース一人に任せるより、俺も一緒に探した方が間違いなく早い。
「はいよ、悪ぃな」
「本気で悪いと思っているなら、何故期限内に提出しない。これで何度目だと思っている」
「………………すんません」
寧ろ、ディノに甘えて書類の提出期限を覚えていない可能性もありそうだ。
ディノには悪いが、その辺りも含めて確認して貰った方がいいだろう。
メンター部屋のキースのスペースに入り、机の上に積まれていた紙の束をチェックしていく。
この際だから、内容を確認しつつ、提出期限の早いものから改めて重ねていくと、ふいに全然仕事とは関係のない――似顔絵と思しきものが数枚連なって出て来た。
「…………何だ、これは」
描かれているのは恐らくほとんどがキースだが、描いているのは一人ではなさそうだ。
様々な画風で描かれているが、共通しているのはどれもキースの寝顔を描きだしているということ。
一枚だけ、恐らくフェイスを描いたものだろうというのはあったが、一体何があったのか。
「ん? あー、こりゃこの前ノヴァ博士作の似顔絵製造マシーンってヤツで、オレが寝てる間に描かれた似顔絵の数々だ。あ、この一枚だけフェイスを描いたヤツな」
「なぜ、それが仕事の書類に交じっている。……まぁ、いい。これは別に避けておくぞ」
せめて、仕事とそうでないものくらいは分けておいて欲しいものだと、似顔絵をざっと確認してそれだけ書類とは別にする。
再び、書類を確認しようとしたら、キースに見られていることに気付いた。
「…………? 何だ?」
「いや、やっぱり違うなって思ってさ」
「何のことだ。――ああ、これだな。記入もろくにしていない。今すぐこの場で書け」
「へいへい」
違うのが何についてかはわからなかったが、今は報告書を書き上げて貰うことが最優先だ。
机の上に無造作に転がっていたペンも一緒に渡すと、当たり前のようにキースが自分の持っていた紙の束を俺に押し付ける。
……まぁ、キースが書類を書き上げる間に俺がこれを整頓しておいた方が、この後キースがやりやすいだろうと、先程チェックした書類と合わせて確認していった。
提出期限、そしておよその内容から並び替えたのを積むと、先程別に避けた似顔絵の方に手を伸ばす。
そういえば、ディノがノヴァ博士の機械を使って、キースが寝ているところを色々描いたようなことを言っていた。
それがこれか。
酒で酔い潰れてしまうと、ちょっとやそっとではキースは起きない。
そんな無防備な様子がこの似顔絵の数々からも伝わる。
何とはなしに見ていき、数枚目に出て来たものに思わず手が止まった。
自分でも幾度となくみてきたキースのあどけない寝顔。
それがよく描き出されていて、つい口元が緩むのを自覚する。
「…………意外に良く描けているな。これなんかは、お前が寝てるときの様子そのものだ」
「ええ……何か、それ実際の年齢よりガキっぽくみえねぇ?」
「いや、お前が寝てるときの表情はこんな感じだぞ。この一枚、貰っていってもいいか?」
仕事の書類と交ぜているくらいなら、似顔絵にさほど執着もないだろうと聞いてみたら、予想通りキースは驚きはしたものの、俺が貰うことには異論がなさそうだった。
「え、いるのかよ! いや、別にいいけどさ。ほい、報告書も出来たぜ」
「確認する。――――ふむ。少し記載に甘い点があるが、まぁいい。確かに受け取った。今度からは提出日時をまず一番に確認しろ。とりあえず、ここの書類は提出日が近い順に並べておいたから、後で確認して、出来れば早い内に出せるものは出せ」
「あいよ。片付けサンキュ」
これで俺も今日の仕事には一区切りついた。
部屋に戻ってから、もう一度この似顔絵をじっくりと見るとするか――と考えていたら、キースが頬に音を立てて口付けてきた。
その表情がどうも拗ねているように見えるのは気のせいだろうか。
「……何だ」
「いや、似顔絵のオレじゃ、お前にキスは出来ねぇよなって思っただけ」
返ってきた言葉は予想外のものだったが、拗ねているように思えたのは間違いではなかったようだ。
似顔絵はキースが良く描かれているから欲しいと思ったが、それでも似顔絵はあくまでも似顔絵でしかない。
「…………自分の似顔絵に妬くなど、それこそ子どもでもしないが」
「妬いてるわけじゃねぇよ」
自覚がないのか、あっても認めたくないのか。
こんなにもわかりやすく、俺がキースの似顔絵に興味を持ったのが面白くないと、その表情が告げているというのに。
仕方のないヤツだ。
「…………そういうことにしておいてやろう」
俺の方からもキースの頬に口付けを返し、部屋を出ようとしたところでキースから声が掛かる。
「ブラッド、次のオフ――」
「三日後だ。お前の家に行く。それでいいな?」
「了解」
休みにキースの家に行くというのは、明確な目的があってのことだ。
それをキースも分かっている。
了解と応じた声には明らかに喜びの感情が含まれていた。
……口付けは頬に留めておいて正解だったな。
それ以上に触れ合うのは後日の楽しみと思えば、その分当日の高揚感が増す。
丸めたキースの似顔絵をどこにしまうかを考えながら、自室へと戻っていった。
Close
#キスブラ #ワンライ
『断捨離』も混ぜようとしたけど、あまり含まれない内容になったので似顔絵だけ。
ED3CDのネタバレを若干含みます。
執筆時間は合計2時間半ちょっとくらい。
【Keith's Side】
期限がとっくに過ぎているのに未提出の報告書があるから出せと、ウエストセクターの研修チーム部屋まで訪れたブラッドに言われて、その提出していない報告書を共有スペースで探していたが、何でか見当たらない。
ディノがウエストセクターのメンターになって以降、ヤツに報告書の作成を手伝って貰うこともあるから、共有スペースの方に置くようにしてんだけどな。
でも、ディノが勝手に報告書の場所を移すってことはしねぇから、ここにねぇならオレが自室に置きっぱなしにしてる可能性が高い。
というか、自宅に報告書を持って帰ることはしねぇし、ほぼ間違いなくそのパターンだ。
「こっちにねぇってことは自室の方か?」
独り言のつもりだったが、ブラッドにもしっかり聞こえていて、呆れたように溜め息を吐かれた。
「貴様……いい加減、書類の管理くらいまともに出来んのか。自室だな。探すぞ」
「はいよ、悪ぃな」
「本気で悪いと思っているなら、何故期限内に提出しない。これで何度目だと思っている」
「………………すんません」
ブラッドの仕事を余計に増やした自覚はあるから、小言が続く前に大人しく引き下がる。
二人でメンター部屋に入り、オレの机の上に重なっている紙の束をブラッドと一緒にチェックしていった。
どうせ、ブラッドに見られて困る書類はねぇし、基本、報告書の類は九割方ブラッドに提出するやつだ。
ついでにブラッドの方が書類の内容をチェックしながら、用途別に分けておいてくれるだろうって期待もある。
目的の書類を探していると、ふとブラッドが動きを止めた。
「…………何だ、これは」
ブラッドが困惑した様子で数枚捲って首を傾げてたから、何の書類かと覗き込んだら、ブラッドが持っていたのは仕事の書類じゃなかった。
「ん? あー、こりゃこの前ノヴァ博士作の似顔絵製造マシーンってヤツで、オレが寝てる間に描かれた似顔絵の数々だ。あ、この一枚だけフェイスを描いたヤツな」
似顔絵製造マシーンってのは、ディノの快気祝いって名目でやったパーティーで、ディノがノヴァ博士が入院中の退屈しのぎに持ってきてくれたのだと、場を盛り上げる為に出したものだ。
オレはそれを使ってる途中で酔い潰れて記憶がねぇが、翌朝ディノがせっかくだから描いたものはやるよと纏めてオレによこしてきた。
人が寝てる間に何やってんだって思ったし、自分の似顔絵なんざ、持っててもしゃーねーなと適当にどっかに置いた記憶はあるが、こんなとこに紛れ込んでいたのか。
「なぜ、それが仕事の書類に交じっている。……まぁ、いい。これは別に避けておくぞ。…………? 何だ?」
あの時、フェイスを見て描かれた似顔絵と、目の前のブラッドの顔を改めて見比べてみる。
…………アイツら、この絵を見てフェイスよりブラッドと似てるなんて言ってたけど、やっぱりブラッドとは違うよなぁ。
ブラッドも顔は整ってるし、フェイスと似てねぇってこともねぇんだが、細面ってわけじゃねぇし、何より纏う空気というか、雰囲気が全く違う。
あえて言うなら、ブラッドが市民に営業スマイルで対応してる時はちょっとこれに近くなるかもしれねぇけど、あの表情は未だに違和感しかねぇんだよな。笑ってるんだけど、笑ってねぇっていうか、作り物って印象が拭えねぇ。
顰め面してる方が余程ブラッドらしい。
「いや、やっぱり違うなって思ってさ」
「何のことだ。――ああ、これだな。記入もろくにしていない。今すぐこの場で書け」
「へいへい」
ブラッドが持っていた紙の束の方に目的の書類があったらしく、机の上に転がっていたペンと一緒に書類を渡されたから、自分が持っていた紙の束を代わりにブラッドに渡す。
一瞬だけ眉を顰められたが、直ぐにオレがこれを書いているのを待つ間に、自分が書類を整頓した方が効率がいいと思ったんだろう。
文句は言わずに紙の束を分類し始めた。
ブラッドが書類を片付ける物音をBGMに書いていたら、ふとその音がやんだ。
ヤベぇ、報告書を書き上げるよりもブラッドが整頓する方が早かったかと様子を窺うと、ブラッドは先程別に避けておいたオレの似顔絵を見ているようだった。
オレには自分の似顔絵をじっくり見る趣味もねぇから、ざっくりとしか見てねぇけど、結構な枚数あったんだよな、アレ。
何でも、色んな画風で描けるとかで、ここぞとばかりに試しまくったらしい。
何となくブラッドに見られてるのが気恥ずかしく、さっさと書類を書き上げてブラッドに渡そうと、心持ち早く筆を進めて最後の署名をしていたら、ブラッドが笑った気配がして思わず顔を上げた。
作り上げた営業スマイルとは全く違う、ふわ、と周りの空気まで緩むような柔らかな笑みに、ついかける言葉を失う。
「…………意外に良く描けているな。これなんかは、お前が寝てるときの様子そのものだ」
「ええ……何か、それ実際の年齢よりガキっぽくみえねぇ?」
ブラッドが取りだした似顔絵の一枚は、中途半端にデフォルメされた絵柄のものだった。
「いや、お前が寝てるときの表情はこんな感じだぞ。この一枚、貰っていってもいいか?」
「え、いるのかよ! いや、別にいいけどさ。ほい、報告書も出来たぜ」
「確認する。――――ふむ。少し記載に甘い点があるが、まぁいい。確かに受け取った。今度からは提出日時をまず一番に確認しろ。とりあえず、ここの書類は提出日が近い順に並べておいたから、後で確認して、出来れば早い内に出せるものは出せ」
「あいよ。片付けサンキュ」
書類の確認であっという間に引っ込んでしまった笑みが惜しい。
オレの似顔絵で浮かべていたはずの笑みが、オレで引っ込むってのもどうなんだ。
今してる表情の方がブラッドらしいといえばらしいけど、何となく悪戯心が湧いた。
隙をついて、部屋を出ようとしたブラッドの頬にキスすると、ブラッドが目を丸くする。
「……何だ」
「いや、似顔絵のオレじゃ、お前にキスは出来ねぇよなって思っただけ」
「…………自分の似顔絵に妬くなど、それこそ子どもでもしないが」
「妬いてるわけじゃねぇよ」
「…………そういうことにしておいてやろう」
再び、浮かんだ柔らかい笑みが近付いて来て、オレの頬に軽く口付けて離れていく。部屋を出ようとした背中に慌てて声を掛けた。
「ブラッド、次のオフ――」
「三日後だ。お前の家に行く。それでいいな?」
「了解」
ブラッドは返事だけしてこっちを振り返らなかったが、部屋からいなくなる寸前、耳が微かに赤くなっていたのを確かに見た。
去り際のブラッドの表情が見られなかったのは惜しいが、これ以上のお楽しみは三日後にとっておくと決めて、ブラッドが片付けてくれた書類を確認する。
せめて、休みの前に出せる報告書は出しておこうと、再びペンを手に取った。
【Brad's Side】
キースをメンターにしたときに多少は覚悟していたものの、ヤツの報告書のミスの多さと、提出期限の守らなさには呆れるばかりだ。
今日も、これ以上は待てない未提出の報告書の催促で、ウエストセクターの研修チーム部屋に足を運んだ。
案の定、キースは言い出すまでその報告書のことを忘れていたらしく、探し始めたが中々見つからないようだ。
ディノのサポートで少しはマシになってきているが、一体いつになったら報告書の不備がなくなるのか。
「こっちにねぇってことは自室の方か?」
ぼそりと呟いたキースに、溜め息が出てしまう。
「貴様……いい加減、書類の管理くらいまともに出来んのか。自室だな。探すぞ」
キース一人に任せるより、俺も一緒に探した方が間違いなく早い。
「はいよ、悪ぃな」
「本気で悪いと思っているなら、何故期限内に提出しない。これで何度目だと思っている」
「………………すんません」
寧ろ、ディノに甘えて書類の提出期限を覚えていない可能性もありそうだ。
ディノには悪いが、その辺りも含めて確認して貰った方がいいだろう。
メンター部屋のキースのスペースに入り、机の上に積まれていた紙の束をチェックしていく。
この際だから、内容を確認しつつ、提出期限の早いものから改めて重ねていくと、ふいに全然仕事とは関係のない――似顔絵と思しきものが数枚連なって出て来た。
「…………何だ、これは」
描かれているのは恐らくほとんどがキースだが、描いているのは一人ではなさそうだ。
様々な画風で描かれているが、共通しているのはどれもキースの寝顔を描きだしているということ。
一枚だけ、恐らくフェイスを描いたものだろうというのはあったが、一体何があったのか。
「ん? あー、こりゃこの前ノヴァ博士作の似顔絵製造マシーンってヤツで、オレが寝てる間に描かれた似顔絵の数々だ。あ、この一枚だけフェイスを描いたヤツな」
「なぜ、それが仕事の書類に交じっている。……まぁ、いい。これは別に避けておくぞ」
せめて、仕事とそうでないものくらいは分けておいて欲しいものだと、似顔絵をざっと確認してそれだけ書類とは別にする。
再び、書類を確認しようとしたら、キースに見られていることに気付いた。
「…………? 何だ?」
「いや、やっぱり違うなって思ってさ」
「何のことだ。――ああ、これだな。記入もろくにしていない。今すぐこの場で書け」
「へいへい」
違うのが何についてかはわからなかったが、今は報告書を書き上げて貰うことが最優先だ。
机の上に無造作に転がっていたペンも一緒に渡すと、当たり前のようにキースが自分の持っていた紙の束を俺に押し付ける。
……まぁ、キースが書類を書き上げる間に俺がこれを整頓しておいた方が、この後キースがやりやすいだろうと、先程チェックした書類と合わせて確認していった。
提出期限、そしておよその内容から並び替えたのを積むと、先程別に避けた似顔絵の方に手を伸ばす。
そういえば、ディノがノヴァ博士の機械を使って、キースが寝ているところを色々描いたようなことを言っていた。
それがこれか。
酒で酔い潰れてしまうと、ちょっとやそっとではキースは起きない。
そんな無防備な様子がこの似顔絵の数々からも伝わる。
何とはなしに見ていき、数枚目に出て来たものに思わず手が止まった。
自分でも幾度となくみてきたキースのあどけない寝顔。
それがよく描き出されていて、つい口元が緩むのを自覚する。
「…………意外に良く描けているな。これなんかは、お前が寝てるときの様子そのものだ」
「ええ……何か、それ実際の年齢よりガキっぽくみえねぇ?」
「いや、お前が寝てるときの表情はこんな感じだぞ。この一枚、貰っていってもいいか?」
仕事の書類と交ぜているくらいなら、似顔絵にさほど執着もないだろうと聞いてみたら、予想通りキースは驚きはしたものの、俺が貰うことには異論がなさそうだった。
「え、いるのかよ! いや、別にいいけどさ。ほい、報告書も出来たぜ」
「確認する。――――ふむ。少し記載に甘い点があるが、まぁいい。確かに受け取った。今度からは提出日時をまず一番に確認しろ。とりあえず、ここの書類は提出日が近い順に並べておいたから、後で確認して、出来れば早い内に出せるものは出せ」
「あいよ。片付けサンキュ」
これで俺も今日の仕事には一区切りついた。
部屋に戻ってから、もう一度この似顔絵をじっくりと見るとするか――と考えていたら、キースが頬に音を立てて口付けてきた。
その表情がどうも拗ねているように見えるのは気のせいだろうか。
「……何だ」
「いや、似顔絵のオレじゃ、お前にキスは出来ねぇよなって思っただけ」
返ってきた言葉は予想外のものだったが、拗ねているように思えたのは間違いではなかったようだ。
似顔絵はキースが良く描かれているから欲しいと思ったが、それでも似顔絵はあくまでも似顔絵でしかない。
「…………自分の似顔絵に妬くなど、それこそ子どもでもしないが」
「妬いてるわけじゃねぇよ」
自覚がないのか、あっても認めたくないのか。
こんなにもわかりやすく、俺がキースの似顔絵に興味を持ったのが面白くないと、その表情が告げているというのに。
仕方のないヤツだ。
「…………そういうことにしておいてやろう」
俺の方からもキースの頬に口付けを返し、部屋を出ようとしたところでキースから声が掛かる。
「ブラッド、次のオフ――」
「三日後だ。お前の家に行く。それでいいな?」
「了解」
休みにキースの家に行くというのは、明確な目的があってのことだ。
それをキースも分かっている。
了解と応じた声には明らかに喜びの感情が含まれていた。
……口付けは頬に留めておいて正解だったな。
それ以上に触れ合うのは後日の楽しみと思えば、その分当日の高揚感が増す。
丸めたキースの似顔絵をどこにしまうかを考えながら、自室へと戻っていった。
Close
#キスブラ #ワンライ
キスブラ版ワンドロライ第10回でのお題から『似顔絵』を使って書いた話です。
『断捨離』も混ぜようとしたけど、そこまででもなくなったw(ので似顔絵だけ)
ED3CDのネタバレ含みます。
修正版はこちら。
期限を過ぎているのに未提出の報告書があるから出せと、ウエストセクターの研修チーム部屋まで訪れたブラッドに言われて、その提出していない報告書を共有スペースで探していたが、何でか見当たらない。
ディノが戻ってきてからはヤツに手伝って貰うこともあるから、共有スペースの方に置くようにしてんだけどな。
でも、ディノが勝手に報告書の場所を移すってことはしねぇから、ここにねぇなら自室に置きっぱなしにしてる可能性が高い。
というか、自宅に報告書を持って帰ることはしねぇし、ほぼ間違いなくそのパターンだ。
「こっちにねぇってことは自室の方か?」
独り言のつもりだったが、ブラッドにもしっかり聞こえていて、呆れたように溜め息を吐かれた。
「貴様……いい加減、書類の管理くらいまともに出来んのか。自室だな。探すぞ」
「はいよ、悪ぃな」
「本気で悪いと思っているなら、何故期限内に提出しない」
「………………すんません」
ブラッドの仕事を余計に増やした自覚はあるから、小言が続く前に大人しく引き下がる。
二人でメンター部屋に入り、机の上に重なっている紙の束をブラッドと一緒にチェックしていった。
どうせ、ブラッドに見られて困る書類はねぇし、基本、報告書の類は九割方ブラッドに提出するやつだ。
ついでにブラッドの方が書類の内容をチェックしながら、用途別に分けておいてくれるだろうって期待もある。
目的の書類を探していると、ふとブラッドが動きを止めた。
「…………何だ、これは」
ブラッドが困惑した様子で数枚捲って首を傾げてたから、何の書類かと覗き込んだら、ブラッドが持っていたのは仕事の書類じゃなかった。
「ん? あー、こりゃこの前ノヴァ博士作の似顔絵製造マシーンってヤツで、オレが寝てる間に描かれた似顔絵の数々だ。あ、この一枚だけフェイスを描いたやつな」
ディノの快気祝いって名目のパーティーで、ディノがノヴァ博士が入院中の退屈しのぎに持ってきてくれたやつだと、場を盛り上げる為に出したやつだ。
「なぜ、それが仕事の書類に交じっている。……まぁ、いい。これは別に避けておくぞ。…………? 何だ?」
あの時、フェイスを見て描かれた似顔絵と、目の前のブラッドの顔を改めて見比べてみる。
…………アイツら、この絵を見てフェイスよりブラッドと似てるなんて言ってたけど、やっぱりブラッドとは違うよなぁ。
ブラッドも顔は整ってるし、フェイスと似てねぇってこともねぇんだが、細面ってわけじゃねぇし、何より纏う空気というか、雰囲気が全く違う。
あえて言うなら、ブラッドが市民に営業スマイルで対応してる時はちょっとこれに近くなるかもしれねぇけど、あの表情は未だに違和感しかねぇんだよな。笑ってるんだけど、笑ってねぇっていうか。
顰め面してる方が余程ブラッドらしい。
「いや、やっぱり違うなって思ってさ」
「何のことだ。――ああ、これだな。記入もろくにしていない。今すぐこの場で書け」
「へいへい」
ブラッドが持っていた紙の束の方に目的の書類があったらしく、机の上に転がっていたペンと一緒に書類を渡されたから、自分が持っていた紙の束を代わりにブラッドに渡す。
一瞬だけ眉を顰められたが、直ぐにオレがこれを書いているのを待つ間に、自分が書類を整頓した方が効率がいいと思ったんだろう。
文句は言わずに紙の束を分類し始めた。
ブラッドが書類を片付ける物音をBGMに書いていたら、ふとその音がやんだ。
ヤベぇ、ブラッドが整頓する方が早かったかと様子を窺うと、ブラッドは先程別に避けておいた似顔絵を見ているようだった。
オレは自分の似顔絵をじっくり見る趣味もねぇから、ざっくりとしか見てねぇけど、結構な枚数あったんだよな、アレ。
何となく気恥ずかしく、さっさと書類を書き上げてブラッドに渡そうと、心持ち早く進めて、最後の署名をしていたら、ブラッドが笑った気配がして思わず顔を上げた。
作り上げた営業スマイルとは全く違う、ふわ、と周りの空気まで緩むような柔らかな笑みに、ついかける言葉を失う。
「…………意外に良く描けているな。これなんかは、お前が寝てるときの様子そのものだ」
「ええ……何か、それ実際の年齢よりガキっぽくみえねぇ?」
ブラッドが取りだした似顔絵の一枚は、中途半端にデフォルメされた絵柄のものだった。
「いや、お前が寝てるときの表情はこんな感じだぞ。この一枚、貰っていってもいいか?」
「え、いるのかよ! いや、別にいいけどさ。ほい、報告書も出来たぜ」
「確認する。――――ふむ。少し記載に甘い点があるが、まぁいい。確かに受け取った。今度からは提出日時をまず一番に確認しろ。とりあえず、ここの書類は提出日が近い順に並べておいたから、後で確認して、出来れば早い内に出せるものは出せ」
「あいよ。片付けサンキュ」
書類の確認であっという間に引っ込んでしまった笑みが惜しい。
オレの似顔絵で浮かべていたはずの笑みが、オレで引っ込むってのもどうなんだ。
今してる表情の方がブラッドらしいといえばらしいけど、何となく悪戯心が湧いた。
隙をついて、部屋を出ようとしたブラッドの頬にキスすると、ブラッドが目を丸くする。
「……何だ」
「いや、似顔絵のオレじゃ、お前にキスは出来ねぇよなって思っただけ」
「…………自分の似顔絵に妬くとか、それこそ子どもでもしないが」
「妬いてるわけじゃねぇよ」
「…………そういうことにしておいてやろう」
再び、浮かんだ柔らかい笑みが近付いて来て、オレの頬に軽く口付けて離れていく。部屋を出ようとした背中に慌てて声を掛けた。
「ブラッド、次のオフ――」
「三日後だ。お前の家に行く。それでいいな?」
「了解」
ブラッドは返事だけしてこっちを振り返らなかったが、耳が微かに赤くなったのは確認出来た。
これ以上のお楽しみは三日後にとっておくとするか。
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#キスブラ #ワンライ
『断捨離』も混ぜようとしたけど、そこまででもなくなったw(ので似顔絵だけ)
ED3CDのネタバレ含みます。
修正版はこちら。
期限を過ぎているのに未提出の報告書があるから出せと、ウエストセクターの研修チーム部屋まで訪れたブラッドに言われて、その提出していない報告書を共有スペースで探していたが、何でか見当たらない。
ディノが戻ってきてからはヤツに手伝って貰うこともあるから、共有スペースの方に置くようにしてんだけどな。
でも、ディノが勝手に報告書の場所を移すってことはしねぇから、ここにねぇなら自室に置きっぱなしにしてる可能性が高い。
というか、自宅に報告書を持って帰ることはしねぇし、ほぼ間違いなくそのパターンだ。
「こっちにねぇってことは自室の方か?」
独り言のつもりだったが、ブラッドにもしっかり聞こえていて、呆れたように溜め息を吐かれた。
「貴様……いい加減、書類の管理くらいまともに出来んのか。自室だな。探すぞ」
「はいよ、悪ぃな」
「本気で悪いと思っているなら、何故期限内に提出しない」
「………………すんません」
ブラッドの仕事を余計に増やした自覚はあるから、小言が続く前に大人しく引き下がる。
二人でメンター部屋に入り、机の上に重なっている紙の束をブラッドと一緒にチェックしていった。
どうせ、ブラッドに見られて困る書類はねぇし、基本、報告書の類は九割方ブラッドに提出するやつだ。
ついでにブラッドの方が書類の内容をチェックしながら、用途別に分けておいてくれるだろうって期待もある。
目的の書類を探していると、ふとブラッドが動きを止めた。
「…………何だ、これは」
ブラッドが困惑した様子で数枚捲って首を傾げてたから、何の書類かと覗き込んだら、ブラッドが持っていたのは仕事の書類じゃなかった。
「ん? あー、こりゃこの前ノヴァ博士作の似顔絵製造マシーンってヤツで、オレが寝てる間に描かれた似顔絵の数々だ。あ、この一枚だけフェイスを描いたやつな」
ディノの快気祝いって名目のパーティーで、ディノがノヴァ博士が入院中の退屈しのぎに持ってきてくれたやつだと、場を盛り上げる為に出したやつだ。
「なぜ、それが仕事の書類に交じっている。……まぁ、いい。これは別に避けておくぞ。…………? 何だ?」
あの時、フェイスを見て描かれた似顔絵と、目の前のブラッドの顔を改めて見比べてみる。
…………アイツら、この絵を見てフェイスよりブラッドと似てるなんて言ってたけど、やっぱりブラッドとは違うよなぁ。
ブラッドも顔は整ってるし、フェイスと似てねぇってこともねぇんだが、細面ってわけじゃねぇし、何より纏う空気というか、雰囲気が全く違う。
あえて言うなら、ブラッドが市民に営業スマイルで対応してる時はちょっとこれに近くなるかもしれねぇけど、あの表情は未だに違和感しかねぇんだよな。笑ってるんだけど、笑ってねぇっていうか。
顰め面してる方が余程ブラッドらしい。
「いや、やっぱり違うなって思ってさ」
「何のことだ。――ああ、これだな。記入もろくにしていない。今すぐこの場で書け」
「へいへい」
ブラッドが持っていた紙の束の方に目的の書類があったらしく、机の上に転がっていたペンと一緒に書類を渡されたから、自分が持っていた紙の束を代わりにブラッドに渡す。
一瞬だけ眉を顰められたが、直ぐにオレがこれを書いているのを待つ間に、自分が書類を整頓した方が効率がいいと思ったんだろう。
文句は言わずに紙の束を分類し始めた。
ブラッドが書類を片付ける物音をBGMに書いていたら、ふとその音がやんだ。
ヤベぇ、ブラッドが整頓する方が早かったかと様子を窺うと、ブラッドは先程別に避けておいた似顔絵を見ているようだった。
オレは自分の似顔絵をじっくり見る趣味もねぇから、ざっくりとしか見てねぇけど、結構な枚数あったんだよな、アレ。
何となく気恥ずかしく、さっさと書類を書き上げてブラッドに渡そうと、心持ち早く進めて、最後の署名をしていたら、ブラッドが笑った気配がして思わず顔を上げた。
作り上げた営業スマイルとは全く違う、ふわ、と周りの空気まで緩むような柔らかな笑みに、ついかける言葉を失う。
「…………意外に良く描けているな。これなんかは、お前が寝てるときの様子そのものだ」
「ええ……何か、それ実際の年齢よりガキっぽくみえねぇ?」
ブラッドが取りだした似顔絵の一枚は、中途半端にデフォルメされた絵柄のものだった。
「いや、お前が寝てるときの表情はこんな感じだぞ。この一枚、貰っていってもいいか?」
「え、いるのかよ! いや、別にいいけどさ。ほい、報告書も出来たぜ」
「確認する。――――ふむ。少し記載に甘い点があるが、まぁいい。確かに受け取った。今度からは提出日時をまず一番に確認しろ。とりあえず、ここの書類は提出日が近い順に並べておいたから、後で確認して、出来れば早い内に出せるものは出せ」
「あいよ。片付けサンキュ」
書類の確認であっという間に引っ込んでしまった笑みが惜しい。
オレの似顔絵で浮かべていたはずの笑みが、オレで引っ込むってのもどうなんだ。
今してる表情の方がブラッドらしいといえばらしいけど、何となく悪戯心が湧いた。
隙をついて、部屋を出ようとしたブラッドの頬にキスすると、ブラッドが目を丸くする。
「……何だ」
「いや、似顔絵のオレじゃ、お前にキスは出来ねぇよなって思っただけ」
「…………自分の似顔絵に妬くとか、それこそ子どもでもしないが」
「妬いてるわけじゃねぇよ」
「…………そういうことにしておいてやろう」
再び、浮かんだ柔らかい笑みが近付いて来て、オレの頬に軽く口付けて離れていく。部屋を出ようとした背中に慌てて声を掛けた。
「ブラッド、次のオフ――」
「三日後だ。お前の家に行く。それでいいな?」
「了解」
ブラッドは返事だけしてこっちを振り返らなかったが、耳が微かに赤くなったのは確認出来た。
これ以上のお楽しみは三日後にとっておくとするか。
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#キスブラ #ワンライ
ブラキス版ワンドロ&ワンライ第5回でのお題から『微熱』『わがまま』を使って書いた話です。
キースがちょっと体調崩してます。
脇に挟んでいた体温計が計測終了の音を鳴らす。
抜き出したそれをオレが見るよりも早く、ブラッドが取り上げて、表示されたであろう数字を読み上げた。
「三十八度五分」
「うえ…………マジか」
「……妙に熱いと思ったら、やはりな」
普段ならオレの家に泊まった翌朝は、朝食が出来るまで寝かせておいてくれるブラッドが、どういうわけかオレをさっさと起こして体温を今すぐ測れ、なんて言ってきたから何かと思えば発熱してたらしい。
「食欲は?」
「言われてみりゃあんまりねぇ……かな。食いたくねぇってほどでもねぇけど」
「ならば、軽めのものを用意しよう。寒気とかはどうだ?」
「あー……ちょっとするかも」
二日酔い以外で体調を崩すなんてのは滅多にねぇのもあって、どうも感覚があやふやだ。
ただ、ベッドから体を起こすのは、いつにもまして億劫だっていうのはある。
それこそ、二日酔いの酷いときみてぇな感じだ。
「ブランケットを一枚足そう。上に置いてあるな?」
「ん……ああ、いい、いい、自分で運ぶって」
サイコキネシスを使って、ロフトから端っこが見えてるブランケットを下ろそうとしたところで、ブラッドがオレの手を掴んで首を振った。
「キース、やめろ。不調の時に能力を使うのは消耗する」
「あー、んじゃ能力止めて床に落とすから、拾って」
「ああ」
もうブランケットはロフトからほぼ引っ張り出していたから、能力を止めた途端にブランケットが落ち、それが床につく手前でブラッドが拾う。
布団の上から一枚ブランケットが重なっただけで、暖かさが増したのを実感した。
「投与されているサブスタンスの効果もあるから、しばらく寝ていれば回復するだろう。今日は仕事は休んで大人しくしていろ。届けは俺の方で出しておく」
「んー……そうするわ」
「……朝食を用意してくる。もう少しそのまま寝ていろ」
ブラッドがオレの頭をそっと撫でてから、キッチンに向かう。
朝食を準備する物音を聞きながら、目を閉じたら少しの間寝ちまっていたらしい。
気付いたら、いつの間にか身支度も終わらせていたブラッドが、枕元までトレイに朝食を乗せて持ってきたところだった。
普段ならここまではしねぇから、甘やかしてくれてんだなって伝わる。
「食えるか?」
「おう」
「では、俺は仕事に行く。念の為に言っておくが、酒を飲んで体を温めよう……などとは考えるなよ」
「………………」
ブラッドが仕事に行ったらやろうとしていたことを言い当てられて、つい言葉に詰まる。
そんなオレの反応で察したか、ブラッドの目が細められ、追撃が来る。
「返事は」
「…………ハイ」
「……なるべく早く帰る。昼食もレンジで温めればすむようなものを置いてあるから、それを食え」
「え、仕事終わったらこっち来てくれんの?」
サブスタンスによる回復力を考慮すれば、この程度なら恐らく夜には元通りだ。
ブラッドもそれは知ってるから、今日は普通にタワーの方に戻るかと思っていた。
「念の為に様子を見にくらいはな。では、行ってくる」
二日酔い以外で調子崩すことはほとんどねぇから、回復が早いはずだと知っていても心配してくれてるらしい。
もしかしたら、酒を飲んでないかの確認かもしれねぇけど、悪い気分じゃなかった。
***
額に置かれた手に目を開けると、一瞬だけブラッドの揺らいだ目と合った。
「すまない、起こしたか」
「…………あれ? もうお前帰ってくるような時間……?」
「いや、まだ昼だ。パトロールで近くまで来たついでに寄った。熱はもう微熱程度まで下がったようだが、一応後で測っておけ」
パトロールは確かに予定にあった気はするが、お前の担当ってこの辺だったっけって聞きかけてやめる。
多分、ブラッドが何らかの調整をした結果だと予想出来てしまったからだ。
恐らくはオレが急遽休んだ分の調整もあって、いつもより忙しいはずなのに。
そうとわかっているのに、つい立ち去ろうとしたブラッドの手を掴んで引き止めちまった。
「――どうした?」
「なぁ、ブラッド。あと、ちょっとでいいからここにいてくれよ。オレが寝るまででいいからさ」
そのちょっとの時間でさえ、忙しいブラッドには負担になるはずだと頭のどこかでわかっている。
数時間寝たことで、大分体調も回復しているのも自覚済みだ。
それこそ、今から仕事しろって言われても、まぁ大丈夫だろうってくらいには。
だから、これはただのわがままだって、きっとブラッドには伝わってる。
けど、ブラッドは椅子をオレの枕元に引き寄せて腰掛けると、オレの指先を取って軽く口付けた。
「……お前が眠れなくとも十五分を過ぎたら戻る。それ以上は無理だ」
「十分だよ。サンキュ」
瞼を閉じると、ブラッドの手がオレの髪をそっと撫でてくる。
その心地良さから早くも遠のき始めた意識の片隅で、仕方のないやつだと優しく呟くブラッドの声が聞こえた気がした。
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#ブラキス #ワンライ
キースがちょっと体調崩してます。
脇に挟んでいた体温計が計測終了の音を鳴らす。
抜き出したそれをオレが見るよりも早く、ブラッドが取り上げて、表示されたであろう数字を読み上げた。
「三十八度五分」
「うえ…………マジか」
「……妙に熱いと思ったら、やはりな」
普段ならオレの家に泊まった翌朝は、朝食が出来るまで寝かせておいてくれるブラッドが、どういうわけかオレをさっさと起こして体温を今すぐ測れ、なんて言ってきたから何かと思えば発熱してたらしい。
「食欲は?」
「言われてみりゃあんまりねぇ……かな。食いたくねぇってほどでもねぇけど」
「ならば、軽めのものを用意しよう。寒気とかはどうだ?」
「あー……ちょっとするかも」
二日酔い以外で体調を崩すなんてのは滅多にねぇのもあって、どうも感覚があやふやだ。
ただ、ベッドから体を起こすのは、いつにもまして億劫だっていうのはある。
それこそ、二日酔いの酷いときみてぇな感じだ。
「ブランケットを一枚足そう。上に置いてあるな?」
「ん……ああ、いい、いい、自分で運ぶって」
サイコキネシスを使って、ロフトから端っこが見えてるブランケットを下ろそうとしたところで、ブラッドがオレの手を掴んで首を振った。
「キース、やめろ。不調の時に能力を使うのは消耗する」
「あー、んじゃ能力止めて床に落とすから、拾って」
「ああ」
もうブランケットはロフトからほぼ引っ張り出していたから、能力を止めた途端にブランケットが落ち、それが床につく手前でブラッドが拾う。
布団の上から一枚ブランケットが重なっただけで、暖かさが増したのを実感した。
「投与されているサブスタンスの効果もあるから、しばらく寝ていれば回復するだろう。今日は仕事は休んで大人しくしていろ。届けは俺の方で出しておく」
「んー……そうするわ」
「……朝食を用意してくる。もう少しそのまま寝ていろ」
ブラッドがオレの頭をそっと撫でてから、キッチンに向かう。
朝食を準備する物音を聞きながら、目を閉じたら少しの間寝ちまっていたらしい。
気付いたら、いつの間にか身支度も終わらせていたブラッドが、枕元までトレイに朝食を乗せて持ってきたところだった。
普段ならここまではしねぇから、甘やかしてくれてんだなって伝わる。
「食えるか?」
「おう」
「では、俺は仕事に行く。念の為に言っておくが、酒を飲んで体を温めよう……などとは考えるなよ」
「………………」
ブラッドが仕事に行ったらやろうとしていたことを言い当てられて、つい言葉に詰まる。
そんなオレの反応で察したか、ブラッドの目が細められ、追撃が来る。
「返事は」
「…………ハイ」
「……なるべく早く帰る。昼食もレンジで温めればすむようなものを置いてあるから、それを食え」
「え、仕事終わったらこっち来てくれんの?」
サブスタンスによる回復力を考慮すれば、この程度なら恐らく夜には元通りだ。
ブラッドもそれは知ってるから、今日は普通にタワーの方に戻るかと思っていた。
「念の為に様子を見にくらいはな。では、行ってくる」
二日酔い以外で調子崩すことはほとんどねぇから、回復が早いはずだと知っていても心配してくれてるらしい。
もしかしたら、酒を飲んでないかの確認かもしれねぇけど、悪い気分じゃなかった。
***
額に置かれた手に目を開けると、一瞬だけブラッドの揺らいだ目と合った。
「すまない、起こしたか」
「…………あれ? もうお前帰ってくるような時間……?」
「いや、まだ昼だ。パトロールで近くまで来たついでに寄った。熱はもう微熱程度まで下がったようだが、一応後で測っておけ」
パトロールは確かに予定にあった気はするが、お前の担当ってこの辺だったっけって聞きかけてやめる。
多分、ブラッドが何らかの調整をした結果だと予想出来てしまったからだ。
恐らくはオレが急遽休んだ分の調整もあって、いつもより忙しいはずなのに。
そうとわかっているのに、つい立ち去ろうとしたブラッドの手を掴んで引き止めちまった。
「――どうした?」
「なぁ、ブラッド。あと、ちょっとでいいからここにいてくれよ。オレが寝るまででいいからさ」
そのちょっとの時間でさえ、忙しいブラッドには負担になるはずだと頭のどこかでわかっている。
数時間寝たことで、大分体調も回復しているのも自覚済みだ。
それこそ、今から仕事しろって言われても、まぁ大丈夫だろうってくらいには。
だから、これはただのわがままだって、きっとブラッドには伝わってる。
けど、ブラッドは椅子をオレの枕元に引き寄せて腰掛けると、オレの指先を取って軽く口付けた。
「……お前が眠れなくとも十五分を過ぎたら戻る。それ以上は無理だ」
「十分だよ。サンキュ」
瞼を閉じると、ブラッドの手がオレの髪をそっと撫でてくる。
その心地良さから早くも遠のき始めた意識の片隅で、仕方のないやつだと優しく呟くブラッドの声が聞こえた気がした。
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#ブラキス #ワンライ
キスブラ版ワンドロライ第9回でのお題から『体温』を使って書いた話です。
事後かつ事前。
「うっわ……寒……」
夜中に目が覚めて、トイレに行って戻ってくるのに数分って程度だが、その数分ですっかり体が冷えちまった。
面倒だったから、寝る前にシャワー浴びたときに使ったバスローブだけ羽織っていったが、少し湿った状態だったから、かえって冷えたかもしれねぇ。
そういや、今夜はニュースでこの冬一番の冷え込みとか何とか言ってたっけか。
いっそ、一、二杯飲んで軽く体を温めてから寝直すかと思ったが、生憎、今日はブラッドが泊まってる。
このタイミングで飲んだら酒の匂いは絶対残るから、朝一番に小言スイッチが入るのは間違いねぇ。
かと言って、起きてる時ならまだしも、寝てる間にエアコンをつけておくのも躊躇う。
ま、ベッドに入ってりゃそのうち温まるだろと、大人しくベッドに戻って、さっさとバスローブを脱いで、ブラッドの隣に滑り込んだ。
ちょっとだけ体温をお裾分けして貰おうと、ヤツの臑に軽く爪先をくっつけたら、びく、とブラッドが身動いで目を開けた。
「…………キース。冷たい」
「悪ぃ。ちょっとくっつくくらいなら起きねぇかなって思ったんだけど」
マジで起こすつもりはなかったから、ブラッドから少し離れようとしたが、ブラッドの足が、ベッドの中でオレの足を挟み込んだ。
冷たさからか、一瞬だけブラッドが眉を顰めたが、足を離そうとはしない。
「…………温まるつもりなら、もう少し身を寄せろ」
「いや、お前が冷えるだろ」
「触れていれば、数分もしないうちに暖かくなる。ほら、手も寄越せ」
「あ、おい、ブラッド」
ブラッドがさっさとオレの手を探って、掴んだ手を自分の太股に触れさせた。
手も足と変わんねぇくらいに冷えてんのに、今度は眉一つ動かさない。
ここまでされたら、もう全身でくっついても変わんねぇかと、体ごとブラッドに近寄って、くっついた。
冷えていた部分がブラッドの体温でじわじわと温かくなっていくのがわかる。
ブラッドの言った通り、数分もしないうちにオレの体も温まっていった。
「あー……あったけぇ……」
「……少し、煙草の本数を減らしたらどうだ。昔よりお前の手足が冷えやすくなったのは、煙草のせいもあると思うが」
「あー……わかってんだけどなぁ……」
確かに煙草が一因だろうが、こうやって手足が冷えるのは今みたいな真冬くらいで、他の季節だとそんなに冷えることもねぇから、減らすってことに気が乗らねぇ。
「…………まぁ、少し言って減るくらいなら、とっくに本数など減っているか」
軽く溜め息を吐いたブラッドが目を閉じて、太股に触れさせていたオレの手に自分の手を重ねる。
体が温まったから、もうブラッドの手から伝わる体温と、オレの手の体温の差はほとんど感じられない。
オレの指の形でも確かめるかのように動いているブラッドの指の動きが、妙に気になる。
「…………怒んねぇの?」
「何だ、怒られたいのか?」
「そういうわけでもねぇけどさ」
ブラッドにしちゃ、やけにあっさり引き下がったように思えたのが気になる。
それが伝わったのか、ブラッドが微かに口元に笑みを浮かべた。
「お前の手足が冷えるのは今時期くらいだからな。これが一年中なら、どうにかして減らすことも考えるが、お前を温めるのが俺の特権だと思えば悪くはない」
「…………煽んなよ。そんなこと言われたら、もっと温まりたくなっちまうだろ」
温まるを通り越して、熱くなってしまう方法だってある。
つい、さっきだってそれを実践したところだ。
けど、これは……もしかしたら誘われてる?
そう考えると、絡めるように動いているブラッドの指にも納得がいく。
ブラッドの動いている指を捕まえて、指先を辿らせ、手のひらを擽るように動かすと、ブラッドが再び目を開けて、鮮やかなネオンピンクが挑発するように光った気がした。
「構わない、と言ったらどうする?」
「そりゃ……据え膳食わねぇ趣味はねぇからな。お前の中でもう一回温めさせて貰うけど」
何を、とまでは言わずに腰を擦り付けると、下着越しにもブラッドも反応しているのが伝わる。
やっぱり酒は飲まないでおいて正解だったと思いながら、サイコキネシスでエアコンのスイッチを入れ、キスを待ち構えて目を閉じたブラッドに口付けた。
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#キスブラ #ワンライ
事後かつ事前。
「うっわ……寒……」
夜中に目が覚めて、トイレに行って戻ってくるのに数分って程度だが、その数分ですっかり体が冷えちまった。
面倒だったから、寝る前にシャワー浴びたときに使ったバスローブだけ羽織っていったが、少し湿った状態だったから、かえって冷えたかもしれねぇ。
そういや、今夜はニュースでこの冬一番の冷え込みとか何とか言ってたっけか。
いっそ、一、二杯飲んで軽く体を温めてから寝直すかと思ったが、生憎、今日はブラッドが泊まってる。
このタイミングで飲んだら酒の匂いは絶対残るから、朝一番に小言スイッチが入るのは間違いねぇ。
かと言って、起きてる時ならまだしも、寝てる間にエアコンをつけておくのも躊躇う。
ま、ベッドに入ってりゃそのうち温まるだろと、大人しくベッドに戻って、さっさとバスローブを脱いで、ブラッドの隣に滑り込んだ。
ちょっとだけ体温をお裾分けして貰おうと、ヤツの臑に軽く爪先をくっつけたら、びく、とブラッドが身動いで目を開けた。
「…………キース。冷たい」
「悪ぃ。ちょっとくっつくくらいなら起きねぇかなって思ったんだけど」
マジで起こすつもりはなかったから、ブラッドから少し離れようとしたが、ブラッドの足が、ベッドの中でオレの足を挟み込んだ。
冷たさからか、一瞬だけブラッドが眉を顰めたが、足を離そうとはしない。
「…………温まるつもりなら、もう少し身を寄せろ」
「いや、お前が冷えるだろ」
「触れていれば、数分もしないうちに暖かくなる。ほら、手も寄越せ」
「あ、おい、ブラッド」
ブラッドがさっさとオレの手を探って、掴んだ手を自分の太股に触れさせた。
手も足と変わんねぇくらいに冷えてんのに、今度は眉一つ動かさない。
ここまでされたら、もう全身でくっついても変わんねぇかと、体ごとブラッドに近寄って、くっついた。
冷えていた部分がブラッドの体温でじわじわと温かくなっていくのがわかる。
ブラッドの言った通り、数分もしないうちにオレの体も温まっていった。
「あー……あったけぇ……」
「……少し、煙草の本数を減らしたらどうだ。昔よりお前の手足が冷えやすくなったのは、煙草のせいもあると思うが」
「あー……わかってんだけどなぁ……」
確かに煙草が一因だろうが、こうやって手足が冷えるのは今みたいな真冬くらいで、他の季節だとそんなに冷えることもねぇから、減らすってことに気が乗らねぇ。
「…………まぁ、少し言って減るくらいなら、とっくに本数など減っているか」
軽く溜め息を吐いたブラッドが目を閉じて、太股に触れさせていたオレの手に自分の手を重ねる。
体が温まったから、もうブラッドの手から伝わる体温と、オレの手の体温の差はほとんど感じられない。
オレの指の形でも確かめるかのように動いているブラッドの指の動きが、妙に気になる。
「…………怒んねぇの?」
「何だ、怒られたいのか?」
「そういうわけでもねぇけどさ」
ブラッドにしちゃ、やけにあっさり引き下がったように思えたのが気になる。
それが伝わったのか、ブラッドが微かに口元に笑みを浮かべた。
「お前の手足が冷えるのは今時期くらいだからな。これが一年中なら、どうにかして減らすことも考えるが、お前を温めるのが俺の特権だと思えば悪くはない」
「…………煽んなよ。そんなこと言われたら、もっと温まりたくなっちまうだろ」
温まるを通り越して、熱くなってしまう方法だってある。
つい、さっきだってそれを実践したところだ。
けど、これは……もしかしたら誘われてる?
そう考えると、絡めるように動いているブラッドの指にも納得がいく。
ブラッドの動いている指を捕まえて、指先を辿らせ、手のひらを擽るように動かすと、ブラッドが再び目を開けて、鮮やかなネオンピンクが挑発するように光った気がした。
「構わない、と言ったらどうする?」
「そりゃ……据え膳食わねぇ趣味はねぇからな。お前の中でもう一回温めさせて貰うけど」
何を、とまでは言わずに腰を擦り付けると、下着越しにもブラッドも反応しているのが伝わる。
やっぱり酒は飲まないでおいて正解だったと思いながら、サイコキネシスでエアコンのスイッチを入れ、キスを待ち構えて目を閉じたブラッドに口付けた。
Close
#キスブラ #ワンライ